ココイヌデート③ 店長が腰痛で戦線離脱、バイトリーダーは風邪、サブリーダーは結婚式で九州に帰郷中、頼りにしていたはずの双子のバイトもなかよく風邪でノックダウン。
ということで、いまこのラーメン屋は僕(バイト一か月)と双子の友人(バイト初日)に託された。どっからどう見たって積みだ。終わりだ。ジ・エンドだ。
しかしなぜか店はオープンしている。
かろうじて入り口に「店長不在のため、お時間いただきます」と張り紙が張ってあるのが唯一の良心である。
このラーメン屋のバイトを始めて一か月とは言え、居酒屋とファミレスとハンバーガー屋でのバイト経験がある僕とは対照的に、ヘルプの更にヘルプでやってきたイヌピーくんは「接客経験はねぇ」と言う。
ですよね!
一目見た時からなんとなくわかってたけど、ですよね~~~~~!!
というわけで、実質ひとりで回すことになったようなものである。死。
それでも僕は最後のあがきでイヌピーくんに聞いてみた。
「イ、イヌピーくんはなにができるのかナ?」
もしかしたら皿洗いが得意だとか! もしかしたら配膳が得意だとか!
そんなわずかな期待を込めて聞いた僕に、イヌピーくんは「スマイル」と言った。へ? スマイル? なにそれ笑顔ってこと??
問い質す間もなく店はオープン。さっそく常連さんがやって来る。うっ、この常連さん、気難しい人なんだよな。店長が腰痛でいないと知って、さっそくご立腹である。そんなときだ。イヌピーくんが現れた。
「ご注文はおきまりですか?」
見事な棒読みだったが、それはどうでもいい。イヌピーくんは笑顔だった。そう。イヌピーくんはすこぶる美形だったのだ。美形の笑顔。プライスレス。その笑顔に気難しい常連さんが両手を合わせていた。その気持ちわかるな~~~。尊いよね~~~~~。
と言う感じでイヌピーくんはばっさばっさとお客様をさばいていった。
「ご注文はいかがいたしますか」
「ウッ眩しい」
「水はセルフサービスだ、です」
「ハ、ハイ」
「テーブルは自分で拭け」
「ハイっ、よろこんでっ」
なぜかお客様がてきぱきとセルフサービスで掃除までしてくれる始末。え、こわ。
これがスマイルなのか。すげぇなスマイル。日本を支配できるんじゃないかスマイル。
ほぼ一人でラーメンを作り餃子を焼きチャーハンを炒め続けているうちに、僕も壊れ始めていたらしい。なんだかイヌピーくんの後ろに後光が見えはじめてきたんですけど。
そんな時、お客様の来店を知らせる電子音が鳴り響く。反射でイラッシャイマセ~と唱えて振り返れば、そこにはザ・反社会的組織幹部がいた。もしくはマフィア幹部。そうじゃなかったらヤクザ幹部。いずれにしてもまっとうではないお仕事であることが一目でわかる。雰囲気だけでもとんでもないのに、わかりやすく銀髪に刺青、チャイナ服。これでサラリーマンだとか言われたら、日本沈没だよ。
その反社幹部にイヌピーくんは「ココ」と呼びかけた。え。お知合いですか。
「ココ、来てくれたのか」
「イヌピーのお誘いだからな」
いつからラーメン屋はキャバクラになったんだ。いや、キャバクラとか行ったことないけど。
イヌピーくんとココくんとやらはラーメン屋でカウンター席でイチャイチャしはじめた。
「イヌピーが作ったラーメンが食べたいな」
「ココはもっと栄養あるもん食ったほうがいいぞ」
「じゃあ、餃子と叉焼丼もつけてもらおうかな」
ラーメンも餃子も叉焼丼も作るのは僕ですけどね。
そんなことは端から承知であろうココくんはカウンターに札束をどさりと置いた。ひえ。そんな札束ドラマでしか見たことないよ。
「これで貸し切りできるだろ」
疑問形ではなく断言ですね。はいもちろん。
気の利くココくんのボディガードさんが「閉店」の札をだしてくれた。えっ、そんな札ありましたっけ? 手作り?
「言っただろ。スマイルができるって」
イヌピーくんはウィンクのつもりだったのかもしれないが、ばっちりと両目をつぶっていた。ココくんがカウンターに札束を更に重ねる。なるほど。笑顔は僕を救い、ラーメン屋を救い、ココくんを救い、更には世界を救ってくれた。ラブアンドピース。