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    Gg_Muimui

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    POIPOI 53

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    5/3合わせの五夏新刊冒頭1話です
    あと8頁、間に合うかな……!
    明日中に書ければ印刷所さんで出ます

    5/3新刊(予定)『Call My Name』 Ⅰ

     白くふわふわとした毛並みを大きな手が撫でていくのをじっと見つめていた。
     この世の慈しみを全部込めたんじゃないかとさえ思えるような優しい手つきに喉を鳴らす音が聞こえる。
     急所と言える腹を差し出して甘える猫にうっすらと笑う声がした。
     笑われたことに抗議したいのか、猫はちょいちょいと自身の手でやりかえし、それにまた笑い声が響く。
    『ふふ……甘えんぼだね。君は本当に猫なのか、時々疑わしく思えるよ』
     手の主は、実際は何も言葉は発していないけれど、そういう声が聞こえる気がする。かつて聞いた声。
    「……」
     五条はただひたすら、その動画を見続ける。
     ほのぼのとした空気が漂う、なんともまったりとした動画だった。
     人は映らず、猫の日常がひたすら投稿されていく、「可愛い」「癒やされる」と眺めて、ちょっとのんびりするような、そんな自分にはあまり興味のないもの。
     けれど、彼が投稿主したならば別だった。
    「……絶対に見つけ出してやるからな、傑」

     ***

     生きている限り呪いとは縁が切れないと思っていたが、それはあくまでも『一生』の話であるのだと五条が気づいたのは、死んだ後に目覚めてからだ。矛盾しているようだが、明らかに死んだと思っていたのに赤子として存在していたのだから仕方がない。
     まあ、自分の我が儘を原因の一因として死後に体を乗っ取られていた親友があの脳野郎から主導権を取り返したら別の状況で同じことが言えたのかもしれない。 だが、少なくとも五条にとっては、この生は前回とはまた少し違うもの……魂を同じとして生まれ変わりだった。
     魂だけでなく記憶は残していたし姿なども同じだったが、周囲は五条とは異なり前世だのなんだのという話はしてこないので個人差はあるのだろう。
     五条自身も今は六眼や無下限呪術はおろか、呪いを見ることすら出来ないので、普通の大学生として過ごしている。幸い、呪力の関係ないところの能力は大差がなく実家も太いのでなかなかに気楽に過ごせている。
     家入や七海、伊地知といった同じように記憶を残している前世の仲間とも出会えたのも幸いだった。
     思い返せば「人権って知ってる?」と問い詰めたくなるような青春時代を過ごす事は今世はない。その代わりに、欠けているものはあったけれど。
     一限はとっくに過ぎた時間に、五条は大学を一人歩いていた。春のキャンパスはどこかざわめいている。
     新入生は新しい生活に興奮しているし、それを受け入れる側もシラバスの変更や役職の引き継ぎ、サークルの勧誘などでなんだかんだと忙しい。
     とはいえ、五条の生活には大して変わりはなく、ただ毎年のルーティーンのようになった行動を今年も繰り返していた。
     幼稚園、小学校、中学校、高校、新しい年度を迎えるたびに、前世で喪った親友の姿がないものかと周囲に視線を向けてしまう。
     前世から変わらない百九十を超す長身に美しく完璧に整った外見の五条は歩いているだけで視線が集まるのをちらと見返して、目当ての相手の面影がないのを確かめてすぐ外した。
     生まれ変わってからずっと、夏油傑を探している。
     黒髪で似たような体躯の男の肩を掴んでは舌打ちをするのを繰り返していたら、五条が誰かを探しているというのは学内でも有名な話になっていた。
     今年も空振りかと大股で構内のカフェテリアに向かえば、窓側の席に家入を見つける。どっかりと目の前の席に座ると、彼女は小さく息を吐いた。
    「ガラ悪く歩いてんね。新入生にも早々にクズがバレるぞ」
    「別にいーし。興味ないもん」
    「今回の成果は?」
    「まったくないね。一体どこいったのアイツ」
     ふてくされる五条に家入は肩をすくめるだけだった。学部が違う彼女も夏油は見ていないという。
     高校一年の時に家入と、その翌年、翌々年に後輩達にも出会えたのに、夏油の姿だけが見当たらない。
    「夏油が隠れてるのかもよ。諦めてやれば?」
    「やなこった。俺は今度こそ傑を逃がさないって決めてるんだよ」
    「カワイソーだな」
     家入は手をさまよわせて、ここが禁煙のカフェテリアだと思い出したようだった。舌打ちをして、ぬるくなった珈琲を口に運んでいる。
    「ガラ悪いのは硝子の方じゃん」
    「舌打ちしたくもなるっての」
     薄く眉間にしわを寄せる家入に五条が言い返そうとした時、二人のスマートフォンが同時に通知を告げた。
    「灰原がグループチャットに動画共有してきた」
    「傑の動画?」
    「そこから離れろ。五条似の猫動画だって……あ、マジで似てるわ」
    「ふざけんな俺の方が可愛いわ」
     言いつつも、五条も画面をタップして共有された動画を開く。
     白いふわふわとした毛玉がごろごろと転がっていた。飼い主らしき手が腹を撫でても反撃ひとつしやしない。
     五条の目から見ても姿は自身と似ている気はしたが、それだけだ。
     つまんねーの、と閉じようとした所で聞こえた声に五条は画面を食い入るように見つめた。
     巻き戻してもう一度同じ部分を再生する。おそらく入れるつもりはなかったのだろう、ほんのわずかな声だったが、これは
    「傑」
    「は?」
    「これ、傑だ」
     出来る限り音量を上げ、拡大する五条に家入は不審をあらわにした顔をする。
     爆音にした動画はひび割れた音だったが、なんとか誰かが「さとる」と呼んでいるのが聞こえる。
    「ほら、俺の名前つけてるし」
    「まあ……それは気になるけど。でも、これが夏油の声だって確信は私には持てないな」
    「絶対傑だって。手も、よく見たらアイツ」
    「わかるのがキショイ」
     げえ、と家入は舌を出したが、五条はもう動画に夢中だった。同じ投稿主の動画を次々と再生する。
     やっと、今世の夏油と繋がった気がした。
     それ以来、五条はひたすら夏油(仮)の動画を見続けた。
     彼は週一〜二回ほどの頻度で動画をアップロードしているらしく、既に数十個がネットに上がっていた。
     そのどれもが五条に似た「サトル」という名の白猫を主役にしたもので、飼い主は手や足がわずかに見きれるだけだ。気をつけているのか、声が入ることもほとんどない。
     そんな動画の中から、五条はひたすら飼い主の手がかりになるものを探していた。
     映り込んでいる背景や時間、天気などを分析して居場所を探す。家入や七海はドン引きし、灰原でさえ「五条さんヤバイですね!」と笑顔で言ったが構わなかった。これを逃してしまえばまた手がかりはゼロだ。やれるだけやるしかない。

