What's up?!丸い。とてつもなく丸い。どこもかしこも丸い。その丸いフォルムにこれまた丸い黒い目。
(どういうことだ)
後ろ手で鍵をかけ、誰も入って来れないよう施錠までしたのはこの丸い物体を他の誰にも見られないようにするためだった。
見覚えしかない髪型と、今では懐かしい黒龍の白い特服。これはまさか、と俺は喉を震わす。
「お前...ココか...?」
愕然とする俺の前で丸い物体は、つぶらな瞳を寄越すだけだ。
同棲して久しいココは今、稀咲と共同で会社を立ち上げ忙しくしている。売り上げは上々、常に右肩上がり。最近ではその手腕を買われてかインターネット記事の定期掲載なんかもしているらしい。だからだろうか。ココは少なくとも数ヶ月、まともに休んではいなかった。
「どうしちまったんだ?」
見た目まるっこいぬいぐるみだ。どこからどこまでが顔の輪郭かもわからない。手足も短過ぎる。おまけに頭が重たいのか自力で起き上がることも出来ない。つまりーーーココはずっと玄関先のフローリングでひっくり返ったままでいるのだ。
「俺だ。わかるか?」
靴も脱がずその場にしゃがみこみ、ひっくり返っているココを抱き上げる。ふに、ふに、とやわらかい感触はホンモノのぬいぐるみそのもので普段のココからは程遠い。気持ちいいなと頬の辺りを撫でる。
「嫌だったか?」
いつものココな「嫌なわけねぇだろ」と、むしろ組み敷いてくるのに今はただ黒く丸いつぶらな瞳だけがそこにある。何を考えているのか全くわからない。
「ココ、何か喋ってみてくれねぇか。」
「...。」
両手でココを持ち上げ頼んでみるが言葉は無い。
「お前、いつもはあんなに弁が立つのに今日はどうしたんだ?」
ココはやっぱり何も答えない。ワーカホリックで過労死はニュースで聞く。だが、ワーカホリックでぬいぐるみ化は聞いたことがない。
「わかんねぇ...」
完全にお手上げ状態だ。普段のココなら上手くアドバイスしてくれるのに、その逆が出来ないこのもどかしさ。ココを助けてやりたいのに、抱きしめてやることしかできない。
「俺はいつも何もしてやれねぇ。」
苦しい。悔しい。寂しい。フォルムが変わってもそれがココだとはわかるのに、どうしたら助けてやれるのかがわからない。
「ココっ...」
幼い子どもがするようにそっとぬいぐるみを抱きしめ、やわらかい布地の頂点に唇を寄せるとボフン!と大きな破裂音がした。
「ッ?!」
目の前に煙幕のようなものが出たかと思えば、もやもやの中からココが現れた。真っ裸で。
「...は?」
「あ。イヌピー。おかえり。」
へらりと、いつも以上ににこやかなココがいる。もう一度言う。奴は今、素っ裸だ。
「お、おう...」
「帰ってきたらまだイヌピーいねぇから迎えに行こうと思ってたんだけど、」
「その...格好で、か?」
ふるふると人差し指を突き立てココを見た。さっきまでのふわふわまんまるボディーはない。あるのは、骨ばった見慣れたココの裸だけで。
「...えーっと、俺なんで裸?」
「いや、それは俺が聞きてぇんだが...」
お互い見つめあってぱちくりと瞬きする。玄関先で靴も脱がず呆然としている俺と、玄関先で真っ裸のココ。意味不明過ぎて無性に笑えてくる。
「ふっ...ふふっ、」
「笑うなっつの。ちょっ、なんなんだよ...」
ガシガシと髪をかき乱すココは顔を赤くさせ、恥ずかしそうに身体を隠そうとする。隠せるものなんて何も無いのに、身をよじるのがまた可笑しい。
「おいっ...!」
「ふふっ、ははっ、ココ素っ裸」
「うるせぇっ...このっ、イヌピー!!」
珍しく大声出したココが、あっという間に俺を捕まえ思い切り腕を引く。抵抗する暇もなく倒れ込むと、鼻先スレスレにココの顔がある。押し倒す寸前、玄関先で真っ裸のココに馬乗りになっているとわかると途端恥ずかしさに襲われる。
丸いつぶらな瞳は弓形に、数分前までふわふわだった手は狡猾に俺の唇をなぞる。
「いつまで笑ってんだよ、イヌピー?」
「ッ...」
可愛さはどうした、と喉に声が引っ掛かる。ちゅっ、とワザと音を立てキスしたココに呆然としながらも多分さっきのは夢だったのだとゆっくり思考が回り出す。ああ、でもとひとつだけ思うことがあった。
「ぬいぐるみとはセックス出来ねぇしな。」
「...は?」
顔を顰めるココはつぶらな瞳でもやわらかい丸いフォルムでもない。それでも何を考えているのかわからない不安だけはもう感じなかった。