35 hours 青年は「はぁ?」と声を出した。日差しの強い夏の日だった。潮風がハタハタと二人の髪の毛を揺らす。
もう一回言ってくれる?と気持ち前のめりになる。流暢な英語だったが、言っている内容が全く納得できなかった。
「アルバカーキまで行きたいの」
背後で車が通過して、その速いスピード音が鼓膜を揺さぶったが、彼女は聞き直す前と同じ事をいったので、どうやら聞き間違いでなかったようだ。
「は?ここはカリフォルニアだぜ?」
「正確に言えばフォートサムナーっていう街なのだけれど」
「いやそこは聞いてない」
アルバカーキはカリフォルニア州からアリゾナ州を跨いで、ニューメキシコ州にある。
「ロサンゼルスの空港からサンタモニカまで来たの。ここからルート66を使ったら真っ直ぐでしょ?」
「バカタレ。君何時代を生きてるの?」
「21世紀」
「驚いた。ヒッピー文化の継承者かと思った」
あはは、と女の子は笑ったので青年は嫌味が通じていないのかとサングラスをグイと直すフリをしながら彼女を見た。
「日本から来たの。東京からカリフォルニアの飛行機が一番安かったから」
「えぇ。それでこれ?」
青年がドン引きしているのはこの可愛らしい小さなアジア人の女の子が一人で大きなリュック背中に一つ、ヒッチハイクをしていたから。大きな帽子をかぶって日差しを防いでいるが、しかし半袖短パンで手足は野ざらしだ。どう見たって高校生くらい。
「危ないよ。やめておきな。長距離バスでも電車でも、飛行機でも使ったほうが良い」
「あんまり手持ちがないんだ」
「じゃあなんで来たんだ?」
「会いたい人がいて、来たくなったの。昨日…いや、飛行機で日付変わったから一昨日?そうだ!行こう!って思って」
「行動力の化身すぎる」
「大事な事だと思って」
青年は散々彼女を馬鹿だと思っていたが、そう言われてスっとした顔をした。それからたっぷり30秒くらい考えて頭を振る。
考えるからいけないのかもしれない。彼女みたいに思ったらすぐな行動してみたら、何か違うのかも。それが大事な事なのかも。
青年はポケットから携帯を取り出して電話をかけ始める。
「……Hi. そう、俺だよ。本物。ウィリアム。今からそっち行って良い?ウン。うん。急でごめん。いい?ありがとう夜には着くと思う」
青年は電話を切って、あぁ、やったわ。と晴々とした空を見上げた。夏の日差しが眩しい。
「君、名前は?」
「リツカ」
「リツカ。俺はウィリアム。よろしく」
「うん!よろしく!」
「乗せてってやる。けど、アリゾナのセドナまでだ」
「いいの!?」
「従兄弟がいるから、久々に会いたいと思ってたとこだし」
「ありがと〜!!助かる!」
「警戒心が無いのか?本当に殺されるぞ」
「そんな事ないよ!さっき乗せってくれるって言ったおじさんは断ったの。ちょっとヤな感じしたからね。私、人を見る目は自信あるよ」
ニコニコ、人が良さそうな顔で笑った。本当かよ。
荷物を後部座席に乗せて、シルバーのセダンはゆっくりと走り出した。
「ウィリアムって、私が会いたい人の名前と同じだ」
「ありふれた名前だからな」
「ウィルって呼ばれてたりする?」
「……まぁそう呼ばれる時もあるかな。君は英語が随分上手だね。でも独特だ。ところどころイギリスの訛りも入ってる」
「あぁ、キャンをカンって言ったりするやつ?イギリスの人にめちゃ矯正させられたんだよね」
「ウワ。だるいだるい」
ウィリアムは不思議な気持ちだった。初めて会ったのに、いつもなら声もかけないはずなのに。自分は彼女に声をかけて、車に乗せて、わざわざ叔母さんに連絡を取って、8時間かけてアリゾナに向かっている。
見知らぬ女の子を助手席に乗せて。
けれど不思議と嫌な気持ちも、面倒という気持ちもまるでない。寧ろ心地よくて、ケツが痛くなるような長いドライブもたまには良いかと思う程。
「何か音楽流す?」
「カントリーロード聞きたい」