     ***

     そうして、五条はとあるアパートの前に立っていた。
     駅から徒歩で二十分ほど、人通りがそれほどない、川近くのアパートだ。「サトル」の動画を延々と見続け、ここだと見つけ出したのがここだった。
     間違いはない。そしておそらく、今日ここにアイツはいる。確信を持ってインターホンを押す。
     返事はない。
    「……ふーん、いい度胸じゃん」
     五条は「スゥー……」と大きく息を吐くと、猛烈な勢いでインターホンを連打した。近所迷惑など知ったことか。
     押しすぎて長音にさえ聞こえる程鳴らし続けると、ドアの向こうで気配がした。ガチャリと鍵を開ける音がする。
    「いや、少しくらい待てないのかい」
     勢い良くドアを開け、青筋を浮かべてこちらを見据えてくる人物は、探し続けた男だった。
     ハーフアップの黒い髪。白いシャツに黒のカーディガンというシンプルな格好をして、切れ長の瞳を丸くさせた夏油傑がそこにいた。
    「見つけた……ッ!」
     叫んでそのまま飛びつこうとしたが、その前にいきなりドアが閉められようとする。
     優れた反射神経を駆使し、すんでの所で足先を差し入れて防いだが、バカ力で締め付けられてあまりの痛さに悲鳴を上げた。
    「イッテーだろうが! おい、開けろ!」
    「知り合いならともかく、不審者は入れるつもりはないよ」
     冷たく吐き捨てられた言葉にイラッとして、五条はぐいぐいと足を押し入れて扉の端に指を掛ける。
     ここで負けたら下手したら骨折する羽目になるが、そんなことよりも扉を閉めさせない方が重要だ。
    「不審者 このグッドルッキングガイを捕まえて」
    「知っているかい? 顔が良くても不審者は不審者なんだよ」
     今のところ力比べの優劣はついていないが、夏油は夏油で五条を中に入れるつもりはないようだった。
     扉の隙間から、柔らかく笑みを浮かべて——その内心は怒り狂っていることが五条にはわかる。かつて非常によく見た表情だった——血管が浮いた手で扉を引き続けている。
    「今諦めたら、通報は君が帰ってからにしてあげるよ」
    「傑、俺のことわかんねーの?」
    「うわ、本気でストーカーなのか? あいにくだけど、君みたいな知り合いはいないよ」
     苛立ちと不信感だけを乗せた瞳がむけられるのに、ぐっと唇を噛みしめる。
     ここまで探し続けて、可能性は考えなかったわけじゃない。むしろ、ずっと前から考えていた。
     見つからないのは夏油が五条から隠れているか、それとも覚えていないからではないか。
     家入に言われるまでもない。かつて夏油との間に築いた関係は五条にとって何よりも大切なものだったけれど、夏油も同じように思ってくれている確証はなかった。
     諦めた方がいいのか、という問いが頭を掠める。けれど、五条が決めきる前に、足下を白い何かがするりと通り抜けていった。
    「サトル!」
     ついで夏油の悲鳴が上がって、扉が勢い良く五条の方へと向かってきた。反対側に向けられていた力が全てのった扉が勢い良く額にぶつかる。
    「いっ!」
     一瞬目の前が真っ白になり、五条は思わず額を抑えてかがみ込んだ。呪術師だった頃ならばいざ知らず、今は痛みに慣れているわけでもない一般人だ。たまったものではない。
     夏油はうずくまった五条の脇を駆け抜けていった。ドアの隙間を通り抜けて脱走した猫の方が大事らしい。
    「嘘だろ、サトル! サトル、どこ行った」
    「くっそ、俺の心配はなしかよ……」
     涙が浮かぶが、どちらかというと痛みによる生理的なものだった。唸りながら立ち上がり、夏油の後を追いかける。
     アパートの階段を降りた先で、夏油はうろうろと猫を探していた。つっかけただけのサンダルがせわしなく音を立てている。
    「サトル! 出ておいで!」
    「……」
     自分の名前だが自分でない相手を必死に探しているのに複雑な気持ちになったが、五条も夏油にならって猫の姿を探す。
     このままサトルがいなくなってしまえば流石に寝覚めが悪いし、夏油との関係は絶対的にマイナスだ。
