わんだふるアウトサイド ここの鶴丸国永は、寒がりだ。
とは、俺がこの本丸にやってきて数日経った日、同じ馬当番に当たった日に彼から教えてもらったことだ。
「鶴の名を冠しておきながらこれじゃあ、格好つかんだろう?」
内緒だぜ、と少しばかり気恥しそうに言った彼に、じゃあ何で縁もゆかりも無い俺に、と表情─どころか声に─出してしまったところ、彼はさして気にした風もなく「気候から来る腹痛なら気軽に相談してくれよ」と笑った。心から来るものには力になれないかもしれないが、とも。
それだけで、上手くやっていけそうかも、とお腹の奥底、捻れた痛みが和らいだのを覚えてる。
実際、彼が寒がりだということを知っている仲間は少なかった。彼と同じ所に長く在ったという刀が幾振りか。察しがよく気付いている風な刀もいたけれど、そういった刀達はわざわざ口や手を出そうとしていないようだった。それは、彼が寒さを凌ぐことに関してとても上手だったからかもしれない。
そう、この寒がりを自負する鶴丸国永は、寒さの対処がとても上手い。篭手切の言葉を借りるなら『ぷろ』級だ。初めて味わう季節の変わり目では、特に助けられた。
「一年目は肉体が感じる四季の移り変わりを覚えて、寒暖差というものを認識していくことが肝心だ。」
そう言った彼の言葉に倣って、一年目は兎に角『季節を感じて』『体がどう反応するか』を覚えることに集中した。勿論それは俺だけじゃなく、同じ江の仲間の協力も得て。
初めて肉体というもので感じる季節の移り変わりは色鮮やかで、それ以上に容赦なかった。きっと、時季も変わろうという時に鶴丸がかけてくれたその言葉と指針がなかったら、上手く馴染めない自分に押し潰されて更にお腹を痛めていたと思う。
時折仲間の誰かや主の企画で景趣が変わる時だけはどうしようもなかったから、何がなんでも事前に教えてほしいとお願いしたけれど、彼はそれも対処法の一つなんだと頭を撫でてくれた。自分もそうしてる、とも。
春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へ、そしてまた春へ。
寒暖差の認識が肝心という言葉通り、季節の変わり目だけじゃない、なんて事ない木陰と日向の小さな差に馴染むのは至難の業だった。特に汗ばむ季節が本当に厄介で、暑さを避けたくて影に入るのに少しすると体が冷えてくる。それでも、どうしようお腹痛い、と蹲ることがなかったのは先達のプロがレクチャーしてくれたから。
「汗からくる底冷えは本当に厄介だよなぁ」
俺はこれが一番手を焼いた。
目も眩む夏の日差しの中、内番着の上着に滲みて冷たくなった汗にお腹をやられて動けなくなっていた俺の手を引きながら、彼は笑ってそう言った。
「鶴丸も?」
「ああ。こればっかりは薬研に相談、って訳にもいかなかったし慣れるのに随分かかったぜ。暑さに任せれば、今度は熱で体がやられるしな。」
「それ、ホントそれ…。」
うう、と縮こまれば、馴染んだ上着が肩にかけられる。俺の内番着だ。どうやら厠に行く前に一旦脱いだものを日向に置いてくれていたらしい。彼のこういう、さり気ない気遣いにいつも助けられてる。…同時にお腹が少しだけ痛むのは絶対に秘密だ。
陽だまりが心地よい縁側で、白い彼と二人並ぶ。ここに来てから数ヶ月経った頃、この縁側を教えてくれたのも彼だった。風があまり通らなくて、でも熱がこもることはなく、庭に面していない裏手側だから人もあまり来ない、ささやかな秘密基地みたいな一角。そんな場所を彼は不思議といくつも知っていて、それを俺にも教えてくれた。この時間はここがいい、この季節はこの時間から影になり出すから長居は気をつけろ、そんな注釈を添えて。
「…鶴丸国永は、大変じゃなかった?」
「ん?」
彼は沢山知っている。それって沢山苦労したってことだよな、思って出た言葉だった。
「鶴丸の体質は、個体差だって聞いたんだ。他の鶴丸国永が皆そうって訳じゃないって…。だから、嫌じゃなかったのかなって」
そう思って。言う言葉がしりすぼみになる。そんな俺を、やっぱり彼はさして気にもとめず「そうだなぁ」と目を細めた。
「大変じゃあったな。何せ俺が顕現した頃は他にここまで寒がりな奴はいなかったし、皆肉体に不慣れな連中ばかりで薬研もてんてこ舞いだったからな。」
「そうなんだ。」
「ああ。だが嫌、ではなかったかな。気苦労はあったがその分驚きもあったし…慣れてしまえば、新刃の世話も焼けるしな!」
「そう、なんだ…」
こんな風に、と言うその笑顔が眩しい。それは彼の色からじゃない、その人となりが。急に俺と彼の価値の差を思い出して、お腹がきゅうと苦しくなった。俺は彼に何て言って欲しかったんだろう。嫌だなあ、俺。尊い御方に献上された、文字通り天上の刀。そんな刀と俺が少しでも同じって、仲間だって思ってしまって。
