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    @94_ROM_12
    稲妻の目金君関連のみ

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    隠れオタクな弟とオープンオタクな兄の話。
    表現の都合上、少し古いオタク観が出てきますが『00後半〜10年代前半のオタク観にVカルチャーが現れた世界』だと思って読み進めて下さい。

    #目金欠流
    #目金一斗
    #目金兄弟
    meginBrothers
    ##CP無し
    ##目金兄弟

    隠れオタクとオープンオタクオタクとは。
    愛好者を指す呼称であり、特定の分野に過度に熱中し詳しい知識を持っている者を指すサブカルチャーの分野で用いられてきた言葉である。昨今では寛容に受け入れられる事の多いオタクではあるが、多感な学生達の中にはオタク趣味をバカにする者も当然存在する。そして、そんな学生達に馬鹿にされることを恐れ己のオタク趣味をひた隠す者も当然存在するのだ。かく言う雷門中に通う目金一斗も漏れなくその『馬鹿にされることを恐れているオタク』であり、所謂隠れオタクという存在であった。

    「なあ、第七人格ってソシャゲあるじゃん。あれ映画化するらしいぜ」
    「え、そうなんですか?」
    「あれストーリーとかあったっけ」

    さして興味のない流行りのソシャゲや芸能人をきっかけにバズった音楽、新発売のスニーカーの情報にまでアンテナを伸ばしそれらの話でクラスメイト達と盛り上がる。そんな涙ぐましい努力を重ね、一斗は日々学生生活を謳歌していた。
    しかし、非オタに擬態するオタクが存在するのと同じく、オタクであることを全く隠そうともしないオタクも存在した。

    「___ですから、VtuberとCtuberは似て非なる物なんです!先日チャンネル開設をしたプリティレイナちゃんはVtuberでもありますが、イナチューバーやCtuberと称する方が正しいんですよ!」
    「凄い語るじゃん」
    「目金さん、そんなに力説されても全然わかんないっす」

    教室の外から聞こえてくる甲高い声は聞く者によっては全く耳馴染みのない単語を羅列し、とあるサブカルジャンルについて力強くそして熱く語っていた。その声の主である一斗の双子の兄である目金欠流は、正しくオープンオタクの手本と呼べる存在であった。同好の士が相手の時は勿論、オタク趣味に理解を示さない友人知人が相手であろうとオタクとしての熱量を隠さず吐き出す。それが兄貴にとってのオタクとしての在り方であった。

    (あーあ、最悪。人目に付くところでオタ語りしないでくれないかなあ)

    部活仲間を相手に熱く語るその姿は見ようによっては友人達との仲睦まじい光景なのだろうが、一斗にとって目金欠流は双子の兄、同じ顔をした兄弟なのである。いくら一斗が己のオタク趣味を隠しひっそりとした学生生活を過ごそうとも、その片割れがああでは平穏な日々など夢のまた夢。オタク趣味を隠せとは言わないからせめてもう少し自重してくれないだろうかと一斗は楽しげに語り合う兄達を窓ガラス越しにげんなりとした面持ちで眺める。

    「おい一斗。お前の兄貴またなんか言ってるよ」

    いつもと変わらなさすぎる兄貴の振る舞いに頭を抱えていると、友人にその奇行を指摘され一斗はドキリと肩を震わせる。

    「お前もあんな兄貴を持っちまって災難だな」
    「あいつオタクなこと隠す気なさ過ぎじゃね。マジきめえ」

    嘲笑と哀れみが混じったその言葉に乗らない訳にも行かず一斗は頬の引きつりを抑え「全くです。弟としてはもう少し大人しくして欲しいものですね」と被害者としての模範解答を返す。その返答に満足したのか友人たちは「だよなあ」とゲラゲラと兄貴を馬鹿にした笑い声をあげる。
    思わぬ所が無い訳ではない。けれど学校という狭い社会の中で生きていく為にはこれも仕方が無いことなんだ。
    もう何度考えたかも分からない言葉を改めて自身に言い聞かせながら、一斗は友人達の輪に溶け込む為に無理矢理笑顔を浮かべヘラヘラと笑った。





    楽しくも憂鬱な学生としての1日を終え帰宅した一斗は、早々に食事と風呂を済ませ急いで自室へと引き篭もった。PCを立ち上げその待機時間の合間にイヤホンを耳に入れる。PCが立ち上がるや否やイナチューブを開き、とあるチャンネルの配信ページをクリックする。配信予定時刻の2分前という事もありチャット欄には多くのコメントが書き込まれ、数千にも及ぶ視聴者たちは配信が始まるのを今か今かと待ち侘びていた。何とか間に合ったと一斗はホッと一息をつき机の上に今日出された宿題を広げる。

