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    前 浪

    @m73_925

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    前 浪

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    ひとじゅしとメガネの話👓⚖️🌔

    付き合ってるひとじゅし

    #ひとじゅしアクセサリー

    glasses 早朝からの空厳寺での修行が終わり、夕方のバイトまで少し時間が空いた十四は当てもなく街中を歩いていた。
     CDショップや、行きつけのアパレルショップに寄ってはみるもののあまり気分が乗らず店内をふらっと一周してすぐに出る、というのを繰り返す。
     一旦家に帰ってもいいが、往復の時間を考えると少しバタつきそうだ。できればもう少しこの辺でどこかで少し時間を潰したい。
     そうなると頭にまず浮かぶ場所は――
     
    「ひっとやさーん! 遊びに来たっすー!」
     ノックをして一面磨りガラスのドアが開かれるまでの間隔はほとんどなかった。
    「……十四、ここは遊びに来る場所じゃねぇっていつになったら覚えンだ!! 何度も言わせんな!!」
     そして、そのドアが開いてから獄が怒号を上げるまでもまた同じく、である。
     獄がちらりと視線を投げたドアの外で受付係が見慣れた愛想笑いをしている。
     何から何までいつも通りのやりとりだ。
     だが今日はその中で一つだけ違うものがあった。
    「あれ? ひとやさん、めが、ね?」
     部屋の奥のデスクから立ち上がり十四を睨みつける獄がメガネをかけていた。
     オーバル型のメガネで、フレームは濃い緑色。薄墨色の髪やトレードマークのモノクロのライダースに慣れているせいか珍しい配色に自然と目がいく。
    「どうしたんっすか? イメチェンっすか?」
     開口一番怒鳴りつけられたというのに一切怯む様子のない十四に、獄は天井を仰ぎながら倒れ込むように再び椅子へと腰を下ろした。
    「……はっ! まさか老が」
    「お前は俺を幾つだと思ってんだ、クソガキ」
     長い脚の割に随分と小さな歩幅で、だが勢い良く駆け寄ってくる十四に獄はメガネを外して露骨に渋い顔をする。
    「朝から目が痛くてな。どうやら炎症を起こしたみたいで、コンタクトが入れられねぇんだよ。だが書類や液晶の文字が見えないと仕事にならねぇから仕方なく、だ」
     そう言って獄は眉間を指で挟んで強く揉む。はぁっと疲れたため息を吐きながらゆっくり開かれる目を十四はずいっと顔を近づかせて覗き込んだ。鼻を掠める程度だったハイライトの匂いが、ぐっと濃く香る。
     驚き見開かれた獄の目に赤い筋が浮かんでいる。涼しげな瞳の色に不釣り合いなその鮮やかすぎる赤は見ているだけで痛々しい。
    「病院、行ったんすか?」
     大きなデスクにその身を乗り出したまま、十四は顔を歪めた。顔全体、特に眉間に皺を寄せて何かに耐えているような表情になぜお前がそんな顔をするんだと思いながら、獄は近い、と片手でその身体をデスクの向こうへと軽く押し返す。
    「昼休みの間にな。目に何か菌が入ったせいらしいから薬を処方してもらったが炎症が治るまでコンタクトは着けるな、だとよ。だからしばらくメガネ生活だ」
     獄は天井の照明にメガネをかざし、レンズの汚れを拭きとって掛け直した。
     そのまま手元に積まれた書類に視線を落とすが、急なことで度が合っていないのだろう。そのメガネの下でピントを合わせるように何度も目を細めながら手元の書類を睨みつける。
    「仕事中はいいんだが、バイクがなぁ……」
     小さく獄がぼやいた。
    「バイク、メガネかけたままじゃ乗れないんっすか?」
    「乗れなくはないが、長時間乗るとなるとちょっとな。仕事は車に乗ればいいが、こりゃ週末のツーリングは延期だな……」
     その言葉に十四がはっと目を見開いた。
    「ひとやさん!」
    「ンだよ……」
     バンっと手をデスクに叩きつけ再びをその身を乗り出す十四。閃いたとばかりに向けられるその満面の笑みに獄は椅子ごと身体を後ろに引きながら眉間に皺を寄せた。
    「週末、ツーリングなくなったんっすよね?! 今そう言ったっすよね?!」
    「あ、ああ……」
    「じゃあ暇っすよね!」
    「いや、別に暇ってわけじゃ……」
    「デート! デートしましょう!!」
     デートという単語に獄は、はぁ!? と声を上げる。
    「ちょっと待て、お前、何勝手に……」
     恋人同士とはいえ流石に急すぎると異議を申し立てかけたその眼前に、ばっ!と十四の手が翳される。立ち上がりかけていた獄はよろけて尻餅をつくように再び座面に戻された。
    「安心せよ!我は黄泉の世界でも続く契りを交わした同志。与えられし安寧の時がいかに寸刻たろうとも、其方の明敏にして冷涼なるオーラを纏いし眼を縁取るのに相応しき双鏡を必ずや見つけ出してみせようぞ!!」
     大仰にそう言った十四はポーズを決め、高らかに笑い出す。笑い声は執務室だけでなく廊下にも響き、磨りガラスの向こうで通り過ぎる人影が足を止めた。
     呆気に取られていた獄だが我に返ると、大きく舌を打ちととともに立ち上がる。
     そして――
    「ッ! だからここでデカい声出すんじゃねぇ! クソガキ!」
     ――振り下ろされた拳骨に対する甲高い十四の悲鳴は一際大きく事務所に響いたのだった。
     
