ベターハーフ夏の夜。湿った空気が流れる神社に俺と場地はいた。家に居たくないとごねた俺に、場地が付き合ってくれたからだと思う。どういう経緯で神社に居たのかはもうはっきりと思い出せない。ただ、夏に神社で告白を受けたことだけは覚えている。誰も、罪を犯していない。まだ、東卍も、特攻隊もない。ただの友達だった時。人生で一番楽しかった時。場地との関係を誰にも犯されていないとき。そんなときの記憶。
その日、昼間はずっと学校にいた。家に居たくない俺は、授業が終わっても帰宅せずに、図書室で最終下校時間まで粘っていた。クラブはなんだったか忘れた。入ってはいたと思う。ただ、運動を放課後にした覚えはないので、文化部系だったんだろう。ああ、そうだ。ピアノ。放課後に図書室と音楽室を行ったり来たりしていたな。だから、吹奏楽とかそんなんだ。図書室が開いてない日は、練習とかこつけて一心不乱にピアノを弾いていたな。そうして、グリーンスリーブスが五時に鳴る。学校に響き渡る陰鬱なその曲を聞きながら、俺は帰り支度を始めてトボトボと帰っていた。
当然俺はまっすぐ家に帰るわけがない。場地は俺と違って交友関係が広いから、その日は他の友達と遊んでいたか、稽古に行ってたと思う。なんでか知らないけど、俺は場地のことは夜に近い夕方にしか呼んじゃいけないと思っていた。だから、残りたくもない学校に残って、読みたくない本を読んでいたり、弾きたくもないピアノを弾いていた。場地は約束すれば、放課後すぐにでも遊んでくれたし、約束が被ってても駄々を捏ねれば俺を優先してくれた。そのことに気づいたのは、東卍が出来て場地を気軽に独占できなくなってからだった。
その日俺は、暗くなった時間に場地と神社で合流した。元々、そういう約束だったからなのかどうかは覚えてない。ただ、夏の夜、湿った空気の中でその日、場地に告白されたことだけは覚えている。
合流してからは、賽銭箱の前にある石階段でいつも通りの他愛ない会話をした。勉強についていけない。とか、今日はピアノを弾いていた、とか。俺たちは不良の前に一人の人間だった。
二時間近く駄弁って、二人とも腹が減ったからコンビニに何か買いに行こう。俺か場地かは分からないけど、そう提案した。俺が立ち上がろうとしたとき、場地に服の端を引っ張られた。
「なんだよ」
「なあ、五分でいい。俺に時間くれね?」
「いいけど…」
俺はもう一度石階段に座りなおし、「で、なんだよ」とキレ気味に言った。腹が減って仕方なかったんだ。だけど、場地はというとなぜかモジモジしていた。少し顔を赤らめて、下を向きながらずっと、手を組んだり、離したりを繰り返していた。五分って言ったのに中々話そうとしない場地に痺れを切らして、「俺、腹減ったんだけど」と強めに言った。それでも、聞こえてないみたいに場地は口を開かない。どうせ俺は、場地が付いてきてくれなきゃコンビニにも行かない。だから、場地が口を開くまでお互い黙って待っていた。
沈黙が心地よくなってきたころ、場地は口を開けた。
「ベターハーフって知ってるか?」
下を向いて、手をこねくり回しながら言った。正直、何のことか分からなかった。突然言われた英語に俺は戸惑った。場地って英語知ってたんだ。とか思った。一瞬の逡巡があり、お互いにまた沈黙が流れた。破ったのは、またしても場地だ。
「なあ、知ってるかって聞いてんだけど」
「知らない」
「なら、早くそう言えよ」
「いや、だって突然過ぎんだろ。なんの話してんの?」
「説明してやるから黙って聞いてろ」
上からの態度に少しだけカチンときた。時間くれって言ったり、意味わからない英語尋ねてきたり、まったく分からない。今日の場地なんかおかしい。
相変わらず、下を見ながら手を捏ねまわしてポツポツと語り始めた。
「ベターハーフってのは、運命の相手っていう意味らしい」
「らしいってなんだよ。らしいって」
「授業でやったんだよ。途中まで寝てたから詳しくは知らねえ」
「で?ベターハーフがなんなの?」
「生まれる前、俺たちは男も女も決まってないときに、二人は実は出会っていて、大人になった時再開するんだって。それが運命の人」
「ふーん」
「で、その話聞いた時思ったんだわ。俺、一虎のベターハーフってやつなのかもって」
淡々と告げられる、周りくどい告白に胸やけがしそうだった。不思議と嫌な感じはしなかった。