    『始まったかな?みんなー、こんばんワンワンー!』

    配信が開始すると画面に声と共に動くイラスト__もとい、人気女性Vtuberである『犬飼おじや』の姿が映し出される。これは一斗が今最も推しているVtuberであった。

    一斗は重度のVtuberオタクである。だがVtuberが好きだという事実は友人は勿論兄貴にも話していない、とても密やかな趣味であった。
    Vtuberを好きになったきっかけはほんの些細な事で、ある日いつものようにイナチューブを開きダラダラとネットサーフィンをしていると目を引くサムネの動画が表示された。2時間という動画時間と見覚えのないキャラクターに興味を惹かれ何と無しに動画をクリックしたのだが、その和やか且つ巧みな話術に心を掴まれ、気が付けば関連動画を次々と再生していた。
    生配信のアーカイブやコミカルな編集が施された動画、ファンの手で作成された切り抜き動画を見漁っているうちに犬飼おじやは『ホロムービー』という企業に所属するVtuberであることを知り、Vtuber界隈という二次元とも三次元とも説明がつかない独特な世界を知った。アニメや漫画と違い作者や台本が存在しないが故の、歪でキラキラと輝く配信を介して紡がれる物語。チャットを通じてVtuberにリアルタイムで応援の言葉を届けられる配信システム。Vtuber界隈を構成するその全てに一斗は夢中になりのめり込んでいった。
    学生の身分である為スーパーチャットという課金式の応援は行って無いが、イナッターを介して犬飼おじやの布教活動を行うことで一斗は彼女を応援している。相互型応援垢という事もあり数百ものフォロワーがいるのだが、何か月か前に新規フォロワー向けに作成した犬飼おじや最新版布教画像が千単位のバズりを見せたので、一応界隈に少しは貢献出来ているのではないかと自負を抱いている。

    閑話休題。さて今日はどんな配信内容になるのだろうとわくわくしつつ、一斗はシャーペンを手に取り宿題に取り掛かる。犬飼おじやの配信を作業用BGMとして開き、宿題やテスト勉強に取り組む。これが犬飼おじやに出会ってからの一斗のルーティンであり、気軽に本音を口にすることも出来ない学生生活で荒んだ心を癒してくれる憩いの時間であった。

    「一斗、ちょっと聞きたいことが……」
    「うわあああああ?!」

    そんな憩いの時間に浸っていた一斗のもとにノックも無しに兄貴が訪れる。急いで配信画面を閉じ入り口の方へ振り替えると兄貴は不思議そうに小首を傾げていた。恐らく何故自分が部屋に入っただけで弟は絶叫しているのだろうか等とのんきに考えているのだろう。その反応に苛立ちが込み上げるが、配信画面を見られていなかっただけ良かったと思おうと一斗は「何の用?」と入り口で突っ立っている兄貴に尋ねる。

    「一斗のクラスって今日数学の小テストありましたよね?」
    「そうだけど、それが何?」
    「小テストの範囲をメモしそびれていたので、教えてもらえませんか?」

    何だそう言うことかと納得した一斗はカバンからノートを取り出して範囲を教える。

    「もう用はない?」
    「ええ、助かりました」

    有難うございます、と礼を言う兄貴に「ん、」と返事になっていない言葉を返し机へと向き直す。兄貴が出て行ったらすぐ配信を観られるようにイナチューブを開こうとすると「ああ、これは!?」という叫び声が耳をつんざく。今度は何だと苛立ちを隠さずに振り返ると「げっ!」という呻き声が一斗の口から漏れ出る。兄貴の手の中には一枚のカードがあり、それは期間限定で発売されていたスナック菓子のおまけで付いていた犬飼おじやのカードであった。
    以前フォロワーから犬飼おじやの高レアリティのカードを譲り受け、それを一斗は観賞用として日々持ち歩き心が荒んだ時に眺める精神安定剤として活用していた。迂闊にもそれをノートに挟んだままにしていた為、先程開いた際に滑り落ちてしまったのだろう。

    (ああ、最悪だ)

