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    前 浪

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    前 浪

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    ひとじゅしとカフスボタンの話⚖️🌔

    付き合ってるひとじゅし

    #ひとじゅしアクセサリー

    cuffs button 十四は悩んでいた。
     クローゼットを前にぼうっと座ってもうどれぐらい経っただろうか。衣装ケースは開いたままで、ベッドの上、カーテンレール、椅子の背もたれ、至る所に服が散乱している。今一度ぐるりと見渡すが、出てくるのは小さなため息だけ。
     数日後に行われるライブでの衣装が決まらないのだ。
     いつもならばセットリストの世界観に合わせたものを選び、時には自作することもあるのだが今回の会場は慣れたライブハウスとは違う、いわゆるライブレストラン。音楽を聴きながら食事や飲み物を楽しんでもらう空間だ。
     オールスタンディングではなく座席に座ったままゆったりと音楽に身を委ねてもらうために曲は全てアコースティックver.にアレンジした。演奏する十四たちバンドメンバーもコンセプトに合わせた衣装で華を添えることで普段聴き慣れた曲を新しい解釈、世界観で楽しんでもらうつもりだ。ヴィジュアル系であることは忘れず、しかし普段よりもシック、そしてドレッシーに。少し大人びた、いつもと違うアルゴξ楽団を見せていこうというのも狙いの一つだった。
     そんな空間もコンセプトも特別なライブを前にいつも以上に気合いが入り、そして今、大いに悩んでしまっていた。その舞台に立つに相応しい服が、目指す大人な自分がどうしても思い浮かばない。
    「アマンダー、どうしよう……」
     胸元の友人は優しく寄り添ってはくれるが、残念ながらアドバイスは返ってこない。部屋中に溢れかえった服を前に十四はまた一つ大きなため息をついた。
     
    「で、なんで俺なんだよ」
     自宅玄関で獄は腕を組み、眉間に皺を寄せている。髪型はいつものリーゼントではなく手櫛で整えた程度で、服もゆったりとした紺のチノパン、白のカットソーにグレーのカーディガンというラフな格好でまさに休日スタイルだ。
    「自分の周りで『大人』って言ったらやっぱりひとやさんなんで!」
     土間に立つ十四の傍にはキャリーケースとボストンバッグ、そして紙のショッパー。休日の朝早く、家出でもしてきたのかという荷物を抱えてインターホンの映像に映った十四に慌てて玄関の解錠ボタンを押してしまったことを獄はひどく後悔した。
    「新しい自分たちを表現するのに、まず他の人に教えを乞うてみようと思ったんす。『お豆八百』ってやつっす!」
    「『岡目八目』、な」
     師匠の影響か十四は最近やたら慣用句や故事成語を用いるようになったが、その大半が微妙に間違っていて、ライブの服の前にそっちをどうにかしてやるべきなのではと獄は頭の片隅に思う。
    「まさかお前それ全部服じゃねぇよな?」
    「いやまさか。これでも服は自分で十着まで選別してきたんっすよ?」
    「じゅ……」
     獄は荷物に視線を向けたまま口を開けて固まってしまう。
    「ヘアメもメイクもなんとなくイメージはあるんっすけど、やっぱり服が決まらないとそういうのって進まないんっすよね。なんで、是非『かっこいい大人代表』のひとやさんの貴重な意見を聞きたいんっす!」
    「つってもお前、十着って……」
     大きくため息をつき、セットしていない後ろ髪を雑に掻く獄に、十四はさりげなく近づくと耳元へと口を寄せた。
    「それに、オトナなかっこいい恋人も、見たくないっすか?」
     キャンキャンと可愛らしく吠える仔犬のような声から一転、少し鼻にかかる声色でそう囁かれ獄は頭の後ろを掻いていた手を止めて十四の顔を見る。目を見開いて固まる獄に向かって、ひひひと少しイタズラっぽく笑った十四は、「おじゃましますっすー」と無遠慮に荷物を抱えてリビングの方へと進んでいった。
     
    「十着」と十四は言っていたが、それはパンツとインナーそしてジャケットを合わせて十着という意味で、それらを組み合わせると三十パターン近くあることに気がついた獄は「マジなし」と大人の基準で判断したものをまずラインナップから外す作業から始めた。
    「これ良いと思ったんっすけど……」
    「そんなでけぇ髑髏のプリントが入ったパンツは大人は履かねぇんだよ」
     ンな柄の服を着るのは、中学生かどこぞのヤクザだけだわと獄は吐き捨てる
    「じゃあこのジャケットはどうすっか?! 背中に羽がついてるんっすけど表は普通のジャケットに見えるんで、こう現代社会に紛れ込む天使みたいな……」
    「却下。お前、『大人』の意味分かってんのか? 羽だの髑髏だの十字架だの……あと訳のわからない英文が入った服もやめろ」
     そうやって選別をしたものの、それだけでも十以上の組み合わせがあり、「こんな酔狂、素面で付き合えるか」と獄はまだ昼過ぎだというのにウイスキーをグラスに注いだ。
     
