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    hjm_shiro

    @hjm_shiro

    ジャンル/CP雑多

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    hjm_shiro

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    凪玲/初めから選択肢なんて何処にもなかった
    ⚠プロ設定

    増え続ける見合い話にうんざりするroと、それに対して策を講じるngの話。

    #凪玲
    #ngro
    #なぎれお
    lookingHoarse

     たくさんある見合い写真にうんざりする。玲王はぱたんと見合い写真を閉じると、アルバムをテーブルの端に寄せた。なるべく視界に入らないよう端へ端へと追いやり、重たい溜息をつく。

     二十歳を超え、プロのサッカー選手として世間に名を轟かせようとも、御影玲王として本来持っている属性はそう簡単に変わらなかった。何処へ行っても"御影コーポレーションの御曹司"という肩書きがついて回る。『そういえば最近、御影コーポレーションのご子息がサッカーで活躍されているとか』『えーっと、ああ! 君は確か御影コーポレーションの……』と、まるで枕詞みたいについてくるそれに、最近では苛立ちすら覚えなくなった。
     もっとプレーを見てくれ。サッカー選手として認識してくれ。
     そう声を大にして言いたいが、現実の御影玲王は笑顔で差し出された手を握っている。物申したい気持ちも悔しさもすべて飲み込んで。

     そんなわけで、相変わらず世間様は御影玲王のことをサッカー選手として見てくれない。特にビジネスの世界では顕著だった。
     だから、毎日のように見合い話が飛び込んでくる。いわゆる政略結婚というやつで、正直どれを選んでも御影家からすれば格下でしかないのだが、向こうからすれば玉の輿になるチャンスなので必死だ。自分の家から御影コーポレーションに嫁いだ娘がいるとなれば、財界でもそれなりの地位に立てる。将来が約束されたようなもの。
     それが分かっているから気乗りしなかった。そもそも自分は道具じゃない。所有物でもなければアクセサリーでもないし、なんでも言うことを聞く人形でもないのだ。
     百歩譲って、事業の運営は引き継いでもいい。だが、人生の大半を過ごす伴侶ぐらいは自分で決めたい。恋愛ぐらいは自由にさせて欲しい。



    「うわ、また増えたね」

     見合い写真。と言って、帰ってきた凪がアルバムの表紙を摘む。
     今日は玲王がオフで、凪は取材があるとかで外出していた。正直、コイツひとりで大丈夫かよ……と思ったが、この膨大な見合い写真をすべて確認する作業があったため、仕方なく凪だけを送り出した。しかし、それから数時間経っても終わっていないのが現状である。

    「これ、ぜんぶ見るの?」
    「まあな」
    「律儀だね」
    「会食でうっかり顔合せたときに聞かれるんだよ。この前の写真は見ましたか? 娘はどうですか? って。そのときに何も知らないじゃまずいだろ」
    「ふーん……。そういうもんなんだ」

     特に興味がないのか、凪がぱたんとアルバムを閉じる。凪は、疲れすぎて死にそう……と零すと、ソファに転がり込んできた。相変わらず、いろんなことを面倒くさがる凪に苦笑いを零す。

    「まず、お前がいる時点で結婚とかできねーわ」
    「なんで?」
    「お前の面倒みなきゃいけないから」

     放っておいたら、ろくに飯も食わねぇだろ。自主トレもしねぇし、身体のケアもしねぇ。ベッドでゴロゴロ、ゲーム三昧。プロのサッカー選手とは思えない生活態度だ。
     そんな凪を見かねて、玲王はプロになって早々に二人で住むための部屋を借りた。どうせ移籍先も同じだし、生活リズムも変わらない。凪も凪で文句を言わないどころか、そうするのが当たり前みたいな顔でついてきた。『よかった、玲王と一緒で。これで面倒なことが減る』という言葉付きで。
     そんな風に、日々のほとんどを凪と一緒に過ごしているから、必然的に恋愛する暇がないし、仮に彼女ができたとしても部屋に呼べない。
     ごく稀に週刊誌で熱愛報道を組まれるが、互いにそれが作り物だと確信を持って言える。だって、ほとんどの時間を凪と一緒に過ごしているのだ。部屋に彼女を連れ込んだ、だの、ホテル街に消えた、だの、そんな事実は一切ないのである。たまたま方向が同じで、そっちに歩いて行ったってだけで。

