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    piyochike

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    piyochike

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    初恋泥棒旬君と葵ちゃんの日常。ほんのりイグ旬(イグさん不在だけど)。葵ちゃんとイグさんが会う前の妄想です。

    その日は朝から風が強かった。
    澄み切った青空の海を泳ぐように舞い上がる一筋の紅。
    風に飛ばされ流れゆくそれを視界の端に捉えた途端、気付けば旬の身体は駆け出していた。

    都会の喧騒は大小様々な音が入り乱れて構成されている。
    人の声、歩く靴音、街路樹の囁き、風鳴りに車の駆動音、横断歩道の電子音に建設機械の作業音。その中に啜り泣くような小さくか細い声が聞こえた気がして水篠葵は背後を振り返った。
    買い物しようと人混みの街中を兄と二人で歩いていた最中のことだ。その一瞬、ほんの少しだけ兄から目を離して、けれど結局音の正体も見つけられずに隣を見れば兄の姿が消えていた。
    ええ?と焦って視線を彷徨わせたのは刹那のこと、周囲から起こった響めきにより居場所は直ぐに知る事となった。

    「お、お兄ちゃんっ‥っ!?」

    先程まで自分の隣をぼーっと歩いていたはずの兄の姿は今、何故か遥か向こうの商業ビルの壁、3階近い高さの張り出した看板部分にあった。
    あんな高さまで一瞬でどうやって、とか足場がなくて危ない、とか葵が肝を冷やす間もなく兄はそこまで登った目的を既に果たしたらしく、重力を感じさせない軽やかな動きで建物の庇や街灯を伝い、街路樹を足掛かりにして何事もなかったかのように再び地上へと降り立った。
    高さのある場所からの着地だというのに衝撃音が殆どしない、俊敏でしなやかな猫を思わせる華麗な身のこなしに群衆から自然と拍手まで上がったが、当の本人は特に表情を変えることも周囲を気にする様子もなく、迷いなくその足取りを進める。
    人々はその顔を見て、「おい、あれ、S級ハンターの‥」「EからSに再覚醒したっていう‥」
    「友谷稔の記者会見と被ってた‥」
    と再び騒めき出したが、不思議と彼の歩みを阻む者はいない。恐怖や威圧感とは異なるが、気安く触れるのは畏れ多いと思わせる清冽な気品。ある種の風格と威厳が漂う姿に誰もが声を掛けられず、けれど視線は釘付けで固唾を飲んで彼の動向を見守った。

    (‥あちゃ〜‥言ったのに自分から目立つことしてるじゃん‥)

    街中に出るなら変装の一つでもしろ、目立つ行動はくれぐれも控えろ、と買い物の共を頼んだ割に上から目線で兄に説教してしまった葵だが、やはりその危惧は正しかった。
    白無地Tシャツに黒の上着を羽織ったいつもの格好で結局変装もせずに外に出た兄は案外誰からも気付かれず、先程まで葵でさえ存在を忘れるほどの気配のなさだったのが嘘のよう。
    常人なら梯子や機械、命綱とヘルメットが必須の危険な高所に少しの足掛かりと己の跳躍力だけで軽々と到達し、息一つ乱さず瞬きの間に舞い降りる。
    これでは何も知らない人間が見ても、只者ではないと、身体能力が特に優れたハンターであると直ぐに知れる。わざわざ誇示する意図もないだろうが、かといって隠す気もない無頓着さに葵は脱力した。

    そう。葵の兄はちょっと今、人々の話題をさらう時の人。
    再覚醒者にして国内10人目の正式認定を受けたS級ハンター。
    E級として長い辛酸の日々を耐え、S級への再覚醒を果たした下級ハンター達の希望の星であり、上級ハンター達からは魔法系でありながら戦闘系以上の凄まじい戦闘力を有すると専ら関心の的の、水篠旬ハンターその人なのである。

    まあ目的なく突飛な行動を取る兄でもないので何かしらの理由があってのことだろうが、正直巻き込まれたくはない。
    諦め半分、呆れ半分で葵は影響を受けない遠目から静観を決め込もうとしたが————兄の歩みの先を見て少しばかり事情が変わった。

