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    unhkiss

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    伝説任務の幕間補完。限りなくただの主従に近いゴロ心。

    #ゴロ心
    grotesqueHeart

    朝まだきすら遠いところで息をするうららかな日差しが大地に降り注ぎ、ホーホケキョとどこかでウグイスが鳴いている。空の青は淡く、糸のような雲が細くたなびいているのが見える。
    今日は和平を結ぶのに相応しい青天だ。しかしゴローの胸中には暗雲が立ち込めていた。

    (なぜか胸騒ぎがする……珊瑚宮様はご無事だろうか……)

    ゴローは和平交渉の場では自分が心海の警護に当たるものだとばかり思っていた。しかし蓋を開けてみれば、ゴローに与えられたのは別の任務だった。
    和平交渉の場に精鋭たちを連れて行ってしまえば海祇島の警備が手薄になる。
    自分が和平交渉に赴いている間、万が一の事態が起きた際は、貴方にここで暮らす人々を守ってほしいのです――と心海はゴローに語った。
    和平交渉には空も一緒に行く。彼の強さは折り紙つきで自分の身の安全は保障されている。ならば貴方には別の戦いをしてほしい。島に散らばっているファデュイの拠点を一つ残らず叩くのです。
    真剣な眼差しで厳かに語る心海にゴローが逆らえるはずもなく。和平交渉を結ぶため海祇島を出て行く一隊をゴローは泣く泣く見送ったのだった。
    それと同時に数ヶ月前から見張っていたファデュイの拠点でも動きがあった。複数の拠点に出入りしていたファデュイたちが隊列を組み、一斉に珊瑚宮を目指して動き出したのである。
    ゴローは部隊を引き連れて遊撃戦を繰り返した。
    狙いを定めて矢を放つ。相手の背後に回り込み確実に首を仕留める。戦っている間は心海のことを忘れられたが、補給の時間になるとどうしても落ち着かずゴローは弓をずっといじっていた。
    伝令から和平交渉終了の報せを受けたゴローはただちに哨戒任務を切り上げ、部隊を引き連れて珊瑚宮へと帰還した。

    「――珊瑚宮様ッ!!」

    和平交渉ではまずまずの成果を得た。心海も兵士たちも誰一人命を落とすことはなかった。しかし途中で少しばかりの問題が発生した。
    伝令から詳細を聞きゴローは気が気ではなかった。「少しはお休みになってください!」という部下の制止も振り切り、宮内にある謁見の間へと駆け込む。
    武装も解除せず宮内に飛び込んだゴローに巫女たちはかんかんだったが、説教なぞ聞いている暇はなかった。

    「珊瑚宮様! ですから俺を連れて行ってくださいと言ったんです! あれほど危険だと言ったのに!」

    謁見の間には心海と空とパイモンが揃っていた。心海は厚みが十センチほどあるイグサでできた敷物の上に膝を揃えて座っている。背後には衝立式の衣桁があり、白藍色に染められた打掛が飾られている。
    心海の正面には文机があり、それを挟んで彼女と空たちは向かい合っていた。光源は部屋の四隅に置かれた行灯でいささか心許ない。
    殺気立つゴローとは対照的に三人はくつろいだ雰囲気で湯呑みを手にしている。にわかには信じがたい光景だった。
    耳と尻尾の毛を逆立て怒気を振りまくゴローを一瞥した心海は、束の間考え込むような表情を見せ、次いでたおやかな微笑みを浮かべた。

    「申し訳ありません。席を外していただけますでしょうか? ゴローと二人きりで話をさせてください」
    「うん。俺たちはもう帰るよ。まだしばらくは島にいるから」
    「今日はお疲れ、心海! ゆっくり休めよ! ゴローもな!」
    「今度時間のあるときに話そう」
    「……ああ。そう、だな」
    「それじゃ」

    暇を告げて空とパイモンがゴローの横を通り過ぎていく。のんびりとした足取りで謁見の間を出て行く二人――パイモンは空を飛んでいるわけだが――を見送り、ゴローは心海に視線を戻した。

