(侑北/治角名)ラブラブですがなにか?Side侑北
「不安なんてないで!何言うてんねん!うちはずっとラブラブですう」
はいはいそうですねと半笑いのうえに棒読み答える角名をにらみ、ジョッキに入った烏龍茶を勢いよく煽る。
なんでこんな話になったんやっけ。
今日は地元で角名や古森がいるEJPとの対戦やって、着替えて帰ろうとしたところをぼっくんに「飯いこーぜ」といらん帰ると答える間もなくひっぱられてきた。なんであんな力強いねん。
明日の予定やった取材が延期になったし、北さんちに行こうかと念のためスケジュールアプリを見たら「18時 農協」って入ってたことを思い出して、まあちょっとくらいええかとしゃあなし近くの居酒屋に腰を下ろしたのが1時間ほど前。
「彼女に振られそうなんです」と半ばとろんとした目をしたEJPの若手選手が口にしたのが発端やった。
「浮気でもしたの?」
面白いネタがきたとばかりにずずっと近づいてきた角名と古森の口角が完全にあがっとって、ろくでもない先輩の前でようそんな話するわって思いながら、遠慮のかたまりになってる唐揚げを口に放り込む。
北さんが作ってくれるやつのようが旨いな。外で食べるガッツリした味つけとは違って、和風というかあっさりしてるねんけど、口にいれるとじゅわっと旨味が広がるねん。ああ食べたいなあ。
「浮気なんてしないですよ!だって頼み込むようにして付き合ったんですよ。何年も口説いて」
「へえ、なんか聞いたことあるような話だね。ね?」
「は?」
「え?宮さん彼女いてるんですか!」
「こっちに話振るなや」
「まあ宮はそんな必死に口説くようなことしないよね」
「何言うてんねん。必死で口説いたっちゅーねん」
「え?」
ああやってもうた。
完全に古森の釣りにひっかかったんを目に、角名はご愁傷様って顔で舌を出してくる。
ほんまおまえら覚えとけよ。
逃がさないとばかりに食いついてきたその後輩に「年上の」「綺麗な人で」「夢に向かって邁進してて」「ずっと好きで」「高校時代から口説いて口説いて」「プロになった三年目に土下座して」「バレーに支障がでたら別れるでと言われ」「オフシーズンは半分同棲状態」と気が付いたらほとんどしゃべってた。
「でもシーズンに入ったら会える日が少ないじゃないですか」
「まあそうやな」
「どうして会えないのとか言われません?」
「そんなん言うわけないやん」
最優先は健康、そして仕事。そのふたつをおざなりにするやったら会わへん。
何回も言われてきたことやから。
「それってもう危ないんじゃないですか?」
「なんでやねん!」
「もうマンネリで会っても楽しくないからじゃないんですか」
「はああああ?」
「前は会えないの?って何回も言われて、仕事だからって言って来たらそのうち言わなくなって。そしたら友達が飽きたんじゃないかって。それで恋人に別れを切り出す要因ってのを教えてくれたんです」
「えーなになにそれ」
「角名さんはそういう不安ないんですか?」
後輩の言葉に古森がゲラゲラ腹を抱えて笑いながら「あんな執着されてたら不安なんてないって」とつぶやいて、角名に肘鉄を食らっている。着替えのときに一度目にした角名の背中を思い出し、相変わらずえげつない痕があるんやろなって察してしまった。キモ。
「それで何やねん、その要因って」
「半分以上あてはまったら危ないって言われたんですよ。で最初は性格の不一致」
「性格の不一致……」
目の前でブフッと角名が吹き出し、足を蹴ってやったけどちゃんとを信条にしている北さんは自分とは真逆の性格なんは十分承知しとる。そういうところがええんやろが。
「次が金銭感覚の違い」
服もサイズが合うとって、肌触りが悪うなければ十分やろと言い、車も荷物が十分載って走ればええという北さんは、一緒に買い物に行ったとき値札をちらりと見て目ん玉が飛び出しそうな顔をしていた。それでも「それは贅沢や」とか「やめとき」とは言ったことはない。北さんも一緒にと買いましょうと言ったときはやんわりと断られたけど……
「生活リズムの違い」