「ウェストバージニア州はかすりもしてないけど」
「こういうのは雰囲気じゃない?」
まぁそれも、そうか。
既に車はサンタモニカの狭苦しい道路を抜け、州間高速道路に入り、あとはひたすら真っ直ぐだ。カリフォルニアを出たらもっと車が少なくなるだろう。
リツカはイントロをフンフン鼻歌で歌って、別に上手くもなければ下手でもない、ただ、この曲が好きなのだなという声で歌い始めた。
カントリーロード 故郷へ連れてって
僕がいるべき場所へ
ウェストバージニア 母なる山
僕を導いて カントリーロード
アメリカ人のウィリアムにとってはなんだか切ない気持ちにさせられる曲だ。
「ウィリアムはカリフォルニア出身なの?」
「いいや。アリゾナなんだ。小さい頃従兄弟とはよく遊んでたよ。
田舎でね、なんもないとこだった。でも、なんでもあった」
昔はそんな事思ったこともなかった。ガキの自分には、はしゃぎ転げても文句の言う人間のいない遊び場と、従兄弟や友人とボールさえあれば一日中暇なんかしなかった。
つまらないとか、もの足りないとか思ったことはなかった。全部そこにあった。
「……何か悩んでるの?」
「ンー。まぁ。そんなとこ。大学生なんて自分探しの時期だし、みんなこんなモンでしょ」」
「若いね」
「え?」
「私、20歳より30歳の方が近いよ」
「は!?っっうぁ!!」
バァー!!!とクラクションが対向車線の車から鳴らされる。驚きすぎて、隣の車線に侵入していた。
「エ!?マジックじゃん!?流石に嘘だろ」
「パスポートみる?」
「アジア人ってこぇぇ〜」
そんで30近くになってこんな弾丸アメリカ旅行キメてるのがもっと怖い話になってきた。
や、でも流石に25とか26だろ。これで29とかはないはずだ。あまりにも顔立ちが幼すぎる。
「大学って大変だもんね」
「勉強についていけないわけじゃないけど、本当にこれでいいのかって考えるよ」
「……そっかぁ。でも楽しいね」
「仕事に忙殺される社会人よりはそうなんじゃない?」
ウィリアムという青年が話すことは全てが曖昧だった。断定を避け、のらりくらりと会話をする。
「ね、そろそろルート66?」
「もう入ってるよ」
「え!そうなの?でも、」
「州間高速道路40号、これが今のルート66だ。本物はとっくに廃線してる」
「んなぁ〜〜!」
リツカは大きな声を上げた後、そんな……としょもしょも落ち込んだ。
有名なルート66。よくドラマとかで見るヤツ。そんな、もうないなんて知らなかったな。
いつの時代から来たのかと尋ねたが、どうやらルート66の廃線知らないくらいにはちゃんと若いらしい。いや、さっき30手前と言っていたからそうなのだが。
「楽しみだったのにな」
「ただのコンクリートの道だよ」
「そうだけれども」
道すがら街に寄ったり、ガソスタに寄ったり、歌を歌ったりして二人は楽しくドライブをしていた。
リツカは古いカントリーミュージックからロックまで幅広く網羅しており、やっぱりいつの時代から来たのかわからなくなったりした。
「ンー、牛の味」
「食レポ下手すぎだろ」
夕飯にと買ったファストフードのハンバーガーを貪っているリツカの横でシェイクを飲んでいたウィリアムが突然ブレーキを踏んでスピードを落とす。
「んぶっ」
グンッと体が揺れてハンバーガーに鼻にから突っ込んだリツカはミラーに反射する点滅する青ランプを見つけて、アァーとなる。警察だ。
クソ!と毒を吐いたウィリアムが路肩に車を停める為に右に寄る。
「何マイル飛ばしたの?」
「10」(16キロ)
「いってんねぇ」
運が悪かったとしか。正直なところ10マイルくらいなら全然飛ばす。場所にもよるが、偶然見つかって、偶然見逃してくれなかったのだ。
「どうも」
「ども」
ウィリアムは運転席でジッとしていた。むやみやたらに動くと、動くな!と言って銃を向けられる事があるからだ。
