In other words, 五条の任務に同行した帰り道。高専へ向かって車を走らせている伊地知の心中はいつになく穏やかだった。
後部座席からは鼻歌が聞こえるし、道も空いていて車窓の景色が軽やかに流れていく。今日は現場の損害も最小限に済んだため追加の書類もなく、急ぎの業務も残っていないから早く帰れそうだ。
あと、これは五条の機嫌を損ねてしまうから言えないが、今日の任務が何事もなく終わったことにまずホッとした。五条が現代最強の呪術師であることはわかっているけれど、特級任務の時はいまだに緊張と不安で胸がいっぱいになってしまって、五条の顔を見るまで落ち着かない。
ただ一点、帳に入る直前に五条が「団子食べたい」と言ってきたのには焦った。普段であれば季節の菓子類は事前に用意しておくのだが、今日が十五夜だと把握していなかったのだ。呪霊の出現頻度と関係があるから月齢はチェックしていて、今日が満月なのはわかっていたのだが盲点だった。伊地知は行きしなに見かけた和菓子屋に車を走らせ、任務が終わる前になんとか月見団子を用意したのだった。
国道に出てしばらく走ると周囲に緑が増えてきた。二人の行く先に大きな月がまあるく浮かんでいるのに気がついて、伊地知はゆるりと目を細める。
山道に入っていくにつれて対向車はすっかり姿を消していた。カーオーディオからは往年のジャズナンバーが流れ始めて、車内が甘い歌声で満たされていく。今ここで夜の帳に包まれているのは、伊地知と五条と大きな満月だけ。
ふと、後ろにいる美しい男の相貌を思い出して伊地知の胸がざわざわとさざめいた。月に負けないくらいに神秘的に輝くその瞳を思い浮かべながらルームミラーを盗み見ると、その美丈夫はむしゃむしゃと団子を食べている。一気に肩の力が抜けた。
「今笑ったろ」
後部座席から鋭い指摘が飛んでくる。
「わ、笑ってません」
満月のドライブなんて満点のシチュエーションなのに、どうにも決まらないのがおかしくて、でも自分達らしいなと伊地知は思った。
「月が綺麗だなと、思っただけで」
「そう。連れて行ってあげようか?」
「月まで?」
「月まで」
「五条さんが仰ると本当になりそうで….」
はは、と力なく笑う伊地知を見て、五条の口角が上がる。
別に、口説いてもらってもいいんだけどね。
「何か仰いました?」
「えー? 何も言ってないけど? それよりさ、月見バーガー食べたくなっちゃった。悠仁たちが美味しかったって言っててさ」
「え!? もっと早く言ってくださいよ! さっき通り過ぎちゃいましたよ!?」
「マジ? じゃあ戻って戻って」
二人の賑やかなやり取りをただ満月だけが見守っていた。