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    公子から要人警護を依頼される空

    #タル空
    taruSky

    暗いところで待ち合わせタルタリヤに呼び出されて万民堂に赴いた空を待っていたのは、予想外の展開だった。

    「要人警護を俺に?」

    空とパイモンに気前よく食事をご馳走してくれたタルタリヤは、デザートの杏仁豆腐が運ばれてきたタイミングで、今日の本題とやらを切り出してきた。
    彼曰く、少し面倒な仕事を空に頼みたいのだという。
    てっきり手合わせを申し込まれるのかとばかり思い込んでいた空は、見事に肩透かしを食らってしまった。

    「なんだか怪しい感じがするんだぞ。空を危ないことに巻き込もうとしてるんじゃないよな?」

    杏仁豆腐をもぐもぐ咀嚼しながらパイモンがしかめっ面をする。タルタリヤは胡散臭く微笑みながら、「まあね」とパイモンの問いを肯定した。

    「相棒が下手を打てば命を落とす可能性もある。でも君はその辺の雑魚に遅れを取るほど弱くはないだろ?」
    「相手がヒルチャール程度ならね」

    失言をすればどこかで足元をすくわれる。空が慎重に答えるとタルタリヤの口角が吊り上がった。

    「そういう謙虚なところは嫌いじゃないよ。それで……俺の頼みを聞いてくれる?」
    「まずは依頼の内容を話して」
    「そーだそーだ!」

    ファデュイの「公子」が持ち込んでくる依頼など、どうせろくでもない案件に決まっている。
    空がじろ、と睨めつけると、タルタリヤは両手を上げて降参の意を示した。

    「君たちも知ってると思うが俺たちには敵が多い。我らが女皇の失脚を狙う人間は星の数ほどいる」
    「いっそ陥れられて壊滅すればいいのに」
    「そうなっても誰も困らないぞ」

    空とパイモンの辛辣なコメントを華麗に聞き流し、タルタリヤは話し続ける。

    「とある筋からの情報で俺の部下にネズミが紛れ込んでいるのがわかった。その裏切り者はとある人物の暗殺を画策している。――彼の名は丹鶴(たんかく)。透波(とうは)商会の会長だ。どちらかの名前を聞いたことは?」

    空とパイモンは顏を見合わせた。パイモンが黙って首を横に振る。空は曖昧な記憶を手繰り寄せつつ口を開いた。

    「確か……飛雲商会と同格の……商会?」
    「そうそう。この璃月において飛雲商会と透波商会は絶大な影響力を誇っている。彼らが抱えている商人の数は多く、手掛けている商いも盛んだ。それほど大きく権威のある商会の会長が何者かに暗殺され、裏で動いていたのがファデュイだと知られたら?」
    「璃月とファデュイの力関係が逆転する?」
    「逆転、とまではいかないだろうが、均衡は必ず崩れる。俺としては看過できない事態だ」
    「だから俺に暗殺を止めろって?」
    「そういうこと」

    タルタリヤが満足げな顏をして頷く。空は苦虫を噛み潰したような顔で杏仁豆腐を突いた。蓮華に突かれて、寒天がぷるぷる揺れる。

    「どうして俺に頼むんだ? 自分でやればいいじゃないか」
    「俺が動くだって? 冗談じゃない。そんなことをすれば、ファデュイにかかる嫌疑がますます強まるだけじゃないか」
    「じゃあ、俺じゃない誰かを雇う」
    「あのねえ」

    頑なな空の態度に思うところがあったのか、タルタリヤが唇をとがらせてむくれる。そういう愛嬌たっぷりの仕草が恐ろしいくらい似合うのがずるいところだ。無邪気さにあてられて毒気を抜かれてしまう。

