お好みは?「うどん屋さんに行った時、どのうどんを頼みますか?」
テレビに目をやると美味しそうなうどんとその横にトッピングが映っていた。
「美味しそう…」
「確かに美味しそうですね」
朝の情報番組がテレビから流れて思わず声が出た伊地知。小さな呟きを拾って七海が答えた。
「すみません…聞こえてましたか」
伊地知は聞かれてたことを知ると恥ずかしそうに手で顔を隠した。
「伊地知君、顔を隠さないで」
「いや…ちょっと待ってください…」
今日はお互いゆっくりの出勤で少しだけソファーに座ってテレビを眺めていた。そこに流れてきたうどんの特集。伊地知の大好物のうどんに言葉が気が付かない内に漏れてしまう。子供みたいに恥ずかしい。頑なに顔を隠す伊地知を諦めて七海は横からそっと抱きしめた。
「…!ちょっ!七海さん…」
「伊地知君、今日の晩ご飯はうどんにしましょう。食べに行っても良いですし、家で食べても構いません」
「…七海さんは私に甘すぎやしませんか?」
「可愛い恋人を甘やかす私はお嫌ですか?」
「そんな事はありません!ですが私も素敵な恋人を甘やかしたいんです」
「では答えは簡単です。私に甘やかされてください」
「…そうじゃないんですよ!」
私の話を聞いてください!と言わんばかりに七海の顔を見た伊地知。そこにはこのやりとりでさえも愛おしいという表情が出ている七海。お互い見つめ合った後どちらからともなくクスリと笑い出した。
「…なんなんですか…朝から…」
「…なんなんでしょうね。ですが私は君と朝だろうが夜だろうがどんなやりとりも愛おしく思いますよ」
「…七海さん、それは私もです…」
七海が伊地知のおでこにキスをひとつ落とし、立ち上がる。
「そろそろ私は出ます。ああ…それと一言でうどんと言っても種類は様々ですからチョイスはお任せします」
伊地知も七海を見送ろうと立ち上がる。
「分かりました。またスマホの方に連絡します。出かける間際で申し訳ないのですが七海さんのお好きなうどんはなんですか?」
玄関へ2人は歩きながら会話を続けた。
「そうですね…肉系のうどんも好きですが今日は蒸し暑いのでザルや冷やしのサッパリでも良いかもしれません」
「わかりました。気をつけて行ってらっしゃい。また後で」
「えぇ…あとデザートも欲しいところですね」
七海さんにしては珍しいと、伊地知は目を丸くした。玄関のたたきに降りて靴を履き七海が伊地知へキスをした。
「…伊地知君、私の好みはどんなご飯を食べた後でもデザートをいただく事です。もちろん君なら意味はわかりますよね?」
「……馬鹿な事を言わないでください…」
「私は至って真面目に言ってます」
「ご希望に添えるかわかりませんが…善処はします」
期待しないでください…と言いながら七海を見送る伊地知。そんな伊地知を見て満足したのか七海は一足先に家を出たのだった。
一方伊地知は玄関が締まったのを確認すると急いで2人の寝室に顔を埋めながら声を張る。
「私のばかぁーーー!!」
うどんを楽しみにしたいのに朝からあんな事を言われ意識しないわけにはいかない。今日は職場で七海を見たらどんな顔をすれば良いのか、うどんを見るたびにどんな顔をなるのか伊地知には恥ずかしくて今から顔を上げられない。
「七海さんのばかぁーーー!!」