ぎゅう、とお腹の奥底が捻れて痛んだ。しくしく痛むそれを抱えてとうとう俯いてしまった俺に、鶴丸はやっぱり何も言わず、雨さんを呼んできてくれた。そっちの痛みは俺はどうもしてやれないから特効薬だ、そう言って。
ありがとう、小さく言えば、彼は気にすんなよと頭を撫でた。その言葉が俺の中の淀みに対してのものにも感じられて、敵わないな、って目を閉じた。勝ちたいって思ったことも無いんだけれど。
そうして一年経ってからも、鶴丸は色んなあどばいすをくれた。役立つ道具、オススメの温まる食べ物。
彼の教え方は、江の仲間達とのれっすんに少し似てる。普段から何かを言ってくるわけじゃなくて、ただ困った時に迷わず逃さず掴んでくれる。彼はよく伊達で縁のあった刀達とよく一緒にいて、その中では最年長だと言っていたから成程これがりいだあの素質ってやつなのかな、と納得した。
その教えの一つが、上着の持ち歩き。暖かいから、と油断すると何がどう災いして冷えてしまうか分からない。夏場に体を冷やした俺に上着をかけてくれた彼の、羽織るもの一つあるだけで違うだろ?と言う言葉は説得力の塊だった。
それからは、暖かい陽気でも上着は離さず持ち歩くようにしている。体温調節の為に脱ぐ時は雨さんや豊前のように体に巻けばいい、と学んだ。肩が冷えそうな時は、松くんのように羽織っておくだけで全然違う。
「鶴丸もいつも羽織れるようにしてるもんね。」
二人あてがわれた畑当番の休憩時。座り込んだ木陰で改めて上着の重要性を語らう中、それ、と彼の羽織っているショールを目で示せば、「ああこれか」と目を細めて生地を撫でた。彼がいつも防寒用に羽織る紅いそれは、俺がこの本丸に顕現する前から愛用している物だと聞いている。
「そうだな、もう随分こいつに世話になってる。俺の場合は、こいつが居たから急な冷えにも負けずにいられたんだ。」
そう言って穏やかに笑う彼の顔は初めて見るもので、普段彼がもたらす驚きよりも驚いた。でもこれは心の温かくなる、とても良い驚き。このショールが好きなんだって、表情から空気から伝わってくる。さらり、と衣擦れの心地よい音。きっと上質な良い布だ。でも不思議と、今はそれも気にならなかった。
「俺も、良いと思うよその肩掛け。紅が鶴丸の白に映えて、本物の鶴みたいだ。金色の房飾りも鶴丸の眼みたいで、鶴丸によく似合ってる。」
そう、心から伝えたくて思ったままを口にする。すると彼はぱちくりと目を見開いて、それから。
「…参ったな、これが江のふぁんさってやつかい…?」
じわりじわり、困ったような顔をして頬を赤らめるものだから、驚きを通り越して冷静になってしまう。今日は彼の珍しい表情を見られる日なのだろうか。
「ふぁんさじゃなくて、思ったままなんだけど…」
「余程タチが悪いな、君!?」
滅多にない反応に、思わずまじまじと観察しながらそう言えば、今度は頭を抱えたまま天を仰いでしまった。これどこかで見たことある。そうだ、蜻蛉切について語る時の桑くんだ。
「えええ、何だこれ江こわい…村雲推しになりそう…」
何が彼の心を撃ち抜いた(by篭手切あいどる語録)のか分からないけど、顕現した頃から彼にお世話になってきた身としては、彼に喜んでもらえるのは吝かではない。どころか、嬉しい。篭手切の言うあいどるって、こういうところからなのかな。
「ありがと。」
喜んで貰えるなら、と今度はしっかり目を見て豊前直伝のウインクに指ハートを添えて伝えれば、鶴丸は手で顔を覆って「村雲推す……」と震えていた。
何だか方向がズレてる気がしないでもないけど、楽しんで貰えたなら何よりだ。
そんな風にして、俺の本丸での日々は割と穏やかに過ぎていっていた。
だから俺は、本当に知らなかったんだ。彼が愛用している、その羽織の出どころがどこだったかなんて。
* * *
――さて、刀剣男士として在る上で、様々な『必須項目』がある。けれども、実のところ『全刃が絶対にやらなければいけないこと』というものは少ない。
本丸で暮らす以上人間と同じ、生活を営むための働きは重要だけれど、刀剣男士としての役割─鍛錬に繋がる内番や遠征だけでなく出陣については避けて通ろうと思えば容易に出来た。
これはとても単純な話で、何かを諦めてしまえばいい。
出陣を避けたいなら時間を、遠征を避けたいなら経験と資材を、内番を避けたいなら刀剣男士の強化を、全部避けたいならその刀剣男士の練度そのものを。
それは、演練も同じことで。
単刀直入に言おう。本丸に来てから一年余り、村雲江は一度も演練に出たことがなかったのである。
