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    前 浪

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    前 浪

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    ひとじゅしとピアスの話⚖️🌔

    ⚖️(33)×🌔(16)ぐらいの付き合ってないひとじゅし

    ⚠️一部捏造設定があります

    #ひとじゅしアクセサリー

    pierce ぎこちない指でギターの弦を押さえる十四の前にカップが置かれる。ゆっくりと立ち上る湯気と一緒に視線を上げると、獄が「根を詰めすぎるのも良くないぞ」ともう片方の手に持っていたカップに口をつけた。十四のカップからはやさしい茶葉の香りが、目の前に座った獄のカップからは芳ばしい香りがする。
     
     家でも毎日練習しているがその成果を見てほしいと頼み込み、十四は月に数回、獄の自宅を訪れてギターの弾き方を教わっていた。
     学校にも通えるようになり、バンドを組んだという十四。裁判を終え、紆余曲折ありながらも前を向いて自分の足で歩けるようになった元依頼人の少年に、獄は弁護士としてこれ以上手を貸してやる必要はないように思えたが、預けてしまったギターの重みを考えるとその頼みを無碍にすることは出来なかった。なので、獄も自身の貴重な休日の時間を割いて、十四のギターの特訓に付き合うことにしたのだ。
     
    「あと、もうちょっとな気がするんよね。前半と後半はだいぶ弾けるようになったんで、あとはここからここへのコードの指が上手くいけば……」
     十四は先ほどから何度も繰り返しているコードを、ゆっくりと確認するように爪弾く。
     十四の目の前には見開きA3サイズのギター用の楽譜が広げられている。元々印刷されている譜面に加えてボールペンや蛍光ペンでいくつも書き込みがされていて、いかに十四がこの曲に真摯に取り組んでいるのかが見て取れた。獄から見て手前、楽譜の一番上に書かれたタイトルからおそらく十四が敬愛するバンド、夢と神は紛い物の曲なのだろう。
     市販のギター初心者向けの楽譜を練習していたのはいつ頃までだっただろうか。
     最初の頃は指の腹が切れたとか、コードが押さえられないなど泣き言を言うことも多かった十四だが、あくまで口にするだけで決して諦めることはせず、数週間後にはぶつかった壁を克服して着実にギターを弾けるようになっていた。
     自身の指先と楽譜を交互を見ながら、金の装飾とfホール施された純白のボディを抱く十四に、獄はかつての友に勧められる形で兄の形見に触れた自分が重なる。この調子なら、一人である程度曲が弾けるようになるまでそう時間はかからないだろうと、僅かに目を細めながら再びコーヒーに口をつけた。
     
     冷めてしまうから先に飲めと獄に促されて、十四はようやくギターを傍らに置いた。
     立ち上っていた湯気はカップから僅かに顔を出す程度になっていたが、手を添えれば充分温かった。こくりと一口飲み下せば、その温かさと鼻から抜ける茶葉の豊かな香りで凝り固まっていた肩からふっと力が抜ける。
     ふぅ、と無意識に出た吐息に目の前の獄が小さく笑う。
    「上手く弾けそうか?」
    「多分、あとちょっとっす。ただ、手と腕が疲れちゃって……」
     ぷらぷらと左右の手を振る。顔も先ほどまでの真剣な表情から、幼さの残る普段のあどけないものに戻っていた。
    「なら今日はここまでしたらどうだ? 焦らなくても、また付き合ってやるから」
    「え、また来てもいいんすか?」
    「いまさらだろ」
     じゃあそうするっすと、十四は自身で持ってきた手土産の菓子に手を伸ばす。
     サクサクと十四が焼き菓子を頬張る音を聞きながら獄は視線を窓と時計に向ける。まだ陽は高いが明日からまた十四は学校がある。獄も持ち帰ってきた仕事が残っていた。そろそろ――
    「あの、ひとやさん。一つお願いがあるんっすけど、聞いてもらっていいっすか?」
     そう十四が言ったのが、帰り支度をさせようと獄が飲み干したカップを置いたのとほぼ同時だった。
    「お願い? なんだ改まって」
    「えっと……」
     十四がゴソゴソと自分のバッグを漁る。手のひらサイズのブラスターパックに入った白い長方形のものを二つ取り出し、テーブルに置いた。パッケージには「ピアッサー」の文字。
    「……俺に開けろって?」
    「あ、もちろんひとやさんの耳じゃなくて自分の耳っすよ?」
    「ンなことはわかってんだよ」
    「前からずっと開けたかったんっすよね。でも初めてだから失敗するの嫌っすし、なんかちょっと怖くって……」
    「ハァー、別に開けるなとは言わねぇが、自分で出来ないなら病院でやれよ……」
     十四のギターの練習に付き合うのは自分にも責任があるのでまだ許せたが、流石にこれはと獄はこめかみを押さえる。
     ピアスも刺青も整形も獄自身興味はなくまたそれに対する偏見もなかったが、まさかそれを自分が他人に施すことになるのは全くの予想外だった。
    「病院も調べたんっすけどめちゃくちゃ高いんっすよね……でもピアッサーならお小遣いで買えたんで! 二つ合わせて1,500円っす!」
    「だからってなんで俺なんだよ。お前のバンドのやつとかにでも頼めばいいだろ」
    「いや、だってその……」
     十四はそう口籠ると顔を伏せた。先ほどまで弦を爪弾いていた両手の指先を合わせたり、爪の表面を撫でたりと落ち着きがない。が、
    「とにかく! 最初のはひとやさんにやってもらいたいんっす! おねがいしますっす!」
     急に顔を上げた十四は、獄の眼をじっと見つめる。その眼は、ギターを教わりたいと最初に頼んできた時と、そして先ほどまでギターに向けていたのと同じものだった。
     獄はテーブルの上の白いピアッサーと、十四の緑がかった青い瞳、そして少し赤みを帯びた耳に順に視線を送る。
    「分かった。だがズレたりしても文句は言うなよ」
    「ホントっすか?! やったー! ありがとうございますっす!」
     頼まれると弱い自覚のあった獄だったが、よもやこんなことまで頼まれるとは。浮かれる十四を前に獄はまた一つ大きなため息をついた。
     
