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    kohiruno

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    kohiruno

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    ラーとヒュンが、人助けのお礼に貰った野菜を野外で煮て食べるお話です。平和。
    肉と魚はきっとよく焼いているから、野菜を煮込ませたかった。それがOKな方向けです。

    今日の収穫「人助けが悪いわけではない。なぜこの量を受け取ってしまったかだ。気持ちだけいただく、というのは人間たちの社交において便利な言葉ではなかったのか」
     呆れ果てるラーハルトを前に、ヒュンケルは黙って地面をじっとみている。
     二人の間には、縄でくくられた大砲の弾のように大きく結球した葉野菜2玉、そして布の袋に入った大量の芋。
    「すまない、婦人方の勢いにおされて断れなかった。これでも渡されそうになった量の一部なんだ」
     事の顛末はこうだ。
     街道でうずくまっている老婆を助けたのが始まりだった。町の市場に出店した帰りらしい彼女は足をくじいており、二人で交代で背負って小高い丘に囲まれた集落まで送り届けた。そこを出迎えた収穫作業中の女達にラーハルトが訳を話している間に、お兄さん方に何かお礼を、お金はないけど野菜や果物なら、と騒ぎ立てられ、気がつくとヒュンケルはこれだけのものを渡されて戻ってきたのだ。
    「今ならまだ間に合う。返してこい」
    「だめだ。もう一度行ったら、残りを渡されてしまう」
    「ならばここで待っていろ。俺が行ってくる」
    「気をつけろ。あの婦人方のものを渡す集団攻撃は恐らくお前でも避けられない」
    「戯言を言うな」
     数分後。
    「言ったとおりだろう」
     木陰で座って待っていたヒュンケルが目にしたのは、渋い顔をしたラーハルトが、先程の野菜に加え、一つ袋を増やして戻ってくる姿だった。袋の中身は、人の顔ほどある大きなパンと紙包みの焼き菓子、これはまた大量のオレンジだった。
    「旅人だと伝えたら、ならばあれもこれも持って行けと押し付けられた。年配の女は集団だとあんなに強いのか」
     旅をするにあたり、食糧は軽くて場所を取らないものでなくてはならない。
     野菜については、今日食える分以外はどうする、農婦の命の結晶を捨て置くことこそ無礼に値するのではないか、など問答を経て、大きな馬車を止めて休憩をしている旅芸人の一座に交渉し、殆どの野菜をスパイスとチーズ、少しばかりの塩漬け肉に交換してきた。新鮮な野菜と果物は存外に踊り子たちに喜ばれた。
     昼食代わりに菓子は歩きながら平らげた。残りは袋一つに収まった葉野菜半玉と芋とオレンジ数個、それにパン。夕食は何も狩らないでよいだろう。 
     日暮れのころ、焚き火の準備をはじめる。二人で葉野菜を小さくちぎり、間に切った芋と薄切りの塩漬け肉を少量挟ませて、鍋の限界まで詰め込む。全部入れたら蓋が閉まらなくなったが、そのまま火にかける。倒木に腰掛けて、ヒュンケルは大きく伸びをした。
    「今日は順調に進めたな」
    「ああ。やはり大きな道は魔物が出ない」
     鍋が煮えるまで、二人して火を見つめることなど今までほとんどなかった。たいてい夕食は二人でラーハルトが狩った獣や鳥の解体作業をしていて、気がつけば、地面に突き刺した枝の串できつく香辛料と塩をした獲物の肉が焼けているか、硬い部位の肉を投げ込んだ鍋が吹いている。それをせわしなく食べて、交代で眠るうちに朝が来る。
    「野菜の件、手間をかけてしまったな」
    「ああ、別に構わないが」
     焚き火の灯りで地図を確認するラーハルトは、ふと新鮮な香りに顔を上げる。ヒュンケルはオレンジの皮を手で剥いていて、半分に割ったものを差し出していた。鍋からは白い蒸気が出はじめた。ああ、と受け取り、一房かじる。思っていたよりも実は甘く、小房の皮も柔らかくてそのまま飲み込めた。
    「昔の俺だったら、老婆を村に連れたら何も言わず立ち去っていたと思う」
    「俺も物を渡されても、必要のないものは捨てていただろうな」
    「何だろうか。この変化は」
    「慣れたんじゃないのか、お互い、人に」
     ようやく閉まった蓋を持ち上げると、葉野菜がつやつやと蒸し上がり、わずかにスープがたまっていた。仕上げにスパイスをかけてチーズを入れてかき回すと、ゆるゆると野菜にまとわりつくように溶けて乳色になる。椀に注いで大ぶりにちぎったパンを浮かべた。
    「もう考え事はいいから熱いうちに食べろ」
    「ああ、いただく」
     隣で椀を受け取るヒュンケルをみて、野営の焚き火ではなく、テーブルに置かれた鍋がふと浮かんだ。雑多に袋からのぞいてるのではない、形の良いパンもきちんと行儀よく籠に並べられていて、幼い頃に見た風景と少し、似ていた。
     まだ旅の目的も、何もかもに決着がついてないのに。ふと気が緩むと馬鹿なことを考えるようになってしまった。人に慣れたどころか、己も何か夢見がちになったのだろうか。
    「食べてみろ。この野菜、甘いから」
    「まあ、今日のお前の収穫だ」
     はじめて野菜の味に目覚めたようなことを言う相棒に相槌を打ちつつ、冷静を装って匙を進める。確かにほのかに甘い味にちょうどよく塩気がきいて、腹に染み入るほど温かかった。 
     焚き火の薪が爆ぜる音がぱちぱちと響いた。 
     日が沈み、星が瞬き始めた。

    《おわり》


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