    「俺が「公子」であると不特定多数の人間に勘付かれるのは不味いんだ。俺が外交官だと知られるのは構わないけれど、執行官という肩書きを知られると色々やりにくくなる。それに……魔神を呼び覚ました件で、璃月の人間はファデュイを快く思っていない」
    「これ以上の悪評を広めるわけにはいかない?」
    「そういうこと。だからモンドの栄誉騎士であり、璃月の大英雄である相棒の力を借りたいんだ。たまたま暗殺の場に居合わせた君が、自らの正義と信念によって悪を断罪した。さすがは高潔の士と人々は君を賞賛する。そういう筋書きが欲しいんだよ、俺は」
    「つまり公子は俺を隠れ蓑にしたいんだ」

    空が表立って動けば、ファデュイの思惑が絡んでいるとは誰も気付かないだろう。

    「引き受けてくれるかい?」
    「その話……ちっとも俺に旨味がないような気がするんだけど」
    「謝礼は弾むよ」
    「おお!」

    モラと食事を心の底から愛しているパイモンが瞳を輝かせる。しかし空はいまいち乗り気になれなかった。渋る空を見てタルタリヤがずいっと身を乗り出してくる。

    「こういうのはどうだい? 風神バルバトスの――神の心」
    「っ!」
    「君のお友達の大切なものを取り返す好機が訪れたとき、俺があらゆる手段を使って一度だけ協力してあげる。悪くない条件だろう?」
    「…………公子って嫌な奴だな」

    人心掌握に長けていて、相手を動かす術を知り尽くしている。空がため息をついて「わかった」と了承すると、タルタリヤはぱっと花が咲くように笑った。

    「それで? その暗殺っていうのはいつ起きるの?」
    「ああ、そうそう。実行されるのは――」

    杏仁豆腐に舌鼓を打ちながら、タルタリヤと空はひそやかに計画を練るのだった。



    タルタリヤに要人警護を依頼されてから二日後。空とパイモンは透波商会会長、丹鶴の邸宅を訪れていた。
    丹鶴は商人として名を馳せている人物だが、邸宅に見事な庭園を持っていることでも有名だった。庭園には一年に一度しか開花しないという月下麗人という花が植えられている。今夜は丁度その月下麗人が花を咲かせる一年に一度の日だった。
    丹鶴は毎年月下麗人が咲く日には璃月中の人々を邸宅に招待し、花を愛でるための酒宴を催す。
    タルタリヤが用意した招待状により、空とパイモンは客人として難なく酒宴に潜入することができた。

    「空、見てみろ! 美味しそうなご馳走がたくさんあるぞ! どれもきらきらでほかほかだ!」
    「ちょっと待って、パイモン」

    自分を置いてふらふら飛んでいってしまいそうなパイモンの手を空は咄嗟につかんだ。パイモンが宙に浮いたまま振り返り、不思議そうに首を傾げる。

    「どうしたんだ空。なんだか変な顏してるぞ」
    「頭の飾りが落ちそうで……それに服のせいですごく動き辛いんだ」
    「そうなのか? でも確かにおまえの頭、すっごく重そうだな!」

    透波商会の会長が主催する酒宴に普段着で参加するわけにもいかず。今夜の空はタルタリヤが用意した衣装を身にまとい、髪もきちんと結い上げている。
    上半身を覆っているのは長袍と呼ばれる長袖だ。絹でできた深緑色の服は足首が隠れるほど丈が長い。下半身を包むのは褲と呼ばれるズボンである。
    長袍と併せて褲もしくは裙と呼ばれるスカートを履くのが、璃月の一般的な服装である。
    しかし今日の空が着ているのは上等な生地で作られた代物である。
    長袍の襟ぐりと袖口には金糸で霓裳花を模した豪奢かつ繊細な刺繍が施されており、装飾にも金がかかっているのは明白だ。
    空が泊まっている宿に現れたタルタリヤと髪結い師が持ってきたかんざしもまた質のいい夜泊石を嵌め込んだ高級品らしい。
    髪結い師によって空の豊かな髪は頭頂部で団子状にまとめられ、余った髪はすべて背中に流している。
    歩く度に頭に刺さっているかんざしが抜け落ち、髪型が崩れてしまわないかと空は気が気でない。

