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    前 浪

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    前 浪

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    ひとじゅしとリボンの話⚖️🌔🎀

    バレンタインデーのひとじゅし(付き合ってる)

    ⚠️一瞬モブが喋ります

    #ひとじゅしアクセサリー

    ribbon 市街の大通りからは少し外れた車一台分ほどの脇道を行くとその店はあった。白い壁の建物の一階。大きな看板も目立つような目印もなく、知らなければ通り過ぎてしまうぐらいひっそりとした佇まい。
     獄が木製の扉を体重をかけて押すと、その重さと対照的にカランカランと軽やかにカウベルが鳴る。
     店に入ったと同時に仄かに甘い匂いが全身を包む。この店に通い始めた頃はこの匂いになかなか慣れず、込み上げるような胸焼けで眉間に寄る皺を抑えるのに必死だったが、今ではすっかりそれがない。
     まとわりつくほどの近さでこれ以上に甘い匂いに充てられ続けていたせいか――
     こんなものも身体は勝手に適応してしまうのかと一人やれやれと静かに息を吐く。
     一歩踏み出すごとに床がギシリ、ギシリと声を上げる。それが心地よく聞こえるのは、この店の「味」として沁み出ているからだろう。
    「いらっしゃいませ」
     ショーケースの前に立つとロマンスグレーの髪に真っ白なコックコートを着たメガネの紳士がにこやかに応対する。この店の店主兼パティシエだ。
    「えっと、いつものを……」
     そう言いながら獄はショーケースに視線を落とす。クッキーやフィナンシェ、マドレーヌ、カヌレといった焼き菓子が並んでいる。見た目はごくごく普通のラインナップだが、季節によっては使われる果物や色が変わる。
     獄は顧客の元を訪問する時、いつもこの店の菓子を手土産にしていた。美味しいのはもちろん、見た目も上品で、珈琲や紅茶にも合うことからどんな客でも一発で気に入る。だが店長のこだわりから百貨店などには卸しておらず、また通信販売も行っていないので実際にこの店に足を運ばなくては購入することができない。そういうちょっと手間のかかる品だからこそ、こうして手土産にするとより一層喜ばれた。
     今日の訪問相手は、紅茶に一家言のある経営者。であればシンプルな味のものが良いだろう。
    「このフィナンシェの詰め合わせをひとつ」
     箱を獄が指差すと、店主は畏まりましたと笑顔で応じる。
     包装を待っている間、視線がある商品に引かれた。
     それは一口サイズのオーバル形で、緑と赤の小さなトッピングが花びらのように散りばめられたガトーショコラだった。
     ぐるりと店内を見回すといつもよりチョコレートを使用した菓子が多い。そういえばそんな季節だったかとチラリと時計の日付を確認する。
     いつももらうばかりで、こちらから渡したことはなかったな――
     百貨店の催事場に毎年繰り出しては自分用のチョコを見繕っている話は聞いていたが、この店の菓子は多分食べたことがないだろう。ならばこの機会に食べさせてやっても良いだろうと、一箱手に取りカウンターへと差し出す。
    「すみません、これも追加でお願いできますか?」
    「もちろんです。こちらとご一緒でしょうか?」
    「いえ、別で」
    「差し出がましいようですが、バレンタインのプレゼントでよろしいでしょうか?」
    「……はい」
     顔馴染みなだけにそう聞かれると気恥ずかしさがあり、返事をする声が少し小さくなってしまう。視線を逸らす獄に、目尻をさらに下げた店主はカウンターの下から何かを取り出した。
    「でしたら、包装紙はこちらの赤いものをご用意させていただきます。さらにシールかリボンかお選びいただけるようになっておりますが、どうされますか?」
     差し出されたのは包装のサンプルで、一つはポップな字体で「Happy Valentine Day」と書かれた金のシールが貼られたもの。もう一つは白いリボンが箱に十字掛けで巻かれているものだった。
     シールはバレンタインデーの主張が激しく、それを渡すのはそれはそれで小っ恥ずかしい。そう考えるとリボンの方がシールより一見華美だが、バレンタインデーであるという主張はまだ弱い。
    「では、リボンの方で」
     そう言ってリボンを指差すと、店主はにっこりと微笑みながら畏まりましたとまた軽く頭を下げた。

