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    るみみずく

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    るみみずく

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    最終話読んでうわーっとなって書いていたもの

    宝探しゲーム 夜闇に紛れ烏が旋回する。嘴の先から尾羽根までの体長がゆったりと走る列車の一両分はありそうな巨大な烏だ。乗客の大半が眠りにつき、起きていたとして高級な酒に酔っていては誰一人として羽ばたき音にすら気が付かない。
     グルメ界の食材が芽をつける広大な畑をのぞむ長閑な風景を行く列車と同じ速度で滑空する烏の背から屋根に飛び移る人影があった。黒いボディースーツに緑のコートを羽織った男は揺れや風圧をものともしないしっかりした体幹をもって屋根を歩き、連結部から車内に乗り込んだ。
     靴音と床からずいぶん高い位置で光るアンバーの双眸が淀みない足取りを刻む。暗い寝台車を縦断し、目に優しいオレンジの照明に包まれたラウンジスペースを素通りしていく。酒を嗜む者が数人いたが、侵入者の存在に気が付くことなく、提供されたつまみに舌鼓を打った。
     人間界一周の旅ができる乗り物はグルメ馬車だけではない。飛行機や船や鉄道といったものでも世界一周するものはある。水陸どちらも走れて猛獣がいるところも突っ切れるグルメ馬車と違い、猛獣が出現しないもしくは出現確率の極めて低い安全なルートを回り道していくため何倍もの時間がかかるうえ、どうしても寄ることのできない地もありはするが。
     この鉄道も人間界一周を売りにしているもののひとつで、グルメ馬車出航の前時代に栄えていたものだ。寝台車含めて何十とある車両の一番うしろに厨房があり、誰が言ったか走る二つ星レストランの異名をもつ。走行中の土地の名産品を使った、郷土料理をベースにした創作料理を目当てに乗って食事だけして降りる客も少なくない。
     前からそうではあったが、ここ最近、そういう客が激増している。
     す、と筋の通った鼻で厨房から漏れる空気を吸い込み、男は切れ長の目を細めた。

    「こんなところにいたの。探したよ」

     STAFF ONLYの札がかけられた扉を躊躇なく開き、食欲をかきたてる匂いが充満する厨房へ踏み入れる。
     明日使うらしい食材の仕込みを行いながら、片手間にとても片手間とは思えないクオリティの酒のつまみを調理する小柄な男がひとり。

    「すみません、関係者以外立ち入り禁止で……ッ!?!? ココすわん!?」
    「やあ、披露宴ぶりだね。ホテルグルメを休んで人間界一周グルメ鉄道で副業してるなんて驚いたよ。一秒でも泳ぎをやめたら爆発するロケットマグロみたいに、小松くんも料理してないと爆発するの?」
    「これには理由が……それより、どうしてここが?」
    「手紙をくれたのは小松くんじゃないか。迎えに来てくださいというメッセージかと思って、電磁波を視て占ったらここだと出たから」

     ココは腕を広げ、さあおいでと言外に呼びかける。
     そこへ駆け込んでいくものと思われた小松だったが、ハッと思い直した様子で作業台へ後退し、メルク包丁の刃をココに差し向けた。

    「ボクは戻りません。トリコさんから何を言われても、戻りません」

     絞り出すような弱々しい声で、しかし細かく揺れ動く包丁が室内灯を反射して起こす光は鋭い。
     覚悟を秘めた悲痛な面持ちの小松とは反対に、ココはきょとんとした表情である。

    「何を言っているの小松くん。ここへ来たのはボクだけだよ」
    「そんな──そんなの信じません」
    「信じないだなんて悲しくなることを言わないで。『元気にしてます』の一言だけ、行き先も書かないで……そのうえ手紙の存在は誰にも話すなと書いたのはキミじゃないか」