    ◇◆

     そしてその週末。
     獄と十四はナゴヤに最近できたという大型のショッピングモールを訪れた。
     さすがに休日ともあって人出が多い。ナゴヤの商店街の人通りも大概だが、それの比ではない人の波が二人の目の前に広がっていた。
    「さ! ひとやさん! 行くっすよー!」
     ピントの合わない視界の先を睨んでいる獄を尻目に、十四は拳を掲げると颯爽と人混みの中へ飛び込んだ。
    ――絶対にひとやさんにピッタリなものを見つけるっすよ!
     普段なら人の多さに臆してなかなか前へと進めない足が今日はやけに軽く、白いリボンを編み込み高く結んだ長い髪は心地よさそうに揺れた。

     目的の店は長い楕円の形をしたショッピングモールの一番奥にあった。
    「さぁ! 着いたっすよ、ひとやさ……」
     十四は勢いよく振り返ったが、そこに獄の姿はなかった。
    「あ、れ……?」
     慌ててあたりを見回してみるが、行き交うのは知らない家族やカップル、友だち連ればかりだ。
     どこで逸れたのか。そもそも自分は目的地をきちんと告げていただろうか。
     提げていたショルダーバッグの中のスマホを漁りながら来た道にもう一度目を凝らす。だが、さっきまで迷いなく悠々と歩いて来られたはずの道は人で埋め尽くされている。
     獄のメガネを探しにきたというのに肝心の本人を置いてきてしまうなんて。涙が滲み、手元のバッグの中が歪んで見えるせいでスマホもなかなか見つからない。
    「おい」
     すると突然肩を後ろからトンっと小突かれた。半歩前に出た足で踏ん張って振り返ると、そこにはやや疲れた顔の獄が立っていた。
    「ひ、ひとやさぁあん!」
     十四は大きく手を広げてドタドタと駆け寄っていく。だが公衆の面前で抱きしめられてはかなわないと獄はひらりと身を躱してそれを回避する。
    「勝手に行くな、バカガキ。今日アテンドするつったのはお前だろうが」
    「う……ご、ごめんなさいっす」
     ったく、と吐かれる大きなため息に十四は背中を丸めるようにして俯いた。
    「俺には我慢ならんもんが二つある。一つ、道の真ん中で放置されたままの落とし物。二つ、ツレの存在を忘れて先に行くやつだ」
     十四は獄の存在を忘れていたわけではないのだが、置いていってしまったことは事実なので小さく呻くことしかできない。
    「ほら、さっさと行くぞ」
    「え?」
    「え? じゃねぇよ。俺に似合うメガネ探してくれるんだろ。一事が万事みたいにしょげてる暇ねぇぞ」
     そう言って獄は先に店の中へ入っていく。十四はそれを慌てて追いかけた。
     
