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    # 春のritk展覧会
    素敵なタグをお借りしました。
    卒業式を終えた🎈と🌟が、新たな未来へともに踏み出すお話。あたたかいお話。幸せなお話。

    第二幕 卒業をしても、僕は変わらず司くんの恋人でいられるのだろうか。年が明けてからそんな不安が脳内をギチギチに埋めていて、卒業式本番の今この時間まで心が落ち着いていない。周りの同級生や親御さん、先生が目元を拭っているなか、惜別の涙一粒も流せずに合唱曲をお経を唱えるように歌っている。

     高校2年生の秋から付き合ってきた僕と司くんは、喧嘩をしたり、すれ違ったりしながらも周囲の素敵な友人の助けもあって着実に愛を深めていくことができた。互いに大好きなショーに真剣に取り組んで、悩んで、様々な苦難を乗り越えて、ともに成長していくなかで、たしかな信頼関係を築いてきたのだ。
     およそ1年半彼と恋人関係を続けてきて分かったのは、天馬司はこの先の僕の人生にいなくてはならない――例えるならば、人類にとっての水や太陽と同じような、必要不可欠な存在になっているということ。だから大学に入学しても、今までのように恋人として彼のそばにいて、できれば死ぬまで、ともに日々を歩んでいきたいと思っている。
     ただ、僕は自分の幸せよりも司くんの幸せを優先したいのだ。これは彼に好意を抱き始めてから気づいた驚くべき事実なのだが、僕はなんと本当に好きになった人に対しては、自分の気持ちを適当に川に投げ捨ててでもその人の気持ちを大切にしたいと思う人間だったらしい。

     冒頭の懸念に戻る。果たして司くんは、卒業しても僕とこの関係を続けたいと思ってくれているのだろうか。別々の大学に進んで、おそらく僕以上に素敵な人に沢山出会うなかで、忙しくなって、会える時間も大幅に減る。社会人になれば確実に生活のリズムは変わるし、すれ違いも増えて、考えたくはなかったが家庭を築いて子どもを育てたいと思うかもしれない。そんな彼の人生に、僕の存在やこの重くて厄介な気持ちは邪魔になってしまうのではないか。「司くんがそんなことを思うわけがない」といくら言い聞かせても、一度抱いた消極的な思考はなかなかこびりついて離れないものだ。
     「卒業生、退場」というアナウンスが聞こえて前を向いたところで、初めて俯いていたと気づいた。

    ***

     僕達は高校卒業後の話を一切しなかった。大切な進路も各自決まってから「この大学に行く」と伝え合ったし、この先どんなことをしたいか、なにを目指すか、どう過ごすか、そんな話題は出さなかった。僕は司くんと過ごす輝かしい今だけを見つめていたいと考えていたし、先述した不安もあったから。
     そんな僕の心情を把握していなくとも、彼は僕が意図的にそういった話題を避けていると見抜いていたのだろう。その優しさに甘えたからこそ未来から目を背けて、曖昧にしたまま卒業まで来てしまった。

     ――もう、逃げ続けることはできない。崖っぷちまで来ているのは十分に分かっていた。

     教室で担任の先生の最後の話を聞いて、同じクラスの皆と集合写真を撮って、卒業式に出席していた父さんと母さんと廊下で話をしていたらスマホが細かく震えた。ポケットからそれを取り出して画面を確認したら、「屋上!」というメッセージが司くんから届いていた。すぐに両親と別れて、人混みをかき分けて、階段を上る。
     僕達の始まりの場所。出会いの場所。大切な場所。最後の日もここで司くんに会うことができるというのは、きっと当たり前じゃない。積み重ねてきた日々が生み出した奇跡だ。

     扉を開けてすぐに目に入ったのは、フェンス越しに春の穏やかな景色を眺める愛しい人の横顔。あたたかな風に揺られる金色の髪と切なげな瞳に見惚れていたら、こちらに気づいた司くんと目が合った。

    「……おまたせ、司くん」
    「ああ」

     ゆっくり扉を閉めて司くんの隣に立ち、一緒に景色を見る。それだけで彼と作り上げた思い出が溢れんばかりに脳内を満たして、無性に泣きたくなった。司くんも同じように思ってくれていたのか、僕は右手を、司くんは左手を少しずつ伸ばして、なにも口に出さずとも自然に手を繋いだ。
     好きだ。司くんと過ごした時間も、彼自身も。やっぱりずっとそばにいたい。そう強く思えば思うほど、彼の手を握る右手の力も強くなった。