    「あー……面倒くせぇ……」
    「珍しいね。レオが面倒くさいって言うの」
    「だって、こっちは見合いする気がないんだぜ? そりゃあ、恋人は欲しいって思うこともあるけど、結婚までは考えられないっていうか」
    「なに? レオ、恋人が欲しいの?」
    「居たら充実するだろうなとは思う」
    「今だって十分、充実してんじゃん」
    「それはお前だろ」

     大型の犬みたいに腰に纏わりつき、寝転んできた凪の頭を撫でる。一九〇もある男がこうして丸まっているのを見るとおかしくてたまらない。顎の下を撫でたら、くうんと鳴きそうだ。雑な手入れでもふもふと毛羽立つ髪に指を差し込みながら、まだ見ていない見合い写真を引っ張る。
     ……これもダメ。全然、好みじゃない。

    「レオにはさ」
    「ん?」

     凪が体を起こして、一緒に見合い写真を覗き込む。
     口元を引き締め、知的に笑う女性は自分よりも凪に似合いそうだ。コイツの好みは分からないが、たぶん嫌いじゃないはず。

    「尽くしがいのある人の方がお似合いだと思うよ」
    「なんでだよ?」
    「なんとなく」
    「……いや、それだけはねーわ。俺、どっちかっていうと大人っぽい方が好みだし。一緒に居て高め合えて、余裕がある方がいいじゃん」
    「……そう」

     何が不満なのか、凪は無言で見合い写真を奪うと、確認済みの山に今しがた見ていたアルバムを移した。どうせ見たって答えが変わらないなら、ぜんぶこっちで良くない? と横暴なことを言いながら未確認の山をすべて端に移すのを見て、それもそうか、と少しだけ気持ちが揺れる。いやいや、ダメなんだけど。

    「それよりもご飯たべたい」
    「……あぁ、もう!!」

     本当にマイペースな奴だと文句を零し、重い腰を上げる。
     できれば、ご飯を作ってくれるような女性と付き合いたい。ただ口を開けて待ってるような奴じゃなくて。

    「ん? なんでお前もついてくるんだよ」
    「そういう気分だから……?」
    「なんだよそれ」

     珍しくキッチンまでついてきた凪がダボダボに緩んだパーカーの袖を捲くる。そのまま手を洗って、何したらいい? なんて聞いてくるから目眩がした。どういう風の吹き回しだ。

    「明日、槍でも降ってくるんじゃねーの」
    「あー……明日は雨らしいよ?」

     そういうことじゃねぇ。が、手伝ってくれるというのなら有難い話だ。それになんだかんだ、二人でキッチンに立つのも悪くない。

    「なんかご機嫌だね、レオ」
    「それはお前だろ」

     キッチンに立つぐらいなんだから、と軽く凪を小突いて、一緒に夕飯の準備をした。


     ※※※


     それから数日後のことである。今度は玲王の方が雑誌の取材を受けて帰りが遅くなってしまった。きっと凪のことだ、お腹をぐーぐーと鳴らしながらゲームをしていることだろう。とはいえ、あまり間食はするなと言っているから、相当お腹を空かせて待っているに違いない。
     申し訳ない気持ちになりながら、悪い、遅くなった! と玄関を開けたら、何故かいい匂いがした。

    「凪……これ」
    「あっ、おかえり。レオ」

     ひょこっとキッチンから顔を出した凪に目をぱちくりさせる。いい匂いの正体は、凪がかき混ぜているらしい鍋の中にあった。

    「カレー、作ってみたんだ」
    「いや、それは匂いで分かるけど……なんで?」
    「んー、俺も立候補したいから……?」
    「は?」

     脈絡のない会話に疑問符が浮かぶ。とはいえ、深く追求する気になれなかった。とにかく疲れているし、腹も減っている。そんな状態でスパイシーな香りを吸ったら、思考が鈍化するったらありゃしない。すっかり食欲に支配されて、気付けばふらふらとダイニングテーブルに向かっていた。