     そして二月一四日。
     十四はいつも通りアポ無しで獄の事務所を訪れた。いつもなら追い出すための小言を言うところなのだが、今日ばかりは呼び出す手間が省けたと素直に部屋に招き入れる。
    「あれ? ひとやさん、今日は忙しくないんっすか?」
    「別に暇なわけじゃねぇが、今日はたまたま手が空いてるだけだ」
     へぇーと間の抜けた返事をして十四は我が物顔で来客用のソファに腰かけると、バッグの中からブタの友人を取り出して目の前のテーブルの上に座らせた。
    「ほら」
     獄はアマンダの身なりを整えている十四の目の前に例の赤い箱を差し出した。
    「え? これって……」
    「今日の日付考えたら、分かんだろ」
     皆まで言わせるなと押しつけるように獄は十四に箱を渡す。
    「え、もらっていいんっすか?! ってか、ひとやさんからもらえるなんて思ってなかった……」
    「ンだ? 要らねぇなら返せ。事務所のやつにくれてやるから」
    「要る! めちゃくちゃ要るっす!!」
     一度手渡した箱を再び手に取ろうとする獄に、十四はそれを死守せんと胸元に隠すようにして獄に背を向けた。ううっと唸るように喉を鳴らし、じとりとした視線で警戒を顕にする十四だが威嚇に慣れていなさすぎて威圧感も何もない。
     獄はそれを鼻で小さく笑うと、テーブルを挟んで向かいのソファに腰を下ろす。そして、取らないから安心しろと、煙草に火をつけてふぅっと天井に向かって煙を吹かして見せた。
     しばらくじとりと獄を見ていた十四はようやく警戒を解くと、抱えていた箱を膝上に乗せた。だが今度はその箱をじっと見つめたままで、一向に開ける気配がない。
    「どうした? 食っていいぞ」
    「いや、このリボン、綺麗だなって思って」
    「リボン?」
     十四は行儀よくその真っ赤な包装紙に包まれた箱の側面に添えていた手でリボンをそっとなぞった。指先で光沢のある白いリボンの触感を確かめると長くカールしたまつ毛がピクリと跳ねる。
    「今ちょっとリボンにハマってて、ライブの衣装とか小物とかに使えないかなぁっていろいろ考えてるんっすよね。それでこれも気になっちゃって」
     まさかただの包装の方に先に見惚れるとは。肝心の中身への反応の方が気になる獄だが早く開けろと催促するのも何だがおかしい。繁々とリボンを見つめ続ける十四を見ながら吸ったタバコは少し長めに燻り、灰へと変わる。
     獄がその灰をトンっと灰皿に落とすと、十四はようやくリボンに手をかけ包装を解き始める。
     シュルリと上品な音がして解かれたリボンを軽く丸めて横に置き、留められたテープを丁寧に剥がして包装紙を外す。
     中から現れた茶色い箱には店名が金色で箔押しされている。獄はタバコを一旦灰皿に置き、箱を開ける十四の指先に視線を注ぐ。先を黒く染めた指先を上蓋に添えてそっと持ち上げ、覗き込んだ中身を見て十四は「わぁ」と声をあげた。
    「可愛い!」
     リボンに触れていた時よりもさらに目を見開いた表情に獄は満足気に口端を上げる。タバコの匂いに紛れて少し甘いチョコの香りが漂ってきて、獄はまだ燻っていたタバコを灰皿に押し付けて完全に火を消した。
     視線を感じて十四を見ると律儀に食べていいかと尋ねるような目で獄を見ていた。まるで「待て」をする犬のようだなと笑いそうになるのを堪えて顎先で促してやると、十四はさらに目を輝かせて箱の中へと手を伸ばす。
     小さなガトーショコラを摘み上げ、表面の赤と緑の小さな装飾をまじまじと見つめてから口の中へと放り込む。
    「ん――!! 美味しいっすぅー! ほろ苦い味も、しっとり柔らかくて口の中でゆっくり溶ける感じもまた最高っす!」
    「喜んでもらえて何よりだ」
     満面の笑みと完璧な食レポは期待以上で、獄は「勝ち」を確信してソファに身を預ける。
    「あの、こんな美味しいのもらっちゃったあとにアレなんっすけど……」
     そう言って十四はゴソゴソと傍に置いたカバンの中から袋を一つ取り出し、獄に差し出した。
     手のひらサイズで少し重さのあるその袋はピンク色のリボンが巻かれていた。
     アポ無しで来たのはやはりこれかと納得しながら獄も目線だけで開けてもいいかと尋ねると、どうぞと十四は両の手を差し出したまま頭を下げる。
     すっとリボンの先を引いて解くと、開いた口からカカオの香りがふわりとあふれてくる。
     中は白いマグカップに入ったチョコケーキで、表面は雪が降ったように粉砂糖がまぶされている。
