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    ころねちよこ

    降風と五伊地と七伊

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    ころねちよこ

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    降風
    ゼ口ティ5巻が出たので再掲。天狗×鬼パロです
    続き書きたいってずっと思ってるやつ

    天狗の鬼嫁 むかしむかし。遥か遠い昔のおはなし。
     三方を山に囲まれた村に暮らす人々は、空気が澄んだ晴れの日に山奥へ目を凝らすと、木々の間を飛び回る黒い影を見たという。大鷲よりも優に大きいそれは人間に似たかたちをしているそうで、髪は稲穂色に輝きその背中には白い羽が生えていると言う者もいた。村人たちはそれを『天狗様』と呼び、人知を超えたその姿をみなそれぞれに受け入れていた。

     晩秋の頃である。鮮やかに色付く山林の美しさを慈しむように木々の間をゆったりと飛ぶ山伏姿の美丈夫がいた。頭から爪先まで人間のような姿をしているが、ただ一点、村人の目撃談のとおり、背に大きな白い羽をもつ異形の者であった。名を降谷という。齢二百年を超す烏天狗であった。
     降谷がのんびり空の散歩を楽しんでいると、真っ赤に燃えるような赤色が視界の奥に広がった。向こうは紅葉の群生地のようだ。圧倒的な色彩情報に降谷の胸の裡がざわざわとわななく。美しいことはわかるのだが、何故だか生理的に落ち着かない気分になり、降谷はくるりとそちらに背を向けると自身の住処の方へと飛び去った。
     降谷の住処の周囲には銀杏が多く生えていて、この季節になると黄色く染まった葉が目を楽しませてくれる。自身の髪色に近いというのもあるのか、この光景を見ると心が和むのだ。地面に落ちた実の匂いには辟易するけれども、中の種を炒って食べるとなかなか旨いのも知っている。大風が吹いた翌日にでも拾いにいこうと降谷が考えていると、飛んできた啄木鳥が目の前の枝に止まった。
    「どうした?」
     慌てた様子でさえずる啄木鳥を宥めながら話を聞いてやる。
    「…そうか。行ってみよう。ありがとう」

     啄木鳥が話していた場所に移動してみると、山の中腹に伸びる獣道になにかが横たわっているのが見えた。それを見付けた降谷は少し驚いた顔をしたが、すぐに高度を落として近付いていく。倒れ伏しているのは野生の獣ではないようだ。泥にまみれた肌色。人間のかたちをしているが、短く切られた黒髪から二本の角が生えていた。
    「…鬼、か?」
     口元からは牙が覗いている。痩せ型ではあるが肉体は引き締まっており、身の丈は降谷よりも大きそうだ。降谷が以前遭遇したことのある鬼と違って、黄味がかった肌色は麓の村人とよく似ていた。
     鬼は眉間に皺を寄せて目を閉じている。口元に手をかざすと微かに息が当たるので命はあるようだ。気を失っているのか、目を覚ます気配はない。鬼の様子をよくよく見ると、左の足首に狩猟用の罠が嵌っていた。これで動けなくなったのだろう。罠を外そうと格闘したのか、鬼の指先はぼろぼろに傷ついてしまっていた。力自慢で有名な鬼といえども大ぶりの鉄鎖は引きちぎれなかったようだ。
     どのくらいの間ここに留まっていたのかはわからないが、昨夜の雨が堪えたのだろう。この場所は高木の葉で日が陰ってしまうから今もまだ地面がぬかるんでいる。そのせいで鬼の身体は泥だらけだった。頬に触れてみるとその肌はすっかり冷え切ってしまっていて、降谷はその冷たさに雪女の友人のことを思い出した。鬼は虎の毛皮を身にまとっていたが、それは片側の肩から腹にかけてを覆い、下半身は辛うじて腰から尻を隠す程度のものなので防寒着としては厳しい。

