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    ころねちよこ

    降風と五伊地と七伊

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    ころねちよこ

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    2018年に出した個人誌『彼らが過ごした12 months』よりハロウィンの降風の再掲です。
    モブ風未遂あります🎃

    「んんん…!」
     パーティー会場に入るなり目に飛び込んできた長身の男の姿に降谷は人知れず悶絶していた。遠くからでも判別しやすい、周囲から一つ分飛び出した頭。の上には暗い灰色の毛で覆われた獣の耳が二つ。
     ドリンクを乗せたステンレス製の丸盆片手に人の波をすり抜けていく彼を目で追うと、無駄のない足取りの背後で何かがゆらゆらと揺れるのが見えた。彼のそばをぴったり離れないそれは、耳と同じ色の尻尾だ。ボリュームのある太い尻尾が、彼の動きに合わせてもふもふ左右に首を振っている。
     こんなコスチュームだなんて聞いてないぞ風見…!
     降谷はギリ、と奥歯を噛んだ。

     10月に入ってから各所で開催されているハロウィンパーティーに違法薬物のバイヤーが紛れ込み、参加者にドラッグを横流ししているという匿名の通報があったのは数日前のことだ。公安部が裏を取ったところ確かに一部の参加者から薬物反応がみられ、本格的な捜査に乗り出すこととなった。参加者曰く、20代くらいの若い男から薬を買ったという。追加で欲しければ31日のパーティーに来てくれ、とも言っていたそうだ。
     10月31日はハロウィン当日で、都内各所でパーティーが行われる予定だ。公安部の捜査員たちはペアを組んで各会場に潜入することになった。降谷は風見を連れて著名人主催の大規模パーティーに参加することが決まっていた。会場はホテルのパーティールームだ。

     吸血鬼のコスチュームに身を包んだ降谷は、壁に寄りかかってドリンクを飲む振りをしながら参加者をチェックした。
     誰かと談笑するでもなく会場中を動き回っている怪しいミイラ男がいる。その男はジャケットの内ポケットを頻りに気に掛けており、恐らくビンゴだな、と降谷は直感した。イヤーカフスに擬態させたインカムで風見にそれを伝える。

     それにしても。
     潜入前に話した時には「自分はこのナリなのでフランケンあたりじゃないですかね」とか言っていたのはどこのどいつだ。
     風見のコスチュームは狼男なのだと思われるが、彼のピンと張った背筋と一見神経質そうな顔立ちでは正直大型犬にしか見えない。それも主に忠実な賢い犬である。また、ウェイターとして潜入している風見の制服姿も非常にそそるのだ。タイトな黒ベストと黒いパンツが体のラインを強調させており、ストイックな色気がある。そこにかわいらしい耳と尻尾が加わると破壊力がすごい。ギャップの塊だった。
     かわいい愛犬のおかげですっかり犬派になってしまった降谷としては、風見の姿はそれはもうドストライクだった。もっと近くで見たいし、触りたい。撫で撫でもふもふしたい。
     そんなことを考えながら熱い眼差しで風見の姿を追いかけていたせいで、降谷はいつの間にか女性たちに囲まれてしまっていた。

     降谷の周りに女性が群がっていることに気が付いて、風見は眉間に皺を寄せた。
     ミニスカートの魔女に露出度の高い女ヴァンパイア、かわいらしい黒猫に、何故かナースまでいる。皆一様に瞳を輝かせて、懸命に降谷に話しかけているようだ。
     今夜の降谷は一段と魅力的だった。黒一色のマントを羽織った吸血鬼である。マントの下には中世の貴族が着るような刺繍入りのベスト。首元にはフリルの付いた襟。色素の薄い髪は後ろに撫でつけてあって、普段よりも落ち着いて見える。そして整った甘い顔立ち。
     端的に言えば、とにかくめちゃくちゃかっこよかった。
     降谷さんかっこいいなあ、と風見は遠くからしみじみと眺める。吸血鬼は青白い肌というイメージがあるが、そこが全く気にならないほど完璧な造形だった。昔やっていたヴァンパイア映画のトム・クルーズみたいだ。
     しかし、愛想良く女性たちに応対する姿は正直面白くない。
     ちやほやされてさぞかし良い気分でしょうが今は仕事なんですよ。わかってます?
     不機嫌そうな顔をしながら降谷たちから視線を外すと、狼の尻尾を触りたいという子どもたちがやって来たので風見はサッと表情を元に戻した。

     あれやこれやと質問してくる女性たちを上手くいなしながら、降谷は再び風見を見る。子どもたちに尻尾を触らせているようだ。いいなあ僕も触りたい。
     すると風見の背後から例のミイラ男がやってきて、あろうことか風見の尻を触った。
    「は!?」
    「きゃっ」
    「あっすみません、知り合いがいたかと思ったんですが人違いで…」
     思わず声が出てしまった。驚いている女性に対して慌てて弁解する。あいつ、子どもに紛れて風見の尻を……。風見は完全に子どものしわざだと思っているようだ。それよりも、ターゲットが自分の近くにいることに気付いた風見の目がキラリと光ったような気がした。
     やんちゃが過ぎる男の子が尻尾を強く引っ張る。その瞬間、風見はたたらを踏んで……。
    「も、申し訳ございませんお客様…!」
     持っていたシャンパンをミイラ男にぶちまけた。
    「大変申し訳ございませんっ…!」
     風見が勢いよく頭を下げる。
    「チッ…どうしてくれんの、これ」
     布巾でズボンを拭かれながら男が言う。酒は下半身にかかってしまったらしい。
    「至急替えのお洋服をお持ちします…お部屋にご案内いたしますので、そちらでお着替えの方を…」
    「へえ、部屋用意してくれんの」
    「勿論でございます」
     待て待て風見、早まるな。そいつは君の尻を触った男だぞ……!
     降谷は心の中で叫んだ。風見とどうにかコンタクトを取りたいが、人に囲まれている状況ではインカムで話すわけにもいかない。風見とミイラ男が連れ立って歩くのを降谷はただ見ているしかなかった。二人が会場から出る間際、一瞬降谷に視線を向けた風見だったが、すぐにぷい、と顔を逸らした。
     なんだあれ! 怒りたいのは僕だ!