    一斗はズンと重くなった頭を両の手で支え項垂れる。よりによって一番バレたくない相手にこの趣味を知られてしまった。自分の弟がVオタであると知った兄貴がそれを仲間たちに黙っていられるわけが無い。身近に同志がいたのだと嬉しそうに語る姿が目に浮かぶようだ。問題はその情報が兄貴の仲間を介して一斗の友人達にも伝わる恐れがある事だ。Vtuberというオタクの中でも好き嫌いが分かれるディープなジャンルをオタク趣味に理解を示さない友人達が受け入れられるとは到底思えない。良くて嘲笑、最悪仲間内からはぶられてしまうだろう。このまま兄貴を野放しにしては地道に築き上げた交友関係を滅茶苦茶にされかねないと一斗はどうすれば最悪の事態を回避出来るかとぐるぐると頭を巡らせる。

    「まさか一斗もVtuberにハマっていたなんて!それもおじや!この子に目を付けているとは……流石一斗。僕の弟なだけ有りますね」
    「いや、僕は別に」
    「このVtuberはホロムービーの所属でしたよね。僕はホロムービーの箱推しですが強いて言うならコユキ推しになりますかね!あ、勿論ここに描かれた子も好きで__」
    「分かった、分かったってば!」

    無駄と分かりつつも足搔いてはみたが一度スイッチが入った兄貴にそのような手が通じる訳も無く、兄貴は怒涛の勢いでホロムービー語りを始めようとする。素直に話を聞いていては夜中になってしまうと一斗はカードを奪い返し兄貴の話を無理矢理終わらせる。

    「いつからこの子を応援しているんですか?」
    「……兄貴には関係ないだろ」

    これ以上話を広げたくない一斗はぶっきらぼうな返しをするが、そんな弟の様子に兄貴は「ふーん?」とさして関心のなさそうな返事をする。

    「因みに僕は数ヶ月前ですね!イナッターを眺めていたらこの子のプレゼンツイが流れてきまして。その熱量に惹かれて気がつけば転げ落ちるようにホロムービー箱推しに、」
    「聞いてないってば!」

    此方の反応等全く気にせずにうきうきとV語りを再開しようとする兄貴の話を遮り、一斗はこみあげる衝動のまま頭を搔き毟る。このままだと兄貴のペースのまま話が終わってしまう。一度ガツンと言って聞かせなければならないと一斗はジトリとした眼差しで兄貴を睨みつける。

    「一応確認しとくけどさ、僕に学校でVの話をしようだなんて考えてないよね?」
    「えっ。そのつもりですが、それの何が問題なんですか?」
    「ほらやっぱり!あのさ兄貴、僕は学校では非オタでやってるんだよ。兄貴に話しかけられなんてしたら、それもVオタだなんてバレたらこれ迄の努力は水の泡!最悪仲間内からハブられるって訳。分かる?」

    一斗は事の重大さを何とか理解してもらおうと兄貴にオタバレした後のリスクについて必死に語り聞かせる。しかし兄貴にはそんな考えなど全く理解出来ないらしく、眉を顰めて自論を語り始める。

    「ふーん?たかが趣味が合わないというだけで仲間弾きにするような人など此方から縁を切って仕舞えば良いじゃ無いですか」
    「僕にボッチになれって?絶対に嫌だ」
    「何も独りぼっちになれだなんて言っていませんよ。自分の趣味を理解する相手と仲良くすれば良いと言っているだけです」
    「っ!」

    兄貴の分かったような口ぶりに一斗は身をこわばらせグッと歯を食いしばる。一見正論のように聞こえるその言葉は相手に歩み寄ろうとする姿勢が無い、ただ自身の考えを押し付けているだけの物であった。この人はいつもそうだった。相手のことを全く考えず自分の価値観を振りかざす。兄貴のこの振る舞いに今までどれほど振り回されたか。

    (兄貴に何が分かるんだよ)

    兄貴の態度に虚しさや怒りがこみ上げ、一斗は拳を握りギッと兄貴を睨みつけ、そして叫ぶ。

    「そんな簡単な話じゃ無いんだよ!兄貴に、兄貴なんかに僕の気持ちが分かる訳無い。僕は兄貴みたいに、皆んなに馬鹿にされたく無いんだよ!」

    (___あ、言い過ぎた)

    思いの丈が言葉となって発せられた瞬間、自身を咎める声が自己嫌悪となって一斗を襲う。例え苛立っていたにしても今の言葉は強すぎた。これじゃあ、兄貴を馬鹿にしていた友人達と何も変わらないじゃないか。
    恐々と兄貴の表情の変化を伺うが、ヒステリックを起こした弟の言葉などきっと兄貴には何の価値も無いのだろう。そう思ってしまう程に兄貴はケロッとした様子で一斗を見つめ、此方の言葉など気にも止めてはいなかった。兄貴を傷つけずに済んだ事にホッと息をつくが、そもそも兄貴がすんなりと理解してくれていたらあんなことを言わずに済んだのだと思い直し、再びキッと兄貴を睨みつける。