    「どうっすか? テーマは、そう、『光と影の神秘なる侵食エクリプス』」
     黒のパンツとオーバーサイズのモノクロのバイカラーシャツを着た十四は指先を額に当てながら軽く顎を上げてポーズを決める。獄はウイスキーを口に含むが、特に言葉はない。
    「えっと、黒のパンツとこの斜め上下モノクロのバイカラーのシャツを合わせることで月食を表現してみたっす! ちょうど境目に小さいスパンコールが入ってるのも綺麗じゃないっすか?」
     十四は獄の顔を見るが、獄は黙ったまま再びウイスキーに口をつけるだけ。妙な沈黙の中、部屋には時計の秒針の音だけが響く。
    「全体で見たら色は落ち着いてるが」
     ようやく口を開いた獄がソファの背にもたれ掛かると、ギシリと革が音を立てた。
    「こう、バイカラーとかオーバーサイズっつーのが少しカジュアルすぎる気がすんだよな。舞台映えのためにフォーマルの堅さを少し外すのは悪くねぇとは思うが」
    「そ、そうっすよね。じゃあこれは無しで……」
     少し肩を落として十四は前立てのボタンに手をかけた。強引な頼みに酔狂だなんだと文句を言いながらも付き合ってくれる優しさと、真面目に意見をくれることは素直に嬉しかった。だが――
     袖を抜いた白黒二色のシャツを見て、無意識に唇同士をキュッと結ぶ。というのも憧れの大人である獄を彷彿とさせる服を身に纏いステージに立つことを想像して選んだのがこの白と黒のバイカラーシャツだったからだ。その真意を知らないとはいえ、真剣に見て、考えてくれた上で獄が意を唱えたのだから従わない訳にはいかない。そんな独りよがりのがっかりした気持ちを獄に気付かれないように畳んだシャツをグッとカバンに押し込んだ。
     次に着たのは黒一色のドレスシャツ。
     胸元にあしらわれたフリルが華やかであり、鎖骨周りのシースルー素材は肌を見せすぎず、だがコンサバすぎない程よい露出で色気もある。また、腕周りもゆったりとしたバルーンスリーブときゅっと締まった袖のシルエットが印象的で、昨日衝動買いしてしまった一枚だ。
     先ほどの黒のパンツはそのままに、シャツに腕を通して獄の前に立つ。全身真っ黒なのは少し味気なく、ベルトで差し色を入れようか、それともコルセットパンツを履く方がいいかなど十四は頭の中でコーディネートのアレンジをシミュレーションをする。
    「お前それ、コンバーチブルか?」
    「え? こん、ば……」
     その声に自宅のクローゼットに飛ばしていた意識を引っ張り戻す。ソファから立ち上がりテーブルに獄がグラスを置くとまだ残っていた氷がカラリと音を立てた。
    「袖のところだ。コンバーチブルカフス。普通のボタンでも留められるが、カフスボタンも着けられる」
     獄は歩み寄り、そっと十四の右手首を取る。ほら、とその手を上を向けると、シャツと同じ真っ黒なボタンが付いた袖には両方に穴が空いていた。
    「ちょっと待ってろ」
     そう言うと獄はパタパタと少し足早にリビングを出て行く。十四が手持ち無沙汰に袖を見つめていると、戻ってきた獄の手には小さな箱。なんだろうと首を傾げる十四を前に、開かれた箱の中にはシルバーのカフスボタンが入っていた。円形の表部分には筆記体でAの文字が添えられている。
    「え、これまさかAimono自分の?!」
    「たぁけ。Amaguniのだよ。ほら、手、貸してみろ」
     あ、そっかと一瞬浮かれてしまった恥ずかしさに耳を赤くして顔を伏せた十四は、黙ったまま手を前に差し出した。細く長い指の手を取り、獄はその左右の袖それぞれにカフスボタンを留めていく。
     十四が顔を伏せたままチラリと上目遣いで様子を伺うと、袖口に視線を落とす獄の顔があった。緩やかにウェーブがかったアッシュグレーの髪から覗く、人より少し深く窪んだ目元と、立派にまっすぐ通った鼻筋、そして頬骨の下に落ちる影。近くで見る凹凸のはっきりした顔の骨格に、大人の男性の色香を感じて十四の胸はとくりと鳴る。
    「出来たぞ」
     その声に我に帰り、視線を自分の袖に移す。シルバーの輝きが、黒一色の服にさりげなく華を添えていた。
    「フォーマルな場での男のアクセサリーの類いは良い顔をされないが、カフスボタンだけは例外だ。お前の言う『大人』っつーのにもピッタリだろ」
     主張しすぎず、かといって地味すぎない。カフスボタンというアイテムにこれまで縁がなかったが、袖口のこれは普段シルバーアイテムを身につけているので十四との肌馴染みがよく、獄の言う通り少しだけ背伸びをした大人のアイテムに思えた。
     ただ暗く味気なかった全身が、袖の小さな装飾一つで急に高級感を増した。
     途端に十四の頭の中で、ステージに立ち、ライトを浴びて歌う自分と仲間たちの光景が浮かび、それまでぼんやりとしていたアイデアがどんどんと湧いてくる。
    「ひとやさん、これ、貸してください!」
     もちろんだと答えた獄は、忘れないようにとスマホに衣装の構想をメモし始めた十四に安堵の笑みを浮かべると、結露を纏ったグラス片手にソファに再び腰を下ろした。
    「じゃあ次はヘアメっすね」
     口にグラスを運びかけた獄の手がピタリと止まる。十四が大きなポーチをバッグの中から取り出しテーブルの上に置くとガチャガチャと喧しい音がした。
    「は? まだやんのか?」
    「そうっすけど? 服が決まったら次は髪、それからメイクっす! あ、そうだ、ネイルもちょっと気合い入れようかなー」
     急にあれこれと忙しなくなった十四に、まだ付き合わされるのかと獄はヤケクソ気味にグラスを呷った。香り高いはずのウイスキーは、しかし、溶けた氷のせいで何もかも薄まってしまっていて、味気なく喉を通り抜けていった。
     