    「おいしいかは分からないけど」
    「大丈夫だろ。カレーを不味く作れたら、逆に違った才能あるわ」

     自分が夕飯を用意するときはバランスを考えて副菜も用意するが、凪が出してきたのはカレーのみだ。だけど、今まではそれすらなかったから酷く感動した。
     歪に切られたにんじんや、溶けて小さくなったじゃがいもに胸がぎゅうっと縮こまるような心地がする。たかだかカレーに心を掴まされるとは。

    「おいしい?」
    「あぁ、初めてにしては上出来だ」
    「よかった」

     もっと褒めてもいいんだよ? と言わんばかりに凪が見てくるから、わしゃわしゃと頭を撫でる。すると、嬉しそうに凪が目を細めた。

    「これからも、レオのために少しずつ頑張る」
    「……なんか、凪じゃねーみたい」

     食事をとることすら面倒くさがるあの凪が。甲斐甲斐しく尽くしてくれるなんて。本当に槍でも降ってきそうだ。それか、何か見返りでも求められそう。

    「なに? そんなじっと見て。何かついてる?」
    「いや、なんでもない」

     凪が変わるのはいいことだ。このまま良い方向に変わって、ひとりでも生活できるようになってくれれば。そしたらもうお役御免だし、自分の時間ももう少し持てる。腹空かせてないかな、とか、ゲームばっかしてトレーニングをサボってないかな、とかそんなことを考えなくて済むのだ。
     だけど、いざ自分がいなくても困らずに生活する凪を想像すると少しだけ寂しくなる。元々は凪だってひとりで生活していたのに。

    「…………」
    「どうしたの、レオ」

     急にスプーンを持つ手が止まる。それを見た凪が顔を覗き込んできた。やっぱ何かあるの? と尋ねてきた凪に、ふるふると首を振る。

    「本当になんもねぇーよ」

     突如、生まれた心のモヤモヤを誤魔化すようにスプーンを運ぶ。今はこの気持ちに向き合いたくない。

     自分が作るカレーよりも幾分か優しい味付けのそれを最後まで食べきった頃には、そのモヤモヤも何処かに消えていた。


     ※※※


     それからも凪は料理をするようになった。元々、要領が良いこともあり、すぐに料理の腕も上達した。玲王の帰宅が遅いとき限定ではあるが、気まぐれに開かれるレストラン凪を最近は楽しみにしている。

    「お、今日は親子丼か!」
    「うん。和食に挑戦してみた」
    「おぉ! やればできるじゃねぇか!」

     さすが凪! とたっぷり褒めてやって、とろとろの卵を口に運ぶ。自分も料理が上手いほうだとは思うが、人に作ってもらった料理はことさら美味しく感じる。最近ではちゃんと副菜も覚えたのか味噌汁つきだ。それだけでもかなりの成長である。

    「どんどん上手くなってくな、凪。これなら、もうひとりでも生活できんじゃね?」

     何気なくそう言ったら、凪の手が止まった。光を失った目がふたつ、こちらに向けられる。

    「それはダメ」
    「なんでだよ。お前だって、俺とずっと一緒じゃ嫌だろ」
    「嫌じゃない」

     やっぱり俺、ご飯たべるの面倒くさーいとぼやいて、凪が箸を置く。「レオ、食べさせて〜」というフレーズを久々に聞いた。すっかり食べる気を無くしてテーブルに突っ伏す凪に、仕方ねぇなぁ、とキッチンからスプーンを持ってくる。

    「ほら、口開けろ」
    「ん」
    「ちゃんと噛めよ」

     数ヶ月前の凪に逆戻りだ。だけど少しだけ懐かしく、この状況が楽しいと思っている自分がいる。世話を焼く趣味はないはずだが、こっちの都合などお構いなしに甘えてくる男のことをどこか放っておけなくて可愛いと思ってしまうのだ。