    「さて…」
     この衰弱した鬼を助けるべきか降谷は悩んだ。この山に長く棲んでいるが鬼の類と出会うことは滅多にない。鬼は基本的に地獄にいるからだ。地上に出てくるのは動物や人間を襲って喰うような狂暴性を持つ異端の者、もしくは人間から鬼と呼ばれてはいるが出自不明の妖怪や実体化した動物霊の類――そのどちらかがほとんどだ。この鬼は人型をしているから前者の可能性が高かった。
     この場所に到着した時から降谷は多くの視線を感じている。山の動物たちが遠巻きに状況を見守っているのだ。彼らは鼻が利くから、人間とは違う匂いに警戒してこれ以上近付いてはこない。一方で鬼をこのままにしておくと罠を仕掛けた人間と接触してしまう恐れがあった。その時こいつが目覚めて暴れでもしたら……はたまた人間をそそのかして罠から逃れ、野に放たれてしまうかもしれない。
    「……」
     降谷は鬼の左足首に手をかけた。頭の中でさまざまな想定をした結果、自分が一度引き取るのが得策だと考えたのだ。弱った鬼であれば降谷の力で抑えられる自信があった。
     がちゃがちゃと足枷の部品を弄る。この罠は麓の村に住む職人が作ったからくり細工で、組み合わさった部品を順番に動かさなければ外れない仕組みになっていた。虎挟みと違って獲物を傷つけずに捕獲できると評判の代物だ。罠から伸びる鎖は職人の幼馴染の鍛冶師が打った頑強な一品で、こちらを壊して逃れるのもまた不可能に近い。若手ながらその実力で一目置かれる二人の共同作品がこの罠だった。降谷はたまたま外すところを見たことがあったため解除方法を知っているが、初見では仕掛けがあることすら考えつかないかもしれない。
     ばちん、と音を立てて最後の部品が足から外れた。降谷は鬼の身体をすくい上げるように抱えると、背中の白い羽を大きく広げて上空へ飛び立った。

     降谷の住処は質素な山小屋である。烏天狗は大木の枝をねぐらにする者が多いが、人間の住居を真似て降谷自身が建てたのがこの家だ。多少不格好だが雨風がしのげて火が使えるのがいい。羽を隠して里に下り、人の暮らしを見て回るのが降谷の楽しみの一つだ。そこで得た知識や文明のかけらを持ち帰っては、長い長い山での生活を豊かにしていくのである。
     連れ帰った鬼を土間に寝かせると、降谷は囲炉裏に鍋をかけて湯を沸かした。鬼の着衣を取り去って、泥で汚れた身体を清めてやる。濡らした布で身体を拭いていくと存外白い肌が現れて、降谷はなんだか据わりの悪さを感じた。裸で転がしておくわけにもいくまいと誰にでもなく言い聞かせて、自分の寝巻を着せて鬼を家に上げる。鬼は眠ったように静かなままだ。
     さて、仕上げに角をきれいにしてやろうと鬼の右角に手をかけたとき、ぱき、と小気味良い音が鳴った。
    「…!!」
     自身の手の中にあるものを見て流石の降谷も心臓が跳ねた。鬼の角が根元から折れている。動揺した降谷は左側の角を咄嗟に掴んで……こちらも同じように呆気なく折れてしまった。
     両手の中にある二本の角を呆然と見つめる。乳白色の断面はつるりとしていて変色もなく、腐っていたなんてことはなさそうだった。とはいえ力を入れた覚えはなく、木の枝よりも脆かったように思うのだが、どうだろう。生まれてから二百余年、鬼の角に触れたことがなかったので力加減を間違えたのかもしれない。鹿のそれと同じように考えていたのがいけなかったのだろうか。しかし鬼の頭の方を見ても出血や体液が滲み出している様子もなさそうで、もしかしたら生え変わりの時期なのかもしれないと降谷は頭の中で結論付けた。
    「ん………」
     思案に耽っているとすぐ近くで声がして、降谷はまたも肝を冷やした。鬼が目覚めようとしている。ただでさえ悪い人相をくしゃくしゃにしかめながら唸る鬼に警戒心を強めて、降谷はその場から少し距離を取り、角を自身の背後へと置いた。
    「ぐ…う…ウ…」
     体格に見合った低い声だ。額に手を当てながらひとしきり唸った鬼はぱちりと目を開いた。切れ長の双眸から覗く三白眼をきょろきょろと動かして不可解そうな顔をする。
    「ここは…」
    「お前は何者だ」
     頭上から響く声の圧力に、鬼は思わず飛び起きた。空気を震わせるような凄みと烏天狗の妖気に鬼の肌がざわざわと粟立つ。見たこともない髪色をした烏天狗が、これまた見たこともない美しい顔立ちで正面から鬼を見据えていた。
     威圧感に圧倒されながら鬼が口を開く。
    「こ、高名な烏天狗殿とお見受けします。この度はお助けいただき…」
    「誰だと聞いている」
     烏天狗の厳しい口調に鬼の肩がびくりと揺れた。この妖、目尻が垂れた甘い顔立ちをしているはずなのだが、詰問された鬼はまるで閻魔大王と対峙しているかのような錯覚を覚えて、無意識のうちに背筋を伸ばした。
    「ええと、その。自分は……」
     覚醒したての回らない頭で鬼がしどろもどろになっているのを降谷が冷ややかに見つめる。すると。

