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    kumo72783924

    @kumo72783924
    小説置き場。
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    支部【https://www.pixiv.net/users/45173878
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    kumo72783924

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    オリジナル小説に挑戦します。ジャンルとしては一応BLということになるのかな。大体のオチとタイトル案に浮かんでいるものはありますが、まだ決まっていません。大人(社会人)の、平和で穏やかな中に時折チラつく不安に気持ちが揺れるような、静かなお話になると思います、が、どうなることやら。

    俺も俺の恋人も、休日はアラームを設定しない。二度寝三度寝を繰り返す俺とは違って、あいつはさっさと起きて散歩に行ってしまう。目が覚めて、隣に残された微かな体温と空洞を確認するとき、俺はいつも言いようのない不安に襲われる。実際は数十分もすればちゃんと帰って来るし、近所のパン屋で焼きたてのクロワッサンを買ってきてくれる。バターとコーヒーの香りに誘われてリビングへ出れば、いつもと同じようにあいつが出迎えてくれる。それが分かっていても、この不安は律儀にやって来る。
    「おはよう。顔洗っといで。今日はチョココロネもあるよ」
     ヨーロッパ系の血が入ったクォーターであるこいつは、背が高く、着痩せはするけど案外骨太で、いつも穏やかな微笑みを絶やさない男だ。平日は仕事の合間にメッセージのやりとりをして、金曜の夜には俺がこの部屋にやって来る。食事をして、風呂に入り、おやすみのキスをして眠る。それ以上のことはしない。こいつは、俺がそれを望んでいないことを理解していて、強要するようなことは絶対にしないのだ。
     洗面所で顔を洗うと、ぼやけた頭に少しだけ芯が入る感覚がする。こいつと付き合うまで、俺は特に意味もなく残業や休日出勤を繰り返していたから、いつも疲労の土嚢を引きずるようにして生きていた。それ以外の生き方が分からなかった。温かい食事を摂り、湯船に浸かって、自分と一緒に居たいと言ってくれる人の隣で八時間眠るだけでこんなに幸せになれるなんて、知らなかった。
     俺はある卸売り会社に勤めているが、各メーカーから代わる代わるやってくる営業マンの中にこいつは居た。顔とスタイルの良さに寄って来る女は多そうなのに、浮いた話が出ることも無く、時には無茶とも言えるようなこちらの要求にもさらりと対応するような、非常に仕事の出来る男だ。ちまちまと営業回りをしているのが不思議な位に。
    「そろそろ忘年会の季節だねえ」
    「来週中にはうちから案内を出すよ」
    「楽しみだな」
    「お前大して酒飲まないだろ」
    「わかってないなあ。仕事でおおっぴらに君と話せるの、忘年会位じゃない」
     俺たちが交際を始めたきっかけも、会社の忘年会だった。取引先数社から担当者を招いて親睦を深める意味合いもあったから、その場でいくらか会話をしたのだろうけど、正直あまり覚えていない。それほどまでに、当時の俺はふわふわと霞みがかった世界を生きていた。
     会がお開きになり、駅まで歩く途中で気づいた忘れ物を取りに行くのを付き合ってもらったとき、煙草の話をしたのは覚えている。
    「結構吸われるんですね」
    「え?あ、もしかして煙草お嫌いでしたか」
    「いえ、そういうわけでは。僕が御社に伺ってもあまりあなたにお会い出来ないのは、喫煙所に行ってらっしゃるからなのかと、納得しただけです。嫌われている訳ではないみたいで、安心しました」
     その夜、俺は誘われるまま二件三件とはしご酒を浴びて盛大に酔っ払った。あんなに楽しい酒は初めてだった。終電を逃し、家が近いから泊まって行かないかという使い古された陳腐な台詞も何もかも、そのまま身を委ねてしまおうと思える位に心地良かった。
    「コンビニだけ、寄らせて欲しい」
    「お水でも買うの?」
    「いや、着替え無いから」
    「別に、僕のを着たらいいじゃない」
    「さすがにパンツは借りられないだろ」
     返事が無いのを不審に思って振り向くと、ぽかんとした顔であいつが立っていた。数秒経って吹き出したかと思えば、あれよあれよと言う間に大爆笑になってしまった。真夜中の街角で大の大人がゲラゲラと笑っているのは、少し滑稽だった。
    「おい。いつまで笑ってる」
    「あはは。ごめんごめん。そうだね、パンツ買いに行こう」
     そうして始まった俺たちの交際は、もう二年になる。
    「今日も、買い出し付き合ってくれる?」
    「ああ、うん。その前に古本屋に寄りたい」
    「分かった。いつものパターンだね」
     穏やかな週末が始まろうとしている。こいつに出会う前と、こいつに出会ってからとでは、俺という存在は本当に同じ人間なんだろうか。変わりたいと思っていた訳でも、絶対に変わらないと決めていた訳でもない。ただ漫然と流されるだけだった日々の生活が、ある日ほんの少し流れを変えた。その水温はわずかに温く、激流ではないけれど生き生きと勢いのある川のように。その流れに乗って二人で船を漕ぎ出せば、いつだって幸福に流れ着くことが出来ると信じられるように。もし、この川がこの先大きく蛇行し、分岐することがあるのなら、そのとき俺はどちらに流れるのだろう。幸福がもたらす不安について考えそうになり、俺はコーヒーカップを置いてライターに手を伸ばした。
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    kumo72783924

    PROGRESS魁のパート。ビール飲んでる。
    流心〜ドイツ編〜魁1
     十一月のドイツは想像以上に寒く、訝しがりながら持ってきたダウンが大活躍だった。見るもの全てが痛いほど新鮮に映る中、隣で穏やかに微笑む恋人が旅の緊張を解してくれる。距離も時差も超えて、こうして二人並んで歩くだけでも、思い切ってここまで来て良かったと思うには十分だった。
     ターミナル駅からほど近いその店は、入口の様子からは想像出来ないほどに中は広く、何人もの客が酒とおしゃべりに興じていた。柱や梁は艶のあるダークブラウンで、木製のテーブルや椅子が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ぐるりと店内を見渡したときに目を引くのは、なんと言っても大きなビール樽だろう。その樽から直接ビールが注がれたグラスをびっしりと乗せて、店員がお盆を手に店内を動き回っている。その様子に目を奪われていると、店員の一人から“ハロー”と声をかけられた。こちらもひとまず“ハロー”と返すと、何か質問を投げかけられたようだったが、生憎俺は返す言葉を持ち合わせていない。助けを求める間もなく楓吾が最初の注文を済ませ、席に着くなりビールが二つ運ばれてくると、ドイツに来て初めての食事が始まろうとしていた。ふと向かいに目をやれば、赤銅色に染まるグラスの向こうで楓吾が再び店員と何やら話している。ガヤガヤと騒がしい店内で異国の言葉を話す恋人は、まるで別人のようだ。ひょっとして、話す言語によって人格も多少は変わるのだろうか。俺の知らない楓吾の一面があるのだろうか……そんなことを考えながら二人のやり取りをぼんやり眺めていると、楓吾がこちらに向き直って言った。
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    kumo72783924

    PROGRESS前回の続き。少し手直し。流心ドイツ編のプロローグ的な位置づけ。ちなみに楓吾はじいちゃんがドイツ人、ばあちゃんが日本人のクォーターという設定です。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると、小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長旅で疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出ることにした。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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    kumo72783924

    PROGRESS流心の続編。書き出しは今のところこんな感じ。遠距離恋愛になった二人がドイツで再会してなんやかんやある話。一応デュッセルドルフをモデルに考えています。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長時間のフライトで疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出た。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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