     ◇◆
     
     慌ただしいスタッフの声や足音を聞きながら、大きな鏡の前に十四は座った。
     ライブハウスより明るい控え室の照明の下、広げたポーチからメイク道具を取り出し目の前に並べる。
     まずはベースメイク。整えた肌にファンデーションをのせる。今日選んだものはツヤ感のあるもので、顔全体に伸ばすとこの日のためにケアした肌のきめ細かさをより一層際立たせた。その上からはたいたパウダーはツヤを消さないようにブラシで顔全体を軽くなぞる程度にとどめる。
     次はアイメイク。ブラウングレーのアイシャドウをアイホールや眉下、鼻筋など骨格に沿ってグラデーションを作るように入れていく。その他の色は極力入れず、陰影を作ることで目元に奥行きを出す。ビューラーでしっかりと上げたまつ毛は、量を繊維でかさ増しするのでは無く、元々の長さを活かすように一本一本丁寧にマスカラでコーティングする。細く入れたアイライナーで切れ長の目を強調すれば、宝石のようなブルーの瞳がより一層存在感を増した。
     リップは一度コンシーラーで元々の色味を消してから、ディープレッドのグロスを乗せる。上下の唇同士で軽く馴染ませれば程よい艶感になる。
     ヘアメイクは、以前DRB関連の企画でバンドのファンたちからも好評だったので前髪を上げることにした。今回は掻き上げたオールバックでは無く、ふんわりと持ち上げたポンパドール風。サイドは編み込み、長い後ろ髪は緩く三つ編みにして黒いリボンで纏める。
     穴が多く開いた耳はいつもより小ぶりなピアスで飾った。普段、チームを象徴するモチーフをぶら下げているロブには初めてこの部分に通したお守りを思い出す淡く緑色が滲むスワロフスキーのピアスが嵌められる。
     いつものシルバーリングは全て外し、代わりに普段リングが嵌められている四本の指の先には小さなラインストーンが乗せられていて、艶黒の指先が密かに光る。
     そして今日はもう一つ、十四の手元を彩るものがある。
     十四はバッグから紺色に金の箔押しがされた小さな箱を大事そうに取り出した。ゆっくり開けるとそこには獄のカフスボタン。肩からふわりと膨らんで、手首できゅっと萎む袖先のカフスホールを合わせて、ネイルが施された指先で左右それぞれに差し込んで留める。
     手首を返し、シルバーの台座の上で少し身体を傾けながらすらりと脚を伸ばすようなAの文字を見つめた。
    『Aimono、それからバンド名のArgo。二つ意味がかかっててちょうどいいだろ』
     そう少し笑いながら言った獄の声が耳の奥から聞こえてくる。
    「三つ、っすよ」
     そう呟くと十四はカフスボタンに軽く口付ける。自分と獄以外は本当の意味を知らない手首で光るそのたった一文字に十四は目を細めた。
     
    「アルゴξ楽団の皆さん、準備の方お願いします」
     ドアをノックしてかけられるその声に十四、そしてバンドメンバーが立ち上がる。
    「さぁ皆のもの、参ろうか!」
     十四の言葉に全員がすっと背筋を伸ばすと、毅然とした視線と足取りで月の姫たちが待つステージへと向かっていった。
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