     獄は渡されたパッケージ裏の使用方法を読み込む。プラスチック製の軽く小さなケース状のものに一本針が備え付けられていて、これで挟むようにしてピアッシングをするのだという。耳たぶとはいえこんな子どもの小遣いで買えてしまうような陳腐なもので今から自分は十四の身体に穴を開けるのかと、獄の眉が自然と寄る。
    「ひとやさーん、これ、ズレてないっすか?」
     洗面所から戻ってきた十四の耳たぶには左右それぞれに赤い点が一つずつ付いていた。
     獄は少し離れてその点を見比べる。
    「厳密に左右対称かどうかはわからんが、ぱっと見は大丈夫だ」
    「じゃあ、ここにお願いするっす!」
     そう言うと十四は獄の隣に腰掛け、左の耳を獄の方へと近づける。
     獄が左の手で耳に触れると、十四の身体がぴくんと小さく跳ねた。ふぅっ、と僅かにだが声も漏れたようだった。
    「なんだ、耳弱いのか?」
    「ち、違うっす! ちょっとビックリしただけっす!!」
     そう言いながらも一瞬で赤く染まった耳に、獄はふーんと鼻を鳴らし、右の手で持ったピアッサーを耳たぶに添えた。
     針の先が赤い点に触れると、十四はその身を硬くする。
    「3つ数えるからな。いいか?」
    「は、はいっす」
    「3、2」
     獄のカウントに十四がぎゅっと目を瞑る。
    「1」
     パチンっ! という音が部屋に響いた。想像していたよりも随分と軽い音は、普段紙の資料をホッチキス留めしたときのものに似ているなと獄は思った。
     ピアッサーを挟むように持った手をゆっくりと離すと、十四の耳たぶには小さな石がついたピアスが綺麗に嵌まっていた。
    「ど、どうっすか?」
    「ん? ああ、大丈夫だ。上手くいった」
     少し長い軸を穴に対して水平にゆっくりと前後させる。中で特に引っかかるような感触もないので、成功と言っていいだろう。
    「おい、まだ片方終わっただけだぞ。反対向け」
     ほっと息をついた十四に、獄は間髪入れずに肩を叩く。
    「え、ちょっと休け……」
    「こういうのはさっさと終わらせちまった方がいいんだよ。大体、休憩ってなんだ。開けてやってんのは俺だぞ」
     ほら、と獄は十四の肩を持って無理やり身体を180度回転させると、目を隠すほど長い前髪を少し分け、右耳を露わにする。
     また指先が耳に触れると再び身体を小さく震わせた十四に、獄の背中の低いところで何かぞわりとしたものが走る。それに対して獄はゆっくりと息を吐いた。
    「また3つ、数えるからな」
    「ふぁ、はい!」
    「3、2、1」
     パチンっ!
     先ほどと全く同じ音が部屋に響く。手を離すと、そこにもまた左と同じピアスが嵌っていた。
    「うー、なんか、ジンジンするっす……」
    「怪我してんのと一緒なんだからそれは我慢しろ」
     獄は使用済みの二つのピアッサーを掴むと適当な袋に入れてゴミ箱へと捨てた。
     膝に乗せたアマンダにぼやき続ける十四の隣に座ると、その耳たぶに触れる。
     その手にはまだピアッサーに力を入れ、跳ね返ってくるような感覚が残っていた。穴を穿ったにしては軽く、しかしそれを他人に施してしまったという事実を実感するには十分すぎるほどの感触だった。
    「少しだけ血は出てるみてぇだが、まぁすぐ止まるだろ。もし、何日も痛かったり膿んだりしたらすぐに病院行けよ。そこまでは俺も面倒は見切れんからな」
     耳に触れられ黙ってしまった十四は、こくこくと小刻みに頷く。
    「もっと目立つピアスかと思ってたが、随分地味なのを選んだんだな」
     小さな、特に色味のない石のついたピアスを獄はまじまじと見る。穴が安定するまでの数ヶ月、このいわゆるファーストピアスは外すことができないと説明書きに書いてあった。ならばもっと十四好みの鮮やかな色を選べば良いものを。
    「なんて言うか、その……」
     何故だか歯切れの悪い十四に獄は首を傾げる。
    「最初の、ひとやさんに開けてもらうピアスは、その、お守りにしたかったんで」
     それに対して、たかがピアスひとつでそんな大層なと、鼻で笑う獄。
     十四はそんな獄から少し目線を外してはにかみながら、今度は自分の指でそっと耳たぶに触れる。
     室内灯が石に反射する。無色だった石の中には僅かにだが緑の光が浮かんでいた。
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