     人差し指と中指で挟み込むようにしてココが提示したのはペーパーナイフで開けた封筒だ。

    「占い師に守秘義務は当然につきまとうものだよ。だからボクに手紙なんか送ってきたんだろうと思っていたけれど……小松くんはトリコが来るのを期待していたの?」

     小松は項垂れて包丁をそっと置いた。

    🚆🚆🚆

     トリコとリンの結婚披露宴から数日後のことだった。小松がホテルグルメに辞表を出して出勤しなくなったのは──
     本人が事務局に提出したのではない。食材の仕込みと後片付けが済まされた厨房に小松直筆の辞表が置かれているのをホールスタッフが発見したのだ。
     ココはそのことをトリコから聞いて知った。当然のようにサニーの耳にも入った話だ。
     今や地球の裏側すら感知する嗅覚のセンサーでも見つけられないと語るトリコの電磁波は痛ましいほどに参っていた。見かねたサニーが食事に誘ったときなど、料理が来る前と食後は絶えず貧乏ゆすりをしたり、髪をかき上げたりしてそわそわと落ち着きがなかった。そうも惑乱していては見つかるものも見つからないだろう、とココは思ったが口に出すことはしなかった。
     グルメ界から帰ってすぐ準備を始めていたのかゼブラは披露宴の翌日宇宙に行ってしまい、誰も彼の連絡先を知らないため頼れもできない知らせもできない。
     サニーの力は人探しには不向き。
     ココの占いこそ、現時点では小松を探し出す鍵となり得た。
    「小松くんの電磁波がついた物があれば」
     と提言したところ、トリコはスーツの内ポケットから小松宅の合鍵を引っ張り出してココの手に握らせた。前に一度扉を破壊してお邪魔したら、しこたま怒られて渡されたのだとトリコは力無く笑った。
     合鍵へ懐かしげに視線を落とす精悍の顔面を、毒の拳で殴り潰してやりたい衝動に駆られたが、ココはそれを未遂に留めた。
     小松の電磁波に満ちた室内はココにとって居心地の良いものだった。特に台所、調理器具のひとつひとつに色濃く残る電磁波を視ていると、食材と対話しながら料理する小松の姿がクリアに想像できて頬が緩んだ。
     ……のだが、裏のない優しいオーラに混じってチラつく荒々しい電磁波がココの情緒を、ひいては占いを狂わせた。
     ひと月過ぎ、ふた月過ぎ。一年経った。食以外には無頓着と言ってもいいトリコが珍しいどころでは表せないほど珍しく生放送番組のオファーを受け、そこで「一週間後に宇宙へハントに行く」と大々的に宣言した。ニュースは凄まじい速度で世界中に広まっていった。
     事実、トリコは宇宙に行くための準備をしており、あと足りないものは小松だけという状態にあった。
     小松の耳に届けば飛びついてくるに違いない。
     そうであって欲しいという希望込みの賭けだった。

    🚆🚆🚆

     ココのもとに小松から手紙が届いたのは、トリコの宇宙進出宣言から二日後のことで、身を隠していた小松と顔を合わせている現在と日を同じくする。

    「貨物室でユンの中に隠れてました。料理をしているのは、ボクがここにいるってことを隠してもらうためです」
    「どうりでトリコが小松くんの臭いを探しても見つからないわけだ。知らず知らずのうちに小松シェフの料理を食べていた乗客たちは幸運だったね。それにしても、見たところ……ペット連れ込み禁止に思えたけど」
    「アハハ……無理言って許可してもらいました」
    「ま……あの小松シェフが厨房に立つと言ったら乗車記録くらい隠蔽するだろうし、ペットの連れ込みも目を瞑ってもらえるさ。腕だけでなく図太さまで磨きがかかったね小松くん」

