(燭へし)十年目の……「……うう、決まらない」
代休を使って朝からいくつも店を見て回ったけれど、長谷部くんに渡す今年の誕生日プレゼントが決まらない。
恋人へのプレゼント。何がいいか相談されたんですけどなんてひとごとみたいな顔をして相談した店員さんたちがおすすめしてくれるものは定番なんだけど、もうすでに渡したことがあるものばかりで。
長谷部くんと恋人になって10年。
同期入社の長谷部くんとは、新入社員が集められた部屋で初めて出会った。
その部屋に入って、窓辺にたたずむ長谷部くんの横顔を目にしたとき目の前にざあっと花吹雪が舞い上がった。
真っ白に染まった視界の向こう側で、ゆっくりとこちらに顔を向けた長谷部くんとぱちりと目があったとき、ドクンと胸が音を立てて、その瞬間に世界が色づいたような気がした。
「それって運命の出会いってことだろう!」
この話をすると貞ちゃんが口にするその言葉の通り、僕は人生で初めて心を奪われる人に出会った。
いわゆるヒトメボレだ。
同期だけれど部署も違えば接点も薄くて、なんとか近づこうかと何かと話しかける僕に長谷部くんは胡散臭いものをみるような表情で「俺に聞くな。他のやつに聞けばいいだろう」とつれない。それでいてしばらくしてから「あの話だが」と調べてくれたのか、ちゃんと返事をしてくれる。
好きにならないわけがなかった。
入社して初めての同期での飲み会で、初めてゆっくりと話をして話すうちに気が合うことがわかって、盛り上がって楽しくて浮かれて気がついたら朝、どちらも服を着ていない状態でホテルのベッドのなかだった。
どうしよう。
ううと寝返りをうった長谷部くんが何度か瞬きをして、ゆっくりと朝焼けみたいな瞳が顔を出した。
ごめんね。そう口にするより先に、長谷部くんががばりと起き上がるとベッドのうえで土下座した。
腰をさすりながら。
「え?」
「すまん。責任は取る」
あれ? なんか逆じゃないのかな。そう思ったけど、勢いのまま僕も土下座をすると「よろしくお願いします」と頭を下げた。
そんな始まり。
性急な始まりだったけれど、ゆっくりと時間を重ねて恋人になれたと思っている。
そんな長谷部くんの誕生日が近い。
「どうしようかなあ」
長谷部くんは何をあげても「大切にする」と受け取ってくれて、ほんとうに大切にしてくれている。
1年目は彼の瞳によく似たラベンダー色のマフラー。
学生時代に使っていたものしかなくて、ちょうど欲しかったのだと照れくさそうに笑ってくれた。
柔らかい革の手袋や、イニシャルをいれた黒の名刺入れ、翌年渡した同じ素材の財布、どれも年々いい風合いになってきている。何にするか決めかねたときに一目ぼれしたチャコールグレーのコートを渡した年は「大げさすぎる」と怒られた。
それでも年の初めや、大事な会食のときはそのコートを着て、最初の年に渡したマフラーを巻いてくれるのだ。
自分で言うのも何だけど、彼がその時必要とするものを渡している自信はある。
だから大事に使ってくれているのだとは思うんだけど、でも歓喜して「欲しかったんだ」というものを渡せてはいないような気がしていた。
長谷部くんから最初にもらったのは質のいいボールペンだった。イニシャルが入った黒い重すぎない使いやすいもの。
軽量の傘、運転用のサングラス、コートを渡した翌年はキャリーバッグだったか。
「身に着けるものはこだわりがあるだろうから」と、そのあとはお取り寄せした食材や調味料とふるさと納税かな? というものが続いて、去年は生まれ年のワインだった。
毎日使うものじゃなく、それでいて貰うと嬉しいもの。その塩梅が長谷部くんはうまかった。
「わあ!」と開けると思わず声が漏れてしまう。それがちょっと悔しい。
だから今年こそなんて気持ちが強すぎて、何を見ても違う気がした。
セックスしたからつきあってくれているのかななんて思ったときもあったし、些細なことで喧嘩をして一週間以上互いに意地を張って連絡を取らないときもあった。
そんなことを繰り返しながら、それでもうまくやってきたと思う。
彼以上のひとはもういないだろう。だからもうひとつ先に進みたい気持ちがあった。
けれど口にはしないけれど、長谷部くんは今になって僕の「幸せとは」なんてことを考えているように見えた。
もう彼以外の誰と共に歩く気はないし、僕の幸せは彼とともにあるのに。
「もう十年だよ」
そうか。十年目。
僕が何よりも渡したいもの。
それは。
「長谷部くん、お誕生日おめでとう」
「今年も豪勢だな」
「ふふはりきっちゃった。それでねプレゼントもあるんだ」
手をだして。
その言葉に長谷部くんはこてんと首を傾げた。
テーブルには料理が並び、ワインも冷やしているけれどプレゼントはそれじゃない。
手を出してと言われておずおずと右手を出そうとした長谷部くんの左手を取ると、その指に銀色の輪を通した。
「光忠」
「僕の一生をもらってくれないかな?」
僕が何よりも渡したいもの。
それは。
「光忠」
「もう観念してほしい。僕の幸せは君とともにしかないんだよ」
二十年目も、三十年目もずっと君がそばにいることが一番のプレゼントだから。
君にもそう思ってほしい。
「……責任は取ると言ったからな」
「そうだよ。ちゃんと責任取って」
「よろしく頼む」
そのまま引き寄せると、ぎゅうぎゅうと抱きしめる僕に長谷部くんは「来年の誕生日、覚悟しておけ」と囁いた。
ちょっと怖いねと笑いながら長谷部くんにキスした僕だけど、翌年の誕生日に「プレゼントだ」と購入した家に連れていかれて言葉を失うことになるとは、さすがに想像してなかったんだけど。