この後ババアに金属バットでシバかれる綾瀬桃と知り合う以前の記憶は思い出そうとすると全て灰色がかって再生される。
愛読してる雑誌やオカルトを題材にした映画は今だって自分を楽しませてくれる、だけどそこにモモがいればもっと楽しい。思い出も色鮮やかだ。
それだけでも幸せなのに友達から恋人という関係になり、高倉健ことオカルンは幸せの絶頂で毎日頭がふわふわしている。
こんなにも幸せでいいのだろうか。
「オカルーン、一緒に帰ろー!」
先に終礼が終わって待っていたらしいモモが廊下に出てきたオカルンの腕にぎゅっと抱きつく。いつもならばジジやアイラ、坂田やバモラの乱入があってもおかしくないのだが、どうやらそれぞれ呼び出しがあったり急用でいないらしい。
彼氏と彼女の関係になってもうかなり日が経つが予期せぬ体の接触にまだ慣れない。
「はいっ」
声が少し上擦った気がする。モモにまた笑われるだろうかとちらっと横を見ると、モモも少し意識しているのか髪をいじっている。それでも片腕でオカルンの袖を掴んで決して離そうとしない。
そういえば2人きりで下校するのは久しぶりな気がすると思い返しながら下駄箱へと向かった。
最近読んだ本の内容やモモの愛しの健さん(俳優の方)の話など絶え間なく続く。まだまだ話に花が咲きそうなのに、辺りを見ればモモの家の近くまで辿り着いていたことに気付く。
─また明日、と言うには離れがたい。
名残惜しくて繋いでいたモモの手を引っ張り裏道へと向かう。そこはちょうど人目を避けやすい為、もう少し一緒にいたい時に使う道だった。
高校生は何かと制限が多い、だが多感なお年頃でお付き合いしているのならば手を繋ぐ以上のこともしたいのが本音。
オカルンは立ち止まり振り返ってモモを見つめ、彼女も何かに期待しているのか潤んだ瞳で見つめ返してきた。
「綾瀬さん、キスしていいですか?」
オカルンはモモが嫌がることを絶対にしたくない為、必ず確認を取っている。雰囲気台無しかもしれないが、嫌われてしまうよりずっといい。
それをモモも分かっているようで確認されるのを嫌がったりましてや揶揄うなどしなかった。
「ウチもしたい」
こくんと頷きそう伝えるともう片方の手も繋いできた。お互い近付きゆっくりと目を閉じながら唇を重ねる。
時々食むように動かすので擽ったい、それがたまらなく心地が良かった。
軽いリップ音をさせて離れるとモモがまだモジモジと何か言いたそうにこちらを見ている。
「どうかしました綾瀬さん?」
あまり察することが得意ではないオカルンは直接尋ねる。言わなくても分かってほしいのであろうモモは足でのの字を描きながら口を開いた。
「ねぇ…もっとちゅーしたいんだけど…」
「ぴぇッ!?」
なんとも情けない驚声を上げてしまった。もっとキスしたいとはどういうことなのだろうか。意味は分かるはずなのに脳みそが茹だってしまい使い物にならない。
とにかく言葉通りに回数のことかと思い、もう一度モモのぷっくりした唇に自分のを重ねる。
「ん……」
角度を変えて啄むようなキスをすると互いの吐息と僅かな声が漏れ出す。
いよいよ耐えきれなくなったオカルンはパッと離れて特にズレてもいないメガネを正した。
「ちがう」
「えっ」
見るとモモはぷくーっと頬を膨らませご機嫌ななめであることを示している。
怒った顔も可愛い、そう惚気けているとモモがグイグイと繋いだ両手を引っ張りながら抗議する。
「そうじゃなくて!ふ、深いやつ…というか…舌絡めたりするやつ!」
耳まで赤くして言うので盛大に貰い照れしつつ、モモがねだってるキスの正体に気付いてカッと目を見開く。
「でぃ、でぃーぷきすのこと言ってます!?!?!?」
「うるさっ!そ、そんなハッキリ言うなし…」
「綾瀬さん!ジブン達はまだ高校生ですよ!?何言い出してるのか分かってんですか!?」
「なんだよ〜…別にえっちしたいって言ってる訳でもないのに」
とんでもない単語が彼女の口から出てきて完全にキャパオーバーを起こした。照れ隠しに前髪を弄るモモは大変に可愛い、と理性を飛ばしかけている場合ではないのでモモの両肩を掴む。
想像していたよりも強く肩を掴まれて怪訝な顔をするモモにオカルンは冷静になる為に大きく息を吸って吐いて真っ直ぐモモを見た。
