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    プラセボ効果を試す🎈とまんまと引っかかった🌟のお話。

    ワンライ【🍫】 『本来、薬物としての効果はない錠剤などを「特別の効果をもつ薬である」と伝えて被験者に与えると,暗示的な作用が働いて、説明された通りの効果が得られることがある。このような効果をプラセボ効果と呼び、その偽薬を“プラセボ(Placebo)”と呼んでいる。』

    ***

     類は以前からプラセボ効果に関心があった。薬には全く効果がないのに、説明をするだけで被験者はあたかも薬の効果を得られたと思い込むなんてあまり現実的ではないと思っていたが、試してみたいとは考えていた。
     天馬司という最愛の恋人で。

    (手作りなんて初めてだったが、お菓子作りはレシピ通り作るだけで美味しく出来上がる。こういうところは我ながら器用だな)

     丸い一口サイズのチョコを数個入った小さな袋を入れた紙袋を手に、類はワンダーステージに足を運ぶ。今日は練習の前にバレンタインチョコの受け渡しをする約束を4人でしていたのだ。本来なら類はもらう側の人間だが、好きな人にチョコを渡す催しならば自分が司にあげても問題はないと思い、司には内緒でチョコを用意していた。

    「類くーん!」

     ステージの近くでえむが大きく手を振っていた。見ると司と寧々も既に到着しており、3人の手には類が持っているのと似たような紙袋があった。

    (……もしかして司くんも……)

     類が「おまたせ」と言って微笑んだ瞬間に、「ハッピーバレンタイン!」と言って類と司に紙袋を渡し始めたえむに続いて、寧々もそっぽを向きながら「どうぞ」と呟いた。

    「ありがとう、えむくん、寧々」
    「おお!美味しそうなチョコレートだ!感謝するぞ!」

     類の隣にいる司は中身を覗いて嬉しそうに笑った。

    「……ねえ、話題に出すべきかどうかずっと悩んでたんだけど、2人ともチョコを用意してるならさっさと交換すれば?」
    「そうだよ!恋人さん同士で!」

     自分達が恋仲であると既に知っているえむと寧々に急かされ、類と司はおずおずと見つめ合い、どことなく恥ずかしそうに用意してきたチョコを渡した。

    「いつもはむかつくくらい幸せそうに笑ってイチャイチャしてるくせに、なんでそんなに静かなの?付き合いたてのカップルじゃあるまいし」
    「て、照れるんだ!なぜか!」
    「フフ、ありがとう司くん」
    「……こちらこそ、ありがとな。類」

     2人が照れ笑いを見せたことで和やかな雰囲気に包まれた空間につられてえむと寧々も表情を緩めた。

    「ねえねえ!2人はどんなチョコを持ってきたの⁉︎」
    「ああ、オレはショッピングモールで売られていた美味しそうなやつを……って」

     司が中に入っているものを手に取った瞬間に「はあ⁉︎」と声を上げた。

    「え、なに、まさか怪しいお菓子でも入ってたんじゃ……」
    「ち、ちがっ……。これは……手作りなのか……?」
    「そうだよ。司くんのために頑張ってみたんだ」

     信じられないといった目つきで司に見つめられて、類は苦笑しながら「そんなに想定外だったのかな」と言った。

    「当たり前だぞ!あの類が!わざわざ時間をかけてこんな美味しそうなチョコを作るとは……ッ!」
    「それくらい司くんのことが大好きなんだね!類くん!」
    「その通りさ、えむくん」