    「やっぱりレオにはさ」
    「ん?」
    「尽くしがいのある人の方がお似合いだと思うよ」

     いつぞやの話を蒸し返し、凪がもぐもぐと怠そうに咀嚼する。
     長年、一緒にいる凪がそういうのなら、なんとなくそんな気もしてきた。こうして世話を焼くのも悪くないと思っている時点で一理あるわけだし。

    「そうかもな」
    「!」

     ガバッと勢いよく凪が体を起こす。先ほどの光を失った目とは違い、キラキラした目で見つめてきた。

    「よかった」
    「は? よかった、ってなんだよ」
    「こっちの話」

     急にやる気を取り戻したのか、再び自分でご飯を食べだした凪に安堵の息をつく。
     相変わらず、凪のことはよく分からない。何年もいるはずなのに、いまだに理解できない部分がある。

    「本当、自由な奴……」

     もきゅもきゅとご飯を頬張る凪の鼻を軽く摘む。痛いと文句を垂れる凪に、こっちの気も知らないで、と悪態をついた。
     この何でも持ちうる御影玲王を振り回せる奴なんて、世界中を探してもコイツしかいない。

    「なんかムカつく」

     なにそれ、おーぼーだ、と零す凪に、どっちが、と笑ってやった。


     ※※※


     暫くは見合い写真を送らないで欲しいとばぁやに頼んでいたが、一ヶ月もするとそれなりに溜まってくるらしく、ひとまずお受け取りくださいと押し付けられてしまった。どんなことでも叶えてくれる優秀な付き人だが、長年付き合っているとだんだんとこちらに対しての扱いも上手くなってくる。仕方ないので受け取ると言ったが、それでもさすがに段ボールに入って届けられるとは思わなかった。確認が済んだら回収してくれるそうだが、それにしたってうんざりする量である。

    「レオ、モテモテだね」
    「俺がモテてるというよりは、御影の名が欲しいだけだろ」

     ここまでくると、もう確認する気すらおきない。毎日、一つずつ見ても終わる気がしないのだ。どうせ次の分が溜まっていくから。日本国内だけではなく、海外のご令嬢まで混ざってくることがあるから、このままだと誰か一人を選ばない限り永遠に送りつけられそうだ。それに、ばぁやからもそろそろ受けてみてもよいのでは? と言われている。恐らく、両親からもどうにかするように言われているのだろう。常に味方をしてくれるばぁやだが、両親から本気で頼み込まれたらそうもいかない。今まで以上に見合いをするよう進言してくるはず。そうなったら凪ではないが面倒だ。

    「いい加減、会ってみるか……」
    「え、お見合いするの?」
    「気乗りはしねーけど。一回やって流せば、暫くは落ち着くだろ」

     はっきりと今は結婚するつもりがないと言えば、向こうも引き下がるだろう。そしてその話は財界に波及する。どれくらい効果が持続するかは分からないが、少なくとも一年ぐらいは静かになるはず。

    「いつお見合いするの?」
    「んー、もし次に新しい見合いの話が来たら?」

     さすがにこの山を捌く気にはなれないし、ここから選ぶのは骨が折れる。予め、ばぁやに好みを伝えて何人かピックアップしてもらい、そこから選ぶ方が効率的だろう。

    「ばぁやにお願いして、次に溜まった山から適当にピックアップしてもらう」
    「ふーん」

     じゃあ、もうこの段ボールはいらないんだ。と凪が言って、リビングのど真ん中にあった段ボールをずるずると引っ張り玄関に追いやる。邪魔だと言わんばかりの扱いだ。でも実際には玲王も邪魔だと思っていたので何も言わない。