    「フォンダンショコラ、作ってみたっす。リキュール入れたりしてあんまり甘すぎないないようにしたんで、ひとやさんのお口に合うといいんっすけど……」
     十四は控えめな声でそう言うと視線をテーブルの上で泳がせて両方の指先をもじもじといじっている。先ほどガトーショコラを口にした時のテンションはどこへ行ったのか。
     白い無地のカップの縁には、手作りらしくチョコが滴り固まった痕が見受けられる。
     獄は掲げたカップに鼻を近づけてすんっと匂いを嗅ぐとカカオの香りに混ざって、ほんのわずかなラム酒の香りを嗅ぎ分けた。
    「フォンダンショコラってことは温めて食ったほうが良いんだよな?」
    「そ、そうっす! レンジで一〇秒ぐらい温めてくださいっす」
    「じゃあ今日の夜、食わせてもらうよ。美味そうだ。ありがとうな」
     潰してしまわないように丁寧に袋へと戻していく獄に、十四の強張った肩がゆっくりと下がっていく。
    「ところで十四、お前その指どうした」
     渡された時より少し強めにリボンを締めなおしながら獄が尋ねる。先に獄がチョコを手渡した時から気になっていたのだ。
     十四はまたきゅっと肩を強張らせ、右手で左手を覆う。
    「え、いや、その」
    「見せてみろ」
     咄嗟に後ろに回される左手は獄に素早く捉えられて、十四はひゃっ!と小さく悲鳴を上げる。
     それに構わず獄は掴んだ左手の長い袖を捲ると、薬指に絆創膏が巻かれていた。傷はまだ新しいらしく、肌馴染みのいいテープの真ん中にうっすらと赤が滲んでいる。
    「昨日、それ作ってたらちょっと切っちゃって……」
    「そそっかしいんだよお前は。ギターも弾くんだから気をつけろ」
     はぁ、っとため息をついて獄は包み直した袋にチラリと目をやる。料理中の小さな怪我に心は痛むが、手作りであることを深く実感して何だが喉奥がむず痒い。ンンッとひとつ咳払いをしてそれを追いやる。
    「今夜ライブだろ? どうすんだよ」
    「今日のセトリは自分はギター弾かないんで大丈夫っす。ただ、絆創膏貼ったままなのはちょっとカッコ悪いんでどうしようかなって……」
     ビジュアル系として爪の先までケアを怠らない十四が絆創膏をナシとするのは獄も分からなくもない。だが、かと言ってまだ生乾きの傷を晒したままにするのは衛生的にも良くないよなと考えているとふと白いリボンが目に入る。
    「十四、そのままにしてろよ」
     獄は丁寧に丸められたリボンを手に取る。そして指示通り差し出し続ける十四の左手の絆創膏の上からそれを隠すようにくるくると巻きつける。関節に干渉しないよう細く長い指を覆うと、最後は締め付けすぎないようにして一つ結び目を作った。
    「これなら絆創膏貼ったままでも大丈夫だろ。もし邪魔ならまたライブ前に調整して……って十四聞いてるか?」
     獄が顔を上げると目の前の十四は指に巻かれたリボンを凝視して固まっていた。
    「あー、気に入らねぇってんなら「だめ!!」
     結んだリボンを解こうとする獄の手から逃れるように、十四は今度は自分の左手を身体ごと獄から遠ざける。
    「これで!! これがいいっす!! これでやるっす!!」
     廊下だけでなくフロア全体に響きそうな大きな声に獄は思わず立ち上がり、一発だけ十四の頭を叩いた。
    「ったぁ!!」
    「っるせぇ! 分かったから静かにしろ!!」
     リボンを巻いた左手と右手の両方で叩かれた頭を押さえる十四を見下ろしながら、獄は驚いた部下の誰かが部屋に飛び込んでくるのではないかと部屋の扉に視線を向ける。だが特に誰かが入ってくる様子も、外からこちらの様子をを窺っている気配もなく、大きなため息をついてドカリとソファに腰を下ろした。
    「んで、時間は良いのかよ」
     チラッと腕時計の時刻を確認しながら尋ねると、今度は十四が跳ねるように立ち上がった。
    「あ! やばいっす! リハ!!」
     十四はバタバタとアマンダそして獄から受け取ったチョコをカバンにしまうと、スマホで電車の時刻を確認しながらいそいそとコートを羽織り、マフラーをぐるぐると首に巻いていく。
    「そうだ! ひとやさん、今日絶対ライブ来てくださいっすね!」
    「〝行けたら〟な」
    「絶対っすよ!」
     獄の〝行けたら〟の言葉を相変わらず無視をして扉に手をかけて振り向きざまにそう言った十四は、獄がリボンを結んだ左手を振って慌ただしく出ていった。
     