    「ごめん、パイモン。俺、端っこのほうにいるから食事持ってきてくれる?」
    「お安い御用だぞ! 何か食べたいものはあるか?」
    「ミントの獣肉巻きは絶対食べたい」
    「合点承知!」

    空の要望を聞いたパイモンが一直線に食事が並んでいるワゴン目掛けて飛んでいく。この宴では食事と飲み物は立って味わうものらしい。

    (怪しい動きをしてる人は、今のところいないみたいだ)

    庭園の隅を陣取り、視界を横切る人々をじっと観察する。しかし殺気や闘気を発している人物は見つからない。

    (どんな手練れでも獲物を仕留める瞬間、必ず殺気を放つはず)

    たとえ自分の素性を偽ってファデュイに潜り込める刺客であろうと、気配を完璧に消すのは難しいだろう。
    注意を払っていれば、必ず暗殺者の手掛かりをつかめるはずだ。

    「あら? あなたはもしかして……旅人さん?」
    「あ、シコウさん!」

    声をかけられて振り向く。と、背後に立っていたシコウがにこやかに歩み寄ってきた。彼女の隣にはクロッサルの姿もある。

    「シコウさんとクロッサルさんも招待されてたんだ」
    「ええ、そうなんです。まさかこんなところで旅人さんにお会いできるなんて」
    「先日は迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。私が保身に走ってしまったばかりに、皆さんに迷惑をかけてしまって」

    先日とは翠珏石の一件を指して言っているのだろう。神妙そうな面持ちで謝罪をしてくるクロッサルに、空は「いえ」と首を横に振った。

    「俺たちのほうにもシコウさんに協力したい理由があったから。それに嘘をつかれたシコウさんがもう怒ってないなら、俺たちから言えることは何もないよ」
    「はは……。そう言ってもらえると助かります」
    「それより旅人さん、今日のお召し物とてもよく似合ってます。かんざしの彫刻も素敵です……少し近くで見てもいいですか?」
    「あ、私も! 私にもぜひ見せてください!」
    「あ、どうぞどうぞ」

    さすがは装飾品を手掛ける商人二人。宴の場であっても美しい細工物には目がないらしい。シコウとクロッサルに頭上からじろじろと覗き込まれている間、空は案山子のごとく突っ立っていた。

    「おーい空! 食べ物を持ってきたぞ! ん? おまえら何やってるんだ?」

    二人分の食事を持ってきてくれたパイモンが三人を見て目を丸くする。空は「ちょっとね」と苦笑した。

    「君のかんざしを見たら、最高の図案が思い浮かびましたよ! シコウさん、紙と筆はお持ちではないですか?」
    「いいえ。でもここの使用人の方たちに聞いてみたら用意してくださるかもしれませんね! 行きましょう、クロッサルさん! 旅人さん、今度はうちの店にもいらしてくださいね」
    「ありがとう、旅人さん! 楽しい夜を!」

    鼻息を荒くしたシコウとクロッサルが足早に立ち去っていく。二人の背中に手を振って空はパイモンに向き直った。

    「ありがとう、パイモン」
    「どういたしまして! 何がなんだかわからないけど、あの二人……」
    「結構いい雰囲気だよね」
    「だな!」

    パイモンから受け取った紙皿にはしっかりミントの獣肉巻きが乗っていた。肉巻きには爪楊枝が刺さっており、一口で食べられるようになっている。ほかにも水晶蝦やチ虎魚焼きなどが盛られている。

    「そういえばさっき香菱を見かけたぞ!」
    「え、ほんとに?」
    「シェフとして呼ばれてるみたいだった!」
    「そうなんだ。じゃあ、ゆっくり話はできなさそうだね」