    「とにかく、僕はVオタなことをクラスメイト達には隠してるんだから、絶対!学校で!話しかけないでよ!」
    「ふーん?まあ良いですけど」

    不服そうながらも納得はしてくれたのか、兄貴は此方の頼みを聞き入れる姿勢を見せる。「また今度ホロムービー語りしましょうね」なんて呑気な事を言いながら兄貴は自身の部屋へと帰っていった。

    「…………」

    兄貴とのやりとりに気力を毟り取られたのか、酷い脱力感がどっと身体に押し寄せる。椅子から立ち上がりベッドの上へと倒れ込む。もう配信は終わっているだろうし、今の状態でアーカイブを見返す気にもなれない。今日はもうさっさと寝て明日の朝早くからアーカイブを消化し終わらなかった宿題を片付けようと、一斗は枕元に置いてあったリモコンを操作し部屋の明かりを消した。

    (あーあ、兄貴にだけはバレたくなかったな)

    あの兄貴に弟がVオタという事実を黙っていられるだろうか。この場では納得してくれたがそれは明日以降も続くだろうか。様々な不安が浮かんでは霧散する。どれだけ悩んでも不安は解決せぬモヤモヤとなったまま時は過ぎ、いつの間にか意識を手放していた。





    兄貴との悪夢の様なやり取りから数週間。当初はVtuber関連で兄貴に校内外問わずダル絡みされるかと身構えていたが案外そういったこともなく、校内では今まで通り大して関わりもせず、家の中で時折思い出したかの様にVtuber界隈について語り合う、そんな穏やかな毎日が続いていた。一斗としては、幾ら必死になって頼んだとはいえ本当に学校では絡まないでくれるんだと正直拍子抜けしたのと、何であんな暴言を吐かれたのに気にする素振りも見せずV語りをしに来れるんだ、と一方的にモヤモヤを募らせる毎日でもあった。
    だが、平和である事に越したことはないと一斗は穏やかな毎日を喜び今日ものんびりとした休日を謳歌していた。起きて早々ベッドの上でイナッターを眺めているとフォロワー達の楽しげなツイートが目に入る。一体何があったのだろうかとTLを遡ると。

    「……ああ、今日はライブ当日か」

    ホロムービー主催、初の有人ライブイベント。いつもは画面越しでしか味わう事が出来ない彼女達の歌声を会場で、大勢のファンと共に楽しめるとあって皆楽しそうに嬉しそうにライブが始まる瞬間を今か今かと待ち侘びていた。勿論一斗もこの情報をいち早く掴んではいたが、ライブ参戦代、当落率、ソロ参戦のハードル、そしてなによりライブを見に行く際に友人達に見つかったらという不安からチケット戦争には参加せず、配信チケットを買うに留めていた。

    (勇気を出してチケット買ってみた方がよかったかな)

    熱狂するTLを眺めていると自身の選択が正しかったのか分からなくなってくる。けれど友達にオタバレなんて絶対に嫌だしこうするしかなかったのだと、一斗は必死に自身の判断は正しかったと言い聞かせる。
    ウダウダしたって仕方がない。今自分に出来るのは配信越しに推しのライブを盛り上げる事だ。そうと決まればライブに備えて今から準備を始めようとベッドから起き上がった矢先『バンっ!』とけたたましい音を立て扉が開かれた。

    「出掛けますよ、一斗!」
    「っ、はあ?!」

    入り口に立っていたのは矢張りというか双子の兄で。ボタンがしっかりと留まったチェックのYシャツとイエローオーカーのスーツパンツに身を包み、背中には何やら色々と詰まっていそうなリュックを背負って出掛ける準備万端といった出立ちで此方が出掛ける気になるのを今か今かと待っていた。

    「出掛けるって何。僕兄貴と何も約束してないよね」
    「細かいことは良いじゃないですか。ほら早く急いで下さい」

    此方の意見など端から聞く気は無いのだろう。兄貴はずかずかと部屋に侵入し勝手にクローゼットを開けたかと思えばぺいぺいと出掛け着一式をこちらに放ってきた。その一式が、一斗が少し気合を入れて出かけるときに着る個人的おしゃれコーデで、案外弟の事ちゃんと見ているんだなと謎に複雑な気持ちになりながらも「分かったよ。着替えるから玄関で待ってて」と兄貴を部屋から追い出す。
    今日は夕方からライブが配信されるのだ。それを最高のコンディションで見届ける為にも、ここは大人しく兄貴の用事に付き合ってさっさと開放してもらうしかない。長年双子の兄に振り回され続けた弟の勘がそう告げており、一斗は覚悟を決めて出掛け着に着替え、最低限の身支度を整えた後玄関で待っていた兄貴の元へと向かう。