    「珊瑚宮様、」
    「ゴロー、哨戒任務ご苦労様でした。お茶を一杯いかがですか?」

    文机に置いてあった空の茶碗と急須に心海が手を添える。ゴローは慌てて制止した。

    「っ! お待ちください、お茶なら自分で淹れますから! いえ、そうではなく……っ!」

    ゴローはぶんぶんとかぶりを振って武装を解除した。ずっと握りしめたままだった弓を元素に戻し、「失礼します!」と先程まで空とパイモンが座っていた場所に正座する。

    「珊瑚宮様!」
    「はい、なんでしょう?」

    心海が口元に笑みを刷いたまま首を傾げる。ゴローの怒りを目の当たりにしても動じた様子がないのはさすがである。

    (さすがは珊瑚宮様。こんなときでも表情が変わらな……待て待て!)

    ゴローはほだされるんじゃない! と自分を叱咤した。会話の主導権を彼女に握られるわけにはいかない。ゴローにはどうしても彼女に伝えたいことがあるのだ。
    おっとりとした語り口と穏やかな雰囲気に流されて結論をうやむやにされてしまったらたまらない。

    「和平交渉の場でファデュイが何かを仕掛けてくることは、火を見るよりも明らかでした」
    「ええ、そうですね」
    「でも、まさか、天領奉行と抵抗軍の共倒れを画策していたなんて……。うちの奴らが先に動いたと聞いて、俺は生きた心地がしませんでした」
    「…………」

    もしも先走った兵士たちによって九条娑羅が殺されていたら、その場で乱戦が始まっただろう。心海の玉体も無事では済まなかったかもしれない。戦火は瞬く間に拡大し、また戦争が始まっていたに違いない。

    「珊瑚宮様にもし万が一のことがあれば、俺は自分を許せなかったでしょう。なぜあなたの命令を無視してでも和平交渉の場に赴かなかったのかと、一生後悔したはず」
    「ゴロー、それはあなたの考えすぎというものです。そうならないために私は‘彼ら’を、」
    「それが納得できないと申し上げているんです!」
    「ゴロー…………」

    敵に矢を射掛けながらゴローは考えずにはいられなかった。なぜ彼らは珊瑚宮様に選ばれたのか。なぜ自分では駄目だったのか。

    「和平交渉の立会人として相応しいのは彼らだと珊瑚宮様は仰ったそうですね」
    「……否定はしません」
    「俺ではあなたのそばに侍るのに相応しくないということですか。ずっとあなたと行動を共にしてきた俺よりも、出会って間もない彼らのほうが……っ」

    ゴローは心海の顏を直視できず眼差しを伏せた。子供のような駄々を捏ねて彼女を困らせてしまっているのが惨めだった。
    嫉妬心を抑えきれず心海に八つ当たりするなど、男の風上にも置けない所業である。
    空はゴローよりも強かった。否――抵抗軍の誰よりも強かった。戦場を流星のように駆け抜け、何度も自分たちの窮地を救ってくれた。
    そんな空を心海が重用するのは当然のことだ。そもそも彼らを抵抗軍に引き入れたのはほかでもないゴローなのだ。心海に不平不満をぶつけるなどお門違いもいいところである。

    「申し訳ありません、珊瑚宮様。今俺が口にしたことは忘れてください。……末端の兵士たちがファデュイにたぶらかされたのは、俺の責任です。俺の管理不行き届きが今回の事態を招いたも同然。どんな処罰も受け入れる所存です」
    「その必要はありません、ゴロー。顏を上げてください」

    そっと優しく名前を呼ばれ、ゴローは視線を持ち上げた。心海はやはり微笑みを浮かべてゴローを見つめていた。ゴローを見つめる眼差しは温かく、拒絶の色はない。彼女の顏を見てゴローは胸を撫で下ろした。

    (珊瑚宮様から愛想を尽かされてしまったら、俺は……どうしていいかわからなくなる)

    ゴローの言動は心海の不興を買うものではなかった。それだけのことに安堵する自分がおかしいやら情けないやらで、ゴローは思わず苦笑した。

    「今回の事態を引き起こした兵士たちはあなたの直属ではありません。そんな彼らの行動を四六時中見張るのは玉が生っている枝を持ち帰るよりも難しい。よってあなたの責は問いません。ですが、私からあなたにお願いがあります、ゴロー」
    「お願い、ですか?」
    「戦後に生じる混乱から海祇島を守るため、私は秘密軍隊の設立を決意しました。あなたには隊員の指導を頼みたいのです。引き受けていただけますか? ゴロー」
    「そのような大役を俺に……?」
    「あなた以外に誰がいるというのです」