     バーテンダー風の格好の乗務員が料理を持ちに来る。ココは列車を縦断してきたときと同じく消命を使って物陰に隠れた。

    「どうやって潜んでいたかはわかったよ。さて、本題だ。どうしてこんなところにいるのかな? 小松くん」

     穏やかだった小松の表情が見るからに引きつった。
     オーバーリアクションに連動して電磁波が膨れ上がったり縮こまったりするのはよく見かけたが、色が抜けて歪むなんてことは初めてだった。
     ココは膝をついて目線の高さを合わせ、小松の両肩を掴んだ。

    「最後に会ったのは結婚披露宴のときだったけど、あの日、キミはすごく楽しそうにしてたじゃないか。フルコースも素晴らしいものだった……二人の結婚を心から祝う気持ちに溢れているとボクは思ったものだ。ゆっくりでいいから教えてくれ小松くん。あのあと何があったんだい?」

     意図せず口が速く動く。
     辛いなら言わなくても良いとでも言う方が今の小松には優しかったのかもしれない。しかし、半分引退状態だった美食屋の道を再び歩ませてくれた──見えるところで毒を放出した危険生物にしがみついてくれた優しい電磁波が悲しみに歪むのが我慢ならなかったのだ。
     何が何でも聞き出す。
     顔を逸らされそうになったら手で挟み込み、目を逸らされそうになったら視線を追った。
     ココが小松にしているのはもはや質問ではなく尋問だった。
     逃げられないと察知したか小松の電磁波が一層乱れるのをココの目が捉えた。

    「後、といいますか、ずっと前からといいますか……積もり積もったものが爆発した、というんでしょうか……逃げたきっかけと言うなら、二次会、いえ五次会での出来事だと思います」
    「はっきりしない答えだね。というか宴やりすぎじゃない? ボクも三次会まではいたけど、その後も続いてたとは」
    「ああいえ、五次会といってもトリコさんとボクの二人飲みです。夜更かしは美容の敵だってサニーさんに引っ張られる形でリンさんが抜けて、そのままの流れなので五次会と言うのもちょっと違う気がしますけど」
    「となると……」

     トリコと何かあった。
     否応なしにそう結論付けられる。
     しかし、逃避行に繋がるほどの仲違いをするとはココには想像できない。お互い言うべきは言い合える仲だし、小松が手を引いて心臓の在処を教えたのは他でもない、トリコだったのだ。

    「喧嘩でもした?」

     ココ自身違うだろうなと思って口にした言葉を小松はすっぱり否定する。

    「険悪なムードには一瞬たりともなっていません。最高のフルコースが出来たとか、思い出話とか、ずっと楽しく飲んでました」
    「それじゃあなんで……仲違いしたわけじゃなさそうだね?」
    「仲違いだなんてそんなぁ! そろそろお開きにしようかって時に、トリコさん、二人で宇宙行こうぜってボクの手を握って笑ったんです。それでなんというか……分からなくなった? といいますか」
    「疑問形になるのが解せないな。混乱した理由を詳しく教えてもらえるかい?」

     ココは語気が強くならぬよう、腹にあまり力を入れないで声を出す。
     小松は息を吸い込む。しゃくりあげるような音がした。

    「結びつく感じ全然なかったのに、トリコさんったらリンさんのプロポーズ急にオッケーしちゃうんだもん。ああ、ココさんの占いって当たるんだなって。
    ボクだってリンさんのことは友達だと思ってましたし、トリコさんのことが大好きなことも知ってます。きれいなウエディングドレス着て幸せそうにしてるの見たら何も言えませんでしたよ。
    だいたい、コンビと結婚に因果関係はないですからね!
    だから大丈夫だって思おうとしたそばから、言われたので……変に受け取ってしまったボクが悪いんです」