「綾瀬さん、そんな事して赤ちゃんできたらどーすんですか」
「は…?」
全く何を言っているのか分からないのかモモは目を大きく見開いて呆然としているようだ。
自分でも分かっている、そんな訳がないのだと。だが義務教育で習ったはずの保健の授業が今となっては思い出せずにいる。
おしべとめしべがくっつくと受粉するのだったかと理科で習ったことまでカットインしてくるので、段々そう思えてきてしまった。
ディープキスをすれば妊娠してしまう。まだ責任を取れない自分たちではしてはいけない行為なのだと。
「いや、それでデキる訳ねえじゃん。童貞のお手本かよ」
「超能力使えたりターボババアの能力借りて変身出来るジブン達がいるのに、キスだけで赤ちゃんできないってどうして言い切れるんですか!?有り得るかもしれないでしょ!!」
「だとしたらセルポ星人がウチ襲う意味なくね?」
「セルポ星人が知らない未知の能力だってこの世には、この宇宙にはあるんですよ!!」
あまりにも素っ頓狂なことを言い出すオカルンを見て、モモは逆に冷静になっていく。アホかよと思いつつも面白く取り乱す彼を見て何故かたまらなく愛おしい気持ちが溢れる。
だがしかし、付き合ってもう数ヶ月いや半年経とうとしている。いつまでも軽めのキスでは寂しいものがある、その先のことは高校卒業してからだとしてもだ。
「オカルン、とにかくウチらにその可能性はないと思う」
「綾瀬さん」
今度はオカルンの両肩にモモの両腕が優しく乗る。そのままグッと引き寄せて鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで詰める。
「ウチはオカルンともっといっぱいちゅーしたい…オカルンはどう?」
怖がらないで、ウチから離れないでと心の中で祈りながらその手をオカルンの項に添わせる。
そうでもしないと目の前にいる彼氏はターボババアの力を借りずとも脱兎のごとく逃げてしまいそうだ。
応えるようにたどたどしくオカルンの手がモモの背中にまわり、ゆっくり引き寄せられていく。
「ジブンも…したいです…」
付き合って初めてキスをした日のことを思い出す。あの時も心臓が口から爆散してしまうのではないかと不安だったが今また同じように脈打っている。
何度もしているはずなのに、恐る恐る唇を重ねに行き舌をモモの口の中へと侵入させる。彼女の舌がチロチロと触れ、本能のまま絡めた。
上手くはないその拙く深いくちづけに甘い声が零れ落ちる。
──ちゅ…っ、はっ……んふ
最早どちらの声か分からないくらい意識がとろとろになって夢中になって互いに貪るように口を動かしている。
「おあ、るん…っ」
舌っ足らずな彼女の声に自分の中の何かがぷつりと切れてしまうのではないかと思った。じわりと全身に熱が広がる。
手を前に戻しモモの肩を軽く押す、これ以上はマズイ。
「ぷはっ……ごごごごごめんなさい!やり過ぎました!!」
突然終わってしまった甘く激しい接吻。モモは目をとろんとさせたままなんで?と首を傾げた。
もっと、もっとしたい。
欲望のままに再度オカルンの唇に重ねようとするが、筋張った手に妨害される。
「さっきのもう1回!」
「だめです!…あの、なんというか……このままじゃジブン、ケダモノになっちゃいます」
変身しかけたのか僅かに毛が逆立ち、茶色の瞳が紅く染まっている。裏道とはいえ、ここで変身されてしまったら口煩いババアどもにバレてしまう。
「分かった…」
最後にオカルンの刈り上げ部分を撫でて離れようとした途端、抱き寄せられて噛み付くようにキスをされ大きく目を見開いた。
中庭でのことを思い出させるかのような、けれど違うのは歯はぶつからず柔らかな唇の感触だけが伝わってくる。
「そんなかわいいことされたら…我慢できません」
普段より低い声で囁かれてモモは腰が砕けそうになる。こんな狡いオカルン知らない。
胸が痛いぐらい跳ねて一瞬にしてのぼせてしまった。
「そろそろ帰りましょう、綾瀬さん」
「う、うん…」
優しく笑みを浮かべるいつものオカルンがリードしてくれる。彼の新たな一面にモモの心はどっぷりと飲み込まれていく。
夕日が遠くの山へと沈む様子が蕩けるようなくちづけに見えた。