守ると決めた人(没案)あらすじ(?)
グロンダーズ会戦前、旧王国軍に行こうとするイングリットを止めようとするクロード。立ちはだかるクロードをイングリットが攻撃。飛竜と共に落下したクロードを探しにいくところから。
***
彼と飛竜が落下したあたりにイングリットはペガサスを着地させる。
「クロード!どこにいるのです!?」
必死に彼の名を呼ぶ。近くで飛竜の鳴き声を耳にして、彼女はその方向へと足を速める。そこには横たわる飛竜と、そばには肩を抑え地面に座り込んでいるクロードの姿があった。
「なんだ、行っちまったんじゃなかったのか?」
「手負いのあなたを残して行けるわけないでしょう」
「ははっ、俺に傷を負わせずに行くつもりだったか、随分甘く見られたもんだ」
「応急処置はさせてもらいますから」
イングリットは手持ちの調合薬と包帯を取り出す。治療をしようと彼の前にかがみこんだ時だった。傷を負っているほうの手が伸びてきて彼女の腕をつかんだ。それから思いっきり引っ張られて……気づいた時にはクロードに抱きすくめられていた。
「えっ?あの、クロード、腕の傷は?」
「ん?少々痛いが、大したことないぞ。ちょっとずれていたら、大事だったろうが」
「……」
ちらりと横にいる飛竜を見ると怪我を負った様子はない。閉じられていた目が開き、きょとんとした目でイングリットを見つめてきた。
「クロード……もしやあなた達……」
あなた達の「達」は彼の相棒の飛竜も含まれている。
「なかなかいい連携だっただろう?」
「騙したのですね!」
怒りの表情を浮かべ、彼の腕から抜け出そうとするが、がっしりと彼女を抱きしめている腕の強さはまったく緩むことがなかった。
「離してください!」
「離すわけないだろ。ここに俺を心配して来たお前の負けだよ。本当に行きたきゃ、俺なんてほっぽとけば良かったんだ」
「そんなこと……」
「イングリット、俺はお前に死んでほしくない。この戦争を終えた先……お前とともにあれたらと思ってる」
「!……クロード。それは……」
真剣な顔で放たれたその言葉にイングリットはすぐに言葉を返すことが出来ず、彼から気まずそうに目を逸らす。彼に対し、いつからか好意を持つようになった。そして、彼の方も同じように思ってくれているのかと感じることもあった。だから、その言葉は本当なら喜ぶべきものなのだろう。しかし、ディミトリが生きているかもしれないと知ってしまった今となっては……
「でも、ここで行かなければ、きっと私は後悔することになるでしょう」
「それは俺も同じだ、今お前を行かせたら、俺は一生後悔するだろうな」
「行かせてくれなければ、私はあなたをずっと恨むことになるかもしれません」
「恨めばいいさ。ののしってもらってもいい。敵対してお前を殺さなきゃいけない状況になるよりましだ」
「まさか、そんな状況になんて……」
「必ずしもそうなるとは限らないが。嫌な予感がするんだよ」
クロードは起こりうるあらゆる可能性を考えて常に行動している。彼の言う「予感」とは様々な条件、状況を想定してのものといっていい。イングリットとしては軍を率いているのがディミトリであれば、同盟と敵対することはないのでは、と考えていた。しかし、その考えは甘いのだろうか。
「なあ、行かないでくれるか」
その声色から、いつものクロードらしからぬ焦りが伝わってきて、イングリットは戸惑う。そして、つい先ほどまであったはずの自身の決意が揺らごうとしていた。しかし彼女はその揺らぎを打ち消すように首を大きく横に振った。
「私は」
行かなければならない。
そう言うはずだった。けれどもその言葉を発することは出来なかった。気付くと唇が塞がれていた。
「ん……」
唇に感じる温かい感触。突然のことに何が起こったのか一瞬分からなかった。クロードのそれが重ねられているのだと理解するのと同時に唇が離され彼はイングリットの瞳を覗き込んだ。
「お前が……好きだ」
切なげな翠色の瞳が彼女を射抜いた。
「……クロード」
彼の言葉が、彼女を愛おし気に見つめる眼差しが……彼女の心を捕らえて離さなかった。ディミトリや幼馴染を初めとする王国の人達の元に行かなければという思いと、クロードの元から離れたくないという思いがごちゃごちゃになってしまっていて。どうすることが正しいのかよく分からなくなってしまっていて。今にも泣き出しそうな顔でイングリットはクロードを見つめた。クロードの腕に力がこもる。右手をイングリットの頭の後ろに、左手を腰へ回され、さらにきつく抱きしめられる。
「あっ……ん……」
今度は最初よりも深く長い口付けをされた。段々と何も考えられなくなってくる。唇が離れた後、互いの目がかち合う。
「王国には行かせない。諦めてくれ」
強い意志のこもった声で言われて、イングリットの目が潤み、すっと、涙が零れ落ちる。行ったらもう後戻りは出来ない、そして生きて戻ることも出来ない……その予感はあった。それでも行こうと思ったのは、ただただ、王国の、ディミトリの騎士になりたかったという彼女の信念ゆえだった。ディミトリが処断されたと知った時、同盟軍に行こうと決意した時、その信念はなくしたはずだった。しかし、生きているのかもしれない、そう知ったとき再び、その思いが蘇ってきた。ファーガスの騎士として、ディミトリに寄り添いたい……かっての婚約者のグレンのように。例えその結果がどうであろうとも……そう思ってしまった。けれども今は。
「私はファーガスの騎士としては失格ですね」
消え入りそうな声でぽつりと漏らす。
「ファーガスの騎士っていうのは本当に……馬鹿が付くぐらいに真面目で頑固者で忠義に厚い奴らだよなあ。その生き方を否定する気はないよ」
クロードが痛々し気な表情で、イングリットの頭を優しく撫でる。
「だが、俺はお前にその生き方はしてほしくない。お前に惚れている奴が……お前が死んだらどう思うか考えてくれないか」
クロードの言葉にイングリットは唐突にグレンを喪った時のことを思い出す。もし自分が死んだらクロードもまた、あの時の自分と同じように悲嘆にくれることになるのだろうか。
「自惚れてもらっていいんだぞ。多分、俺はお前が思っている以上に、お前に執着してる」
そう言って、クロードはイングリットの目元に唇をあてて涙をぬぐう。
「見ないでください」
涙が止まらない。イングリットはクロードの胸に顔を埋めて嗚咽した。
「殿下、申し訳ありません、私は……」
クロードがイングリットを再び強く抱きしめる。グレンのようにディミトリを守りに行けない自分を恥じる思いを持つ一方で、クロードに想いを告げられたことで心の内が温かくなってしまっている自分もいて。ああ、自分は騎士になど向いていなかったのだと思い知らされる。
そんなイングリットの気持ちを知っているかのように、クロードが彼女の耳元に言葉を紡ぐ。
「お前は悪くない。俺を恨めよ、イングリット」