     ぐーーーーー。

    「あ…」
     鬼の腹の虫が盛大に室内に響き渡ったのだった。


    「うまっ」
     茸と少しの穀物を入れて簡単に味を付けた雑炊を鬼はそれは旨そうに食べた。風見と名乗ったこの鬼は地獄で死者の罪状調査をしているらしい。
    「これはなんですか? 味が出ていて旨いです」
    「しめじ…茸だな」
    「地上の茸は食べられるんですね。地獄の茸は毒があってすごい色をしているので…」
     そう言いながら箸で持ち上げた茸をしげしげと眺めたあと、風見はそれを口に放り込んだ。両手の指先には降谷が細く裂いた布が巻かれている。
    「そんなことより、地獄の鬼が何故ここにいる」
    「あっ、そうでした。その…温泉に行きたくて」
     風見は少し照れ臭そうな顔をした。
    「温泉」
    「はい。この山の山頂近くに良い温泉があると同僚が教えてくれたんです。久々に連休が取れたので行ってみようと地獄から出てきたらこのようなことに…。あなたに助けていただけなかったらと思うと…本当にありがとうございました」
    「その温泉なら五十年前の山崩れでとっくに無くなっているが…地獄の情報精度はどうなってるんだ」
    「え」
    「地形が変わったんだ。今はここから西に少しいった場所に沸いてる」
    「そ、そうでしたか…」
     風見は項垂れてわかりやすく落ち込んだ。
     緊張感のないやりとりに、どうにも調子が狂うなと降谷は思った。いやしかし、こんな理由でわざわざ地上に鬼がやってくるだろうか。こちらを油断させて襲ってくるような狡猾で頭の良い妖かもしれない。気を緩めるべきではないと降谷は改めて拳を握った。

     そんな降谷の警戒心が伝わったのかもしれない。食事を終えた風見は畳の上に椀と箸を置いた。
    「日が暮れてきましたので、暗くなる前に帰ります。馳走になったうえに着物まで、重ね重ねありがとうございました」
    「ああ。君が着ていたものは洗って表に干してある。まだ乾いていないかもしれないが…」
     格子窓の向こうは橙色に染まり始めていた。囲炉裏の火が椀の影を畳に大きく映し出している。
    「歩いているうちに乾くでしょう。この礼は必ず…感謝申し上げます」
     囲炉裏から少し距離を取った風見は深々と頭を下げた。その姿が畳に影を作るのを見て……風見は硬直した。
    「えっ」
     自身の頭に手をやる。
    「角が…」
     頭に二本、立派に生えていた角が映っていなかった。起き上がって両の手でそれぞれ角があった場所を探るが、見つからない。
    「そんな…角が、ない…」
     角の生え際らしき部分を探り当てたものの、そこにはつるりとした手触りの丸いものしかなかった。根本から折れたのだ。
     風見はふと降谷の方に目を向けた。視線が合う。どこか気まずそうに風見を見守る降谷の背の向こうで、何かがきらりと光を反射した。
    「それ…まさかあなたが、折ったんですか」
     風見は震える手でそれを指差した。あの獣道で気を失う前まで風見の頭に生えていた角が、目の前の美しい烏天狗のもとにある。
     咄嗟に背後に隠してしまっていた風見の角を後ろ手で掴んだ降谷は、風見に見せるように手の中にそれを広げた。
    「すまない、これは…」
     そう言いかけた降谷は、風見が小刻みに震えていることに気がついた。さらに色白だった顔がどんどん赤くなっていく。怒らせてしまった。暴れ出すかもしれない。そう身構えたところで風見が口を開いた。震える声で切り出す。
    「今日出会ったばかりで何も存じ上げませんが…その実力、お見それいたしました。不束者ではございますが、誠心誠意お支えいたします。旦那様」
     そして再び深々と頭を下げたあと、降谷の顔をちらりと覗き込んだ風見の瞳は、怒りとは違う感情で熱く潤んでいたのだった。