    「‥‥!‥あの子‥!」

    人波はモーセの海割りを彷彿とさせる整然さで兄の左右にぱっくりと分かれ、確固たる足取りの目的地をはっきりと映し出す。兄の肩越しに見えたのは葵が先程探していた泣き声の主で、葵は慌てて群衆を掻き分けて兄の背中を追いかけた。

    「ひっく、ぐすっ‥‥うぅっ‥うぇえ‥!」

    幼い少女がベンチに腰掛けて大粒の涙を流して震えていた。
    身を包む真紅のフレアワンピースは上質なワインのように洗練された大人びた魅力を少女に齎していたが、残念ながらツインテールに結い上げた長い黒髪の片方だけが解け、悲しみに歪む彼女の表情を覆っている。
    ワンピースの色と揃いの長い真紅のリボンが結い上げた片側の髪を彩っており、どうやらもう片方のリボンが解けてしまったことを嘆いているのだとすぐに知れた。対となるもう一方のリボンは突如襲った突風に煽られて彼女の髪をすり抜け天高く飛び去ってしまったのだ。
    少女の両親は気の毒に思いながらも、「新しいものを買ってあげる」と少女を慰めたが、少女はあのリボンがいい、と頑として譲らなかった。少女にとってはお気に入りのワンピースと同じ生地の対のリボン、全てが揃って初めて『今日の最高の私』なのだ。
    代わりなんてない。どれか一つでも欠けてしまえば意味がなかった。
    リボンを追いかけて擦りむいた膝も痛いし、転んだ拍子に一部の生地が傷んでしまったスカートも悲しい。でもそれ以上に、大切なリボンを無くしてしまった失意の念が少女の心を曇らせた。
    だから————
    両親の慰めの声も周囲の喧騒も全てが遠く、救世主がすぐ傍に現れたことさえ全く気付かなかった。

    「‥‥‥探しものは、これか?」

    落ち着いた、男の人の声だ。
    小さな囁きなのに、心に直接響くような不思議な引力に意識が吸い寄せられる。
    俯いた視界に見慣れぬ黒い靴の爪先が映り、差し出された大きな掌に載るものを見た途端、少女はあっ!と大きな声を上げた。

    「私のリボンっ!!」

    風に飛ばされ空に消えてしまったはずの、少女の真っ赤なリボンだった。
    鮮やかな薔薇と深みのあるワインを混ぜたような艶やかな光沢を纏う輝きは間違いなく彼女のお気に入りのリボンで、汚れることも千切れることもない綺麗な姿で再び少女の元に戻って来てくれた。
    幻のように消え去る前に急いで手元へ引き寄せて、切望していた深紅に何度も指を滑らせその存在を確かめる。

    色も手触りもちゃんとある。
    大丈夫、夢じゃない。
    ああ!嬉しい‥嬉しい!よかった!
    おかえり、私のリボン!

    涙は止まり、悲嘆に暮れていた少女の瞳に光が差して生き生きとした歓喜と希望が満ちる。
    ふ、と思わず漏れたような柔らかく息を吐く音が近くから聞こえ、そこで初めて少女はリボンを届けてくれた人物の存在に気が付いた。
    お礼を言おうと顔を上げて————そのまま固まった。

    「大事なものなんだろう?
    心細かったな。もう、大丈夫」

    びっくりするほど綺麗な顔立ちのお兄さんだ。
    黒髪に白い肌が映え、切れ長で涼しげな目元に整った鼻梁は一見すると冷たそうな印象があるが、目があった瞬間に柔らかく解けて花が綻ぶように微笑むものだから、少女は一目で虜になって赤面した。
    傍に跪き、甘い笑顔と優しい言葉と共に大切な宝物を届けてくれた見目麗しい男性。

    物語の中の、お姫様を守る騎士みたい。

    少女の目には背後に咲き誇る大輪の薔薇と花吹雪、煌めきエフェクトの幻まで見えた。夢見る乙女の願望を体現した旬の姿は、恋愛耐性のないうら若き少女には些か刺激が強すぎたのだ。
    身動いだ拍子に自分の長い髪が視界を遮ったことで少女ははっと自分の身なりに気が付く。
    泣き腫らした顔にツインテールの解けた乱れ髪。こんな恥ずかしい姿をカッコいい騎士様に見られるなんて‥!
    慌てて顔を背け再び何かを探し始めた様子の少女を見て、まさか、これじゃなかったか‥?と静かに混乱する朴念仁の旬を退け、漸く追い付いた葵が自分の鞄から身支度用のポーチや手鏡を取り出して少女に差し出した。