    「ほぉ……メガネってこんなにたくさんあるんだな」
     思っていたより豊富な品揃えに獄の口から驚きの声が漏れる。
     最近このような店を街中でたびたび見かけるので流行っているのはなんとなく知っていた獄だが、実際脚を踏み入れたのは初めてだった。
    「そうっすよー。今はアイウェアっていってアクセサリー感覚でつけるのも流行ってるっすからね!」
     そう言って十四は手近にあったものを手に取り自分の顔の前に掲げる。
    「こうやってカラーレンズ入れてるのもメイクとちょっと違ったアクセントになってかわいいんっすよ」
    「へぇ」
    「ちなみになんっすけど、ひとやさんは『こういうメガネが欲しいなー』とか希望はあるっすか?デザインとか、色とか」
    「希望か……まぁ今回みたいな緊急時に仕事に支障が出ないようにっつーのが一番だから、ビジネス用に配慮したデザインだな」
    「なるほど、なるほど」
     十四はうんうんと頷き、店内に目を向ける。
     所狭しと並ぶ様々なメガネがフレームやレンズに天井の照明を写して水面のように煌めいていた。
     そのなかでもキャラクターものや映画、ファッションブランドとのコラボで作られたポップなものは特に目立っていて十四の目は自然と引かれてしまうが今日は獄のための買い物だ、お呼びではない。
     それらはできるだけ見ないふりをして、獄の希望する「ビジネス用」を探して店の中を歩いていると、少し奥に、それに見合うコーナーを見つけた。
    「ひとやさん、ひとやさん!こういうのはどうっすか?」
     並ぶのは黒やシルバーといった落ち着いた色味のフレームで縁取られたシックなデザインのメガネたち。レンズも今流行りの大きく丸みを帯びたものではなく、直線的でどちらかというと控えめなものが多い。
    「ちょっとこっち向いてもらっていいっすか?」
     十四は獄の肩を持って自分の方を向かせると、じっとその顔を見つめた。近い距離でまじまじと見つめられて獄は視線を泳がせる。
     十四は獄の顔と並んだメガネたちを交互に見てから、選んだメガネを一つ、獄の目元にかざした。
    小さくうーんと唸ってから、別のメガネを手に取りまた獄の目元にかざす。
     色、形、フレームの細さなどそれぞれ微々たる違いだが、それら一つ一つを吟味する十四の眼差しは真剣そのものだ。最初は少々気恥ずかしかった獄だが、いつにないその表情にほんの少しだけ目を細めると着せ替え人形の立場を黙って受け入れることにした。
     そうして最初は一つ一つ、悩みつつメガネを選んでいた十四だったのだが、次第に雲行きが怪しくなってくる。取っ替え引っ替えするようにメガネを選ぶ様子に、獄の目にも徐々に怪訝な色が浮かび始める。
    「やばいっす、ひとやさん……」
     十四の手がぴたりと止まった。
    「やばい? 何がだ?」
    「このミッション難易度高すぎるっす……」
     それまでの真剣だった十四の目に焦りや困惑を滲んでいた。
     まさかここに並ぶメガネの全てが似合わなかったのだろうか。そんなわけないだろうと獄は無意識に鼻から乾いた笑いを漏らすが、目の前の十四は眉尻を下げて心底困ったという表情をしている。
    「ひとやさん……」
     深刻そうな声に、獄の喉がごくりと音を立てる。
    「全部似合いすぎてて、自分、選べないっす!!」
    「……は?」
     獄の口から間の抜けた声が出た。十四はというと、今にも膝から崩れ落ちそうな体勢で頭を抱えている。
     獄の所望するビジネス用のメガネは高い知性と品性を感じさせ、ファッションアイテムとしてはオシャレ上級者向けだ。