     肩を震わす小松の返答はココにとって予想だにしないもの──でもなかった。
     正確には思い出したことがあった。

    🚆🚆🚆

     ──時は遡る。トリコの家の改築記念に集まって家を無きものにした日、帰りの道すがら小松から申し入れがあってココが二つ返事で了承したことで行くことになったハントでのこと。
     空を飛べでもしなければたどり着くのが困難だが、いざ着いてしまえば捕獲レベルの高い猛獣が生息していない土地を選んだのはゆっくり話がしたい下心があったに他ならぬ。木や蔓に命を脅かす危険性を隠し持ったりしていない食材を採集し、その場で調理実食して歩いていると、「リーガル島でも吹っ飛ばされた先でサニーさんとこんなふうに歩いたんですよー」と小松は遠い過去を思い起こすような口ぶりで話した。
     実際、経っていたとしても1年ちょっとなものだろう。しかし、その間に体験した内容が濃密すぎるため、体感の経過日数が増えてしまうのも仕方のないことだとココも頷いた。小松の口から他の男の名前が出たほんの一瞬、眉間が力んでいたのは無意識だった。

    「ココさんって占い師をされているんですよね。恋愛運、みたいなのも視れるんですか?」

     これが本題だな。釘付けだった視線を不意に高級食材から離し、通常会話と比較し多めに空気を吸ったのを見てココは確信した。

    「うん。視えるけど」
    「そうなんですか! あの、不躾なのは承知なんですが……視てもらえたりなんかします……?」

     おおよそ予想通りの頼み事だった。

    「占いは店休日。今日のボクは美食屋だから、占ってほしいなら店に来るといい」

     別に減るものも無いし、他でもない小松の頼みならば引き受けてもよかったが、なんとなく気乗りしなくて拗ねた子供じみた言い草をしてしまった。休みの日に訪ねようとしたが女性客が多くて居た堪れないのだとぎゅっと握られた手がいじらしくて、次回ハントの確約とホテルグルメのディナーを条件に初回サービスで占ってあげるとココは提案した。小松の返事は早かった。

    「で、恋愛相談の相手だけど……どんな人か教えてもらえるかな」
    「どんな人……えっ、名前言わなきゃダメなんですかぁ〜!?」

     ふんす、ふんす、と鼻を膨らませていた小松が途端に口ごもった。知りたいと知りたくないのせめぎあいに翻弄される様は恋愛相談を持ち込んでくる女性客と変わらない。
     喉仏と心臓の間に黒く重たい空気が溜まる感覚は忘れたくともココの体に染み付いている。

    「名前は言わなくていい、その人のことを強く考えるんだ。キミがその人に抱いている印象を口に出すとやりやすいよ」
    「う〜ん……体が大きくて、強くて、ものっすごくよく食べる人です」

     陽の光をたっぷり吸った草原のように穏やかで暖かいオーラが変貌した瞬間、吐き気がした。目に痛いほどの真紅が花のような形をつくるなど見たくもなかったが、意識を集中させると左目の下に3本傷のある男のイメージが浮かんでくる。ココもよく知っている顔だった。

    「ゃーッ!? ココさん毒、毒出てますよ!!」

     言われてから違和感に気付いて顔の左側を手で覆った。

    「そういえばフグ鯨ハントのとき、初めてココさんのお宅にお邪魔したときも……」
    「ああ、あれね。あのときは小松くんから死相が見えたから」

     しまった、と思った時にはもう小松の顔は真っ青になっていた。
     ドン引くほどうまくいく。それが占いの結果だった。
     視たそのままを伝えなくてはならない。そんなにひどいんですかと涙声で縋り付く小松を優しく抱き寄せて、ココはこう言った。

    「──道ならぬ恋になるだろうね」

     嘘はついていなかった。確かに3本傷の男はこれまたココが知っている女性と結婚するとも出ていたのだ。それでありながら小松の恋も成就するとは不思議だったが、それ何か関係あんの? と宣ったのを聞いた今となっては頷ける結果だ。

