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    ワンライ【八分咲き】
    誰も知らぬうちに弱った🌟を、自分なりの方法で寄り添う🎈のお話

    ワンライ【八分咲き】 司は疲れていた。しかし、それを自覚してはいなかった。

     昔から司は目の前の人を楽しませるためにニコニコと笑って、自分のネガティブな気持ちに蓋をしてきた。「誰かを笑顔にするにはまず自分が笑顔でいる必要がある」とポジティブな姿を見せ続けるうちに、いつの間にか自分の暗い感情に"鈍感"という言葉では足らないくらい、言うなれば「そんなものは最初から天馬司には生まれない」と存在そのものを否定するようになってしまった。

     つまり、忘れているだけで、はたしかに積み重なって山となり、噴火寸前になっても気づけないという、非常に危険な状態になることも十分にあり得るのだ。

     誰かに指摘されない限り、彼はいつ精神的に深い海の底へ堕ちてしまってもおかしくない状況となっていた。

     ――原因は、当の本人すら分かっていない。

    ***

    (……?)

     とある日の午後。教室で授業を受けていた司は自身の身体に起きた異変に気がつき、胃のあたりを筆記用具を持っていない左手で軽くさすった。

     擬音では表現し難い痛み。世間一般で言う"胃痛"だった。

    (…………ッ、なんだ、これは……ッ)

     身体の内側が締め付けられるような感覚に思わず身を屈んでしまいそうになったが、教壇に立つ現代文の教師に名前を呼ばれて反射的に立ち上がった。指定された文章を読み上げるよう指示を受けたと同時に「痛みを隠せ」と心の中の自分に命令された気がして、司は無意識に痛みを封じ込めて、いつも通り意気揚々と、隣の教室にも聴こえるような大きな声で音読をやり切った。

     同級生に「おかげで目が覚めた」「さすが天馬くん」などと言われるなか、満足げな顔で椅子に座る。

     途端に訪れた腹と背中がくっつきそうになる感覚に、両足は震えて喉が詰まり、息苦しさを覚えた。しかし、司は表情を崩さず、姿勢を正し、授業を受け続けた。

     今まではどんな痛みも、隠そうとしなくても「痛みなんて元々なかった」と潜在意識が存在を否定して勝手に消し去っていたが、今回はそれが叶わず、司は自分の身体の異変の原因をなにも分かっていなかった。

     ただ、痛みは授業が終わる頃には綺麗さっぱりなくなっていたため、放課後にはそれがあったことも忘れかけていた。

    ***

     いつも通り類と寧々と待ち合わせをして一緒にステージへと向かう。今週末に予定されているショーに関する話を冗談を交えながらも真剣にしていた3人は、フェニックスワンダーランドの入口あたりまで辿り着いたところでほとんど同時に、ひらひらと舞い降りてきた薄い桃色の花びらを目で捉えた。

    「桜だ。綺麗……」
    「先週よりも咲き誇っているね。満開のようだ」
    「……すごいな。花は、そこに在るだけで人を笑顔にできるのか」

     司の言葉に、類が驚いて目をパチパチと瞬かせた。それに気づいた司が「どうした?」と尋ねると、類は彼と出会ったばかりの頃に交わした会話を思い出して嬉しそうに微笑んだが、司はなんのことだかよく分からず首を傾げた。

    (僕と同じ考えを持ってくれているだけで、こんなにも幸せを感じるなんてね)

     桜に一言感謝の言葉を添えて、類は前を行く司と寧々の背中を追いかけた。そして、「僕にとっては司くんも花みたいなものか」と思いながら、今日試す予定の演出をペラペラと話し出すと、司は「よくもまあそんな奇抜な案を思いつくな……」といつも通りげんなりしながらも「なんでも付き合うぞ」という気合いに満ちた表情を向けた。

     ――ように見えた。

    少なくとも、寧々には"いつも通り"に映った。一見実現不可能に思えても、帰る頃には「成功した」という事実だけが生まれる数々の演出を語る類と、そんな彼にため息を吐きながらも「類の期待に応えられるのはオレしかいない」とたしかな信頼を寄せる司。なんだかんだ、寧々はこの2人の関係性が好きだった。

     しかし、類は司の様子を見て違和感を抱いた。その正体をはっきりさせるために、左隣にいる彼を頭のてっぺんから足の爪先までじっくりと観察する。

    「……なんだ、類。そうじろじろと見られると照れるんだが」
    「おや、普段は誰かに注目されると得意げになるというのに、僕相手だと照れてしまうんだね?」
    「黙れッ!」
    「先行ってるね」