「なのに何で今更…」
しくしく、ぎうう。お腹が痛む。今すぐにでも体を抱えて蹲ってしまいたいけれど、場所が場所なだけになんとか堪えた。
演練場。政府が運営する設備のひとつで、今のところ唯一審神者や刀が公的に他本丸のものと相対出来る場所。その組合せは同じ域に陣を構える本丸で完全ランダム。
俺が知っている演練の知識なんてそんなものだ。何せ顕現してからずっと演練不参加の希望を出し続け、主も強制するモノでもないからと俺の意志を汲んでくれていた。演練がどんなものかは前知識として知っていても、実際行ったことも演練場に足を踏み入れたこともない。―けれど、今日は奇跡が起きたとか何とかで。
事の起こりは今日の朝方、余所の本丸から主の端末に連絡が入った事だった。
主が余所の本丸の審神者と端末で連絡を取ること自体は、そんなに珍しくもなんともない。ただ今回は主が起きる頃を見計らったような時間で、まるで待ち構えていたようなソレに、何かあったのかと居合わせた刀は皆そわそわしたのだ。
それは結局、痺れを切らして偵察に行った秋田藤四郎の「楽しそうにお話されてました!」という報告であっという間に解消したけれど、俺にとっての問題はその後だった。
「演練では、対戦相手に指名できる本丸はこちらと同程度の練度の本丸になるよう采配されている。というのはご存知かと思うんですが、一枠、こちらよりも練度の高い本丸を指名できるよう特別枠が組まれているんです。」
江では伝達役を任される篭手切が主に呼び出された時点で、何かあるとは思っていた。虫の知らせ、第六感。兎に角この予感は外れろと、お腹が千切れそうな痛みを訴えても無視してひたすら念じ続けた。
主からの伝言です。そう言って、俺達江のものを江派の部屋に集めた篭手切の言葉は続く。
「最近審神者に就任されたという、主の後輩さんがいらっしゃるんですが、その方の演練指名の特別枠に我が本丸が采配されていたとのことで。先程の連絡は、是非とも演練をという誘いと…」
そこまで言って、中途半端に言葉が途切れる。豊前が、ん?と首を傾げるのが横目に見えた。同様に、松井が「篭手切?」と投げかける。止めろ、その先は促さないでくれ嫌な予感しかない。
だけどその願いはむなしく、篭手切は躊躇いがちに口を再度開いた。──俺に、少しだけ視線を移して。
「その編成を、是非江で、との希望です。」
出陣の用意をお願いします。深々と頭を下げた。
逃げ場を塞ぐように続けられた説明によると、なんでもその後輩さんというのはこの年明けに審神者に就任したばかりらしい。それで、折角の機会だから胸を貸そう、と主が張り切ったんだとか。希望の編成で迎えるよ、なんなら一騎打ちでも。そう言った主に、後輩さんはこう答えたという。
―それなら江派六振編成が良いです!と。
年明けに始めたばかりと言うのもあって、入手機会の限られる刀はまだ全然いない後輩さんは、中でも俺と雨さんは是非!と望んだらしい。ありがとう、今はとっても嬉しくない。
出陣の準備をしながら腹痛を堪える中、篭手切がはにかんでこぼした「でも私、皆さんと演練に行けるのとっても嬉しいです」って言葉がなかったらあと一段階痛みが増していたと思う。
「頭が言うには、この一戦だけということですので。」
「うう…」
一緒に頑張りましょう、と肩を撫でてくれる雨さんの優しさが心に沁みる。
今は待合室だといって通された部屋で、演練の登録終わりを待っているところだ。何でも練度が下の相手との演練は、向こうから申し込まないと成立しないんだとか。そもそもこちらからは、後輩さんは選べる演練相手の中に表示すらされていないらしい。つまり俺達が準備を整えてしまわないとまず何も始まらないわけで。
「待ってる時間すら痛い…」
この後のことを思うときりきりお腹が悲鳴を上げた。俺たち―特に俺と雨さんを指名した、って。雨さんは分かるけど俺なんて、がっかりさせないかなって不安が浮かんでは沈んで腹痛にかたちを変える。
不安とともに身体の芯をひやりと這う冷気に、はっとしてお腹に両手を添えた。強く摺らず、あくまで添えて温めるように。これも鶴丸直伝の技の一つだ。ここで身体的な不調まで、なんてそれこそ堪ったものじゃない。
「稀少価値が高くて六振って言うなら、一文字だっているじゃないか…それか長船とか…」
「その後輩さん、僕らのことが好きなんだって。ありがたいことだねぇ。」
ぐるぐると性懲りも無くそんなことを口にしていると、演練の受付に行った篭手切、松井とは別に待合室を離れていた桑名と豊前が戻って来た。その手には、何やら木札の根付。
「はいこれ。この根付が認識票だよ。GPSも搭載された優れものなんだって。ポケットに入れておくだけでいいよぉ。」
