美女のお茶会に恋語りを添えた 医務室の扉をノックして、開けると、書庫室の本棚のように並べられた薬棚の前でヒリング様が腰に手を当て、難しい顏をしていた。ボッス城は、現在、治癒魔法の才に恵まれているヒリング様と薬学と魔術に長けたミランジョ様のおかげで、世界一を誇る薬を所有していた。その為に部屋面積に対して薬棚が圧迫して、その中の薬瓶も所狭しと並ぶ。その前でヒリング様は床に置いたカゴに古そうな薬瓶を仕分けて入れていた。
「あら、こんにちは、ホクロ。どこか調子悪いの?」
敬礼をして、挨拶をする。崩していいと、合図をいただき、口を開いた。
「少し野暮用で参りました。ヒリング様はいかがなさいましたか?」
「ミランジョと新しい薬品作る約束しているから、その前に整理しておきたくて」
新しい王妃とヒリング夫人の関係を、周囲は心配していたが、ヒリング様の大らかさで今では、すっかり仲良く薬剤開発にまで着手していた。ダイダ様が二人の話についていけずに、口を尖らせて剣術鍛錬に時間を割いていたのは、女中や兵たちの心を和やかにさせた。
「あの、医務係の方いますか?」
「席を外しているわ。代わりに私が伺ってもよくってよ」
「ええ!?」
「最近、国が平和だから私の役目も少なくてね。特別に治癒してあげる。あなたには、感謝している位だもの。それくらいやらしてよ。」
ヒリング様は優しくほほ笑む。あのヒリング様に恩情をかけていただける日がくるなんて思ってもいなかったので、嬉しさで飛び跳ねそうになった。だがしかし、困った。
「いえ、包帯と軟膏をいただきたいだけなので」
「軟膏? どこかかぶれているならば、私の力で一発よ?」
かわいらしく拳を握り、凛々しい表情をされる。それに対して目が泳ぐ。本当にもったいないお言葉の数々。
「いえ、実はドーマス様が要り様で」
「じゃあ、連れてきなさい」
「え?!」
「私、しばらくここにいる予定だから、早く連れてきなさい」
「あの、その」
「なによ」
「えっと……ヒリング様にお見せするには忍びない箇所なので」
「平気よ。あなたたちなんて、子どもみたいなものだし、裸体でも構わないわ。治癒をする際に、そんなので色めきだってたら世話ないのよ」
ヒリング様の器の違いに圧倒されるばかりで、目を白黒させてしまう。意を決して、口を開いた。
「……実は乳首が赤く腫れてしまって」
恋人の痴態を他言して、手が汗ばむ。顏が熱くて仕方がない。しかも、品性高潔で美しい女性に対して、何を言っているのだろうか。発した言葉が頭の中で反芻して、昨晩の睦事を思い出す。汗ばむ肌を舐り、自分が求められたいが為に、涙声で名前を呼ばれるまで、焦らしに焦らした。
『ホクロ、もう、お願いだ、ホクロ……』
謎の切迫感に思考の限界を超え、幸せな時のことを思い出したのだろうか。とにかく、朝から拗ねて口を利いてくれなくなった恋人の元へ薬を持っていかなければいけない。額から噴き出た汗を拭い、上手く切り抜けなければ、と口を動かす。
「は?」
「お、俺が、あっ、違う! えと、その、乳首が……」
「いえ、それはわかりました。俺がって、うん?」
焦りすぎて、口が滑り、目が回る。悲しいかな、自分の性分柄、真実から背を向けるのがどのような場面でも苦手である。ヒリング様は俺の慌てぶりを見つめながら、大きな目を瞬かせる。
「あなた達、そういう関係だったの? っていうかドーマスがってことは、あなたが抱く側なの?!」
「しーっ! ヒリング様! 声が大きいですっ!」
「あ、失礼。それで、二人はそういう関係なの?」
同性同士の恋仲を元僧侶のヒリング様にお伝えするのは、ドーマス様の立場が危うくなるかもしれない。しかし、窮地に立たされた自分には、本当のことを自白する以外の策は持ち合わせてはいなかった。
「……はい」
「そうだったの。それは知りませんでした。縁談の話を毎回断っていたから、不思議でしょうがなかったのよ。そういえば、あなた達、仲良かったわね」
「あの、ヒリング様は俺たちみたいなの、どうお思いでしょうか」
ヒリング様は、口をぽかんと開けて、眉間にしわを寄せた。
「何を気にしているか知りませんが、誰がどう付き合おうと、自由じゃありませんか」
心外だわ! と言わんばかりに腕を組んで睨まれた。謝罪して、その場を取り繕う。余計な心配だったようで胸を撫でおろした。それでは、当初の目的の包帯と軟膏をいただこうと、申し出ようとしたところ、更に医務室に来客が現れた。現王妃のミランジョ様だった。
「ミランジョ、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ヒリング様」
「こ、こんにちは、ミランジョ様」
王妃が現れ、敬礼と挨拶をする。これで、解放されると安心した。
「それでは、ミランジョ様もいらっしゃったので、俺は薬をいただいて失礼します」
「え、何言っているのよ。馴れ初めが聞きたいわ」
「え」
「何か話していたのですか?」
「そうなの、この子、あの四天王のドーマスと付き合っているのよ」
「え! あの屈強な方と?!」
「しかもね」
ごにょごにょとヒリング様が耳打ちをして、ミランジョ様の色白な肌が、かわいらしく赤くなっていく。最後に二人で顏を見合わせて、くすくすと笑いあう。何も知らないで見ると、とても心癒される姿なのだが、今の自分にとっては、嫌な汗が背中を伝うばかりだ。
「立ち話もあれだから、奥の部屋に行きましょう。日当たりが良いのよ」
「私、お茶淹れます。美味しいハーブをお花係からいただきました」
「え、俺は遠慮し」
「ホクロ、私の命令が聞けないの?」
「私もお話し伺いたいです」
「え」
「さあ、こちらに」
「さあさあ」
「え、あの、その、」
奥の部屋は、案外手狭でヒリング様とミランジョ様の薬剤開発専用の部屋になっており、棚には大中小のガラス瓶が複数、よくわからない器材もたくさんあり、医務室同様に井戸水がすぐ汲めるように中庭に通ずるドアまである。
部屋の中央にある丸いテーブルにティーセットが並ぶ。もちろん3人分。矢継ぎ早に質問が投げかけられ、合間にお茶を飲み干す。ミランジョ様は楽しそうに耳を傾け、ヒリング様は興奮気味に俺に恋のアドバイスをする。
俺は、軟膏と包帯を手に入れる頃には、恋語りをさせられ、ふらふらとした足取りでドーマス様の部屋に赴いた。沢山飲んだお茶も全て汗に還元されて、衣類はびしょびしょだった。
――
「ミランジョ、彼に渡すはずの軟膏の瓶、ここにあるけど」
「とても素敵なお話しを聞けたので、軟膏の中でも特別な物を渡しました。ふふふ」
「あら、いけない子ね」
「いえいえ、お礼を言われてもいい位です。あの薬は」
「あらあら、その分じゃ、明日もお休みかしらね。あの二人」
「羨ましいです」
「ところで、あなた達はどこまで進展したの?」
「え、ぁ、私の話はいいじゃない!!」
「早く孫の顏が見たいわー」
「もう!」
華奢で美しいティーカップから、湯気がふんわり立ち込め、茶葉の匂いが心を癒していく。美女たちの恋話は尽きることを知らず、それぞれの想い人を心に抱き、声が華やぐ。
後日談は、美女のお茶会には不釣り合いな内容になったのは、言うまでもない。
終わり。