「免許証と登録証と保険証、見せてくれる?」
「はい。リツカ、グローブボックスに登録証と保険証がある」
「あ、はい。開けて良いですか?」
「どうぞ」
パカ、と目の前のボックスから黒いポーチを出して、それをウィリアムに渡す。
警察官は夜で見えにくい手元にライトを当ててくまなくチェックしているようだ。
「カリフォルニアから?」
「叔母の家に」
「その子は?」
「…友達です。日本からの」
ヒッチハイクで拾ったと言ったらまずい気がしてウィリアムは日本人の友達と偽ることにした。完全な嘘を吐いたわけではないが、秘密ごとをしているような気持ちで、心臓がバクバクと脈打つ度にキリキリ痛む。
「お嬢さんパスポートある?」
「は、はい。後ろのリュックに……」
「それから鼻にケチャップ付いてるよ」
「あ。え。本当だ……」
そうして警察官はリツカのパスポートをくまなくチェックして、全部彼らに返した。
「最近この近くであった強盗事件の車と君の車が一緒だったんだ。カリフォルニアナンバーで」
「え?」
「ちょっと飛ばしてたし、一応確認せてもらおうと思ってね。引き止めて悪かったけど、もう少しスピードは落として走ってね。夜だから動物も出てくるかもしれない」
「は、はぁ〜い。そうします、ごめんなさぁ〜い」
路肩から車を出して、車線に戻る。
「………。」
「…………。」
はぁ〜……と二人はため息を吐いた。
一拍置いて、大爆笑する。
「ざけんな!マジでビビったって!」
「ひぃ〜、本当に怖かった」
「アリゾナってスピード違反っていくら払わなきゃいけないんだ?しか考えられなかった」
「これで罰金払うことになったらいよいよ飛行機取った方が安い可能性もあったね」
「ありがとう優しい警察官のひと。スピード違反を見逃してくれて。でも俺を停めたことは許せん」
「口から牛の味なくなったもん」
「鼻にケチャップつけたまま警察と話すヤツ初めて見た」
「知ってたなら言ってよ……」
さっきより速度を15マイルも落として走りながら二人はヒィヒィ言って笑った。
・
「いいの?モーテルに泊まろうと思ってたけど…」
「叔母さんがいいって言ってるし、泊まりなよ」
アリゾナについた二人は長距離の運転で凝り固まった体をぐりぐりほぐした。彼の従兄弟の家に一泊させてくれるらしい。ありがたいことだ。
「星が綺麗ね」
「そう?田舎だからかな」
カリフォルニアの発展都市とした雑踏も人の気配も潮風も全部今日見てたのが嘘だったみたいだ。乾いた風。赤土の静かな街。建物の少ない田舎町で星はプラネタリウムみたいに輝いていた。
「お世話になりました!!」
「これサンドイッチ、お昼に持ってって」
「ありがとうございます!」
リツカはお礼を言ってジップロックに入ったランチを受け取り、ウィリアムに近くの車通りの多い場所まで送ってもらう。
「ありがとう、本当に」
「うん。楽しかった。昨日、何年振りか従兄弟と喋ったらさ、アイツ案外昔のこと覚えてて。ちょっと話したら俺も思い出してきて、人って案外覚えてるもんだな。いつもは思い出せないだけで、忘れたことにはならないし、なかったことになんてもっとならない。
俺、去年母さんを亡くしてて、一年経ったらよく見ていた母さんの夢も、思い出すことも少なくなった。あんなに大好きだったのに」
「……うん」
「薄情な野郎だと思ってたんだ。でも、生きてる人間は結局、何かしてても何もしなくても未来に進み続けるし、過去はずっと過去になり続ける。ハハ、俺、何言ってんだ?」
「わかるよ」
「アリゾナに来たら覚えてた。母さんとここで過ごしたこと、忘れてなかったんだ。俺はもう少しここにいるよ。思い出させてくれてありがとう、リツカ。君の旅路が安全であることを祈るよ。会いたい人に、会えるといいね」
「ありがとう、ウィリアム」
・
We are never ever ever getting together!!