     もし十四がこのタイプのメガネをメインに自分自身のコーディネートを考えろと言われたらきっとお手上げだっただろう。だからこそ余計に気合を入れて選び始めたのだが、目の前の獄はそのどれもが似合ってしまっていたのだ。
     服なら(予算が許せば)気に入ったものはとりあえず買うところだが今回はメガネだ。そうもいかない。
     だが手当たり次第に合わせてみてもどれひとつとしてハズレがなく、一つに絞ることもできない。
     まさか「似合うものが多すぎて悩む」なんてことになるなんて十四は思っていなかったのだ。
    「それに……」
    「それに?」
    「ひとやさんのお仕事用のやつって思うと適当なもの選べないなって段々思っちゃって……」
     獄は常々「弁護士に限ったことじゃないが、客商売は見た目の印象が大事だ」と口にしている。
     つまり、今十四が選ぼうとしているメガネが獄の仕事における大事な一端を担ってしまうことになるかもしれない。だとしたらこれは相当責任重大なことだ。そう思うと急にプレッシャーが重くのしかかってきた。
     項垂れる十四は並ぶメガネたちにちらりと目をやった。先ほどまでの煌めきが今はギラリと十四の審美眼を試しているように見えて、思わずヒッと小さな悲鳴が出る。心なしか胃も痛くなってきた気がする。
    「ちなみになんだが」
     俯いていた十四はゆっくりと顔を上げるが、痛くなってきた気がする胃を腕で押さえながらどんよりとした色を濃く滲ませている。
    「『ここから俺に似合いそうなのを三つ選べ』って言ったらどれにする?」
    「三つっすか……?」
     十四はゆっくりとディスプレイに顔を向けた。
     やっぱりどれも獄に似合いそうなのは変わらず、目移りしてしまう。
     十四はメガネと獄の顔を何度も何度も見比べた。
     誰よりも優しく、それでいて厳しく、でも誰にも負けない強い人。そんな獄に誰よりも憧れているからこそ、十四は弁護士ヒーローにぴったりのものを選びたい。
    「三つ選ぶとしたら……これと、これと、これっす」
     十四は一つ一つゆっくり指を差した。
     一つは、スクエア型のシルバーのフルフレーム。二つ目は同じくスクエア型で黒のハーフリム。そして三つ目はオーバル型のネイビーのフルフレーム。
     獄は鏡の前に立つと、十四が選んだその三つを今度は自ら試着し始める。
     顔の正面や左右それぞれからの見え方やこだわりのリーゼントとの相性を確かめつつ、掛け心地をじっくり吟味する獄の姿を、十四は緊張した面持ちで黙って見つめ続けた。
    「よし、これにする」
     そう言って獄が手に取ったのはシルバーのフレームのメガネだった。
     細身のメタルフレームによる一見シャープな印象は、光を反射すれば鋭くそして強くその存在を主張するのが裁判で戦うときの獄の姿に重なる。
    「そ、それで大丈夫っすか?」
     だがやはり十四は自分が選んだものが獄の仕事に支障を来したりしないかが気になって、伏せがちな目で獄の顔とそして選ばれたメガネを見た。
    「お前が選んだ三つから、仕事で使うのに良さそうなものを俺自身が選んだんだ。何も問題ねぇだろ」
     涼し気な顔で獄はさらりと答えた。なんのことはない、たった一言でそう思わせてくれるさりげない気づかいに十四の目頭は少しじんと熱くなる。
    「どうだ?」
    〝自ら〟選んだメガネをかけた獄にそう問われて、十四は大きく頷いた。
    「完璧っす! いつものシゴデキなひとやさんがさらに盛られて、スーパーシゴデキって感じがするっす!」
    「盛ってるんじゃねぇよ。実際デキる男だからな、俺は」
     鼻で笑いながらそう言う獄に、「そうでした」と返した十四の顔にはいつの間にか笑顔が戻ってきていた。