    「なーんで、サッカー選手として見られないかなぁ」

     お前と一緒にプレーしてんのにな、とソファに戻ってきた凪の頭を撫でる。
     いつだって、御影玲王には"御影コーポレーション"の肩書きがついて回り、まるで歩く資産と言わんばかりに色眼鏡を使ってくる。唯一、何者でもない御影玲王として扱ってくれるのは凪くらいか。あとはブルーロックで出会った奴らも、サッカー選手として対等に見てくれる。そのときだけは、本来の自分に戻れるような気がした。

    「俺にとって、レオはレオだよ」
    「そりゃどーも」
    「お金持ちのレオでも、サッカー選手としてのレオでもなく」

     そんなのはたかが付属品のひとつでしょ、と凪が言う。そんな風に言ってもらえるとは思えなくて、純粋に嬉しかった。俺も凪は凪だ! と返して、わふわふと犬の頭を撫でるみたいに髪をかき混ぜる。

    「うわ、」
    「あはは! やべぇ、ボサボサになった!」

     好き勝手に撫で回されて少し不満なのか、凪がじっとこちらを見てくる。物申したそうな目に何かあるのかと問えば、別に〜と返された。

    「ただ、たまにレオってバカになるよね」
    「は? お前に言われたくねーわ」

     馬鹿以上に面倒くさがり屋でぼんやりしてる凪には。
     もう終わり! と凪を構うのはやめにしてソファから立ち上がったら、凪が抵抗することなくころんと床に転がった。そういうところも含めて、どうしようもない相棒に玲王はわざとらしく肩をすくめた。


     ※※※


    「あれ、今日はこれだけ?」
    「はい。今回は一冊のみでございます」

     そう言って、ばぁやに渡されたのは紙袋に入った一冊のアルバムだった。中は見合い写真なのだろう。だが、表紙は真っ黒の無地であまり見かけないタイプのデザインだった。というより、やる気あんのかと言いたくなるようなチョイスの色だった。

    「ピックアップしてこの一冊ってこと?」
    「いえ、この一冊のみでございます」
    「まぁ、前回が多すぎたからな……。そういやぁ、玄関にあった段ボールは?」
    「それは今朝、誠士郎さまにお会いしたとき、不要だと言われたので回収しておきました」
    「ふーん」

     つーか、そのときにこの紙袋も置いてってくれりゃあいいのに。と思いつつ、リビングにいるであろう凪の方をちらりと見る。相変わらず、広々としたソファを専有する形でごろんと横になりながらゲームに勤しんでいる。
     玲王はばぁやに礼を言って帰すと、紙袋を持ってリビングに戻った。しっしと凪をソファの端に追いやりながら真っ黒なアルバムを取り出し、空いたスペースに腰掛ける。

    「それ、新しい見合い写真?」
    「そ」
    「じゃあ、その相手と見合いするんだ」
    「もう、それでもいいかなって思ってる」

     けど、こんなにやる気のなさそうな真っ黒の無地なんて。正直、選択肢がないとはいえ気乗りしない。

    「そっか。じゃあ絶対、見合いしてね」
    「へいへい……って、は?」

     表紙を開いてすぐに飛び込んできた写真に目を丸くする。色素の薄い髪、やる気のなさそうな目、おまけに見合い写真にあるまじきピースサイン。っていうか、これ。

    「凪じゃねぇか!!」
    「いたっ」

     思わずアルバムで凪の頭を殴ってしまった。もう一度、写真を見る。この気の抜けた、やる気のない表情は間違いなく凪だ。というか、目の前に本物がいるから間違えようがない。

    「なにしてんだよ、お前」
    「なにって立候補してる」
    「は? 馬鹿なこと言うなよ。冗談にしてはたち悪い」

     こっちは本気で頭を悩ませている問題なのだ。それなのに、たった一枚の写真で遊びやがって。

    「いま謝れば許してやる」
    「は? 謝んないよ。ばぁやさんにも頼み込んで、頑張って準備したんだから。っていうか、バカなこと言ってんのはレオの方でしょ。さっき言ったじゃん。見合いするって」
    「お前だなんて思わないだろ、普通」
    「でも"次に新しい見合いの話がきたら"って言ったよね」

