ドリームドリームドリーム!最近ローがヤバい。
いやこの場合ヤバいのは俺の方か。俺の方だな。うん。
発端は──正直よくわからねえ。
ただ、近頃ローを見ているとなんつーのかな、目を惹くというか、そわそわするというか、色っぽいっつーか、艶があるっつーか、正直エロいっつーか…………あーー兎に角、大学生のまだ十代のガキに対して抱いてはいけない類いの感情が引き起こされて俺がヤバい。
普段はな、そうでもないんだよ。というか普段からそんな、ルームシェアしてる相手に対して恋人でもねえのに常時劣情抱いてくるとか、例えそのヤベェ奴が俺だとしてもローには逃げろと言いたい。親御さんから大切な御子息を預かってる身だ、ローの安全こそが第一であるに決まってる! ──話がズレた。とにかく一緒に過ごしてても基本的には普通なんだけど、それが風呂上がりとか──そうだ風呂上がり、風呂上がりのローが一番ヤバい。目元の隈もあって普段は不健康そうに見えるローだけどその時ばかりは身体があったまってほんのりと肌が上気してるのもそうだし、どこか気怠げな様子と少し潤んで見える瞳、それでチラリと流し目と首筋を伝っていく水滴のコンボを喰らうともう、もう、ロー! 危ねえ! 上手く言えねえけど危ねえぞローお前ッ!! と叫んで毛布ひっ被せて隠したくなる衝動に駆られるし、こんな事考えちまってる俺からも遠ざけたくなる。そんでもって一度そう見えちまうともうダメなのか、VネックやYシャツの合間から見える胸元とか覗くうなじ、ソファに深く座った時に服がすこし捲れ上がって見えた腰等々、ふとした瞬間にドキッとする事が増えてしまって頭を抱えるなんてもんじゃなかった。
まだまだアイツがクソガキ盛りのほんの小さな子供の頃から家族ぐるみで可愛がってきたのだ。最早甥っ子とか弟が出来た感覚で愛で倒していた筈だったというのに一体全体俺はどうしてしまったのだろうか。
この前なんか、ソファの背凭れに向かって横向きに寝落ちていたローにせめて毛布でも掛けてやるかと近付いたら、捲れて露わになった腰につい目が行ったあとジーパンの隙間、ちょうど尻のあわいに続くのだろう暗がりを見つけて「指一本突っ込めそうだな……」という感想が思い浮かんだ上に"その後"にすら考えを飛躍させてしまった自分に気がついて思わず悲鳴を上げたし、盛大にすっ転んで床に頭を打ちつけた。もうびっくりして飛び起きたローの顔をまともに見返せたもんじゃなかった。タンコブ押さえるフリして何とかやり過ごしたけど。辛い。
ローとは大学に通う間だけという名目で俺の家で一緒に暮らしてる。親御さんにあんまり負担掛けたくないからとバイトしながら奨学金も幾らか借りて大学通うつもりだなんて言うから半ば強引に、親御さんも味方につけて、元々ローの行きてえ大学の近くだったウチに住まわせる事にしたんだ。目に入れても痛くねえくらい可愛がっていたローとの生活に俺の方がワクワクしてたくらいだけど、いざローとの同居が始まってめちゃくちゃ助かったのは何を隠そう俺の方だ。もう毎日が楽しいし、生活費代わりだと言って頑として聞かないローに家事の大部分をやってもらってるから部屋は清潔だし洗濯物は溜まらねえし手作りの暖かい飯は食えるし、俺のドジ由来のボヤ騒ぎの回数もローが注意してくれるお陰で減っているからもうロー様々すぎて出来れば大学卒業しても一緒に暮らせたらなあと思っていた。思っていたんだが、こんな危険人物と化した俺が一緒じゃあ、俺がもう安心できない。だけど本人には絶対言えっこないこんな最悪すぎる理由で訳もわからず追い出すのもあり得ねえし、男とはいえ一人暮らしさせるのが心配だったんだと笑顔で俺に預けてくれた親御さんにも面目が立たねえ。だからせめてローが卒業するまで。卒業して、就職先もバッチリ決まるまでは、俺はこの凶暴な感情を抑え込んでみせる……!
そう意気込んでいたのに──
爽やかな朝の日差しがカーテン越しに差し込んでいる。
のろのろと毛布を捲ってみると、意外な事に汚れてはいなくてびっくりだ。
あんなすっげえ夢見たのにな……。
もしや突然不能にでもなったのではないかと一瞬不安になったけど、ほわんほわんと夢の内容を反芻していたらグッと来そうだったので慌てて振り払った。
良かったよかった元気だわ。まだまだ現役だったわワッハッハ。いや、まったく良くはねえんだけどな!?
ああああああと顔を覆う。いっそこのまま地中深くまで埋まりたい……地球の裏側まで行ってなんか消えたい……。
ベッドに埋もれ直す勢いでこの世の終わりのように呻いていると、リビングの方からもう起き出しているのだろうローの朝支度の音が聞こえてきた。
出来ることなら今は顔を合わせないようにしてえし、このまま部屋に籠城して、なんか一ヶ月くらい経過したい、が。
しかしそうもいかないのが社会人の悲しい所。染み付いた義務感が『準備しろ』と体を叱咤してくるので──それでも心の抵抗感はやっぱり激しいから──ひどく緩慢な、もうカメといい勝負が出来そうな動きでのたくたのたくたリビングへと顔を出せば、当たり前だけどローがいた。
「おはよう、コラさん」
「おう、おはようロー……」
いつも通りのひかえめな笑顔が眩しい。痛い。もう心が痛い。
ドカドカ降り注ぐ罪悪感に多大なる精神的ダメージを甘んじて受けていると、人の機微に聡い優しいローはその表情を気遣わしげなものに変えて近寄ってきた。
「…………ひっでえ面だな。やっぱ二日酔いか? コラさん昨日だいぶ酔ってたししんどいんだろ。とりあえず水持ってくるから、そこ座ってちょっと待ってろ」
……………………良い子だ。
なんて、なんて良い子なんだ。
本当に、ローはこんな、こんな良い子なのに、俺は、俺は、俺は────!
「ううう、ロぉ〜〜〜〜!」
「え、なんだコラさ、」
「俺のこと、殴り飛ばしてくれ!!!」
「はぁ!?」
勢いよく床に突っ伏し土下座する俺に対して、ローの驚いた声が朝のリビングに響く。
もう、もう、辛いなんてもんじゃない。
こんな良い子に俺は、俺は──!
俺は、ローと、セックスする夢を見てしまった。