    「この気持ちはずっとしまっておくか、忘れてしまうのが良い……ということですか」

     ココは一言も発さずただ曖昧に微笑んでおいた。言いたくないことを隠すかのように。
     こうしてココはひとつ真実を、ひとつ嘘を伝えた。
     正しくはひとつも嘘は言っていない。97%と3%が表す事柄を小松が勝手に勘違いしただけのことだ。
     小松の電磁波を捏ね形を変えてしまう相手がまるで知らない小さくて可愛い女性であったなら、何も隠さずアドバイスのひとつでもしていただろう。図体も歳もそんなに変わらない、人よりたくさん食べる、そのうえ美食屋四天王の一人で、違うところといえば出会う時期が早かっただけの男が相手だったからこそ、このような対応になってしまった。それだけのこと。
     その直後小松はトリコとベジタブルスカイに行ってしまいハントの約束はお流れになった。帰ってきた二人はコンビになっていた。
     それ何か関係あんの?
     ああトリコ、トリコ! お前はなんて強欲な男だろう!
     ココは湖底に溜まる汚泥じみたものを胸に隠して同意したが、小松はコンビの言葉をどう受け取ったのだろうか?

    🚆🚆🚆

     ココは唇を引き結ぶ。撒いたことすら忘れかけていた小さな、小さな種が小松の心の深い場所で何年も根を張って蝕んでいたことに気が付いて、きっと見るも悍ましい笑い顔をしてしまいそうだったから。

    「ま、アイツのことだ。他意はなかっただろうさ」
    「……ですよね! アハハ、ボクったら何変なこと考えてたんだろ。トリコさんのところに」
    「戻ってどうするの。子供が産まれたりなんかしたら、トリコはリンちゃんと子供に護ってやると言うだろう。今までずっとキミに向けられていた言葉だ……耐えられるかい? 小松くん」

     小松は黙りこくってしまう。
     これ好機とココは畳み掛ける。

    「トリコに悪気は無い……でも、小松くんを悲しませたアイツを手放しに許すのはボクが気に入らない。そこで、だ。小松くん、ちょっとトリコを困らせてみない?」
    「……トリコさんを、困らせる? ですか?」
    「そう。アイツが提示した期間逃げ切れれば勝ち。見つかったらボクらの負けだ」
    「つまり……かくれんぼってことですか」
    「少し違うね。ボクはトリコの小松くん捜しに協力している立場なのに、キミを見つけたこと隠そうとしてるから……宝探しゲームと言った方が近いかな」

     ココによってかくれんぼから訂正された題目を反芻して、小松の顔にようやく笑みが戻る。

    「確かにぴったりかも。料理人は世界の宝ってココさん言ってましたもんね」

     小松はトリコにとっての宝であり、ココにとっての宝だ。言ってからしまったと思ったが、未だ97%と3%を逆転させたままの小松には伝わらなかったようだった。後者にまで気が付いてもらえないのはもどかしいが。

    「トリコさんとゲームをするってボクお初です。なんかちょっとワクワクしてきました」
    「誰が一番捕獲レベルの高い猛獣を仕留められるかは競ったことならあるよ。勝ったやつは夕食のおかずで一番美味いのを総取りみたいな賞品を決めてね……今回もせっかくゲームをするんだから、勝ったらなにか賞品が欲しいな」
    「おぉ〜、なんだかそれっぽくなってきましたね。例えばどんな?」
    「そうだな……勝ったらボクは小松くんを連れて宇宙に行くとか、どうだろう」

     鼻の穴を一瞬膨らませた後、小松は両手を突き出してぶんぶんと首も一緒に慌ただしく振りだした。

    「そんな、ココさんに迷惑かかっちゃいます」
    「フルコースのメインは宇宙で探すつもりだったからね。キミを捜しながら準備はしてきたさ。それに小松くん、宇宙って聞いてちょっとワクワクしたでしょ。ボクの目は誤魔化せないよ」