「へえ…」
渡された根付をしげしげと眺める。巾は1.5センチないくらいだろうか。長さは大体3センチ程。篭手切の採寸を手伝う機会が増えて、ある程度の長さなら目分量で測れるようになったから多分誤差はそうない。角を丁寧に丸く削られていることもあって、手のひらにすっぽりと収まり馴染んだ。
厚さは3ミリ程度しかないというのに、表面が滑らかになるまで磨かれて、丁寧に掘り込まれた漢数字はその輪郭で裏面に傷つけたりなんてしていない。たまらなくなって、うへぇ、と音にならない声が出た。ていうか、この文字のサイズ1センチ角くらいじゃん。手作業だったら職人技ってやつなのでは。
同じく受け取る雨さんの木札を見れば、そこには“伍”の文字。俺の分には“陸”と刻まれていて、編隊の整列順かな、とあたりをつけた。
どこにGPSが搭載されてるんだか分からないくらい華奢で頼りないこの一品も、政府が作った物ならそう易々とは壊れないんだろうけど、それでも万が一を考えてしまってお腹が抓られたように痛む。これ絶対高いよなぁ、下手したら金額も付けられないとかそういうやつ。
「これって、演練中壊れたりとか…」
「どんなに壊そうとしても壊れない、って話だから大丈夫じゃないかなぁ。」
実際色んな実験したらしいし、なんて回答に無理矢理納得させられる。色んな実験をしたっていうのはどこ情報なんだろう。
「大丈夫ですよ雲さん。仮に壊れても、そういうお触れの物なのできっとお咎めはありません。むしろ今後の開発に役立って誉ものです。」
「ま、壊れたら壊れた時だって!気にすんな!」
「皆心が強いよ…」
特に雨さん。ぐっ、と拳を握って全力で励ましてくれるその姿に、思わず遠くを見てしまう。
「ま、これもふぁんさの一つだと思ってよ。最近じゃすっかり慣れて来ただろ?」
手慰みにそっと木札をなぞっていると、あっけらかんとした豊前の声が飛んできた。いや全然違うでしょ、これは。
「それとこれとじゃ話が別だよ。」
「ですが好評ですよ、雲さんのふぁんさ。尊敬します。」
「えええ雨さんまで…好評って言っても鶴丸国永にだけだし…」
そう、あれとこれを一緒にされちゃあ困る。何せあちらは、『村雲推し』を名乗っていて、それに向けてのものなのだから。
―あの畑当番以降、本当に『村雲推し』になった(らしい。正直今でも信じられないし半信半疑だ)鶴丸は、「君たち、次のらいぶ?ってやつはいつなんだい?」と訊ねてきた。ちなみに訊ね先は僕じゃない。江のメンバー兼プロデューサー兼マネージャーの篭手切だ。…改めて考えると篭手切の兼任凄いな。
僕らはいつもダンスや歌の練習をしているけれど、正直な話、それは何か大きな発表に向けてというものじゃあない。皆の前で披露するのは、宴会の合間や季節ごとの行事の時に一~二曲程度。れっすんはもう趣味というか、最早俺達江のルーティーンというか。
そんな感じだったものだから、この問い合わせに篭手切は沸き立った。その時の彼の歓喜っぷりったら、いつだか万屋で見掛けたポメラニアンとかいう小型犬を彷彿とさせた。江って犬属性なのかな、だとしたら個刃的には嬉しい。
そうしてぴょんこぴょんこ、鶴丸の周りを跳ねんばかりの勢いで諸々聞き出した篭手切は、あっという間にらいぶの手筈を整えたのだ。後で聞いた話だと、千年刀とも呼ばれる平安組から興味を持たれ問い合わせを受けたのはこれが初めてだったらしい。まあ、その興奮は分からないわけじゃないけれど。
刃生初の突発単独らいぶ。あの時の事を思い出すと、今でも腹痛より先にくらくらする。
「お待たせ、登録終わったよ。」
珍しくお腹でなく頭を抱えたところで、松井が戻ってきた。その姿にあれ、と桑名が声を上げた。
「篭手切は?一緒に行ってたよね。」
「受付で丁度演練相手の部隊と会ったんだ。それで今、あちらの部隊を案内がてら話して来てる。」
相手の部隊。聞こえて思わず「ひゅぇッ」と情けない声が出た。頭と一緒にお腹も抱える。左手を額、右手をお腹。なんだか体が忙しい。
「それで何で村雲はこんたっくんみたいな事になってるの?」
「ぶっ」
「こんた…?あ、あー、あれか、常備薬に入ってるやつの?」
「そう。あれ?名前違ったっけ、あのキャラクター。」
「合ってるけど違うよぉ松井。こんたっくんが押さえてるのは、頭じゃなくて鼻だから。」
「ふッ、ふふ…っ」
「どうした雨、ツボったか?」
「わっふ」
思わず非難の声を上げれば、かなり震えた「すみません」が返ってくる。そのあまりの力の無さに釣られて肩の力が抜けた。
「それで、何の話?」
なので、話を戻されてももう諦め半分、素直に懐かしさ半分の心地に浸った。だって、あれはもう過ぎたことなのだから。