    「お待たせ。一応言っとくけどさ、僕夕方から外せない用事があるから。それまでには絶対開放してよね」
    「分かっていますよ。兄ちゃんに任せなさい」

    果たして分かっているのかいないのか。兄貴はいつもの様に「ふふん!」と得意げな顔をした後玄関扉を開けずんずんと歩き始めた。ああこれは絶対長くなるぞと再び弟の勘が働き、兄貴の後ろをついて歩きながら一斗は空を仰ぎ見る。空は嫌になるほどの晴天。この空が赤く染まるまでに帰れるだろうかと一斗は深い溜め息をついた。
    横並びで歩いていないからか特にこれといった会話は起きず、黙々と歩き続けて気が付けば10分が経過していた。黙って歩き続けていると無駄に思考を巡らせてしまい、一体どこに行く気なんだ、財布と携帯しか持ってきてないけど大丈夫なのか、本当にライブまでに帰してくれるのだろうか、といった疑問や不安がぐるぐると頭を巡り始めた。もういっそ全部聞いてしまった方が良いんじゃないかと自棄になっていると急に兄貴が立ち止まり「ここで待っていてください」と駆け出して行った。
    どうやらいつの間にか駅の近くにまで来ていたらしく、兄貴は券売機に切符を買いに行ったようだった。駅が間近になるまで気が付かなかった自分にも呆れるが、切符を買うところすら隠す兄貴の徹底ぶりにより呆れてしまう。そこまでして行き先を隠す必要があるのだろうかと素直に待っていると兄貴が二枚の切符を片手に戻ってきた。

    「はい、一斗」
    「ありがと。……あのさ、兄貴。本当にどこ行く気なのさ。まさか県外だなんて言わないよね」
    「何だ、まだ気付いていないんですか?仕方ないですねえ。素直に教えたって面白くありませんし、そんなに気になるのでしたら当ててみて下さいよ」

    「ヒントはすっごく楽しい場所です!」等と全く参考にならないヒントを告げ兄貴は改札の向こうへと行ってしまった。楽しい場所って何さ、と一人ぼやきながら兄貴の後に続き改札を通る。駅のホームに着くと間のいい事に数秒も経たぬうちにアナウンスが流れ電車がホームへとやってきた。これに乗っていいのかと確認する暇もなく兄貴は車両の中へと入っていった為一斗もそれに続き車内へと乗り込んだ。二人横並びで座れるスペースが空いていたのでこれ幸いと腰を下ろす。
    それなりに早い時間帯ではあるが、休日らしく車内は親子連れや友人達と楽しげに会話する学生の姿が多く目に付いた。しかし、それ以上に大勢の一人客が車内を占めている様に感じる。一人客達の多くは男性で、社会人らしき人物から一斗と近しい年頃までと年齢はまちまちだ。一人客達に共通して言えるのは皆ソワソワした様子である事、そして。

    (この電車、ホロムービーのグッズ持ってる人多くない?)

    ホロムービーのキーホルダーや缶バッジ、ある者は『痛バ』と呼ばれる大量のホロムービーグッズで装飾されたカバンを所持している乗客が居たりと、通常の車内ではあり得ない異様な光景が広がっていた。その後も乗り込んでくる乗客の多くがホロムービーのグッズを所持しており、矢張り皆ソワソワとした雰囲気を纏っている。

    (秋葉に向かう電車ならまだしも普通の電車でこれって変じゃないか?そういえば、この行き先って。……、いや。だとしても、ただ被っているだけに違いない。……でも、これは)

    この光景にじわじわともたげてくる可能性。いやまさかそんな都合のいい話があるわけがないと自身に言い聞かせている内にとある駅で電車が止まった。その駅で多くの一人客が下車し、兄貴も立ち上がりホームへと向かい出したので慌ててそれに続く。
    ホームから改札へと向かう最中これでもかというほど目に入る今日に向けて飾り付けられたであろうホロムービーのライバー達のポスター。降りた駅とこの装飾に流石に自身へのごまかしが効かなくなった一斗は改札を通り抜けた後もずんずんと歩き続ける兄貴の肩を掴んだ。

