どうあがいたってラブコメディ 五条の自宅のソファの上。下半身を柔らかく包み込む感触は高級感そのもので、ここに座ると立ち上がる気がなくなってしまうんだよな、と伊地知は自室にある硬めのそれを思い浮かべながら目を閉じた。あれはあれで生活感があって気に入っているけれども。
目の前の大型テレビでは映画が流れている。配信が始まったばかりの人気作、アカデミー賞にもノミネートされていた社会派映画だ。伊地知好みの内容だったが、今日はどうにも頭に入ってこない。有り体に言えば疲れていた。
伊地知は薄目を開けて隣に座る男をちらりと見た。普段は目隠しで覆われている瞳がテレビに向かっている。サングラスも掛けていない端正な横顔は少し退屈そうに見えた。五条はドキュメンタリーよりフィクションが好きだから、まあそうだろうなと伊地知は納得する。それでもこうして過ごすのは、互いの体温を分け合う口実のようなものだ。彼に触れている左肩に徐々に熱が集まっていく、気がする。
見送った者が戻ってこない、そんな日だった。事後処理に追われて悲しむ余裕もなく、すべてを終えたときにはもう日が暮れていた。薄闇に放り出されたところを五条に拾われて、現在。何も訊かれないし慰めの言葉だってないけれど、隣にいてくれる不器用な恋人だ。
伊地知はソファの上で足を抱えると、五条にぺたりと寄り添って体重を預けた。体格差があるからびくともしないはずなのに、暖かいそれは一瞬ぴくりと震えた。
「なに伊地知、甘えちゃって」
伸びてきた腕が背中に回って、伊地知は五条の脇にすっぽり収まるかたちになった。頭の上に頬を乗せられてさらに密着度が増す。ふと五条の香りがして、堪らなくなった。
「五条さん」
「ん?」
「…すきです」
ほろりと口からこぼれた。五条の首筋にぐりぐりと自分の頭を埋めながら伊地知は思う。こんな仕草、似合わないのはわかっているけれど今夜だけは許してほしかった。
「……は?」
「へ?」
直後、穏やかだった空気感が一変したのを感じて伊地知は硬直した。やばい。引かれただろうか。と思った瞬間、背中に添えられていた五条の右腕に力がこもり、勢いよく抱き寄せられた。
「なにそれ!! 僕も好きだし!!!??」
ぎゅうぎゅうと締め上げられて伊地知の口からぐえっと色気のない声が出る。
「ギブ、ギブ、締まってます!!! なんでちょっと怒ってるんですかあ!!?」
「怒ってないし!! 伊地知がかわいいこと言うから!!!」
「かっ、かわいくはないです!!」
「はぁ? 天才特級術師に愛されてるんだから自信持てよ。病は気から、千里の道も一歩から。リピートアフタミー、かわいいは作れる! ほら」
「いやいや…」
「ノリ悪ぅ…」
盛大に顔を顰めた五条を見て伊地知は呆れた。やはり五条さんは五条さんであり、五条さん以上でも五条さん以下でもなかった。
五条の腕から解放されて伊地知の身体にひやりと冷気が通る。風呂上がりなのに少し汗ばんでしまったなと思っていると、長い脚を大きく開いた五条がその間をポンポン叩いた。のそりと移動すると今度は後ろから抱き付かれる。脚も絡み付いてきて、抱き枕にでもなった気分だ。しかもまあまあ重い。
「まあこれだけは覚えといてよ。この僕が他人の家でゴミ出ししたり排水口のネット取り替えたりするのはお前んちだけだってこと」
「はあ…」
確かに日頃傍若無人なこの男も生活力はきちんとあるのだ。伊地知が弱ったときに世話を焼いてもらったことも何度もあった。
「だーかーらー、もっと彼氏面しろってこと」
後頭部に額が当たる。五条が喋るたびにうなじに息がかかるのがくすぐったくて、伊地知は思わずふふ、と笑った。
「はい」
映画はいつのまにかエンドロールを迎えていた。すっかり観そびれてしまったから、もう一度。次は爽やかな休日に仕切り直させてもらえるだろうか。おうちデート、なんて口に出せば許してもらえそうだ。
そして。
「あの、五条さん」
「なに?」
「私の腰に当たってるのは…」
「これね」
五条にさらに密着されて、その存在感が嫌でもわかってしまう。
「伊地知から僕んちのシャンプーの匂いすると思ったら、ねえ。興奮するでしょ」
べろりとうなじを舐められて伊地知は大きく震えた。
「ヒッ」
振り返った彼の唇が奪われるまであともう少し。