水の記憶本は好き。
現実でどんなに嫌なことがあっても、あたしを違う世界へと連れて行ってくれるから。
「やーい青目!陰気くせーんだよ!」
「こっち来んな、イタンが伝染るだろぉ〜!」
そんな声が聞こえたかと思えば、どこからか投げ付けられた雪玉があたしに当たる。
「い、っ……」
強い痛みを感じ小さく声を上げるあたしを見て、あいつらはケラケラと笑いながらどこかに去っていった。
開かれた本に雪が散り、じわりと滲んで染みを作る。
……投げ付けられた雪玉には、小さな石が入っていた。
こんな回りくどい方法を取るのは、誰か大人に指摘された時に雪遊びをしていただけだと言い訳するためだろう。
「(……別にそんなこと、しなくていいのにね)」
あたしは雪を払い、本を閉じて立ち上がる。
たとえ石を直接投げられたって、周りの人たちは見て見ぬふりをするだろう。
先生だってあたしのことを助けてくれはしない。
この村の人たちはみんな、気味が悪いものを見るようにあたしを見るから。
大陸の北部に位置するこの村――
この辺り一帯の地域は、昔ながらの伝統を守り続ける保守的な人々が多く、他と少しでも違うものは異端と呼んで忌み嫌う。
そんな中で、ラヴォクスでありながら生まれついての青い目を持つあたしは、「イタン」として迫害できる格好の的だった。
「(……他の地域では、同じ種でも目の色が違ったり、角の形が違っていたりすることもあるって……本に書いてた。なのに、この村の人たちは……)」
心の中でそうやって溜め息を吐いてみても、それを口に出すことはできなかった。
こんな辺鄙な田舎じゃあ、群れて誰かを虐めるくらいしか娯楽がないのだ。
……だからもう、どうしようもない。きっと諦めて受け入れるしかない。
「……♪ ……♪♪……」
青痣のできた腕に触れながら、あたしは歌を口遊む。
するとその痣はみるみるうちに薄くなり、やがて綺麗に消え失せた。
「よかった、上手くいった…」
ますます虐められるだけだから表立って言うことはないけれど、あたしの歌には不思議な力があるらしい。
それはこんな風に傷を癒したり、はたまた憂鬱な気持ちを吹き飛ばして元気にさせたり、時にはいじめっ子達が投げてくる物を防いだり……けれど効果はどれもランダムで、今のように思ったとおりの効果が出るとは限らない。
だけどあたしを助けてくれるものばかりだから、あたしは歌も、歌うことも好きだった。
雪の降りしきる中を独り歩き、やがて広場に辿り着いたあたしは、そこに立つ神々の石像を見上げた。
この大陸で昔から広く信仰されている四柱――
風神ガナディア、火神ミライラ、地神モリーヴ、そして……水神ピッチ。
あたしの名前は孤児院を営む教会の祭司様に、この神様にちなんで名付けられた……けれどお前なんかが畏れ多いと、蔑まれ、揶揄われるこの名前が、あたしはあまり好きじゃない。
「(……ああ、神様)」
石像の前で指を組み、あたしは祈りを捧げる。
この世界を形作る神様、居るかどうかも分からない神に向かって。
「(神様がもしいるなら、あたしを助けてよ………)」
それは、どうせ届きもしない祈り――
「こんにちは」
はっ として後ろを振り返る。
そこに居たのは、村では見かけたことのない……旅人風の、ヘンプクジンチョウの男の人。
それが、あたしを変えた 運命の出会いだった。