    できれば近況報告をして親交を温めたいところだけれど、シェフとして呼ばれているなら目も回るほど忙しいに違いない。

    「帰るときに挨拶だけしていこうか」
    「だな!」

    パイモンが大きく頷く。

    「よう旅人! モンドで俺と会ったの覚えてるか?」「あら、旅人さん! この前はお願い事を聞いてくれてありがとう!」「ねえねえ、君は璃菜派? それとも月菜派?」

    二人でもぐもぐと美味しい食事を頬張っていると、様々な人が目の前で立ち止まり話しかけてくれる。モンドの栄誉騎士であり璃月の大英雄であり、一介の善良な旅人である空には、いつの間にかたくさんの知り合いができていた。
    テイワットの人々はみな異邦人である空に親切にしてくれる。
    いつかはさよならをする日が来るけれど、心優しい人々がたくさんいるこのテイワットが大好きだと空は改めて思う。

    「皆様! ご歓談中のところ、誠に申し訳ありませんが庭園中央にお集まりください。月下麗人がもうすぐ――満開のときを迎えようとしています!」

    恰幅のよい髭面の男性が唐突に声を張り上げる。物思いにふけっていた空はハッと我に返った。

    「なあ、空。あの人って」
    「うん。丹鶴さんだ」

    タルタリヤに見せられた似顔絵と男性の特徴が見事に一致している。丹鶴を視界に入れた瞬間、空の脳髄を稲妻が走り抜けた。

    (みんなの意識があの人から逸れて月下麗人に集中する)

    その瞬間こそが暗殺の好機となる――! 空は思いきり地面を蹴った。「空!?」パイモンが驚愕して名前を呼ぶ。しかし止まっている暇はない。腰を低くして人混みをかわし、丹鶴との距離を縮める。

    「さあ、この美しい光景をとくとご覧ください!」
    「駄目だ下がれ……っ!」

    丹鶴のそばに控えていた使用人が懐から短剣を取り出すのが見えた。空は腰に手をやって歯噛みする。

    (しまった……っ!)

    この宴には武器の持ち込みが禁じられていて、ボディチェックも厳しく、空は愛用している得物を持ち込むことができなかったのだ。それをうっかり失念していた。

    「きゃあああ!」「誰か止めろ!」「まずい!」「何事だ!?」

    このあとに起きる惨事を予想して招待客が悲鳴をあげる声が聞こえる。空は反射的に頭に刺さっているかんざしを引き抜いた。狙いを定めて渾身の力で投げつける。手の平を突き出し、意識を集中させる。

    「旋風の剣……っ!」

    腕の先で風元素が爆発し、かんざしが加速する。風を受けて飛来速度を増したかんざしが、刺客の胸を見事に貫いた。ビチャ、ビチ。飛び散った鮮血が月下麗人の白く滑らかな花びらを紅く染める。

    「っは……はあ、はあ、ふー……」

    暗殺者が動かなくなったこと、丹鶴が生きているこを確認し、空はどさりとその場に崩れ落ちた。

    「空、大丈夫か!?」
    「あ、あなたは……璃月を救ってくれた旅人……っ!?」

    パイモンと丹鶴が駆け寄ってきたのは同時だった。丹鶴を見上げて空は微笑む。

    「あなたが無事でよかった……」
    「空も無事だな!? どこも怪我してないな!?」
    「うん、大丈夫だよ、パイモン。心配してくれてありがとう」

    瞳に涙を溜めてぐるぐると空の周りを旋回するパイモンを手招きする。腕に飛び込んできたパイモンを空はぎゅっと抱き締めた。
    パイモンの温もりを感じながら、空は再び丹鶴に視線を戻した。

    「丹鶴さん、宴を台無しにしてしまって、ごめんなさい。花も汚してしまって」
    「いいえ、いいえ! あなたは私の命を救ってくれた恩人です! 誰か水を! それと休める場所を用意してくれ! それと千岩軍へ連絡を!」

    周囲がざわざわと動き出す。暗殺者の身柄は速やかに千岩軍に拘束され、月下麗人の鉢植えは別所へと運ばれた。招待客たちは心配そうな表情を浮かべつつも、談笑を再開し、庭園は徐々にもとのにぎやかさを取り戻していく。
    空はといえば丹鶴から山ほど感謝の言葉を浴びせられ、贅沢すぎるほどのもてなしを受けてしまった。
    宴が終わるまでずっと丹鶴は空を自分のそばから離そうとせず、宴が終わり、彼の邸宅をあとにした頃には空はすっかり疲れきっていた。
    褒めてもらえるのは嬉しいが、同じような言葉を何度も聞かされるのは空にとっては拷問だった。

