猫 ただの偶然だった。今どきのアパートにしては珍しく、日下部の家の大家はアパートの家賃を振込にしていない。手渡しである。このアパートには(と言っても数室だが)一人暮らしの者が多く、「顔見てないと元気かどうかわかんないからね。親御さんも心配なさるし…」と言って持ってこさせる様にしているのだ。日下部が任務などで立て込んで遅れがちになるから自分だけは振込をさせて欲しいと言っても「遅れても良いから顔を見せて頂戴?」と言ってのらりくらりと躱されているのであった。
そして今日も少しだけ期日より遅れてはいるが、何とか時間の合間を縫って大家の家を訪ねた日下部は、呼び鈴を一度押した。遠くの方から「はーい」と返事は聞こえたが、暫くすると「わぁっっ!」の声がした後、揺れた様な気配と大きな音が聞こえたのである。大家とも長い付き合いだが、聞いたことも無いような声が聞こえて慌てて玄関を開けた。普段は防犯の為に鍵を掛けろと大家に提言をしていた日下部が、あのババア…と毒づくと「邪魔するぞー!」と声を張り上げて大家を探し始めたのであった。色々な部屋を開けては閉めてを繰り返し、とある部屋を開けた日下部が見たものは苦悶な表情をして倒れている大家が居た。自力で立ち上がることが出来なくなった大家を病院へ連れて行き、下された診断結果は骨盤骨折。安静のために大家は入院となったのである。
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