800字小説練習(ワルロゼ) ほうき星の天文台と繋がるヘブンズドアにも春が訪れていた。空は宇宙ならではのダークネイビーが広がっているが、空気はぽかぽかとやんわり抱き締めるように暖かい。向こうには春を告げる花の代表格である菜の花が群れて咲いており、緑が豊かな青々とした地面に明るい蛍光色はとても映えて目にも楽しい。
このヘブンズドアに招かれたワルイージは城柱のような建造物の上に出した白い丸テーブルに着き、ロゼッタから紅茶をご馳走になっていた。
まさに宇宙規模の超遠距離恋愛故に会えない時間の方が多いので、一緒にお茶をするだけでも心がうずうずと良い意味で疼く。
いつもはあまり飲まないが、今日は彼女と同じアプリコットティーが良いと頼み、薄い赤褐色の味わい深い液体を啜った。
「最近はいかがですか? 春であの星では新生活の時季ですから、ワルイージさんの周りでもなにか変化がおありで?」
ロゼッタが興味深そうに尋ねて来る。
「そうだなあ。オレがインストラクターとして働いてるテニスクラブのキッズコースに新顔がたくさん入るのは、この時季だなあ。んでオレの顔が怖くて泣かれるのが毎年のパターンだ」
「あらあら大変」
彼女が上品なくつくつ笑いを漏らす。
その姿が本当に可憐で、ロゼッタの色に染められるようにワルイージもほっと表情を解きほぐした。
「あっちに菜の花が見えるが、此処にも四季があるんだな」
「そうなんです。でもあの花はいつの間にか咲くようになって。もしかしたらあの星から種が飛んで来たのかも知れません」
「宇宙まで飛ぶかあ?」
「私は、そうだと良いと思っています。私たちがお互いに抱く感情と同じように」
お互いに抱く感情――それは離れていても愛している事。あの星から来たかも知れない不可思議に咲いた菜の花に、ロゼッタは自分たちを重ねているようだった。
「へっ、“小さな幸せ”ってね」
「えっと、どういう事ですか?」
きょとんと不思議そうに小首を傾げるロゼッタ。ワルイージは菜の花畑の方を一瞥し、ロゼッタの顔を見る。
「菜の花の花言葉の一つだ」
「まあ、そうなんですね、素敵です」
胸の前で両手を合わせてロゼッタは少しうっとりと感嘆の声を出した。
「ワルイージさんと居ると、小さいけれど大きな幸せをたくさん貰えます。いつもありがとう」
「なんだよ改まって」
「何故でしょうね、今なにも考えずとても素直に言葉が出たんです。ワルイージさんは?」
「おいおい、オレ様がそういう発言が苦手なの知ってるだろ」
「照れ屋さんですね」
くすっと可愛がるようにからかって来る彼女。その姿にまた惚れ直してしまうのも、小さな幸せなのだろうか。
自分だって同じ思いだ。
そんな返事の代わりにテーブルを乗り越え、春風が優しく舞う中でアプリコットティー味の口付けを贈った。