     息をするように恋人特有の雰囲気を醸し出した2人に冷めた目を向けた寧々が、えむを見つけて颯爽と去っていく。更衣室に向かいながら、類はなおも司から視線を逸らさない。

    「…………」
    「…………司くん」
    「な、なんだ」
    「最近、なにかあった?」
    「は?」

     いまいち的を得ない抽象的な質問に司は首を傾げる。

    「なにかって……。昨日久々に咲希と買い物に行ったり、今日の授業で周囲に注目されるような素晴らしい音読をしたり……」
    「ああ、うん、そうなるよね。もう平気だよ。すまないね、急におかしなことを聞いて」
    「はあ??」

     再び疑問の声をあげた司から目を逸らして、類は更衣室の扉を開いた。

    (あんな聞き方をされたら、自分にとって嬉しかったことしか話さないよねえ)

     かといって、嫌なことがあったかどうかを直接聞いても素直に答える人間はほとんど存在しないことも分かっている。どうしたものか、と思考を巡らせながら、ロッカーを開く。あとから中に入ってきた司も同様に隣でロッカーに手をかけながら、一度、ふう、と息を吐いた。



    「…………疲れた」



     そう言って、鞄をロッカーの中に入れた。練習着を取り出して制服を脱ごうとしている様子は、まるでその一言を発したことすら忘れているような、否、本当に無意識に言ったから彼の記憶からは消え去っていたのかもしれないと思わせるようなものだった。

    類は唇をキュッと噛み締め、ぐいっと司の腕を掴んでその身体を引き寄せた。バランスを崩した司が「おわっ⁉︎」と素っ頓狂な声をあげて素直に類に抱き止められる。

    (……さて、と)

     類は司のSOSを見逃すような男ではなくなっていた。しかし、それを引き出す術は一度も試したことがなかった。急に抱きしめたのも勝手に身体が動いた結果であって、ここからどう言葉をかければいいかは全く考えていない。案の定司は黙りこくったまま耳まで真っ赤に染めて疑問符をいくつも浮かべており、1分間無言で抱きしめ合う状態が続いた。

    「…………。あ」
    「……ッ!」

     とあることを思い出してふと声を出すと、司がビクッと身体を揺らした。何度もこうして抱き合ったことがあるというのに未だ初心な反応を見せる彼を愛おしく思いながら、類は存分に甘えさせるような蜂蜜色の声色で語りかけた。

    「さっき見た桜、満開で綺麗だったね」
    「……?うむ……?」
    「あれ、全体のうち何割咲いている状態なのか分かるかい?」

     類に頭を撫でられながら意図が読めない質問に眉をひそめる司は、とりあえず「10割だろう」と、ぱっと思いついた答えを示した。

    「満開だから、100%の花が咲き誇っているんじゃないのか?」
    「フフ。相変わらず素直で嬉しいよ」
    「……からかっているのか?」
    「いいや。そういうところも好きだって話」
    「…………」

     プシュー、という音とともに湯気が出てきたのではないかと思うくらい、司の体温が急激に上がった。類はそんな彼の顔がしっかりと見えるように少しだけ身体を離して、紅潮している両頬を親指と人差し指で軽くつまみ横に伸ばす。すると間抜けな顔が目に映り、思わず「あはは」と微かな笑いが漏れた。

    「……おい」
    「正解は8割さ」
    「……?ほんほうは?」
    「ほんとうに、8割。"八分咲き"なんて言葉もあってね、それが満開を示しているんだよ」

     柔らかい頬をつまんでいた指を離して、今度はゆっくりと手のひらで撫でる。

    「10割……司くんの言うように、100%咲いている桜はね、最初に咲いていた花が散り始めてしまったり、色にムラが出てしまったりして、八分咲きほど美しい景色は見られないらしい」
    「ほう……さすが、花には詳しいな。ただ、なぜ今その話をオレにしたんだ?」
    「"ほどほど"がいいときもあるってこと」
    「?」
    「100%でいなくちゃって頑張り続けなくていい。80%でも、十分に美しくて素敵な存在でいられるんだよ」

     「そこに在るだけで人を笑顔にできるんだから」と伝えられ、司は数秒間瞬きをせずに類を見つめていたが、言葉の意味や類がそれを司に話した理由を理解したのか、じわじわと忘れたをしていた感情が涙となってこぼれ始めた。「は?」という困惑の声が響き渡る。

    「……うわ、なん、で」
    「そんな乱暴に擦ると目を痛めてしまうよ」
    「……んっ」

     類は必死に泣き止もうとする司の代わりに、その涙を指先で拭った。

    (……これが、僕の役目なんだ)

     「いつもお疲れ様」と微笑んで、類はもう一度、司をギュウっと抱きしめた。

    「今日の練習はどうしようか」
    「………………。"ほどほど"で頼む」
    「うん、了解」

     前髪を避けて露わになった額に軽いキスをすると、司は照れ臭そうにはにかんだ。その表情には、肩の荷が降りたような柔らかさがあった。
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