次にリツカを載せてくれたのは長距離トラック運転手のおっちゃんだった。
彼はスウィフティーだった。
トラックの中ではテイラーの曲が一生流れていたし、リツカも一生歌っていた。
ちょうどアルバカーキまで行くよ、そう言うのでありがたく。車はアリゾナ州を出て、ニューメキシコ州に入っていた。
「毎日長距離走ってると、歌うことしかないから、誰かいてくれて嬉しいよ」
「こちらこそありがとうございます!」
「でも目的地はアルバカーキじゃないんだろ?」
「フォートサムナーまで」
「アルバカーキからどれくらい?」
「車で2時間くらいだと」
「へぇ。俺も行ったことないな。車通りも少ないんじゃないか?」
「そしたら歩きます!」
「ハハハ!」
おっちゃんはケラケラ笑った。冗談だと思っているのだろう。けれどリツカは本気だった。陽気なおっちゃんはリツカと話しながらもスウィフティーとしての矜持があるので、ちょっと話して歌って、ちょっと話して歌う。会話の流れから歌い始めるから歌ってるのか私に言ってるのかわからない時があるなとリツカは思った。
アルバカーキで降ろしてもらい、北の方に向かうというおっちゃんに手を振って、リツカはもらったサンドイッチを食べながらうーむ、と考えた。
多分、フォートサムナーに行く人は少ないから、その手前のサンタローザを目的地にヒッチハイクをすることに決めた。
長い間、リツカはそこにつっ立っていたが、なかなか車が捕まらず、夏の日差しにジリジリと肌が焼けて体力が奪われていく。
夏は日が長く、夜の7時だというのにだいぶ明るいが、そろそろモーテルを見つけた方がいいかもしれない。
ちょうど水も空になってしまった。
「サンタローザ?」
勢いよく前を通過して行った車が急ブレーキで数十メートル先に止まる。
窓から顔を出したのは長いブロンドの髪と大きなサングラス、腹出しタンクトップで夏を満喫しまくっているお姉さんだった。
「エー!セドナから!?」
「その前はサンタモニカから」
「カリフォルニアの?」
「そう」
「私あなたのこともう大好きだわ」
お姉さんはスタバに寄ってリツカに水分補給などをさせてくれて、氷も貰ってくれたのでリツカは日焼けた肌に氷水の袋をぺたぺた当てていた。
「ずっと立っていたんだもの。心配して」
どうやら彼女はリツカを昼頃に反対車線から見ていたらしい。
ヒッチハイクしてら…あんな子供みたいな女の子が。大丈夫かしら。そう思ったらしい。
「バイトが終わって来たら、まだいたからさ〜。やるしかないっしょ、って思って」
サンタローザなら2時間くらいだしねとウィンク。
「帰りはまたヒッチハイクで帰るつもり?」
「うーん、どうだろう。まだ考えてないや」
「いいね〜、最高。私もそういう行き当たりばったりの旅してみたいわ」
お姉さんは車の中でラジオを聞く派らしく、何か話題が出ると自分の思っていることを言って、リツカはどう思う?と聞くのであった。
「モーテルか、どっかしらあると思うよ。電話してみなよ」
「わ、ありがとう」
ス、と差し出されたお姉さんのスマホはシンプルなケースに入っていた。
ロック画面も壁紙も初期設定で、ロックと言ってもスワイプするだけでよかった。充電もほぼ満タンで、イケイケのお姉さんという見た目に反してスマホという文明機器に全く興味がないらしい。
見られて困るようなこともないから差し出したのだろう。
リツカはポチポチ携帯をいじって、サンタローザの宿泊施設を調べて、片っ端から電話をかけた。
「ここ、空き部屋あって今日泊まれるって言うから予約しちゃった」
「おっけ〜、じゃ、そこ行こっか!」
お姉さんは明らかに車を飛ばしていたが、運の良いことに警察に遭遇することはなかった。これが運の差か。
モーテルまで送り届けてくれたお姉さんにお礼を言って別れ、リツカはベッドに横になって窓から少し星を見て泥みたいに眠った。
「くぁ……」