「今回の演練だよ。ふぁんさだと思おうぜって。鶴さんにやってる時の雲、堂々としたモンじゃん?」
「ああ、成程…?」
「最初のらいぶからキメてたもんねぇ。鶴丸さんも喜んでたし。」
「あれから必ず来て下さいますしね。」
だからと言って、本当にあれとこれは別だけど。
四人の軽い応酬の中、思い出すのは、初めて宴や行事と関係無く突発的に俺達だけのらいぶをやったあの日と、それからのこと。
元々見たがっていた鶴丸の非番に合わせて行ったらいぶは、庭の一角を使って小ぢんまりと催された。ステージは地面に線を引いて、座席もステージ近くに大きいレジャーシートを敷いただけ。曲目は宴会でも披露したことのあるものを二曲。
いつもなら宴会のノリでどうにか乗り切ってしまうけれど、今回はそうじゃない。でもこの規模ならなんとか、と竦みそうになる体を叱咤して、ステージ袖として立てられた仕切り板から飛び出した俺の目に映ったのは、予想外の光景だった。
その時非番だった刀達がこぞってシートや縁側に集まり、話を聞いた主が景趣を春に変えていたものだからあちらこちらに咲き誇る桜が鮮やかで。
そうして、ただ驚きに目を瞠って腹痛を覚える間もなくふわふわと立ち位置についた俺の前の位置に座っていたのは、どこから調達したのかピンクのペンライトを握りしめ、プラチナのような瞳をきらきら輝かせた真白い太刀。
…あの時は、驚きが口に出る前に曲が始まってくれて良かった、と心底思う。多分あと一カウントでも遅かったら名前を叫んで空気を台無しにしてしまってただろうから。日々のれっすんの賜物か、音に反応して動き出した身体は、条件反射とは思えないくらいスムーズにリズムに乗った。
流れる音、景色、風。時折沸き立つ歓声やコーレスに気圧されながら、それでも視界の端に映るピンクのペンライトが背中を押してくれたのは間違いない。
一人だけペンライトを持ってたから、っていうそれだけじゃなくて、本当に見に来てくれたって言う驚きと嬉しさ。誰かを喜ばせたい、って思ってパフォーマンスしたのは、この時が初めてだった。そうして思い出したのは、あの日ふぁんさに反応してくれた姿。
「(──このターンの次、一拍置く時!)」
狙って、彼に指ハートをひとつ。どんな反応をするのか見るのがこわくて直ぐに振りに集中したけど、最後のポジションから見えた、頬を紅潮させて大きな拍手を送ってくれた姿が全ての答えだったと思う。
それ以来、定期的に行なっている江の単独らいぶや宴会での出し物にも鶴丸は必ず来てくれている。事前に篭手切が出している告知を確認して休みの調整も行なっているようで、非番の申請を出したりしているらしい。
一度だけ来れなかった時もあったが、その時は観られない悔しさと応援の気持ちとを丁寧にしたためた手紙―というより、千年刀さながらの古来ゆかしい文―と差し入れとを持って来てくれた。この時、代理で、と言って現れた大倶利伽羅の第一声が「プレゼントボックスの設置場所はどこなんだ?」だった辺り、鶴丸国永の影響は彼に近しいもの達にまで及んでしまっているらしい。そういえば大倶利伽羅もよく一緒にらいぶを観に来てくれていたけれど、馴れ合いを好まないらしいあの打刀は大丈夫だろうか、煩くはないだろうか。この日、大倶利伽羅は俺達のらいぶを一振でも観てくれてたからきっと大丈夫なんだとは思うけど。
かくいう鶴丸国永当刃は、篭手切や加州、乱を始めとしたらいぶだけでなく近代の物事に造詣が深い面々にレクチャーやアドバイスを受けているそうで、その勤勉さと適応力は江の皆も驚くほどだ。俺自身も、らいぶの翌日に「終わってすぐ感想を言いに来てくれてもいいのに」と言ったら「出待ちみたいでちょっと…」と至極渋い顔をされてしまい、あいどる談義中の篭手切と空見した。
そして感化されてなのか、最近じゃ常連と固定のファンも随分増えた。本丸の仲間だから何だか気恥ずかしいけど、皆楽しそうな姿は見ているだけでお腹の芯からあたたかくなる。
だからだろうか、プレッシャーでお腹の痛みを覚えていたのは最初の頃だけで、今はただ皆の楽しむ顔が見られるなら、って前向きに取り組めている。これは本丸内限定のものだからこそかもしれない。
そんな江単独らいぶ常連者筆頭の鶴丸の参戦スタイルは、いつもシンプルだ。ペンライト一本と手ぬぐいを一枚、大抵内番着だからか肌寒い時はその上にいつものショールを羽織っている。江の皆で決めたメンバーカラーで俺はピンクだからだろう、手ぬぐいは桜色のもので、ペンライトは最初からピンク。
固定で来てくれる仲間は皆徐々に、彼のように『推しカラー』をどこかに身につけて来てくれるようになったけれど、俺が一番ホッとするのは変わらない鶴丸のショール。
