800字小説練習(ワルロゼ) 今日は朝から車軸を流すような雨がずっと続いていた。泣いた空は夜になると少しは大人しくなったが、やはり空には重い雲がどこまでも広がりその雫はまだ収まっていない。
夕食を摂った後のワルイージは、カーテンを閉めようと窓に近づく。硝子の向こうの景色を見て顔をしかめて眉を吊り下げる。空と同じどんよりとした嘆息を肺の奥から吐き出した。
――今日は星空を見る事が出来ない。
夜に星を眺めるのは彼女と出会ってからの日課。恋に気づく前はなんとなくあの人を思い出すからという理由から、片思いになって自分の胸高鳴る感情を預けぶつけるスクリーンにした。恋人になってからはなかなか会えない彼女を少しでも身近に感じたくて、彼女の居る世界を僅かでも知りたくて。
でも、今日はそれが叶わない。これが初めてではなかったが、この残念な切なさにはどうも慣れる事が出来ない。
しゅんと肩を落としながら、力の入らない手でカーテンを寂しく閉めた。
残りの窓のカーテンも引き閉じてリビングに戻って来る。
ソファーに座って読み掛けの小説でも嗜むか、と退屈そうに背伸びをした時だった。
突然リビングテーブルに銀色の丸い光が湧き上がる。
「な、なんだ……!?」
突然の不可思議な現象に驚き、身構えるもその光から悪いものは感じないとも思った。
光が弾けて消える。すると現れたのはケーキ屋で見かけるような白い紙箱。
どうしよう、開けるべき?
しばらく無言で箱を睨んでから恐る恐る近づき、息を潜めてそーっと慎重に箱を開封して行く。サイドの留め部分を外して、一旦深呼吸をする。
次の瞬間意を決してバッと箱を開いた。
中に入っていたのは、紫とエメラルドグリーンのマカロンが二つ。と、一枚のメッセージカード。
爆弾でも入っているのではないかと危惧していたワルイージはやたらと肉体から力が抜けるのを感じた。危険物じゃなくて良かったと、長めの安堵の息を吐く。
箱の中のメッセージカードを拾い上げ、書いてある文面を読んでみる。
『今夜、星を見られない貴方へ』
その瞬間、このマカロンが宇宙から彼女の魔法で贈られて来たのだと理解した。
途端に優しい気持ちが胸を包む。
「ありがとよ。でも、あんたと二人で食べられたらもっと嬉しかったけどな」
少し寂しそうな微笑みを見せてから、メッセージカードに一瞬口付ける。カードからは彼女のアプリコットの香水の香りが、ほんのりと鼻をくすぐった。