翌朝起き上がったリツカは体をストレッチしてぐいぐい伸ばした。今日は長い日になると知っていたから。
モーテルを出たリツカは帽子をシッカリ被って、歩き出す。フォートサムナーまでは徒歩15時間。歩く気だった。
全然苦ではなかった。リツカはニューメキシコの乾いた赤石の景色がうねうね続いているのを見るのが好きだったし、アメリカ大陸を横断した時を思い出して懐かしんだ。
「お嬢さん、大丈夫?」
「へ?あ、大丈夫です」
ガソリンスタンドに寄って水を買ったリツカはシェリフ──保安官に呼び止められた。
ほとんど人のいない街のガソスタにアジア人の子がでっかいリュックを背負って、車もなしに現れたら、そりゃあ怪しい。
「フォートサムナーまで、歩いてるところなんです」
「なんだって?」
ガソスタのおっちゃんの声が通る。
「一人で?」
「はい」
「歩きで?」
「はい」
絶句。この子マジか?そういう顔をしている。
親御さんは?と尋ねて、大人ですとパスポートを見せられ、もう一回絶句した。サンタローザを出発したというこの子、既に5時間歩いてここに来てんのか。
「送ってやんなよ、俺嫌だよ、明日アジア人が熱中症でのたれ死んでたニュース聞くの」
保安官は唸って、まぁ、今日は暇だし…と言った。
「いつも暇だろこんな田舎、なんも事件なんかおこりゃしないって」
リツカはシェリフの車に乗る(無罪)という貴重体験をしていた。バンバン高速を飛ばしてた車も、シェリフを見つけると、スーッとスピードを落として、別に今までもこの速度でしたけど?という顔をする。
「日本から?どうして」
「無法者に会いに来たんです」
「シェリフにそれ言うんだ。フォートサムナーってことは、ビリー・ザ・キッド?」
「そうです。お墓に」
「熱烈だね〜」
「えへへ」
「おい、あの車飛ばしすぎじゃないか?」
「あ」
リツカは今度は本当に罰金を取られる運転手をシェリフカーの助手席にちょこんと座りながら見ていた。
「本当にここでいいの?」
「はい、歩いてもあと2時間ないですし、お仕事の邪魔も良くないので…」
「帰りはどうするんだ?」
「考えながら歩きます!」
ありがとうございました!とあたりに響く声でリツカは言って、また歩き出した。
「よかった、日が昇ってる間に着きそうだ」
・
「あ、ふふ。いっぱいいる。大人気だな」
フォートサムナーに着くと、ビリーの名前はそこかしこにあった。
この街のヒーローみたいなふうだ。無法者だけど。犯罪者だけど。
でも、それはリツカにとっても同じだった。
ビリー・ザ・キッドは、マスター、フジマル リツカのヒーローだった。
何度だって助けられたし、何度だって頼った。敵を蹴散らしてくれたし、励ましてもくれた。
そういえば、そんなこともあったっけ。と忘れていた──いいや、思い出せなかった記憶が溢れてくる。
ウィリアムの言った通りだと思った。リツカがフォートサムナーに来たのは初めてだったし、ここでの記憶があるわけじゃないし、ビリーだってここで死んだのであって故郷でもないけれど。
でも、ここにいて、ここにいるのだ。
彼との記憶が鮮やかに甦ってくる、この夏の空の青みたいに。
「会いに来たよ〜、ビリー!!」
リツカは砂利道を走り出した。会いたかったぞ!そう聞こえるのような足取りで、今までの長旅の疲れなんてまったく吹き飛んでしまいましたという感じで。
思い立ってよかった、来てよかった。
ビリーも、私に呼ばれて来たことを後悔しなかったろうか。よかったと思ってくれたろうか。
今度は私が行くと、あの時約束したことを思い出せてよかった。
彼は笑っていたっけ。期待しないで待っておく、なんて言っていたけれど、そんなもの来てほしいと言っているようなものだ。
「ビリー!大好きだ!君に会えて本当によかった!!」
リツカは晴れ渡った夏の空に向かって言った。
フジマル リツカの最後の夏だった。