    「ねえ兄貴待ってよ。此処って、まさか……!」
    「全く、ようやく分かりましたか」

    「一斗は気付くのが遅いですねえ」等とぼやいた後、兄貴はキラリと眼鏡を光らせ、声高らかに叫んだ。

    「そう!ここは、ホロムービーのライブ会場です!!!」

    そう叫ぶや否やいつの間にか全てのボタンが外されていたYシャツの下からインナー代わりのTシャツが姿を見せた。そのTシャツはホロムービーのライブTシャツで、2週間前からオンラインで先行販売されていた品物だった。バイトをしていない学生の身分では中々手を出せないグッズを当たり前のように所持している兄貴に、一体どこからその資金源が湧いてくるんだろうか等と今考えるべきではない感想が頭をよぎる。

    「勿論、一斗の分もありますよ」
    「………有り難う」

    じっとTシャツを眺めていた弟の目線を『このシャツを羨ましがった』と解釈したらしい兄貴は自身が着ている物の色違いをこちらに手渡してきた。特に断る理由もないので一斗は素直にそれを受け取り今着ているシャツの上から乱雑にライブTシャツに袖を通した。

    「それでは、早速会場に行きましょう!」
    「え、ちょっと待ってよ。僕ライブチケット持ってないんだけど」

    兄貴に連れられてライブ会場近くまで来たはいいが一斗が購入しているのは配信用のチケットのみ。兄貴と違って自分は会場に入る事は出来ないと訴えると兄貴は呆れた様子で此方を見る。

    「何を馬鹿なことを言っているんですか。一斗の分のチケットも当然用意してありますよ」

    ほらこの通り、と見せてきた携帯端末には確かに2人分の電子チケットが表示されていた。

    「……何で」
    「うん?」
    「何で、僕の分も買ってくれたの。僕行きたいなんて一回も言ってないのに」
    「サプライズって奴ですよ」

    サプライズ、と自身が置かれた状況を飲み込みきれず単語をオウム返しする一斗に対し、兄貴はチケットを買うまでの顛末を語り始める。

    「一斗の事ですから友人の目がどうとか言ってチケットを買おうとすらしないのではないかと思いましてねえ。折角ですので、秋葉名戸の皆さんの力もお借りしてチケット戦争に参戦してみたのですが、見事二人分のチケットを手に入れられたんですよ!まあ裏で一斗が自分の分のチケットを確保していたら僕の努力は無駄になっていたのですが、その心配もいらなかったみたいですね」

    ペラペラと語る兄貴は「どうです嬉しいでしょう?」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべており、自分の取った行動を誇らしく思っているようだった。チケットを用意してくれた事は凄く嬉しい。けれど、こちらはそれどころではなかった。
    何故、何故なんだ。何でこの人は。

    「一斗は僕に無理やり連れられてこの会場に来た。このTシャツも僕に無理やり着せられただけで本当は着たくなかった。お友達にはこう説明すればいいんじゃないですか?」
    「…………何で」
    「何でえ?君がバレたくないと騒いだんじゃないですか。正直に言ってしまえば、友人に嫌われるだの避けられるだの、好きなものを隠してまでその人たちと一緒に居たいという心理は全く理解出来ませんが、一斗がそうしたいというなら僕が口をはさむ理由はありませんしね」
    「…………」

    何で、はそう言う意味じゃない。何であんな暴言を吐いた上に謝りもしない弟を優しくするのだと聞きたかったのだ。この人は覚えていないのだろうか。弟に、お前のように皆んなに馬鹿にされたくないと、恥ずかしい思いをしたくはないと、そんな酷い言葉を投げられた事を覚えていないのだろうか。
    ……いや、分かっている。兄貴が弟をライブに誘ったのは、自分と同じホロムービーのファンだったから。ただそれだけなのだ。それ以上に深い理由は何もない。同好の士だから喜びを共有したくて、その喜びを共有するために素直に楽しめないなら僕を利用してしまえと、そう言っているだけなのだ。
    以前相手に何を言われたかなんて関係ない。関心が無いのだ。兄貴にとって重要なのは弟がホロムービーのファンであるという事実だけ。無理やり連れてこられたという事にしておけ云々も善意でも何でもなく、ごねる弟が面倒だからそういって宥めているだけなのだ。兄貴の目には楽しいしか映っていない。ただそれだけの話だ。
    けれど、その無関心が故の優しさが一斗には刺さった。刺さり過ぎてしまった。