    「…………楽しかったなあ、学校生活」
    「……そうだな。……ああ、本当に。お前のおかげだ」
    「僕の?」
    「ここでの日々を思い返すとお前のことばかり思い浮かぶんだ。毎日毎日お前とショーの話をして、散々振り回されて、こうして手を繋いで、誰もいない教室でこっそりキスをしたりもして、抱きしめ合って、喧嘩もして、そのたびに寧々や彰人に迷惑をかけて……」
    「フフ、彼らには感謝してもしきれないくらい世話になったね」

     司くんの言葉がじんわりと胸に染み渡って溶けていく。この学校には彼との記憶で溢れすぎていて、それは思い出にするにはあまりにも眩しくて、手に負えないくらいになっていた。

     ゴクリと息を呑んだ。

    「………………僕はね、司くん」
    「ん」
    「…………」
    「…………」
    「……………いや………。司くんは……この先、どうしたい?」

     どうして大事なときにこうも臆病になってしまうのか。「僕はこの先も司くんのそばにいたい」と素直に言えなかった自分は非常に情けない。加えて、答えを彼に委ねてしまった。居た堪れなくて俯いた顔を上げることができない。

     1分ほど沈黙が続いた。

    「どう、だろうな」

     ぽつりと風に吹かれた予想外の儚げな声に反応して、あんなにも重たくなっていた顔が上がりいとも容易く司くんの表情を両目が映した。
     普段は自信満々に上がっている眉が八の字になっていて、細められた目は迷いを表すように揺らいでいる。口元は弧を描いているが、明らかに、満面の笑みではなかった。

     ――ああ、司くんも、僕と同じだ。

     キュッと唇に力を入れて、再び、彼の手を強く握りしめた。今度は逃げない。伝えるんだ。だって、僕は司くんが本当に好きで、大好きで、彼と過去や現在だけでなく未来もともに歩んでいきたいのだから。

     ちゃんと目を見て。「同じ道を進もう」って。「離れないでよ」って。

    「司くん、聞いて」
    「……ん」
    「……僕は……。僕、は、この先も君とずっと一緒にいたい。そばにいたい。……大学も別々で、社会人になったらもっと悲しませたり、不安にさせたり、僕のことが嫌になったりしてしまうかもしれないけど、それでも、人生の終わりまで、僕は、君…………と…………」

     途中で言葉を紡げなくなって声がどんどん小さくなったのは、目の前の彼が僕を見つめたままポロポロと涙をこぼし始めたからだった。

    「……司、くん……?」

     柄にもなく緊張していたから辿々しい言葉になってしまったとは思うが、もしかして多少、いやかなり重い感情を伝えてしまったのではないか?驚かせてしまったのではないか?ここまで重くは考えていなかったから僕のことが嫌になってしまったのではないか?

    「あ、ええと、司くん、あの、悲しませてしまったのなら――」
    「いい、のか?」
    「……え?」
    「オレは、これからもずっと、お前のそばにいていいのか?」

     普段の司くんからは全く想像ができないほどの小さくか弱い声だった。無言で頷いたら、彼はゆっくり瞬きをして長いまつ毛を濡らしたあとに、ぶつかるように僕に抱きついてきた。
     嗚咽が僕の身体に響き渡る。右手を彼の背中へ、左手を彼の後頭部へと伸ばして抱きしめ返したら、柔らかな彼の髪の毛が自分の首筋に触れて、今度は僕の目から涙が流れてきた。

    「……幸せだ」

     勝手に口から出た呟きが届いていたらしく、司くんはパッと顔を上げて「オレも幸せだ」と涙でびしょびしょになった頬を緩ませた。

    「あの日、ここで類に会いに行ったオレの行動は間違いではなかった!お前に出会えてよかった!好きになってよかった!本当に、本当に……!」

     ああ、それはこちらのセリフだ。あの日、ここでドローンを使って追いかけていた司くんの誘いに乗った僕の行動は、世界中の人間に称賛されても足りないほどのものだと思う。あの出会いがその後の人生を鮮やかに彩るなんて誰が予想できただろうか。

     この感情をどう言葉にしたらいいのか分からず、上手くまとまらなかったから、代わりにキスをした。涙によって塩辛くなったそれは、今まで何度もしてきたどのキスよりも特別で、僕達の輝かしい日々の終わりと新たな物語の始まりを同時に感じられる、春の味がした。

     「まずは同棲のためのお金を貯めることから始めよう」なんて、実に学生らしい堅実的な約束を交わす僕達を、あたたかな日差しと心地良いそよ風が祝福していた。
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