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    mona5770

    Twitterに投げたネタをちょっとまとめたメモ置き場
    燭へしと治角名が混じっています。ご注意ください。

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    mona5770

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    燭へしリーマン・転生パロ
    花見に誘われて過去に想いをはせる長谷部くんの話。
    2025/4/7ひらいて赤ブータグで画像投稿したものと同じ話です。

    (燭へし)花のしたで君を想う 穴場なんですと後輩が見つけてきた職場近くの小さな公園、古びた街灯がバチと小さな音を立ててぼんやりとした光を灯す。
     ビルの間から太陽が姿を消すと昼の温かさのわずかな名残だけでは、すこし肌寒く長谷部は鞄につっこんできたカーディガンを羽織る。
     桜も盛りを過ぎて、小さな若葉が顔を出し始めている。
     わずかな風に枝が揺れて花びらが舞い、色が剥げてパンダなのか白熊なのかわからない遊具にひらりと落ちていく。
    「ほかの人が来ないように見張っていてくださいね。僕たちは買い出しにいってきますから」
     年度末にあれやこれやがようやく片付いて、見ないふりをしていた山積みの書類へと手を伸ばすか今日は帰るかと逡巡する長谷部の手を「打ち上げをしましょう」と去年異動してきた後輩がひっっぱったのは定時になるかどうかという時間だった。
     まだ月曜だぞだとか、打ち上げも何も月次の書類は出したのかと口にする長谷部に「なんとかなりますって」と調子のいい言葉で背を押して、そう多くない部署の人間を次々と巻き込んでこの公園に連れてきた。
     ビルとビルの狭間、高速の高架が近くて人通りが少ない小さな公園のベンチに長谷部を座らせると、主任はここで見張りです。いいですねと子どもに言い聞かせるような口ぶりでそう言うと、数人の後輩はそれぞれに姿を消していった。
     軽くですからなんて言っていたくせに、きっとあれやこれやと買ってくるに違いない。
     財布からすこしばかりの札を握らせたけれど、足りるだろうかと薄紫から黒へと色を変える空を見上げると、暗くなっていく空からひらりとまたひとひらの桜が舞い落ちてきた。
    「長谷部くん、桜がついているよ」
     もういつのことだったかも、記憶なのか夢なのかわからない懐かしい声が耳に蘇る。
     ああこの公園に既視感があると思ったが、最後の春にふたりで訪れたあの場所に似ているのか。
     長谷部には不思議な記憶があった。
     刀剣男士と呼ばれ、歴史に干渉する時間遡行軍と呼ばれる敵と戦っていた記憶だ。
     霊力をもって長谷部たちを顕現した審神者と呼ばれる主と、百を超える仲間と過ごした本丸での日々は夢だと言うには鮮やかで、ゆっくりとかつての記憶なのだと長谷部は理解していった。
     とはいえ記憶の蓋が開いた日は一気に流れ込む情報の多いさと、その内容の激しさにまだ十代だった長谷部は受け止めきれず数日間熱にうなされた。
     熱が下がっても記憶は薄れるどころか、何かにつけて思い出されることが増えるばかりで。けれど誰かに話をしても頭がおかしくなったと言われるのが関の山だろうと想像はできた。
     そういえば「本丸がなくなったあとどうするか」と問われたなと思いだしたのは、記憶が戻ってしばらくたってからだ。
     本霊である刀に戻る、他の本丸に移る、時の政府に加わる、いくつかの時間軸の守護となる。
     いくつかの選択肢のなかに「ひととして生きる」というものがあった。
     ああそうだ俺は……
     最後の春に「ねえ」と長谷部の手を握ってきた男。
     ひらりひらりと桜の花びらが舞う公園で未来の話をしてきた男。
     長谷部の記憶のほとんどに居座っている男とともに……
     今の会社に入って何人か当時の仲間がいることに気づいた。
     苗字からしておそらく社長は審神者のゆかりの人間なのだろう。記憶の有無にかかわらずいつしか引き寄せられるように幾人もの仲間が働いてた。
     けれど長谷部の手を取って「お願いがあるんだ」と琥珀色の瞳をずいと寄せてきた男はいまだに姿を見せていない。
     
    「絶対探すからなんて、偉そうなことを言っておいて」
     
     ひらりひらりといつのまにか長谷部の掌に落ちていた花びらにぽとりと水粒が落ちる。
     春はだめだ。
     長谷部の隣にずっといた男、燭台切光忠といくどとなく見上げた桜。
     そしていまはただ審神者のためだけにあるのだと言い張って、最後まで気持ちを言葉にしない長谷部に「わかっているよ」と責めることなく惜しみなく愛をよこした男のことを、その声を、その言葉を、匂いを、ぬくもりをどうしても思い出してしまう。
     だから忙しいのを理由に花見には参加しないようにしていたのに。
     いつか会えたら教えてくれる?
     会えるかどうかわからない未来のことを楽しみだと笑ったくせに。
     どうしてお前はいないんだ。
     
     いつのまにか夜の帳が降りた公園にざあっと風が吹いて白い花びらが一斉に舞い上がる。
    「長谷部くん」
     聞こえるはずがない声に「光忠」と、もうずっと口に出して呼ばなかった名前がほろりと口からこぼれた。
     真っ白な花びらの向こう、ひとつぶの星がきらりと光った。
    「みつ、ただ」
     嘘だろうと目をこする長谷部に、花の向こうから現れたスーツを着た光忠がゆっくりと近づいてきた。
     あの頃と同じ琥珀色の瞳がふわりとほころんだ。
    「長谷部くん」
    「遅いぞ。バカ」
     ぐうと歯を食いしばるのにぽろりとこぼれた涙が頬をつたい、花びらが積もる地面を濡らす。
     
     ごめんねと伸ばした指が長谷部の頬を包み、ふわりと懐かしい匂いがした。
     燭台切の匂いだ。
     
    「ねえあの日聞けなかった言葉を教えてくれる?」
    「     」
     
     長く長く待たせた答えを告げた。そんな春の夜のはなし。
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