    「はい。よかったら、これ使って」

    少女は驚きつつも喜んで頷き、葵も少女が見やすいように角度を調整して手鏡を固定する。大きめの手鏡を持って来て正解だった。
    少女はもらったティッシュで顔を整え、鏡を時折確認しつつも手慣れた様子で乱れた片側の髪をまとめてお気に入りの真っ赤なリボンで結び直す。何十、何百と繰り返してきた動きだから迷いはないが、今は殊更に気合いを入れて左右の角度や後れ髪の微調整を行う。
    もちろんその間、旬は葵の指示によって背後を向き周囲との壁役に徹していた。
    解せぬ‥とその横顔に薄く書いてあったが、女の子の身支度は男子禁制。乙女心を解さぬ者に門戸は開かぬ秘密の花園だから当然である。

    汚れはないかな、解れはないかな、目元の赤みは引いたかな。
    私、ちゃんと可愛くなった‥?
    左右に落ち着きなく首を巡らせて全周囲を念入りに確認し、見知らぬ親切なお姉さんから最終チェックと力強い同意をもらい、少女は逸る胸を抑えつつ騎士様の元へとゆっくり進んだ。
    『今日の最高の私』。騎士様の目にも可愛く映るだろうか。
    旬は親切なお姉さん、もとい葵につんつん肘で小突かれて後ろを振り返り、少女に目線を合わせて屈み込む。
    クラシックな型の真紅のワンピースがふわりと広がり、ゆるく巻いた長い黒髪を耳より高い位置で綺麗に結い上げたツインテールが揺れる。その髪を彩るように左右に揺れる鮮やかな紅のリボンと、薄く艶を乗せた唇をきゅっと引き結びドキドキしながら旬の反応を待つ少女の顔を見て、柔らかく目を細めた。

    「うん。紅のリボンが良く似合っている。
    今度は失くさないようにな」

    「‥‥あ、‥ありがとぉ!騎士様!
    お姉ちゃんも‥!」

    頬を紅潮させ、喜びに目を輝かせ破顔する少女の頭をポンポンと軽く撫でて立ち上がり、葵と共に手を振り颯爽と立ち去って行く。
    途中、ハラハラと事態を見守っていた少女の両親が駆け寄って何度も頭を下げるのを軽く手で制し、去り際にもう一度少女を振り返った。

    「その紅い色、俺も好きなんだ。とても綺麗だよな」

    眼差しが砂糖菓子のように甘く蕩けて、ニコッと控えめな笑みには少しの照れが混じる。
    凍てつく深雪の下に隠れていた若芽から瑞々しく美しい生命が花開いた瞬間のような。
    尊い輝きに目を焼かれ、天に召される至福の衝撃波が辺り一体に波及した。

    きゃーーーー‥‥!!!

    爽やかにして破壊力抜群の微笑みが直撃した少女のみならず、周辺を取り囲んで成り行きを注視していた野次馬達からも押し殺した黄色い断末魔が上がり、旬の背後には完堕ちした哀れな子羊達の屍の山が量産された。
    最初から最後まで完璧なヒーロームーヴで周囲を圧倒し(※本人に全くそんなつもりはないが)、更に烏合の衆の追随さえ許さぬ華麗な幕引きは流石と言わざるを得ないが、兄の色々と罪作りな所業に葵は隣で密かにドン引きした。







    ────────────







    騒ぎも収束し人も疎らな通りまで歩いたところで、念の為背後に追っ手等も潜んでいないことを確認してから葵は兄を詰問した。

    「‥‥もうっ。なんやかんやで丸く収まったから良かったもの、急にあんなことするからびっくりしたじゃん。それに対するヒーローの弁解は?」

    「悪かったよ。‥‥‥似ていたから、つい目で追いかけたんだ。泣き声も聞こえてたし、大事なものなら尚更届けてやらないとって思うだろ」

    葵の中の女の勘がビビビッと冴え渡る。
    似ていたって何に?なんて訊くまでもない。
    兄はあの紅いリボンで連想する誰かに懸想しているんだ、と何故か直感した。
    甘く焦がれるような眼差しに含まれる熱量が先程の比じゃない。心で留められずに外まで溢れて出して、葵に悟られてしまうほど。強く強く、誰かのことを想っている。

