真夜中、2人きりの空間で「全く。ここの王は、勇者様に対して酷い扱いをするもんだ。端から期待してねぇよ、みたいな口調で言いやがって。黒胡椒取り返してきてやったのによ、なぁ、アレル?」
「前来た時と同じだからな、もう慣れたよ。なんで僕より君の方が不満そうなんだ、クレイ」
アレル、と呼ばれた少年は呆れた声で言いながら、青年、クレイを見た。
夜も更けた宿屋。彼らはベッドを近づけ、抑えた声で話を続ける。
「俺にだって人の心はあるもんでな。薄汚い盗賊を拾ってくれた恩人に失礼なこと言うんだぜ? そりゃ怒るだろ」
自嘲気味に薄く笑い、呟くクレイを、アレルは静かに見た。
「そんなこと言うなよ。君は薄汚くなんかないだろ? 僕の、大事な仲間だ」
その声の裏に、怒りが滲んでいるのをクレイは敏感に感じ取った。自分が貶されるのは構わないくせに、仲間が貶されているのを見ると、たとえ自嘲であったとしても、彼は静かに怒る。
「悪い、お前、こういうの嫌いだもんな」
クレイの言葉に、アレルは首を傾げた。
「顔に出てたか?」
「前よりは隠せてるけどな。ずっと隣にいる俺に、隠せると思うなよ」
クレイはニヤリと笑う。それに応じるように、アレルも薄く笑った。
「そう言う君こそ、僕が自嘲嫌いだってこと、そろそろ学んだらどう?」
「努力する、とだけ言っとくさ」
「君はすぐそれで逃げる…」
ため息混じりにアレルは呟いた。
その顔に、クレイの手がそっと触れる。
いつの間にか、クレイはアレルの隣に寝転んでいた。
伸ばされた手に、アレルは自分の手を重ねる。
「で? アレル、お前にとって俺は、ただの“大事な仲間”なのか?」
意地悪く笑い、クレイはアレルを下から覗き込んだ。
「僕にそれ言わせるの、何回目?」
わざとらしく眉を下げ、しかしアレルは嬉しそうに笑う。
「さあな、俺だって覚えちゃいないさ」
「覚えてないほど前から言わされてたってことだよね。びっくりだよ、色んなことがつい最近のことみたいなのに」
するりと手を下ろし、クレイの顔にそっと触れる。
その手を取って、彼はアレルの手首にキスをした。
アレルの顔が、ほんのり赤く染まる。
「俺からしたら、あんなに初心だったお前が、そんな返しをできるようになったことが驚きだけどな」
「バカにしてる?」
ふいっとそっぽを向いたアレルの視線を追うように、クレイは起き上がってアレルをまっすぐ見た。
「してねぇよ。で? 返答はまだか?」
はぁ、とアレルはひとつため息をつく。
「意地悪」
「言うじゃねぇか」
クレイは眉をひょいっと上げ、アレルの胸を軽く押した。
とさっと軽い音がして、アレルの体が横たわる。彼に覆い被さるように、クレイは上から彼を見る。
顔を近づけて、クレイはアレルに囁いた。
「アレル、好きだ、愛してる」
何かを隠すように、アレルは両手で顔を覆った。
「…僕も、好きだよ」
小さく、消え入りそうな声だったが、クレイはその声をはっきりと聞き取った。
「手、退けて」
囁き声で、クレイはアレルに言う。同時に、真横にあった燭台の火を吹き消す。
あたりは、暗闇に包まれる。月光だけが僅かに差し込む中で、彼らは静かに、唇を重ねた。