     十四が出て行った直後、駆け込みの案件が入ってきたことでそれまでの穏やかな時間が嘘のようにバタつき、獄が十四のライブに駆けつけたのは終盤に差し掛かった頃だった。
     普段なら終わるのを外で待つのだが、今日は事務所を出ていく去り際に「絶対に」と言われてしまった。しばらく悩んだが、せめて一曲ぐらいは聞いておくかと、すでに終演支度を始めているスタッフに訝しがられながら獄はチケットを差し出しライブハウスへ入る。
     扉を自分一人が入れるだけ開けて、素早く会場内へ身体を滑り込ませるとちょうど曲前のMCの時間だった。口ぶりから次の曲が最後らしい。
    「今宵、其方たちから賜った数々の供物は我らの血となり肉となり、また今後の宴を彩る華となろう。その一つ一つに心より感謝申し上げる」
     そういえばロビーのプレゼント用の箱が溢れそうになっていた。獄は握ったままのチケットを見るとバレンタインの特別公演の名が冠されていて、周りの女性ファンの格好もいつもより気合が入ったように見受けられる。
     十四たちもこの日のための特別な衣装なのだろう。メンバー全員が普段の装いとは異なり赤を基調としていて、十四はそのスラリとした体躯を存分に活かしたスタンドカラーのロングコートを着ているのが見える。
     感謝の言葉と共に頭を下げた十四に続き、バンドメンバーも頭を下げる。客席から上がる歓声やメンバーの名前を呼ぶ声や拍手の波に流されて、獄も軽く手を叩いた。
     深々と下げていた顔を上げると、額に滲んでいた汗がスポットライトできらりと光る。修行で汗をかくたびにメイクが落ちるだなんだと文句を垂れているくせに今の顔は随分と清々しく、その全力投球な姿勢に獄の叩く手の音は少し大きくなる。周りの歓声も拍手も合わせたかのように大きくなり、十四はほんの一瞬、素のあどけない笑顔を見せた。
    「では次が今宵を締めくくる最後の一曲だ。その身を震わす旋律を共に奏でようぞ!」
     だがすぐにアルゴξ楽団の十四としての顔に戻ると、高らかにそう宣言する。
     パイプオルガンの厳かで重厚な前奏に会場中が曲目を察して色めき立つ。一瞬の静寂ののち、十四のブレスとシャウトする声に重なるようにドラム、ベース、ギターが同時に掻き鳴らされ、会場の熱がぶわりと一気に上がった。
     アルゴξ楽団で最も人気のある曲だ。客は曲に合わせて手を広げ、頭を振り、声を上げ、壇上の十四達と一体になっていく。
     十四はコートの裾をたなびかせ、ロングブーツに履いた長い脚で闊歩しながらステージの端から端へとファンの声援に応えていく。
     身を翻せばその長い髪と一緒にバサリとコートが広がり、その下には黒シャツと細腰を強調する真紅のウエストコートが垣間見えた。
     そして首元に巻かれたダークブラウンのネクタイの上で光る小さなシルバーに獄は気がついた。
     あのネクタイピンだと獄にはすぐ見当がついた。今日ライブに来るようせがんだのはこのためかと、騒ぎ暴れる観客の中で獄は一人小さく笑みをこぼす。
     歌詞に合わせて十四が空へと左手を掲げる。親指と人差し指にはいつも通り嵌められた指輪が光る。
     だが今日はそれよりも目を引くものがあった。
     指を覆うように巻かれ、結ばれた白いリボン。
     光沢のあるそれは光を集めて指輪以上に明るく輝き、そして十四の手の動きに合わせて妖艶に揺れている。
     顔を覆うようにその手を翳すと艶のある黒髪が金と白の二色の糸で彩られる。同時に黄色い歓声が上がり、そして獄の心臓もわずかに高鳴った。
     いつもなら俯瞰して見ている視線が、自然と指先に向き、離せなくなっていた。
     たった一本のリボン。それも元々は数時間前、たまたま獄が渡したチョコの包装用のものだ。それがここまで観客に魅せるものに昇華されるとは。そんな十四のポテンシャルにただただ驚く。
     曲が終わり、また深々と頭を下げる十四たちに大きな拍手と歓声が響き渡る。
     顔を上げ、観客を見回しながら去る姿を獄はただじっと見つめているとそれに気がついたのか十四と目があった。
     すると十四はわずかに微笑み、すっと自分の左手を持ち上げる。
     そして、指のリボンに口付けた。
     伏せた瞳が一瞬チラリと上がり、真っ直ぐに会場奥の獄にだけ向けられる。その視線と行動の意図に獄は気づかないわけがなかった。
     一瞬絡んだ十四の視線はすぐに客席全体へと移り、リボンを結んだ左手を高く掲げると今日一番の歓声が客席から上がった。十四の名があちこちで叫ばれ、それに応えるように十四も手を振り返す。
     客席からの視線も声も壇上に一心に注がれる中、獄はそれを背に足早に会場から抜け出した。
     