     店員を呼び止め購入準備をしている獄を待っている間、十四は一人、店内を見て回る。
     いろんなメガネが並ぶ中、やはり気になるのは店の中心の今流行りのメガネが並んだコーナーだ。
     そこには大きめのフレームのものや、カラーレンズなどアクセサリー感覚で掛けられるカジュアルかつポップなデザインのものを前面に押し出している。
    「何か気になるのか?」
     いつの間にか後ろに立っていた獄が、肩越しに覗き込んでくる。
    「ひとやさんのメガネ選んでたら自分に似合うのはどんなのだろうって気になっちゃって……ここに並んでるやつかわいくないっすか?」
     目を輝かせる十四の横顔見てから、獄はディスプレイされた可愛らしいメガネに視線を向ける。
    「十四、こっち向け」
     そう言われて素直に顔を向けると、十四は先ほど獄にやったように一つメガネを当てがわれた。
    「ちょっと待てよ……こっち、いやコレだな」
     獄は手を少し空で彷徨わせ、別のメガネを取り上げた。
    「そのまま動くなよ」
    「は、はいっす!」
     ピッと背筋を伸ばし、両手を身体の横に沿わせて直立不動のポーズをとる十四。表情までも強張る様子にふはっと吹き出しながら獄はフレームと同じく細いテンプル部分を持って開いたメガネを十四の顔に近づけていく。左手が顔のかかる前髪を少し持ち上げたところで十四は自然と目を閉じた。
    「ほら」
     その声にゆっくりと目を開けた十四は正面の鏡に写る自分の顔を見てわぁっと小さく声を上げた。
     獄が十四に選んだのはラウンド型のゴールドのフルフレームメガネで、淡いカラーレンズが入っている。
     十四はいつも右目を完全に覆うように下されている前髪を少し耳にかけるように直すと、鏡越しの見慣れないメガネ姿の自分をまじまじと観察した。
     普段はシルバーのアクセサリーが多い十四だが、フレームのゴールドは細身だからか悪目立ちせず、前髪の金のメッシュにも良く馴染んでいた。
     柔らかいピンク色レンズは少し角度を変えれば十四の白い肌に血色のいい色を落としてくれる。
    「お前はやっぱり丸みあって、デカいレンズのメガネが似合うな」
     得意げに笑う獄に十四の心臓が軽く跳ねる。急に褒められたことが恥ずかしく、素直に獄の顔が見られない十四は視線を少し逸らしたところである一点に目が止まった。
    「ひとやさん!! これ、掛けてみてほしいっす!」
     目に留まったのは黒いフレームのウェリントンメガネ。それを手に取り、獄に渡す。
     獄はそれを黙って受け取り、少し顔を伏せて掛けると、鏡ではなくまずは十四の方を向いて顔を上げた。
    「わぁ……!」
     目が合った瞬間、十四は咄嗟に口元を両手で覆った。
    「ひとやさん、こういうの絶対似合うだろうなとは思ってたんっすけど、実際に見たらヤバいっす……海外の俳優さんのオフの時みたいでめちゃくちゃカッコいいっす!」
     手で覆っただけでは隠しきれない緩んだ表情が、目尻や視線から溢れている。
     褒められて満更でもないのはもちろんだが、今はそのピンクががかったレンズのせいか十四の見惚れるようなその視線は胸をくすぐる甘やかさが滲んでいて、チラリと目をやった鏡越しの獄の顔も少し口元が緩んでいた。
     そんな姿を鏡に映す獄の後ろから、同じ画角に収まるように十四がひょっこりと顔を出した。
     獄の選んだメガネをかけた十四と、十四が選んだメガネをかけた獄。
     年齢も好みの服装も違う二人がお互い相手に似合うと思ったものを選び合い、そしてそれを身につけて鏡に写る姿はここ最近で一番いい表情をしていて、鏡越しに微笑み合う。
    「これにするか」
     獄はかけていた黒縁のメガネを外し、十四の目元からもメガネをすっと外すと、その二つを手に持って一人まっすぐにレジへと向かっていってしまう。
    「え? ちょっ、ちょっと待ってくださいっす!」
     先を行く獄を追いかけて十四はその腕を掴んだ。
    「どうした?」
    「それ、買うんっすか?」
    「ああ、そうだが?」
    「あの、まさか自分のメガネも……」
     獄は自分のメガネだけでなく、明らかに十四の分も一緒に買おうとしている。獄はたびたびこうして十四に物を買い与えることがあったが、今日は獄のための買い物に来たのだ。いくら獄のほうが歳上で、しかもナゴヤきってのやり手弁護士だからと言っても流石にこれは十四でも気後れしてしまう。
    「十四、俺には我慢ならねぇモンが二つある。一つ、喫茶店でいつまでも注文が決まらないやつ。二つ、今目の前に欲しいものがあるのにそれを諦めるやつだ。俺もお前もこれが気に入った。ならあとは買うだけだろ」
    「でも、今日はひとやさんお仕事用のを買いに来ただけで……」
    「アレはまたコンタクトが使えなくなった時に仕事で要るからな。だが、今日はお前が俺に似合うものを探してくれるって約束だっただろ? コレがそれ、だろ?」
    「じゃあせめて自分の分は自分で……!」
     慌ててカバンの中から財布を出そうとする十四の手を獄は制した。
    「お前のは、俺がお前に掛けて欲しくて買うんだから俺が金を出すに決まってんだろ。っていうか、ガキに金出させるとかダサいことさせるかよ。ましてお前は俺の――」
     そう言うと獄は制した十四の手首を掴み、そのままぐっと身体を引き寄せた。
    「恋人だろ?」
     耳元でそう囁く掠れた低い響きに十四の左胸が大きく高鳴る。
     獄はすぐにその手を離し自ら一歩下がって距離を取ると、徐々に顔を赤く染める十四にくすりと笑いかけてそのまま一人、二つのメガネを手にレジへと向っていってしまった。
     十四は引き留めようとしたがバクバクと痛いぐらいに煩い心臓のせいで足が動かず、その場で赤くなる顔を隠してしゃがみ込むしかできなかった。
     