    喋り疲れたのか心海が、ふう、と息をつく。ゴローは膝立ちをして急須に残っていた緑茶を心海の茶碗に注いだ。緑茶はすっかり冷めてしまっていたが、乾いた喉には丁度いい。

    「ありがとうございます、ゴロー」

    心海がゴローを見上げて心底嬉しそうにはにかむ。作り物の笑顔ではない。彼女の心の動きから生じた本物の笑顔にゴローは目を奪われた。

    (この人は無邪気に笑っていると一気に幼くなるな……)

    少女らしい年相応の笑顔はとてもまばゆく愛らしい。そうだ。兵士として戦いに身を投じているとつい忘れてしまうが、彼女はゴローといくつも変わらぬ少女なのだ。
    現人神と崇め奉られているが、心海はほかの人と何も変わらない。その細い肩に圧し掛かっている重圧を分けてもらうために、ゴローはここにいる。
    彼女が誰を一番信頼しているかだとか。誰が一番彼女に評価されているだとか。そんな雑念に取り憑かれて己の眼を曇らせるような未熟者は、この場にいる資格がない。
    心海から求められている役割をきっちりと全うする。そして彼女の負担を取り除く。それが出来ればゴローは満足なのだ。

    「ゴロー、私は和平交渉にあなたを連れて行きませんでした。そして立会人にあの二人を選んだ。それは空とあなたの強さに優劣をつけたからではありません。――誰よりも私の心を理解してくれているのがあなただからです、ゴロー」
    「え……?」

    心海の台詞にゴローは目を見開いた。それは彼にとって青天の霹靂だった。

    「あなたは誰よりも忠義に厚い私の臣下です。たとえ距離があったとしても、あなたは私の意を汲んで最良の結果を獲得してくれる。そう信じたからこそ、哨戒任務をあなたに命じたのですよ。旅人は敏い方ですが、私とは以心伝心というほどの仲ではありません」
    「あの、それって、つまり、あの、」

    畳み掛けられた数々の台詞を処理できず、ゴローは目を回しそうになる。抵抗軍の大将を任じられたときから、一定の信頼は得ていると自負してきた。
    自分の活躍があの方の目に留まった。心海は多少なりとも自分を高く買ってくれている。だからもっと頑張ろう。そういうふうにゴローは自分を奮い立たせてきた。

    「あなたは私の懐刀。であるからこそ臨機応変の判断が必要となる任務をあなたに任せたのです」

    しかしまさか。誰にでも分け隔てなく接する心海が、ゴローの存在を「懐刀」と称するほど重要視してくれているなど、まったく知らなかった。
    頬が急速に熱を持ち、耳がカッカと火照る。ゴローがはくはくと口を開け閉めさせていると、心海は「あらあら」と目を丸くした。

    「顏がゆでだこのようになっていますよ、ゴロー。尻尾も揺れていますね」
    「珊瑚宮様……からかうのはやめてください……」

    ゴローは両手を背後に回して尻の付け根を抑えた。それでも尻尾はゴローの意に反してぶんぶんと動き続ける。みっともない。穴があったら入りたい。

    「心のつかえは取れましたか? ゴロー」
    「わかっていてお聞きになっているでしょう……」
    「うふふ。それでも私はゴローの本心を聞きたいのです」
    「ぐ……。珊瑚宮様……俺はあなたの矛であり、盾でもあります。あなたの望みは俺が叶えます。――俺をどう使うかはすべてあなたの自由です。珊瑚宮様」
    「ありがとうございます、ゴロー。あなたの忠誠に心からの感謝を」

    心海が深々と頭を下げる。ゴローもまた彼女に倣って土下座をした。夜明けはまだ遠く、闇は深い。彼女の隣で美しい朝日を拝むまで、ゴローは決して歩みを止めないと心に誓った。
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