身体を覆う分一番目立つそのショールの色は赤だ。房飾りは金。どちらも俺に関連付く色ではなくて、メンバーカラーだけで言えば赤は豊前だし金は桑名の色にも似てる。それでも鶴丸は、羽織物はそれしか使わない。らいぶの何たるかを学び、色で主張する文化も知り、今や本丸で篭手切の次にそう言った類の話に詳しいだろう鶴丸国永が、だ。
それはそれ、これはこれ。とばかりに愛用の物を変わらず愛用して、それを携えて応援に来てくれるその姿に、いつも安堵と不思議な喜びをもらう。それは物だった時のねがいからだろうか、わからないけれど。
寒さにまで震えてた俺に温もりを分けてくれた白い鳥が、この時は少しでも心から温まってくれますように。最近じゃあそんなことも思うようになった。犬は恩義に尽くす生き物なのだ。
「でもそういうことなら、鶴丸国永へのふぁんさと同じにするのは違うんじゃないか?」
ふわふわ、思い返していたらぽろりとこぼれて来た同意の声。松井だ。
「だよね!?」
「うん、似てはいるんだけど鶴丸はあの通り生粋の村雲推しだし。どっちかというと、らいぶそのものの方が近いと思う。」
成程。なるほど?雨さんに続いて他の二振も同意を返す中、俺は同意半分に首を傾げる。確かに矢面に立つ、という意味ではすていじに立つあの瞬間と同じ、なのかもしれない。
因みに通常の出陣と同じにするなんて考えは無い。だって状況も環境も全然違うし、何なら顔だけは見知った顔だからこわいって言うのもある。
そうだ知った顔。そこでハッと、停滞して澱んでいた思考が一気に動いた。ふぁんさだと思って、らいぶだと思って、その対象は他刃だけども知った顔で、それでそれがもし。
「鶴丸国永だったらどうしよう…」
「俺がどうかしたかい?」
今最も聞きたくない、と思った声がそのまま聞こえて「ひっ」とも「ひゅっ」ともいえない音を立てて息をのんだ。まるで悲鳴を耐えたみたいな俺の反応に、俯いた視線の先、いつの間にそこに立っていたのか高下駄を履いた足が一瞬たじろいだのが分かる。
これで戦場に出るとか正気か、と言いたくなるような具足に不釣り合いなその履物が誰の物か、なんて。
おそるおそる、視線を上げる。白い装束、黒塗りの草摺、金の鎖装飾――
「俺みたいなのが来て驚いた、どころの話じゃなさそうだな。」
大丈夫かい君、顔色悪いぜ?軽やかに言うその刀はどう見ても。
「つるまるくになが…」
今の今に想像していた、個刃的に嫌な対戦相手筆頭の登場に愕然とした。
どうしよう、どうする。彼は確かに鶴丸国永だけれど、“彼”じゃあない。刀剣男士の性質上、至極当たり前だけど初めて目の当たりにするその事象が、緊張と共にぎゅうとお腹の奥底を締め付ける。
何か返さなくちゃ、そうだ挨拶。そう思うのに上手く言葉に出来ず、緊張からか身動ぎも出来ずにいる俺を見て、鶴丸はぱっと人好きのする笑みを浮かべて見せた。
「すまないな。何だか気落ちしてるようだったから、景気づけに少しばかり驚かせるだけのつもりだったんだ。悪い事をした。」
そのわざとらしいまでの朗らかさに、彼がこちらの言動をどう受け止めたかなんて考えなくても分かった。思わずざっと血の気が下がった。勘違い、当然だ。こんな反応をされ続けたら、“他刃”はどう思うかなんて。
踵を返そうとするその白に、あのやわらかい白が重なって、だけど交わることなく消える。そうだ、この人は彼じゃない。
「ッ違うよ!」
振り絞った言葉は自分が思うより大きな声量で飛び出した。けれど、今はそんなこと構っていられない。ちゃんと、一から形にしなくちゃ伝わらない。
「確かに少し…驚いたけど、それだけだから。俺が“鶴丸国永”のことが苦手とか嫌ってるとか、そういうわけじゃない。」
本当は少しどころじゃなく、とんでもなく驚いたけど。そんな些細なことまで目の前の彼が気にするかは分からないけれど、だからこの事は気にしなくていい、ってそれだけは間違いなく伝わるように。
今度こそ相手の顔をちゃんと見て伝えれば、彼はどこかきょとんとした表情で呆気に取られていた。そして。
「ふ、はは、これは驚いたな!君、俺が思ってることが解るのかい。」
耐え切れなくなって思わず、といった風に笑い出す。その心の底から面白いと言わんばかりの笑顔に、ほっと安堵の息がこぼれた。
「分かったわけじゃないけど、そう勘違いされてたら嫌だなって思ったから…。」
だって俺が逆の立場だったら絶対にそう思うし。というか、誰でもあんな態度取られたら自分は苦手意識を持たれてるって感じると思う。自分でやっておいてなんだけれど。