シーズン中は早朝から田んぼや畑の世話をする北さんとは、夜に試合がある日は特に生活時間が完全にズレてしまう。連絡をしても返事がないこともあるし、たまに起こしてしまったのか寝ぼけているのか誤字が混じる返事が届くことがある。
悪いことしたなと思う反面、きっちりした北さんのそういうところが見られるのは嬉しかったんやけど……
「家事負担の偏り」
ガツンと頭を殴られたような衝撃に、目の前がチカチカする。
北さんちでは包丁は絶対触らせてもらえず、やれるのは皿を出したり卓袱台を拭いたりが関の山。
掃除だってきっちりとされているあの家で手出しできることなんて何もなくて、買い物の荷物持ちくらいしかやれることはない。偏りどころか……
あとはと続いた言葉はほとんど頭に入ってこない。
連絡を入れるのも、会いたいと言うのも俺ばっかりやん。
あれ、もしかして。
いやいやそんなわけないし。
「どうだった?侑」
「不安なんてないで!何言うてんねん!うちはずっとラブラブですう」
ジョッキに入った烏龍茶を煽り、しょうもな!こんなんで愛がはかれるわけないやろと毒づく俺を角名は生ぬるい目で見ていた。
「ほんで不安になって、焦ったんか?」
「うっ……」
呆れられたやろか。
卓袱台に並ぶひしゃげた残骸のような握り飯と、スクランブルエッグのような卵焼き、端っこが黒くなった焼き鮭、そして二人分には足らずお椀の半分も入っていない味噌汁を映していた目をわずかにあげると、向かいに座る北さんはめちゃめちゃ柔らかい表情を浮かべていた。
「ひとが言うことなんて気にせえへんって顔しとるのに」
かわいらしいとこあるな。
「え?」
「ほないただこか」
なんか耳に聞こえた言葉に動揺して、いやちょっと待ってください。美味しないですしと言う前に北さんは握り飯の残骸を口に運んでいた。
あんなん気にせんでもええって自分に言い聞かせても、小さい棘みたいなんが刺さったみたいでどうにも落ち着かんくって、北さんちに向かう途中にあるスーパーに寄っていた。飲み会が早く終わったのか、すでに寝ている北さんに気づかれないように買ってきたもんを冷蔵庫にしまうと、いつも北さんが畑に出かける時間に目覚ましをかけた。
朝の作業が終わった北さんに「俺が作りました」って完璧な朝食出迎えて、ちょっとでも見直してもらおうという下心は、握るほどに崩れていく握り飯、丸くなるどころかばらばらになっていく卵、焦げ臭い匂いがしはじめる魚に、ぐらぐらと煮立つ味噌汁の猛攻撃にあっけなく崩れていった。
家に戻ってきた北さんが目にしたのは散らばる米粒と、卵焼き器にこびりつく黄色い残骸、そして床でうなだれる俺だった。
「何があったんや」
残骸のような朝食が並ぶ卓袱台に座らされ、穏やかな口調でそう聞かれたら何も隠すことができなくて、昨日の「恋人に別れを切り出す要因」の話をぽつぽつと口にするしかなかった。
「逆は考えへんかったんか」
「ぎゃく?」
「せや。性格もちゃうし、金銭感覚かってちゃうやろ。お前がこれええですやんっていう服かて、俺はいらんっていうたやろ。車かってそうやん。生活のリズムかってお前からしたら物足りんことのほうが多いやろ?それで別れようって思ったことあるんか?」
「ぜんっぜんないです!!!!!」
あるわけないやん。
北さんの真面目で堅実な性格が、言葉が壁にぶつかるたびに支えみたいになっとるし、金銭感覚や生活リズムやってうっかりズレてしまいそうなとこを楔みたいに止めてくれている。北さんがちゃんとおってくれるから、長くこのさきも一線でやっていけるってそんな安心感があるんやから。
「あ……」
「わかったらええわ」
「はい……せやけど」
「ん?」
「会いたいって言わへんのは、マンネリで会ってもおもろないからやって」
ククッとほんまに楽しそうに笑うと北さんは「こんなおもろいことあるのに、飽きるわけないやろ」
それにおもろいから付き合うてるんちゃうやろ。
そういう北さんに飛びつくと「ほんまに飽きるひまないやろが」とため息とともに、はよ飯食えと言いつつぐりと頭を撫でてくれた。