     火照る顔をなんとか落ち着かせた十四のもとに獄が戻ってくる。獄は手に紙袋を二つ提げ、そしてあの黒縁のメガネをかけていた。
    「あれ?ひとやさん、それそのままかけて帰るんっすか?」
     度入りのレンズは後日引き取りのはず。であれば今獄がかけているのは伊達メガネということになる。
    「ああ、ちゃんとしたメガネは仕事用のさえあればひとまず事足りるからな。こっちは、もし必要になったら後日入れてもらえばいい」
     そう言って獄はメガネを人差し指で軽く持ち上げる。その仕草もそしてメガネをかけた姿もやっぱり似合っていて、ようやく落ち着いたはずの十四の鼓動はまた少し早くなっていく。
    「ほら、お前の分」
    「あ、ありがとうございます、っす……」
     差し出された紙袋の一つをおずおずと手を出して受け取った。
     受け取った紙袋にはメガネと一緒にダスティピンクの袋状のメガネケースが入っていた。この色も獄が選んでくれたのだろうか。
     メガネもケースも獄が自分のために選んでくれた。それは素直に嬉しいのだが、同時に買わせてしまったという申し訳なさもあって上手く笑顔が作れない。
    「ぼーっとしてんなよ。ほら、それ掛けたら行くぞ」
    “掛けたら”の言葉に、十四は紙袋を覗き込んでいた顔を上げた。
    「今日はせっかくお互いに選んだメガネを買ったんだぜ?だったらこのあとは二人でそれを掛けて過ごしたほうがいいだろ。……デート、なんだから」
     意外な言葉に十四は目を丸くした。
     今日の買い物は十四が半ば強引に予定を取り付けたことで、獄は仕事用のメガネが一つ手に入りさえすればそれで良かったはずだ。
     十四はメガネ姿の獄から、紙袋の中に視線を落とす。
     獄は十四が獄に似合うメガネを選ぶという約束をきちんと果たさせてくれた。それに加えて十四にも一つメガネを選んでくれた。
     それはつまり、デートだから、だったのだろう。
     獄は十四の約束も、今日がデートであることも最初から意識してくれていたのだ。
     熱くなってくる目頭からじわりと滲む涙を十四は必死にこらえる。
    「早くしろ。置いて行くぞ」
     そう急かされて、十四は慌ててメガネを掛ける。
     涙を拭い、顔を上げると見えた全部が淡く優しく色づいていて、自然と顔が綻んだ。
    「ね、ひとやさん」
    「なんだよ」
    「お耳、真っ赤っすよ?」
     その指摘に獄が少し顔を顰めた。
    「……それ掛けてるからそう見えるだけだろ」
     そうして背けられてしまった顔を、十四はメガネを少しだけ下げて窺い見る。
    「かも、っすね」
     そうして十四はずらしたメガネを掛け直すと、置いて行かれないように獄の腕を取ったのだった。
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