ふーん?と鶴丸が一人ごちながらこちらをしげしげと眺める。なんだろう、と思っていると鶴丸の向こう側、篭手切がこちらを気遣わしげに見遣ってきているのが見えた。その周囲には江ではない五振り――恐らく、今日の演練相手。
そこで漸く今の状況に思い至った。先に合流したあちらの鶴丸国永と唯一話して、それも途中で大きな声を出したりした俺。内容が聞こえてなくても何かあったと思われてるのは明白で、事の顛末を見守る視線がひとつふたつみっつよっつ。ついでに傍らには、最初からずっと居た仲間たち。気付いてしまえばぶわっと照れと羞恥と冷や汗が噴出した。
「あの、本当にそれだけで…。」
「成程ねぇ。いや、反応からどうも俺は君に嫌われているのかと思ったんだが。これはむしろ逆だな?だから演練で当りたくなかった、ってところか。」
「う、うう…」
ばれても構わないんだけど、むしろその通りだから分かってくれた方が有難いんだけど、悪気なく口にしてくる、まるで図星を突いてくるような物言いに怖気づいてしまう。俺の知っている鶴丸国永は、俺に対してわざわざそんな言い方はしない。別刃、別個体。その事実が嫌と言う程身に染みた。
くだけてからから笑う鶴丸を見て、良い方に収まったことを察したらしい篭手切がこちらへ向かってくるのが視界の端に映る。そのタイミグを見計らってか、鶴丸は傍らでことを見守っていた雨さん達に改めて向き直るとそれぞれに挨拶し始めた。台風一過、なんとなかなった。胸をなでおろしながら、鶴丸国永は社会性の高い個体が多いっていうのは本当なんだな、と今度は共通部分に一抹の感動を憶えながら眺めていると、「お待たせしました」と声を掛けられる。篭手切だ。それと。
「初めまして、隊長の歌仙兼定だ。先程はうちの鶴丸が失礼した、こちらが目を離した隙に行ってしまって。」
今日の演練相手である、主の後輩さんの部隊が勢揃いしていた。
改めて今日はよろしく、と差し出される手に、慌ててこちらこそと握り返す。編成は歌仙を隊長に、小夜左文字、厚藤四郎、鳴狐、大倶利伽羅、そして鶴丸国永。演練に出る前、『初鍛刀が私と同じ小夜だから、余計にほっとけないところがあるんだよねぇ』と主が話していたのを思い出した。とすると、歌仙兼定は初期刀だろうか。
皆思い思いに挨拶を交わし、他人行儀な空気が徐々にほどけていく。
「(案外、演練も楽しいかも。)」
互いの主や本丸のことなどとりとめのない話をしながら、そんな掌返しなことを思う。あとは本番に備えるだけ、と歓談に興じていると、脇から「なあ」と左肩をたたかれた。
「君の所の俺と君は仲が良いのかい?」
「へあ?」
もう終わったと思った話題の復活に、咄嗟に左側へと目をやればそこにはどこか楽しそうな鶴丸国永の姿。え、ナニソレ楽しむ要素どこかにあった?やっぱり演練嫌だお腹痛い帰りたい。
「おっと、他意はないぜ?ただ情報で知ってる君の感じだと、俺みたいなのは苦手かもしれんと思ってたんでな。」
俺が何かを言い出す前に喋り出す。まるで俺の戸惑いを全部読み取ったみたいに話す姿に、『俺の考えていることが読めるのかい』なんて嘯いた彼の言葉が蘇って、思わずどちらがと言いたくなった。
そう、彼の言葉は的を獲ている。現に、うちの鶴丸が寒がりでなければ俺と彼の間には分かち合える切欠になるものなんては殆ど無く、俺は彼に過剰な苦手意識を持ったままでいただろうから。
だから、まぁ。俺の返事を待たずに、彼は続ける。
「“君と仲のいい俺もいる”と知っているだけで、今後の自信に繋がるってもんさ。」
―そこに俺のよく知る、いつでも余裕に満ちて躊躇いなく仲間の手を取引く鶴丸国永はいなかった。申し訳なさそうに下がった眉が、何よりも彼の中の一抹の不安を如実に物語っている。立ちあがったばかりの本丸、きっと太刀戦力もまだ少ないんだろう。その中で、何より年上として皆を引っ張って行くその事自体への。
そうだ、彼は顕現したばかりで刀剣男士としては俺より経歴が浅いんだ。認識し直した筈のその事実が改めて過る。
何か言ってあげなくちゃ。思って、何て返したら良いのか迷った。初めはそうだったけど、でも今は。今は、――なんだろう?
「仲が良いって言うか、うちの鶴丸国永は村雲推しなんだ。」
どう返したものか逡巡する俺を尻目に、話を聞いていたらしい松井が爆弾を落とした。
「へ?」
「ちょっ!」
鶴丸としても予想外のところからの返答だったんだろう、彼にしては珍しく−実際”この“彼として珍しいのかはさておき−間の抜けた声で返す。
慌てて松井に駆け寄り、黙ってほしいとジェスチャーで訴えるも、彼は心底分からないと言わんばかりの表情で首を右に緩く傾げて見せた。
「隠すことでもないだろ?」
まあそうなんだけど、でもちょっと隠してほしかったかな個刃的には!