「やっぱりラブラブやったわ!」と送ったメッセージに角名から「バカなの?」と返ってきたけどまあどうでもええわ。
Side治角名
「角名さんはそういう不安ないんですか?」
彼女に振られそうだって言う後輩が、焦るあまり侑にまで「彼女いるんですか」「それってもう危ないんじゃないですか?」とか詰め寄るのが面白くて、煽っていたら突然こっちに飛び火してきた。
隣で古森が「あんな執着されてたら不安なんてないって」ってゲラゲラ笑うけれど、不安しかないっての。バカ。
「それで何やねん、その要因って」
言われたい放題でイライラした口調の侑が、後輩がネットで見かけた「恋人が別れたくなる要因」を気にし始めた。
こいつでも不安になるんだな。ウケる。
「半分以上あてはまったら危ないって言われたんですよ。で最初は性格の不一致」
「性格の不一致……」
そんなん関係ないわって顔をしていた侑が最初の一つでいきなり顔色を失くして、たまらずブフって吹き出したら足を蹴られたから蹴り返した。バーカ。
治と侑だって似ているようで全然性格は違うんだから、俺と治なんてもっとだ。
何も考えていないようで治は周囲を見ているし、自分のことも客観的に見ることができる。
だから何かに対してグズグズ考えるようなことはないと言う。
今何をやりたいか、何が好きかなんて考えることないやんって。
好きだから失くすのが怖いとか、手放す日がくるのが不安だとかそういうのとか「全然わからん」ってバッサリと言われた。
自分が大事なものが手からこぼれるのが怖いという俺と、大事なものは絶対に手放さんっていう治。
性格なんて同じ人間はいないし、むしろ自分と近いほうが苦手な俺はこれくらいでちょうどいい。
「次が金銭感覚の違い」
あとは生活リズムがずれているだとか、家事負担の偏りだとかいくつか挙げられた要因に、目の前に座る侑が徐々に顔色を失くしていくのを見ながら、何も不安に思うことなんてないのにねと馬鹿だなあって思ってしまう。
あんなに愛されているのに、大事に大事にされているのにね。
お前かってそうやろってたぶん侑も古森も言うだろうけど、治と付き合う前から付き合ったあともずっと不安じゃなかったときなんてないよ。
「なんでそんな自信がないんだよ」
古森にそう聞かれたことがあるけど、もともとオンナノコと付き合ってたからねとかごにょごにょと口にしたけど本当のことは言えなかった。
一度も治から「好きだ」って言われたことないって。
双子なのにそういうところは侑と全然違う。
あんな風に「好きです好きです!めちゃめちゃ好きです」って言葉で態度でぐいぐいと来られたいかって言われたら、ちょっとごめんだけどでも愛されてるんだって実感はできるだろうなって思う。
だから最初こそ困った顔をしていた北さんだって最近は「さよか」ってさらっと受け止めるようになったんだよね。
愛されている自信っていうか、盤石ですがっていう空気を最近強く感じるようになって、背中の歯型とか腰の手形とかそんなものよりもずっとずっと心の芯になってるんだなって思う。
言葉がないからってセフレだとかそんなことはさすがに思ってないけど、でも好きって言わないことがなんか「いつかは終わるもの」って思われてるじゃないかって、そんな風に思うことはやめられないわけで。
「あっこのスーパー何時までやったっけ」
通り道や、しゃあなし乗せたるわって恩着せがましい侑に車でおにぎり宮まで送ってもらって、じゃあまたねって降りたらそんなことを言い出した。
「知らない」
「お前もちゃんとせなあかんで」
まさにお前が言うか?だけど、面倒だったから「はいはい」とドアを閉めると「北さんによろしくね」と手を振った。
きっと明日の朝ご飯か昼ご飯でも作って、俺はちゃんと家事分担できるからとかアピるつもりなんだろうな。
「ばかだけど可愛いね」
うっかり口からこぼれた言葉に返事があった。
「どこが可愛いねん」
「治……」
背後から伸びた腕が腹に回され、そのままぎゅっと抱きしめられてぶあつい胸板に背中があたる。