    「__ふっ、うっぐ。ううううう……!」
    「おや、感動のあまり泣いてしまいましたか」

    「それ程までに僕の計画が完璧だったということですね!」と、何とも都合のいい解釈をし兄貴は急に泣き出した弟を満足そうに眺めハンドタオルを手渡してきた。一斗は歪む視界の中、何とか兄貴の差しだしたタオルを受け取り顔を覆う。

    (ああ、敵わないなあ)

    嗚咽が止まらぬ中、一斗は積もりに積もった思いを自分に向けて吐き出す。
    自分の身を守りたくて、傷つきたくなくて、必死に自分の居場所をもぎ取って、その為に本当に自分が好きなものを隠して生きている。そんな自分の在り方が嫌いというわけでは無い。ただ、時々どうしようもなく苦しくなる。そんな時、つい思ってしまうのだ。兄貴の様に自由に生きていけたらと。
    どれだけ周りの人間に悪く言われようと、兄貴は自分を曲げず、態度を変えず、自分を貫き通している。そんな周りの目を全く気にせず日々自分の為に生きているからこそ出来るその振る舞いが、兄貴の在り方が、一斗には怖くて、まぶしくて仕方が無かった。

    「さあ、いつまでも泣いている暇はありません!まだライブの時間まで余裕はありますが会場内の写真も撮りたいですしさっさと入場してしまいましょう。一斗の分のペンライトもちゃんと用意してきましたから、今日は目一杯楽しみましょうね!」

    そう言って兄貴は満面の笑みを浮かべこちらに手を差し出す。

    「……うん」

    涙で湿気たタオルで乱暴に涙を拭い、兄貴の言葉に頷き返す。双子の兄弟が手を繋いで歩くという状況に気恥ずかしさはあったが、今はその手を払うのが惜しくて素直に差し出された兄貴の手を掴む。一斗が手を掴んだや否や兄貴は会場に向かって走り出した。「危ないよ兄貴!」と注意はするもののその楽しげな、無垢な顔を見ていると、人の目やらマナーやらを気にし過ぎる自分が馬鹿らしくなってくる。人混みが酷くなってきたら自分が兄貴を引き止めたらいいかと開き直り、一斗は兄貴に導かれながら会場に向かって走り続けた。





    楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、会場内のイベントやアトラクションを満喫し、本命であるライブ観戦を全力で楽しみ終えたら、会場を出る頃には日は暮れて空にポツポツと星が光り始めていた。ライブ参戦者の中にはまだ高揚感に浸りたいのか居酒屋へと足を運ぶ者もいたが、一斗達は未成年な上に義務教育すら終えていない学生。明日に備えて早く帰らなければと急いで駅へと向かい、やってきた電車へと乗り込んだ。運の良い事に行きと同じく横並びの席を確保出来た為、へとへとになった体を労る様に座席にもたれ掛かる。
    人でごった返した車内をぼんやりと眺めながら一斗は未だ落ち着く様子のない心臓に手を当てて、ライブの感動に酔いしれる。配信越しに観るのとは全く違うライブならではの臨場感。演者と客のボルテージがシンクロしたかの様な一体感。その全てが一斗の心を揺さぶり、満たしていた。そんな満ち溢れた思いでライブの感動を噛み締める一斗に対し、兄貴はキラキラとした面持ちでライブの感動を語り出す。

    「いやあ、本当に最高でしたね!会場内に設けられたアトラクションは彼女たちの配信の名場面を思い起こさせるものが沢山ありましたし、展示されていた彼女たちの直筆サインはイベント一体型ライブならではといったもので胸が高鳴りましたね。そして本命のライブ!うめのみこちゃんとパールちゃんのデュエットを見られるなんて思いもしませんでしたし、かぐやちゃんのキレキレのダンスは瞬きさえ惜しい完成度の高いダンスでした!」

    最高。可愛い。神。これからも推す。そんなチープな言葉しか浮かばない自分と違い、兄貴は豊富な語彙でイベントの素晴らしさを語り続ける。

    「けどかぐやちゃん、ダンスが苦手だと話していたのにあそこまで踊れるようになったなんて……相当努力したんでしょうね」

    (あ、そうだったんだ)

    一斗はホロムービー全体を好きではあるが、あくまでおじや単推し。長い期間推しているグループではあるのだが、犬飼おじやの配信以外には手を回す余力は無く他のライバーの細かな情報は網羅出来ていない。先程兄貴が語った話もきっと雑談配信か何かで語られたものであるのだろう。様々なライバーの情報を拾い、知識として蓄えているそのオタクとしての姿勢は流石というべきか。一斗はホロムービーオタクとして素直に兄貴を尊敬する気持ちと、オタクとしての差を見せつけられたような感覚に陥りひっそりと気落ちする。

    「それにしても、イッセキさんは今日のライブに参戦されたんですかねえ」
    「え。兄貴、イッセキさんて誰?」
    「ああ、僕がフォローしているイナッターのユーザーさんです」

    そう言って兄貴が見せた画面には『一石』の文字とそのユーザーのプロフィールが表示されていた。

    「…………ふーん」

    (いやこれ僕じゃん!!!)