     こちらで確保していた客室にターゲットを案内し、替えの洋服を持っていく。ズボンの裾には超小型の盗聴器と発信機が縫い込まれており、これで取引現場を押さえて現行犯逮捕にこぎ着ける算段だ。
     降谷さんが女性にデレデレしてる間に自分ぼくが上手くやりますから。
     他の会場に潜入していた捜査員達にも連絡を取り、こちらに向かってもらっている。
    「お待たせいたしました。お客様のお洋服はクリーニングして返却させていただきます」
     部屋にいる男は顔の包帯を外していた。確かに見た目は若く、20代くらいに見える。男は風見の言葉を聞くと、濡れたズボンをすとんと自分の足元に落とした。
    「お兄さんが履かせてよ」
    「…えっ」
    「履かせてくれるでしょ? お兄さんがこぼしたんだもんね」
    「しょ、承知しました」
     どういうことだ。まさか正体がバレた?
    「ベッドに座って」
     ズボンを持ってベッドの端に座る。男がジャケットに手を掛けるのを見て身構えた瞬間、風見の体を大きな衝撃が襲った。
    「がッ…」
     スタンガン!?
     ベッドに倒れ込んだ風見を男がニヤニヤと見下ろす。
    「お兄さんかわいいね~。クスリキメて俺と気持ち良くなろ?」

     ガッシャァァァァァァン!!!!!

    「は!? 何!?」
     突然の大音量に男が大声を上げる。窓の方に視線をやると、割れたガラスの間からゆらり、吸血鬼が入ってくるではないか。
    「誰だよオマエ!」
    「誰でもいい」
     スタンガンを取り出した男は気が動転している。それに意も介さず、吸血鬼は男の鳩尾に一発叩き込む。男はその場に崩れ落ちて動かなくなった。

    「ふる、やさ…」
    「君なあ! 個人行動は慎め!!」
     大きな声で叫んだあと、はあ、とため息をついた降谷はベッドに乗った。風見の頭の上の耳を撫でる。
    「…やっと触れた」
    「申し訳ありません!!」
     風見はがばっと起き上がるとベッドの上で正座した。このまま土下座する勢いだ。
    「もういいよ…」
     降谷の手が耳を撫でて、尻尾を撫でて、風見の頬を撫でる。
    「風見、かわいいな…」
    「ふ、降谷さん、だめです」
     近付く距離をぐっと押し戻される。
    「どうして」
    「被疑者が…」
    「しばらく起きてこないよ。薬の現物も持ってるし単純所持でいけるだろう」
     床に落ちた、白い粉が入った小さな袋を指さして降谷が言った。
    「ところで風見」
    「はい」
    「さっきから僕と目を合わさないのはなんでかな」
    「そうですか?」
     ずい、と降谷が顔を近付けるとその分だけ風見が後ろに逃げていく。降谷は目の前の部下の両頬を掴んで固定した。
    「風見、理由を」
     風見の顔がみるみる赤くなっていく。
    「ふ、降谷さんがかっこよすぎて、直視でき、ません……」
     うわーなんだそれ。釣られて降谷の頬も赤くなってきた。
    「風見。僕のこともっと見て」
     二人の目線がかち合い、降谷が顔を寄せていく。お互いの吐息が顔にかかるほどに二人の距離が縮まっていく。降谷の犬歯がキラリと光った。
    「噛んでもいい? 風見…」
    「降谷さん…」

     ビュオオオオオオ。

    「寒っむ!!」
     今は10月下旬。開け放たれた窓から高層階に吹き込む風は半端なく冷たかった。
    「そうだった窓ガラス! 降谷さん、何してくれてんですか!」
    「は? 君を助けに来たんだろう!」
     トントントン、部屋の扉がノックされる。風見の部下が到着したようだ。
    「風見、全部終わったら覚悟しろよ!」
     こうしてハロウィンの夜は更けていく。
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    「んんん…!」
     パーティー会場に入るなり目に飛び込んできた長身の男の姿に降谷は人知れず悶絶していた。遠くからでも判別しやすい、周囲から一つ分飛び出した頭。の上には暗い灰色の毛で覆われた獣の耳が二つ。
     ドリンクを乗せたステンレス製の丸盆片手に人の波をすり抜けていく彼を目で追うと、無駄のない足取りの背後で何かがゆらゆらと揺れるのが見えた。彼のそばをぴったり離れないそれは、耳と同じ色の尻尾だ。ボリュームのある太い尻尾が、彼の動きに合わせてもふもふ左右に首を振っている。
     こんなコスチュームだなんて聞いてないぞ風見…!
     降谷はギリ、と奥歯を噛んだ。

     10月に入ってから各所で開催されているハロウィンパーティーに違法薬物のバイヤーが紛れ込み、参加者にドラッグを横流ししているという匿名の通報があったのは数日前のことだ。公安部が裏を取ったところ確かに一部の参加者から薬物反応がみられ、本格的な捜査に乗り出すこととなった。参加者曰く、20代くらいの若い男から薬を買ったという。追加で欲しければ31日のパーティーに来てくれ、とも言っていたそうだ。
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