    「パイモンごめん……先に宿に戻っててくれる?」
    「わかった。けど、あんまり遅くなるなよな」
    「うん」

    少しその辺りを散歩してささくれ立った神経を鎮めてから帰りたい。みなまで言わずともパイモンには空の気持ちが伝わったらしく、彼女は静かに夜の闇の中へと消えていった。
    空は静かな場所を求めてふらふらとさまよい歩く。

    「――やあ。今回も見事な活躍だったね」
    「……公子」

    人気のなくなった璃月港の桟橋まで来たとき、どこからともなくタルタリヤが現れた。空はさして驚かず、桟橋にあぐらをかいて座る。

    「丸腰であいつを仕留めるなんてさすがだよ。俺ならかんざしを手に取るまでの間に君を殺せただろうけれど」
    「……うるさいな」

    悔しいがタルタリヤの言葉は正しい。タルタリヤであれば空の一瞬の隙を見逃さず、あの瞬間に自分は殺されていただろう。
    剣を刷いていないのを忘れて、自分がどのように動くべきか頭の中で算出できていなかったのは空の落ち度だ。
    自分の未熟さを久しぶりに思い知らされた。

    「落ち込んでるの? それとも不貞腐れてる? どっちでもかわいいけど」

    空の隣に腰を下ろしたタルタリヤが顏を覗き込んでくる。空はフンと鼻を鳴らして顏を背けた。

    「どうせどこかで全部見てたんでしょ」
    「ふふ、まあね。だって君がどうするのか興味があったから。さっきは少し意地悪を言ったけれど、かんざしを得物として使った君の機転の良さには感心しているよ? 玄人はだしのお手並みだった。かんざしは古来より暗器としても使われていたからね。それを人殺しの道具として使うなんて、凄腕の暗殺者も顔負けだ」
    「俺はあの人を殺してない」
    「まあ……そうだね」
    「何その含みのある言い方」
    「相棒だってわかってるだろ? ファデュイの裏切り者が辿る運命は決まってる」
    「…………もう黙ってくれない? 俺今すごく疲れてるんだ。誰かと話したい気分じゃない」
    「おっとそれは大変だ。なら俺が膝枕をしてあげよう」
    「…………」

    もはや突っ込むのも面倒になり、空はぱたんと横向きに倒れ込んだ。タルタリヤの膝に頭を乗せ、ゆっくりとまぶたを閉じる。
    ザァン、ザザァ。鼓膜をやわらかく震わせる波の音を聞いていると、少しずつ体の力が抜けていく。
    タルタリヤが空の髪を縛っていた結い紐をほどき、髪を手櫛で梳いてくれる。それだけで頭がぐっと軽くなった。慣れているのかタルタリヤの手付きからは戸惑いが一切感じられない。

    「公子」
    「ん? なあに?」
    「俺……もっと強くなれるかな」
    「なれるさ。相棒なら必ず」
    「そう……なら、いいや」

    今日の小さな失敗は朝になったら忘れてしまおう。食事が美味しくて、海の子守歌が優しくて、タルタリヤが慰めてくれたのがほんの少しだけ嬉しい。
    そういった小さな幸せを大事に抱きしめて生きていく。

    「タルタリヤー……俺が寝たら……宿まで送って……」
    「はいはい。相棒って本当に甘えるのが上手いんだから……」

    ずるいよ。本当にずるい。タルタリヤが何かを呟くのが聞こえた。しかし半分眠りかけている空には彼がなんと言ったのか聞き取れなかった。額に押し付けられたやわらかな唇の感触も、空が知ることはなく。
    ただ月と星と海だけが二人を静かに見守っていた。
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