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    kumo72783924

    @kumo72783924
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    kumo72783924

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    つづき。キャラに名前が無いのは、そういうふうに書いてみよう、という意図が半分、キャラ作りが上手く行っていないのが半分。

    食事の後は、恋人が洗い物をする隣でキッチンスツールに腰を掛け、煙草を吸いながら読書をするのがお決まりになっている。俺が息を吐き出す度、白い煙が文庫本のページをかすめて、頭上の換気扇に吸い込まれていく。ごうごうと鳴る換気扇と、カチャカチャと皿を洗う音をBGMにして、食後の読書タイムは続く。
    「コーヒーいれようか」
     二件目の殺人が起き、なんだか犯人っぽい怪しい奴が出てきた辺りで洗い物は終わったらしい。だいたい最初に怪しいと思った奴は犯人じゃないんだよな、と思っていると、コーヒーのいい香りがこちらに流れてきた。換気扇を切り、煙草を消して、代わりにコーヒーカップを手に取る。ビールとはまた違った苦味が広がるのを感じていると、白いカップの中の茶色い液体を見つめたまま、あいつが言った。
    「促音便って、知ってる?」
    「そく……何?」
    「促音便。『切手』の小さい『つ』みたいに、書くけど読まない音のこと。英語でも、"night"の"gh"は書くけど読まないじゃない。ああいうの、英文法では黙字って言うんだって。他の言語にもあるのかな」
     明らかに唐突で脈絡のない話題だが、何か意図があって話し始めたのは確かだろう。適当に相槌を打つべきではないような気がして、俺は少し身構えて話の続きを待った。
    「ドイツに来ないかって言われてるんだ」
     ――ドイツ。そこには、こいつのルーツがある。こいつのじいさんは、ドイツで小さな会社を立ち上げた。今は息子――こいつの叔父に当たる人が経営を引き継いでいるが、事業を拡大し、そこそこ儲かっているらしいという話を聞いたことがある。人材を探すにも、どこの馬の骨とも知れない奴らから一人ひとり探すより、一族の中の有能な人間を使った方が効率が良いということなんだろう。理屈は分かるが全く実感がわかないまま、俺は煙草に火を着けながら言った。
    「すごいな。ヘッドハンティングってやつか」
    「身内だもん。そういうんじゃないよ」
     それ以上返す言葉が浮かばない代わりに、煙ばかりが口から出ていく。俺がぼんやりと舟に揺られている間、こいつは空を飛んで海を渡ろうとしていたのか。結局のところ、俺はいつも流されてばかりいる。
    「行くなって、言わないんだね」
     いつもより低い声で発せられたその一言で、薄い薄いオブラートの奥に一瞬だけ鋭い棘が光ったような気がした。その針先が他でもない自分に向けられていることに喜びを感じながらも、俺は自分が乗る舟のオールに手を掛けられない。
    「どこで、どんな仕事をして、どんなふうに生きていくかなんて、他人が決められることじゃないだろ」
     どの口が、と自分でも思う。自分の行き先を他人に委ねて、甘えてきたのは俺の方じゃないか。今こいつがこの舟のオールから手を離したら、俺は一体どうすればいいのだろう。流れを失った空気の中で、煙草の煙だけがもうもうと立ち込める。白い煙の中に居る間は、全てを有耶無耶に出来るような気がした。
    「少し煙いね」
     長い沈黙の後、そう言って換気扇のスイッチを押したとき、あいつの顔にはいつもの穏やかな微笑みが戻っていた。それに安堵してしまう自分に心底嫌気がさす。
    「これ、借りるよ」
     今日の戦利品のうち、俺が読んでいない方の本を手にとってあいつが言った。ごうごうと鳴る換気扇が再び空気の流れを作り、何事も無かったかのように時が動き出す。今、俺はどこに向かってる?誰がオールを握ってる?流れの中に一人取り残されたような気分になり、俺は逃げるようにして煙草を揉み消した。
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    kumo72783924

    PROGRESS魁のパート。ビール飲んでる。
    流心〜ドイツ編〜魁1
     十一月のドイツは想像以上に寒く、訝しがりながら持ってきたダウンが大活躍だった。見るもの全てが痛いほど新鮮に映る中、隣で穏やかに微笑む恋人が旅の緊張を解してくれる。距離も時差も超えて、こうして二人並んで歩くだけでも、思い切ってここまで来て良かったと思うには十分だった。
     ターミナル駅からほど近いその店は、入口の様子からは想像出来ないほどに中は広く、何人もの客が酒とおしゃべりに興じていた。柱や梁は艶のあるダークブラウンで、木製のテーブルや椅子が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ぐるりと店内を見渡したときに目を引くのは、なんと言っても大きなビール樽だろう。その樽から直接ビールが注がれたグラスをびっしりと乗せて、店員がお盆を手に店内を動き回っている。その様子に目を奪われていると、店員の一人から“ハロー”と声をかけられた。こちらもひとまず“ハロー”と返すと、何か質問を投げかけられたようだったが、生憎俺は返す言葉を持ち合わせていない。助けを求める間もなく楓吾が最初の注文を済ませ、席に着くなりビールが二つ運ばれてくると、ドイツに来て初めての食事が始まろうとしていた。ふと向かいに目をやれば、赤銅色に染まるグラスの向こうで楓吾が再び店員と何やら話している。ガヤガヤと騒がしい店内で異国の言葉を話す恋人は、まるで別人のようだ。ひょっとして、話す言語によって人格も多少は変わるのだろうか。俺の知らない楓吾の一面があるのだろうか……そんなことを考えながら二人のやり取りをぼんやり眺めていると、楓吾がこちらに向き直って言った。
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    kumo72783924

    PROGRESS前回の続き。少し手直し。流心ドイツ編のプロローグ的な位置づけ。ちなみに楓吾はじいちゃんがドイツ人、ばあちゃんが日本人のクォーターという設定です。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると、小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長旅で疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出ることにした。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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    kumo72783924

    PROGRESS流心の続編。書き出しは今のところこんな感じ。遠距離恋愛になった二人がドイツで再会してなんやかんやある話。一応デュッセルドルフをモデルに考えています。
    流心〜ドイツ編〜楓吾1
     川岸に立つ電波塔のライトは、午後六時を示している。塔の側面に灯る明かりが十進法時計になっていて、辺りが暗くなると小さな光の明滅でさりげなく時刻を教えてくれるのだ。雄大な川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまいそうになるけど、ここは基本的に東京よりも気温が低いので、十一月ともなれば上着が無いとかなり寒い。隣に座る魁は、僕のアドバイス通りに持ち込んだダウンジャケットを羽織っている。長時間のフライトで疲れていないかと尋ねたら、ずっと座りっぱなしだったからむしろ少し歩きたいと言うので二人で散歩に出た。久しぶりに会う恋人は、少し痩せたようにも見える。だけどそれはやつれたというわけではなく、引き締まったと言った方が良いだろう。僕がドイツに来て以来、いくらメッセージやビデオ通話でコミュニケーションを取ってきたとしても、こうやって直接会って触れられる喜びは何にも替えられない。空港で挨拶代わりのハグをしただけではどうしても我慢出来なくて、駐車場で車に乗り込んですぐ、一度だけキスをした。
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