     飄々と愛を伝える類に耐えられなくなり、司は顔を真っ赤に染めながら「お……おお……」とゾンビのような呻き声を出した。

    「せっかく作ってみたんだ。今ここで一口くらい食べてみてくれないかい?」
    「い、今か⁉︎」
    「うん、今」

     にこりと笑った類の頼みを断ることはもちろんできず、司はおそるおそるガトーショコラの一切れを手に取った。
    「い、いただきます」
     パクッと口に入れてもぐもぐと味を噛みしめる。みるみるうちに表情が明るくなって目の輝きが増していく様は、言葉にせずとも「美味しい」を体現していた。
     それを見て思わず口元が緩んだ類は「喜んでもらえたようで嬉しいよ」と言い、ホッと胸を撫で下ろした。レシピ通りできたとはいえ司の口に合うか正直不安なところもあったのだ。ごくんと全て飲み込んだ司はただ一言「うまい!」と言って満面の笑みを見せる。
     「そろそろ練習の準備をしよう」という寧々の声かけのもと、各々荷物を持って更衣室へと向かう。中に入って着替えをしているなか、類はいつも以上にやる気に満ちた恋人の様子をチラチラと伺う。

    「……?どうした、類。オレの顔になにかついているか?」
    「ああ、いや……」

     ――試すなら今しかないと心の中の自分が囁いた。

    「……あのね司くん」
    「む?」
    「――実は、さっき司くんが食べたチョコには媚薬が入っているんだ」

     ピタリと司の動きが止まる。そして、機械のようにぎこちなく、首を類のいる方へ向けた。

    「……い、いや、お前、冗談もほどほどに……」
    「本当さ。君が興奮する姿をこの目で見たくて、つい」

     司の顔に次々と汗が流れ、次第に眉が吊り上がっていく。

    「ば……馬鹿!練習前になにを食べさせて……というか!そんなものをお菓子に混ぜるんじゃない!この、あほ!意地悪!変態!」
    「好きな人はどうしてもいじめたくなる性分でね。大丈夫、遅効性だから練習中に異変が起こることはないと思うよ」
    「……てことは、練習が終わる頃には……」

     目を細めて悪戯っぽく笑えば、司の顔がゆでダコのように赤くなった。

    ***

    (さすがにあの司くんでも引っかからないだろうなぁ)

     いざ試してみたはいいものの、効果は期待していなかった。司は至って普通に、集中して練習に取り組んでいるように見えたため、自分の言葉なんて覚えてはいないだろうと類は半ば諦めかけており、そもそもプラセボ効果を信用していなかった。
     夕方になって無事練習も終わり、2人で更衣室へ戻る。

    (……おや?)

     えむと寧々と別れて2人きりになった瞬間、司が急に静かになった。一言も話さずにただただ俯いて、とぼとぼと類の隣を歩いている。

    「……司くん?」

     類が声をかけても返事はなく、そのまま更衣室に入っていく。そんな司を追いかけるように類も中に入った。
     バタン、と扉が閉じた瞬間、類の身体をあたたかいなにかが包み込んだ。

    「…………え?」
    「………………類」

     それが司であること、さらには自分の名前を呼ぶ声があまりにも熱を帯びていたことに気づき、類の身体がカッと熱くなった。忙しなく動き始めた鼓動が煩い。

    「……お、お前、のせいで、ほんとに、身体がおかしく……ッ」

     首元をくすぐる司の吐息の熱さに眩暈がする。その顔を覗き込めば、普段は絶対に見られないような、トロトロに溶けた恋人が目に映った。
     ゴクリ、と息を呑む。戸惑いとか、焦りとか、そんなものは類の中になかった。

     あるのは、ただのドロドロした真っ赤な欲。

    「…………ずっと耐えていたんだ?」
    「……やっ、いま、耳元で、喋るな……ッ!」
    「たった1つ食べただけでこうなってしまうなんて……」
    「…………ッ、んぅ、」

     しっかり抱きしめて司の首筋を細く長い指で優しく擦ると、その身体は電気が走ったかのように震えた。

    「……もう1つ食べたら、どうなってしまうんだろうね?」

     一度司から離れて、ロッカーの外に置かれていた紙袋のなかにある小さな袋から自分が司にあげたチョコレートを取り出す。丸く艶のあるそれを、類は司の口に近づけた。

    「…………ちょッ」
    「一緒に食べちゃおうか。司くん」

     無理矢理司の口にチョコを挟んだ瞬間、類は甘い甘いそれに噛みついた。
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