    「旦那様って…」
    「鬼の種族には自分より強い者の妻になれとの掟があります。角を折られてしまったからには娶っていただかないと…」
    「なっ、これは僕が折ったわけじゃない。触ったら折れたんだ」
    「触っただけで鬼の角を…流石旦那様…」
     ぽっ、と再び顔を熱くする風見に降谷は慌てた。
    「違う! 何故かは知らんが脆くなってたんだ。僕の力じゃない。暗くなる前に帰ると言っただろう。帰ってくれ」
    「帰れません」
     きっぱりと言い放たれて降谷の苛立ちが募った。
    「言ってもわからないようなら力づくで帰ってもらうしかないが…」
     待ってください、と風見が口を挟む。
    「実際に帰れないんです。角がないと帰り道がわからない…」
     地上には地獄へ繋がる入口が何ヶ所もある。洞窟の奥や滝の裏側など、地上の生物が立ち入りにくい場所にあるのが常であり、わざわざ探そうとするとかなり骨が折れるのだ。地獄の鬼たちは、地上へ向かう場合は申請してその門を開けてもらうが、帰りは地獄から漏れ出す微かな瘴気を角で感じ取って入口を探していた。帰巣本能のようなものだ。
    「君が地獄から入ってきた場所はわからないのか?」
    「そこからかなり歩いたので方向感覚がもう…」
    「……」
    「角を折った責任、取っていただけないのですか…?」
     求婚というより脅迫である。確かに降谷の力ならこの鬼を叩き出せるだろうが、角を折ってしまったのは事実なので後ろめたさがあった。そして困っている者を放っておけない性分だ。この鬼を信用しきったわけではないが、責任から逃れるのもまた降谷の信念からは外れていた。
    「わかった。君とめおとになる気はないが…帰り道を探す手伝いはしよう。それまではここに置いてやる」
    「やった! お世話になります旦那様!」
    「旦那様はやめてくれ。降谷でいい」
    「降谷様…」
    「様もいらない」
    「降谷さん…?」
    「この家で暮らすからにはしっかりと働いてもらうぞ。いいな、風見」
    「もちろんです! 旦那様!」
    「あのなあ…」
     こうして烏天狗と鬼の奇妙な共同生活が始まったのであった。


    つづく
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    ころねちよこ

    Reuse Halloween2018年に出した個人誌『彼らが過ごした12 months』よりハロウィンの降風の再掲です。
    モブ風未遂あります🎃
    「んんん…!」
     パーティー会場に入るなり目に飛び込んできた長身の男の姿に降谷は人知れず悶絶していた。遠くからでも判別しやすい、周囲から一つ分飛び出した頭。の上には暗い灰色の毛で覆われた獣の耳が二つ。
     ドリンクを乗せたステンレス製の丸盆片手に人の波をすり抜けていく彼を目で追うと、無駄のない足取りの背後で何かがゆらゆらと揺れるのが見えた。彼のそばをぴったり離れないそれは、耳と同じ色の尻尾だ。ボリュームのある太い尻尾が、彼の動きに合わせてもふもふ左右に首を振っている。
     こんなコスチュームだなんて聞いてないぞ風見…!
     降谷はギリ、と奥歯を噛んだ。

     10月に入ってから各所で開催されているハロウィンパーティーに違法薬物のバイヤーが紛れ込み、参加者にドラッグを横流ししているという匿名の通報があったのは数日前のことだ。公安部が裏を取ったところ確かに一部の参加者から薬物反応がみられ、本格的な捜査に乗り出すこととなった。参加者曰く、20代くらいの若い男から薬を買ったという。追加で欲しければ31日のパーティーに来てくれ、とも言っていたそうだ。
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