    まさか兄貴から自身のイナッターアカウントを見せられるとは思わず、焦りからか一斗の体からぶわっと冷や汗が噴き出す。イッセキもとい『一石』は一斗が犬飼おじやを応援するのに活用しているイナッターのアカウントであり、ファンアートも動画の切り抜きも上げない、何の変哲もないアカウントであった。何故兄貴が『一石』を気にかけているかは分からないが、その正体が実の弟だとはバレていないらしい。一斗は焦る気持ちを抑え、早鐘を打つ心臓を深呼吸で整えた後「その人がどうかしたの?」と何気ない様子で兄貴に尋ねる。

    「……以前話したかと思いますが、僕がホロムービーにハマったのはほんの最近の話でして。興味を持ったきっかけが、一石さんが作ったおじやちゃんの布教画像だったんです」

    布教画像と聞き、そういえば半年以上前にフォロワー向けに作った資料が予想以上の広まり方をした時があったと一斗はその当時の事を思い出す。確かにあの時はV界隈以外からもリツイート通知が飛んで来てはいたがまさか自分の作成した画像が兄貴に届き、影響まで与えていただなんてと、一斗は身をこわばらせ、何度も瞬きを繰り返す。

    「その画像を見た時思ったんです。この人は本当におじやちゃんを愛しているのだろうと、これだけ愛されるおじやちゃんはきっと魅力的なライバーに違いないと。そして僕は、一石さんの熱い思いに導かれこの界隈に足を踏み入れたのです!ですので、一石さんには感謝してもしきれないのですよ」

    いつかお会いしてみたいものですがオフ会の類には参加していないようなんですよねえ、と兄貴は寂しげに呟く。

    「……その内会えるんじゃない?きっと」

    正体を明かす勇気は出せず、一斗はそう言って誤魔化した。「そうですよね!」と嬉しそうな兄貴の声を聴きながら一斗は顔を下に向ける。
    嬉しかった。兄貴に『一石』の作成した画像を褒められて。『一石』が誰だか分かっていない状態だからこそ真っすぐ語られたその言葉の全てがオタクとしての一斗を肯定してくれたかのようで、今すぐにでも声を上げて泣き出したかった。けれど今は、今はまだ『一石』である事を知られたくないと必死に涙をこらえグッと歯を食いしばる。

    長年続けた振る舞いを今すぐに変えられる勇気など持ち合わせてはいないし、今仲良くしている友人達との関係を自ら壊す様な行動は取りたくない。
    けれど、いつか、いつの日か。今よりもう少し自分を曝け出せる様になったら、自分の好きなものについて兄貴の様に堂々と話せるオタクになろう。
    一斗は自分自身に、秘めやかにそう誓った。
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    ROM

    REHABILI「嘘はまことになりえるか」https://poipiku.com/4531595/9469370.htmlの萌目の2/22ネタです。22日から二日経ちましたが勿体無い精神で上げました
    猫の日「……えっと、つまり。漫画君は猫耳姿の僕を見たいのですか?」
    「今日は2月22日だろう?猫の日に因んだイベント事をこう言う形で楽しむのも、恋人がいるものならではの体験だと思うよ」

    2/22。2という数字を猫の鳴き声と準えて猫の日と呼ばれているこの日。そのイベントに乗じてインターネット上では猫をモチーフとしたキャラクターや猫耳姿のキャラクターが描かれたイラストが数多く投稿されている。そして、猫耳を付けた自撮り写真が数多く投稿され、接客系のサービス業に勤めている女性達が猫耳姿になるのもこの日ならではの光景だろう。
    古のオタクを自負する萌にとって、猫耳とは萌えの象徴であり、身に付けたものの可愛さを最大限までに引き出すチートアイテムである。そんな最強の装備である猫耳を恋人にも身につけて欲しいと考えるのは自然な流れの筈だ。けれど、あくまでそれは普通の恋人同士ならの話。萌と目金の間に結ばれたこの関係は、あくまで友として萌と恋人のごっこ遊びに興じる目金と、目金に恋慕する萌という酷く歪な物であった。
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