    「散々動画を見てる俺を舐めんなよ」
     夏油とは違う場所を覗き込んだりうろついたりしてみれば、植え込みの中に見慣れた白い毛並みを見つけた。じっと様子を伺う青い目とかち合う。
     どうするかと考えるよりも先に、五条はすぐさま長い腕を使って猫の首根っこをひっつかんだ。
    「っしゃ!」
    「シャー!
     抗議の声が上がるのに慌てて尻を支えてやる。しっかりと抱き上げてやれば、サトルはそれ以上暴れたりはしなかった。
    「サトル!」
     五条がサトルを見つけたのに気づいたのだろう夏油が駆け寄ってくる。必死に伸ばしてくる手に、これ以上自分は用がない毛玉を押しつけてやった。
    「良かった、良かったホント……」
     しがみつくように猫を抱きしめる夏油は、もう五条のことなんて気にも留めていない。
     目尻を染めて微笑む顔はやっぱり五条のよく知っているものだったけれど、夏油にとって今の五条は大した存在ではないのだ。
     居場所はわかったしもう帰っちゃおうかななどと、若干犯罪者めいたことを考える。
     それでもやっと見つけた姿から目を離したくなくて、猫をぎゅうぎゅう抱いて撫でるのを見ていると、不意に夏油が五条の方に視線を向けた。
    「捕まえてくれてありがとう」
    「……ドーイタシマシテ」
    「まあ、元はといえば君のせいなんだけれど」
     サトルを抱いたまま夏油が立ち上がる。ドアを間にやりとりしていた時から気づいていたが、やはり彼も前と同じくらい背が高い。わずかに視線を下げるだけで真っ直ぐに瞳をのぞき込めた。
    「お礼に通報は止めておくよ」
    「それだけ? っつか、そんなん礼にもならないじゃん」
    「だって、君が不審者だって事に変わりはないだろ」
    「クソ頑固前髪がぁ……!」
    「今すぐ通報してやろうか?」
     毒づいたのにぴしりと空気を凍らせながら夏油が微笑む。
     やりとりは昔と変わらない気がするのに、同じとは行かないのが悔しくて睨みつければ、やがてため息をつかれた。
    「やれやれ。君は一体誰で、何しに来たんだい?」
     とりあえず聞いてあげるよ、と譲歩なのだか上からなのだか判断のつけづらい言葉が投げかけられる。
    (そんなの、お前に会いに来たに決まってんじゃん)
     だが、それを言ったところで不審者という評価は覆らないだろう。
     「何をどう頑張って言っても不審者だろう」という脳内の友人たちを無視して必死に言い訳を探す。
    「えーっと……」
     じっとこちらを見つめる夏油を見返し、ついでその腕に抱かれて大人しくしているサトルが視界に入った。
    「サトル君のめっちゃファンなんで!」
    「は?」
     これしかないと五条が叫んだ言葉に、夏油がぽかんと口を開いた。脳内の友人たちは「ないわー」とそれぞれタバコを吸ったりため息をついたり笑ったりしている。
    「いやその、動画! 俺に似た猫がいるって後輩が知らせてくれて! 見てるうちに……」
     ここからどう繋げるかと脳をぶん回して言い訳を重ねる。そんあ五条を、我に返った様子の夏油はしげしげと眺め、やがて頷いた。
    「まあ、サトルは可愛いからね。そういうことなら仕方ないか」
    「は?」
     今度は五条がぽかんと口を開けた。
    「でも、突然他人の家に押しかけてはいけないよ。ピンポン連打も扉を押さえるのも通報待ったなしだからね」
    「……ああ、うん。それは悪かった、けど」
     にこにことしている夏油がよくわからない。常識人だが割とぶっ飛んだ結論にいたるのも前と同じだが、それはいいのだが。
    「まあ、せっかく来てくれたんだしね。お茶くらい飲んでいくといい」
     「帰ろうか、サトル」と猫に優しい声を掛けながら背を向ける夏油に、五条が思ったのはふたつだった。
    「猫のファンならいいとかマジチョロすぎねえ?」と、「お前の悟は俺だろうが!」である。
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