     ずい、とココの目が近付くと騒がしい動作をしていた手と首が硬直した。

    「ウグッ……ハイ、白状します。しょーじき行きたいです……宇宙の食材メガメガ気になってます」

     瞼を半ば閉じ、声が拡散してしまわないよう口に手を添える。憚る人目もないのにコソコソ話す小松はココもよく知る彼だった。
     死にかけた、あるいは本当に命を落とした後でも食材が目の前に現れれば、恐ろしい体験など無かったかのように目を輝かせる。ココも何度か見た光景だ。料理人という人種が皆こうというわけではないだろう、小松だからこそ持ち得る精神性。
     その眩しさが、引退したつもりでいた美食屋の道にココを戻して気がつけばこんなところまで引っ張っていた。

    「勝っても負けても小松くんはきっと宇宙に行くことになるよ。ふたりきりになるのがトリコになるかボクになるかの違いだけだ。
    定期的に来るリンちゃんの連絡が、小松くんのコンビを妻ある夫に変えてしまうだろう……平気な顔していられるなら、トリコの勝利を祈るといい」

     ココの心にどれだけ暖かな光を差し込んだか分からない優しいオーラも、ココを波乱の旅路へ引き込んだ揺るぎない熱意も、一言妻帯者になったコンビについて触れれば色褪せて不安定に揺れてしまう。
     まるで誘導尋問である。図々しいのはどちらだ。
     どちらかを選ばせる問いだと理解してかおらずか、俯いて黙りこくった小松の顔が上げられる。何か決意をした表情をしていた。

    「なんでも見抜いちゃうココさんが隠し事なんてしたら誰にも見抜けませんよ! トリコさんギャフンと言わせちゃいましょ!」

     小松はコックコートの袖を捲くって力こぶをつくり、ぺちぺちと腕を叩く。強がりだというのは電磁波を見ずとも明らかだった。
     伝えないで数年そのままだった97%と3%に初めて靄がかかるのを視た。

    「気合充分だね小松くん。頑張って宝物を隠し通して迎えに来るから、ボクの勝利報告だけを祈って待っていて。……ここから動いちゃダメだよ?」

     小さな子供に言って聞かせるように小首を傾げる。
     言われなくたって隠れてますよと小松が反発するのをどこか微笑ましい気持ちで眺めながら、ココは脳内でトリコを欺くためのシュミレーションを重ねていた。嗅覚も厄介ではあるが、嘘に敏感で心音から見抜いてしまうゼブラがいないぶんいくらかマシであろう。まずは体に着いてしまった小松と料理の臭いを完璧に消さなければ話にならないが、幸いなことにココはその手段を心得ている。
     朝を告げる汽笛がゲームの始まりを知らせた。
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    るみみずく

    DOODLEいいえ私はで始まる某曲を聴いていたのだと思います。手を置いて誓うための聖書なんかうちには無いけどなってどうしても言ってもらいたかった。
    話しているときに小松くんの名前が出ると機嫌が悪くなるタイプのココさんがトリコとおしゃべりしてるだけ。
    ココさん小松くん付き合ってない。ココ→マ
    さそりの毒は後で効くらしい グルメフォーチュンで占いの店に目もくれず、ぽつんとそびえる陸の孤島に建つ家へ一直線に訪ねる者は数少ない。
     食材を持ち込み家主に調理させ、食うだけ食ったら帰る(帰される)。片手の指で数え切れるうちのひとり、トリコのいつもである。リーガル島から帰還して以降、それまで何年もぱったり途絶えていたのが嘘のように、交流が続いている。
     いつものようにハント終わりのその足で立ち寄ったトリコを、ココはいつものようにややウンザリした顔で迎え入れた。何時来て何を持ってくるかも占いで分かっているために、食材を調理する準備がすでにできているキッチンもいつも通り。
     持ち込んだ荷物は二つ。特別に大柄なはずのトリコが担いでも相対的に小さくなることのない大袋と、小脇に抱えられるほどの袋。トリコは「メシ作ってくれ」と大きい方をココに突きつけると、小さい袋を机に、自分の尻は椅子にどっかり置いた。
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