気づいたら、辺りが薄暗かった。頭が、中心からガンガンと響くように痛む。その不快すぎる痛みに眉を顰めながらひとつふたつ瞬きをするが、それすら億劫だと思うほどに身体が重い。うぜえ。声を出すことすら面倒だったのでそう口の中で呟きながら、覚醒しきらない意識の中で昨日の記憶を手繰り寄せた。
居酒屋で、酒を飲んだ。記憶は曖昧だがたぶん二徹して、ようやっと帰宅が許されたその足でずるずると店に入った。そうしたら、そこに杉元他がいた。他というのは、見知った人間が数名居たことは確実だが白石くらいしか覚えていないので割愛したまでである。
とにもかくにも金曜日という休日前夜らしく騒いでいて、それどころかほとんど全員かなり出来上がっている状態だった。今関わり合いたくない。寝ていない身体にあの連中は毒でしかない。だがほかの店に行く気力は最早無い。だから飲むだけ飲んでさっさと出ていこうと思ったのに、彼らが騒ぐ横を通り過ぎようとしたその時、杉元が、酔っ払いよろしく絡んできたのである。
「おぁたてめえなんでいやぁる」
顔を真っ赤にして回らない舌で言ってきた言葉は聞き取れなかったが、杉元がぐっと腕を掴んで来たのに呼応して回りがやんやと騒ぎ出した。うるせえ、と一喝するのは簡単だが、それに素直に応じる連中では無い。ああ、もういい。面倒だ。便乗して飲んで食って奢られてやろう。今思えば、そう考える時点で冷静では無かった。繰り返すが、二徹後である。自分ももう若い訳では無い。そろそろ徹夜が辛くなってきたな、と月島と笑ったのは、つい最近のことである。
正しい思考力を放棄していた尾形は、掴まれた腕を振り払うと杉元が持っていたジョッキを奪い取り一気に黄金色のアルコールを煽った。酒に弱い訳では無いが無理な飲み方をしない尾形の滅多に見られない姿に回りのテンションが上がって、それに背を押されるようにしてもうひとつ、別のジョッキもそのままの勢いで空にした。
もはやそこに、その嵐のような状況を制止する人間は居なかった。
で、それからなんだったか。
記憶がそこで途切れている。数秒考えたが思い出せそうにも無いので早々に諦めて、尾形は状況把握に努めることにした。
目の前に、コンクリートの壁。黒目だけ動かして見上げると空のようなものが見える。ならばこの建物は五階ほどのビルだろうか。足元を見ると、放り出したような自身の足の片方は靴下である。どこかで靴を片方無くしたらしい。それから視界の端にゴミの塊のようなものが写って、力なく投げ出した手のひらに当たるのはビニールのスベスベとした触感である。なるほど、背中がやたらゴワゴワしているのはつまりゴミ袋の山ということか。
「……チッ」
最悪だ。声にするのは悔しいので代わりに盛大に舌を打った。酒に飲まれるのももしかすると醜態を晒したかもしれないこともこんな無様な状態になっていることもすべてが不快だった。ああくそ。重い身体を持ち上げて、頭を抱えた時である。
「杉元……?」
かの男である。あの、狂犬で羆のような執着心でやたら突っかかってきて、殺されるのではと思うほどの殺意でもって容赦無く殴ってくるゴリラである。酒に滅法弱くて、でろでろに酔っ払うと全身赤くして耳を垂らした子犬みたいな……。
「……?」
今のはなんだ。後半どうなってんだ。今、何を考えてた。
途端、思い出したようにまた頭が割れるように痛くなって、反射的に再度舌を打った。痛みに堪えながら横を見やると、杉元が、やたら品のいい顔で熟睡している。
ビルとビルの隙間から差し込んできた細い光が、至極穏やかな寝顔を照らしていた。