     会場外に出て、獄はすぐにタバコに火をつけた。寒空に向かって煙を吐き出し天を仰ぐが、漂う紫煙に十四の指先で揺れるリボンが重なる。
     絆創膏を隠すためにと思いつきで巻いたリボン。
     そこが〝左手の薬指〟という大きな意味を持つ場所だったことにあの瞬間、気がついた。
     指先は自分一人で巻くことはできない。だとすればあれは事務所で獄が巻いたままのものだろう。そして最後のあのパフォーマンス。
    「あのガキ……」
     思わず咥えたタバコのフィルターを噛み締めた。昼間に事務所で喚いていたのと同一人物かと混乱しそうになる。
     このまま情緒を掻き乱されたままなのは我慢ならないと獄はスマホを取り出した。
    『おつかれ』
     既読はすぐに付いた。だが十四の返事を待つより先に獄は続きのメッセージを打ち送信する。
    『外で待ってる。終わったらそのまま来い』
     間の抜けたブタの「了解」というスタンプが返ってくる。獄は少し早まる心音にふうっと一つ深呼吸をして、さらに一言書き添えた。
    『指のそれ、まだ解くなよ』
     既読が付き、続きを打ち込む。
    『俺がやる』
     それに対する通知は見届けず、スマホをポケットにしまい込んだ。
     またタバコの煙を吐き出し空を見上げると、途端に車中に置いたままのフォンダンショコラの存在が思い出された。
     袋に巻かれたピンクのリボン。あれが解かれるのは明日の朝になりそうだと思った。
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