    恋って凄いな。
    葵は素直に感心した。野次馬的な好奇心よりも驚きの感情が勝ったのだ。
    その人に会っていない時でさえ思い浮かべるだけでこんなに頬を緩ませて、幸せそうに笑えるんだ‥。

    「それよりも、何だ、騎士?って、なんのことだ?」

    「跪いてリボンを捧げるなんて、あの子にとって騎士みたいに見えたってことでしょ。実際傍目から見てもそんな感じだったし。
    光栄じゃない、おにい‥‥こほん。あの子の素敵な騎士様」

    「騎士‥‥‥‥ふ。ふふ、はっ」

    そこ笑うところ?
    茶化しもあったが純粋に讃える気持ちも込めて言ったのに吹き出されて、葵は気恥ずかしくもムッとした。
    夢見る乙女にとって騎士は永遠の憧れ。素敵な殿方の象徴なのだ。
    ああん?なんか問題が??
    機嫌を損ねた様子の妹にジト目で睨まれて、旬は慌ててかぶりを振った。

    「ちがうちがう。バカにしたとかじゃなくてさ。その‥‥。
    俺よりももっと、その称号で呼ぶのに相応しい奴を知ってるからさ。
    俺なんてまだまだだよ。ホントに」

    「なに。誰よ、それ」

    有名どころのハンターで言えば最上代表や白川社長だが、二人は強いが『騎士』という感じではないし、第一兄がこんなに親しげに話す間柄でもないだろう。
    兄とある程度近しくて、且つ、『騎士』の称号が似合う人物?
    問いただす葵の視線を受けて、兄はふむ、と顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。
    その目が悪戯を思いついた子供のようにきらりと光り、少し身を屈めて近づいて来る。

    「そうだな‥‥葵もいつか、会うかもな。
    でも‥‥‥まだ内緒」

    ————俺だけの、騎士だから。

    風に消えそうな密やかな吐息が紡いだ告白は、それでもしっかり葵の鼓膜を揺さぶった。

    かぁああっと葵の顔に朱が滲む。

    長い人差し指をすっと押し当てて、緩く弧を描く唇からは色気さえ漂った。どうしてそこで殊更愛おしそうに瞳を潤ませるのかな!
    たまたま居合わせて直撃砲を食らった関係ない面々までまたハートを撃ち抜かれて背後で悶絶している。頼むからこれ以上随所で被害者を増やさないでくれ!

    信じられない。
    兄の、綺麗な笑顔に思わず見惚れてしまうなんて。

    繊細な乙女心を全く理解していない、マイペース鈍ちんボケボケお兄ちゃんのくせに!
    天然無自覚に周囲をたらしこんだ挙句、妹までトキメかせるなんて、生意気だ!

    「〜〜〜っお兄ちゃん!外出た目的、忘れてないよね?
    か、い、も、の!これからきっちり付き合ってもらうから!覚悟してよね!」

    照れ隠しの悪態をついて、赤くなった頬を悟られないように背を向けてずんずんと歩き出す。
    どうせ兄の身体能力なら余裕で追い付けるだろうから、そのまま後ろも気にせず目的地まで突き進んだ。

    人は時にその感情に溺れて身を滅ぼし、時にその感情が支えとなって生きる希望を見出すのだと言う。
    人を良き方にも悪き方にも容易に変貌させてしまう美しくも恐ろしい魔性。

    水篠葵が未だ知らず、身を持って体感したことのない感情。
    水篠旬は多分知っていて、その身からダダ漏れて溢れ出し、周囲をも巻き込み魅了してしまう感情。


    いつか機会があったら、真面目に聞いてみたい。



    ねぇ、お兄ちゃん。
    風に靡く一筋の紅のリボンに、一体誰を想ったの?
    俺だけの騎士って、誰?




    ねぇ、お兄ちゃん。



    恋とは、どんなものかしら。








    おしまい。








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