夫婦仲(※捏造キャラ視点その1) 新しい王妃付きの侍女兼護衛の任務。なかなか、良い仕事にありつくことが出来た……そうナディアは思う。問題はその王妃の人柄だ。先代に続きフォドラ出身の女性。ティアナ前王妃は、なかなかに勇猛な気質の持ち主だったが、はてさて今度の王妃は。
「待ちなさい!今日という今日はもう許しませんよ!」
「うぉっと!待て待て、もう少し話を聞いてくれよ」
今日も宮中では逃げる王と王妃の姿が見られる。2人の間には諍いが絶えない。皆、ああ、今日もまた、とはらはらと2人の成り行きを見守っている。そして宮中ではある噂が飛び交っていた。
しょせんフォドラとの国交樹立のための政略結婚。先代王妃が例外だっただけで、やはりフォドラ人とパルミラ人で上手くやっていくのは無理なのだ、と。
そうなると国の有力者達があれこれと動き始める。自分の娘をこぞって側室として王に送り込もう……と。そもそも、先代王は複数の側室がいたわけであるし、それはパルミラ王家ではごくごく普通のこと。しかし王が側室をとることはなかった。宮中の人間はナディアも含め、皆、王は側室を取るのだろうと思っていたので、とても驚いた。とはいえ、正直ナディアとしては複数側室がいようものなら、彼女らとその侍女との駆け引きや、諍いに巻き込まれることも考えられ、面倒なことこの上ないので、有難い話ではあった。
「ねえ、叔父さん。カリード陛下って何を考えているのか、さっぱり分からないんだけど」
ナディアが王を訪ねてきた叔父……ナデルに尋ねる。
「ん?ああ、俺も分からねえなあ」
顎髭をさすりながら、今日も諍いをしている国王夫妻を眺めつつナデルが呑気な顔で返事をする。
「もう、ふざけないで、ちゃんと答えてよ。子供の頃から叔父さんはずっとカリード陛下に目をかけてたって、父さん達が言っていたわ。わざわざフォドラにまで出向いて」
「いや、本当のことなんだがな。だがあの2人に関しては夫婦仲がいいことは確かだ」
「えっ?どこが?」
あんなに喧嘩ばかりなのに仲がいい?腑に落ちない表情のナディアを見てナデルが、ふむ、と何やら考える仕草を見せる。
「まだ、お前にはわからんか」
「えっ、どういうこと?」
「ああ、なんでもねえ、そのうち分かるだろ」
「何、訳がわからないんだけど」
説明を求めるも叔父はなんやかんや、はぐらかし行ってしまった。
「一体、どこをどう見れば、夫婦仲がいいなんて言えるのかしら……」
数日後。ナディアが宮中内の廊下を歩いていると、客室用の部屋から聞こえるはずのない声が聞こえてきた。国内の有力者達が集まる会議がある時や、他国の王族や貴族が訪れた時に使われる部屋だ。しかし今はそういった行事はない。不法侵入か、それとも使用人の誰かがさぼってでもいるのか、と思いそっと扉を開けて中を窺う。すると部屋の奥のバルコニーに立っている人物が2人。その正体を確認し、ナディアは目を丸くする。
(陛下と王妃様!?)
そこにいたのは、なんとカリード陛下と王妃。2人はいつも通り何やら言い争いをしている。どうも相も懲りずに王が宮中を逃げ回り、この部屋に隠れていたところを王妃に見つけられてしまったところのようだ。
王妃は険しい顔つきで王に説教をし王は苦笑いを浮かべつつ、彼女を宥めている。
「本当に反省しているのですか!?」
「してるしてる、海よりもふかーく、山よりもたかーく……」
「……反省していないようですね」
あちゃーっと、ナディアが額に手を当てて2人の様子を見守る。そして再び言い争いが始まるのかと思いきや、王が説教をしようと開きかけた王妃の口を自らのそれでふさいだ。
(えっ?)
唐突とも思えるその行動にナディアは、思わず声をあげそうになるのを咄嗟に堪える。王妃は最初こそ抵抗する素振りを見せるも、王が王妃を抱き寄せ口づけを深くしていくうちに、諦めたのか身体の力が抜けたように見えた。それどころか王妃も自分の腕を王の背に回している。一度2人の唇が離れ、見つめ合い、今度は王妃の方から唇を寄せる。
(??なんで?)
ナディアは2人の様子を凝視しつつ必死に頭の中を整理しようとしていた。たった今、言い争っていたのになぜ……と。
「イングリット……いいか?」
王が王妃に尋ね、それに対し王妃はこくりと頷いた。もう先程までの険しい表情は王妃にはなく、それどころか少し恥ずかしそうに王の顔を見つめている。その顔はまるで少女のよう。
(あっ、王妃様……可愛い)
初めて目にする王妃の表情に、同性ながらナディアは思わずドキドキしてしまった。それから王は王妃の背と膝裏に腕を回し、ふわりと抱き上げて、そのまま部屋のベッドに……
突然首根っこを掴まれた。
驚いて「ひゃっ!」と声をあげそうになるのを、ごつごつした手で塞がれる。その手の主はナディアの口から手を離すと、ゆっくりと部屋の扉を閉めた。
「あれ、叔父さん!?」
「さすがに不敬だ、行くぞ」
叔父のナデルがそう言ってナディアの腕を引っ張り、部屋のある場所から移動する。
「叔父さん、陛下と王妃様は今、その……」
歩きながらナディアはもじもじしながら、叔父に尋ねる。さすがに王と王妃が何をしようとしているのか分からない程、子供ではない。しかし、思わぬ現場を見てしまい内心、心臓がばくばくしていた。
「言っただろう、夫婦仲はいいってよ」
「でも、普段、あんなに揉めてばかりなのに」
どうにも腑に落ちない。喧嘩するほど仲がいいなどの言葉もあるが、それにしても。
「まあ、お2人にとっては、それも含めて楽しいんだろうよ」
「ふーん。よく分からないけど。そっか、夫婦仲ってそういう……」
以前も、叔父がその言葉を言っていたのを思い出し、ナディアの顔が赤く染まる。まあ、何はともあれ、それなら離縁はないだろう。自分の職もひとまず安泰といったところか。
それにしても、とナディアは先ほどの2人の様子を思い起こす。王妃は可愛らしかったし、それを見つめる王の顔もまた、これまで見たことのないほど優しいものだった。
しばらくは2人に会うたびに、そのことを思い返すだろうし、宮中で追いかけっこしていても、その後は……といらぬ妄想をしてしまうことになりそうだった。