     押し倒さんばかりの勢いで凪に迫られて、思わず後ずさりする。だが、広いとはいえたかがソファだ。すぐに限界が来た。それでも構わず凪が迫ってくる。
     これ以上は来るなと手で押し返すも、あっけなく腕を掴まれた。いつになく真剣な表情に、どうしていいか分からない。

    「その"次"が俺なんだけど」

     いやいやいや、意味分かんねぇ。なんで凪と。というか、

    「お前、俺と見合いすることがどういう意味になんのか分かってんのかよ?」
    「うん。レオの恋人になりたいから立候補してる。というより、ぜんぶすっ飛ばして結婚してもいいよ?」

     掴まれた手をギュッと握られて、驚きのあまり肩が跳ね上がる。
     自分にとって凪は初めて見つけた宝物で、よき友で、サッカーをする上で最高のパートナーだ。そんな男と恋人……? というか、結婚って言わなかったか、コイツ。

    「レオ、顔真っ赤」
    「お前が変なこと言うからだろ! っていうか、ぜんっぜんそんな素振り見せなかったじゃねえか! 一緒に住むときだって、面倒なことが減るとか抜かしやがった癖に。俺のこと、家政婦ぐらいにしか思ってなかっただろ!」
    「確かにレオと一緒に住んだらレオがいろいろしてくれるし、面倒なことが減るかもーって思ったけど、それとは別にもう一個あるよ」

     ぐいっと体を引き寄せられて、凪の腕の中に収まる。顔どころか全身火を吹いて熱くなった耳たぶに、凪の唇が近づいた。

    「一緒に居たら、悪い虫からレオのこと守れるし」
    「……っ、」
    「言っとくけど俺、レオのこと、こういう意味で好きだからね」

     ちゅっ、と耳元で軽いリップ音が鳴る。いつから、とか、一体どこに惚れ込んだんだよ、とか、聞きたいことは山程あるが、ただ口がパクパクと開くのみで言葉にならなかった。

    「返事は見合いのときでいいよ」
    「……」
    「でも、レオには尽くしがいのある人の方がお似合いだと思うよ。たとえば俺とか」

     ね? と同意を求め、顔を覗き込もうとする凪を直視できない。顔が真っ赤なのもそうだが、自分の気持ちに気付いてしまったからだ。凪の言う通り、たぶん自分には尽くしがいのある相手の方が合っている。だって、ずっとそういう相手と一緒に生きてきたから。それを幸せだと思っている自分がいるから。

     返事は見合いのときに、なんて言ってたけど、こんなのずるい。だって、初めからお前を選ぶ以外の選択肢が何処にもないじゃないか。
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    hjm_shiro

    DOODLE凪玲/【最新】nagi_0506.docx
    ⚠監獄内の設定を少しいじってる

    凪に好きなものを与えて、うまくコントロールしているつもりの玲王と、いやいやそうではないでしょ、って思ってる周りの人たちが思わずツッコんじゃう話。
    プロフィール情報は常に最新の状態にしてください。
    「たまにレオってすげぇなって思うわ」

     千切がぽつりと呟く。千切は本場よろしく油でベチャベチャになった魚――ではなく、さっくりと揚がったフィッシュフライをフォークに突き刺すと美味そうに頬張った。玲王としては特に褒められることをしたつもりはないのだが、ひとまず適当に話を合わせて、そう? と軽く相槌を打つ。

     新英雄大戦がはじまってから、選手たちは各国の棟に振り分けられている。それぞれ微妙に文化が異なり、その違いが色濃く出るのが食堂のメニューだった。基本的には毎日三食、徹底管理された食事が出てくるのだが、それとは別に各国の代表料理も選べるようになっていて、それを目当てに選手たちが棟の間を移動しに来ることもあるほどである。今日はフィッシュ&チップスと……あとはなんだったかな、と思い出しつつ、玲王はナイフでステーキを細かく切った。そうして隣にいる凪の口にフォークを突っ込む。もう一切れ、凪にやろうとフォークにステーキを突き刺したときだった。千切の隣に見知った顔ぶれが座った。
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