治の匂いに包まれると不安はふいと消える。
自分でも単純だなって思うけど、今だけでも好きでいてくれたらいいやって。
でもわずかに口にした酒の勢いだろうか、ちょっとだけ意地悪な気持ちが顔を出した。
「可愛いじゃん」
「どこがやねん」
「好きなひとに好きって一生懸命なの可愛いじゃん」
何言うてんねん、そんなん誰でもできるしとか、俺だってやってるやろとかそんな言葉を期待してしまった。
ばかなのは俺だったね。
ぐりぐりと首筋にすっかり黒が似合うようになった髪が押しつけられ、すなと柔らかく名前をよばれる。
角名という名を好きとも嫌いとも思ったことはなかったけれど、治の柔らかい声色で「すな」と呼ばれると、その名がとてつもなく愛おしいもののように思える。ばかみたいに俺はこのおとこのことが好きなのに。
「好きだよ」
聞こえないくらい小さな小さな声にもちろん返事はなかった。
「そういえばあそこのスーパーって何時までなの?」
「は?なんで?」
「侑が寄るって」
「アイスでも買うんか?」
「明日朝ご飯を作るつもりみたいよ?」
「はあ?なんで?あいつ飯なんて作れんやろ」
「恋人に別れを告げられる要因」
「へ?」
風呂に押し込まれ、出てきたら髪を乾かされて布団に押し込まれる。
昨日うっかり盛り上がっちゃったから今日はなしかなって思いつつ、隣にもぐりこんできた男のシャツに手を伸ばすととりとめのない言葉を口にする。
「恋人に別れを告げられる要因ってあるんだって」
「つまらんことを。ツムが言い出したんか?」
「ううん。うちの後輩。えっと最初が性格の不一致」
そこで顔色を変えた片割れのことは容易に想像できたのだろう「ああ」と何かを察したような声が漏れる。
金銭感覚の相違、生活時間のズレ、家事分担の比重。
まあそれはそうやろうけど、でもなあという顔をするおとこに爆弾をひとつ。
「好意を口にしない」
すうと顔から赤みが消え、にやにやとしていた顔から表情が消える。
自覚してんだ。へえ。
「え?」
「好きって言われないと、不安になって別れたくなるんだって」
「……そんなんわかるやろ」
「言われなくちゃわかんないよ」
「うそやろ」
じっとこちらを見つめてくる瞳に気づかないふりをして、すっと目を逸らす。
「好きじゃなくてもセックスはできるでしょ」
「……すな?」
試すみたいなことを口にした自分にも、困った顔をするばかりで「あほやな、好きやって」と言わない男にも腹が立ってタオルケットで顔まで隠す。
「一般論だよ」
だから気にしなくていいよ。いつかお前に似合いのひとが現れたらちゃんとバイバイって言ってあげるからさ。
じわりと目が熱くなったのを隠すように、ぎゅっと顔を隠したタオルケットを押さえるけれど、すうなと言う声とともに奪われて真上からのぞき込むローズグレーの瞳に情けない顔が映る。
「なあ」
「なに」
声がかすれて、なんでもないような顔をしても全然繕えてなんていない。
「あんな」
「うん」
「えっと」
「うん」
「だから」
じわじわと首から頬、耳から額まで色のついた水を吸った植物みたいにじわりじわりと治が赤く染まっていく。
「なあに」
意地悪だって言われたっていいよ。ねえ言葉にしてよ。
「す、きや、き」
ズコオって音がしそうになる。こいつほんとに。
もうさ、見たらわかるよ。でもさあ。
「おさむ」
まっすぐに見下ろす治の頬をそっと掌で包み、指で赤く染まった目尻を撫でる。
「好きだよ。治のことが好き。好きだから手放されるのが怖い」
大事だから手放す日のことを考えてしまう。
それはバレーだけじゃないんだよ。
だから、ちゃんと聞かせて。
むにむにと何度か動いた治の唇がゆっくりと開いた。
「可愛いね」
その言葉とずっと胸にあった不安ごと治の唇に飲みこまれた。
「やっぱりラブラブやったわ」って浮かれた侑のメッセージに「バカなの?」って書いたあと、「俺だってラブラブだけど?」って送ったけど返信はなかった。まあどうでもいいや。
お前の片割れが壊れたみたいに好き好きって言ってくることは言わないでおくし。