そう叫んでしまいそうになったけれど、ぐっと飲み込んだ。確かに隠すことではないんだ、ただ俺が居た堪れないってだけで。
立てた人差し指が情けなく揺れる。そしてその空白は、彼を立ち直らせるには充分だったようで。
「村雲おし?ってのはつまり、どういう状態なんだ?」
「あのそれは」
訊かれたくない問いが直球で飛んできた。っていうか、この鶴丸は推しっていう概念が分からないんだな。いっそ知ってくれてたらまだ良かったかもしれない。
どう答えよう、ってこの数分の間でそんなことばかりを考えている気がする。えっと、あの、と言葉を濁して上手く返せずいる俺に追加の助け舟を出そうとしたんだろう。松井の脇から桑名が顔を覗かせた。
「ふぁん、ってことだよぉ。僕ら江のあいどる活動を応援してくれていて、その中で一番村雲が好きってこと。」
「はい!うちの鶴丸さんは、自分るーるを押し付けることもないふぁんの鑑です!」
「あああ、もう!」
続いてぴょこっと顔を出した篭手切に、とうとう我慢出来ずしゃがみ込む。
詳しく教えてもらっていいかい?ええ勿論! 頭上で繰り広げられるそんなやり取りに、何なんだと他の面々も集まってくるのが分かる。篭手切を中心に語られる、我が本丸の鶴丸国永村雲沼落ち話に花が咲いた。良いんだろうか、良いんだろうな。当刃も、良い話のタネになったかい?って笑いそう。
「っはー、何やら俺についてワケがありそうだとは思ったがそういうこととはなぁ。聞いたかい伽羅坊、色んな事情があるもんだな!」
「知るか、どうでもいい。」
一頻り話し終えた後で、納得と満足を得たらしい鶴丸国永は傍らの大倶利伽羅の肩をばしばし叩いた。容赦なさそうだけど大丈夫だろうか。というか、どうでもいいのに鶴丸の隣にまで来たんだなぁ大倶利伽羅。うちの大倶利伽羅もらいぶに来てくれるし、実は案外賑やかなところが好きなんだろうか。
「大変でしたね、雲さん。」
「本当にね…」
俺の右側に同じようにしゃがみ込んで視線を合わせてくれた雨さんに、精一杯笑って返す。まだ演練は始まってないっていうのに大丈夫だろうか、これは。
そこでふと視線を過った紅。あまりにも見覚えのあるそれに、あれ、と改めて見直した。目の前に立つ大倶利伽羅の腰に巻かれた布。間違いない、それはいつも彼が。
「そっちの大倶利伽羅は、冷え症なの?」
「は?」
世間話のノリで投げた言葉。だから地を這うような一声と、睨み殺さんばかりの眼光を向けられて一気に血の気が下がった。ついでに言えば、周りの皆の目線も一気に俺に向かう。しゃがんでいるせいもあって、雨さんを除く全員から見下ろされる。高低差から来る余計な圧に、早く立ち上がってしまえば良かったと見当違いな後悔が過った。
「ご、ごめん!でも腰に巻いてるの、うちで鶴丸国永が使ってるショールと同じ物だから…!だからその、寒さに弱い個体なのかなぁ、って…」
兎に角この圧から逃れたい一心で、他意は無かったんだと必死に弁明する。
…弁明、出来てるよね?おずおずと周りを見れば、今度は皆顔を赤くしたり呆気に取られたり口を押さえたりと様々で、中でも大倶利伽羅はその褐色の肌でも分かるくらい顔を真っ赤にして目を見開いたまま固まってしまっていた。
「…俺何かまずいこと言った…?」
「まずいっていうか…。村雲、知らなかったの?」
「え、何が?!」
口に添えた手を外しながら、松井が言う。その目は何か疑うような色を帯びていて益々混乱した。
「うーん、でも気にしなかったらそうなるよねぇ。」
「雲の教育係って雨だったよな?言ってなかったのか?」
「そういえば伝えてなかったかもしれません。ただ、鶴丸さんと雲さんはよく話していたので…」
ご本刃の口から聞いているものだとばかり。
俺一人を置いてけぼりに進む、仲間たちのそんな会話に流石にピンときた。どうやら俺は、本丸において皆が知っているようなことを知らなかった。そしてそれは鶴丸国永や大倶利伽羅に関わること。つまりそういうことだろうか?
「あー、すまん、一つ確認させてもらっていいか。」
一体何に対してか、鶴丸国永がゆるく挙手する。そんな彼らの仲間はと言えば、三者三様の反応とはいえ全員共通で固まってしまっていた。その中で唯一硬直から回復したらしい鶴丸を、挙手に倣ってどうぞと松井が促せば、彼はこほん、と咳払いひとつ。
「君達のところの伽羅坊は、もしかしなくても極めてるかい…?」
どこか明後日の方向を見たまま、そう力無く問いかけた。
「うん、極まってるよ。鶴丸国永も。」
俺でも答えられる内容だったから、他の皆の反応を待たず率先して答える。
それがどうかした?促せば、鶴丸は却ってたじろいだ。
「ああ、成程な、うん、分かった…うん…」
うん、とずっと呟き続ける鶴丸国永に続いて、大倶利伽羅以外の面々がじわじわ動きを取り戻す。それでもどこかぎくしゃく…じゃない、浮ついた?独特の空気に、これはどうも俺が思うようなこととは違うことが起こったことを察する。
「え、なに、どういうこと…?」
「村雲さん、あのですね」
困惑しかない俺を見兼ねてだろう、篭手切が耳を貸してください、と左側にしゃがみ込む。
本当は、こういうことは本丸に帰ってからお伝えした方がいいんでしょうけれども。
そう前置いて伝えられた事実に、俺はとうとう声にならない声を上げた。