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    702_ay

    DC(赤安)、呪術(五夏)の二次創作同人サークル『702』のアカウントです。
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    WEB拍手≫ http://goo.gl/6ueeZP /
    杏樹(@xxanjyuxx)*ゆず(@_yu_zu)

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    702_ay

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    <2/3 帳の中の誕生日会>
    3/21 俺達最強2(春コミ)発行予定の転生パロ(記憶あり×記憶なし)本(R18)のプロローグです。
    校正前のため発行時には大幅な加筆修正が入ることになると思います。

    ##五夏

    ――五条君、知ってるかい? 自分の物語を楽しめるのは自分だけなんだよ
     そう言って笑っていた男は、今、自分のそばにいない。

    「……」
     唐突に目が覚めた。睡眠と覚醒の中間というものは存在せず、目を開けた瞬間から様々な情報が一斉に頭の中に流れ込んでくる。布団の柔らかさに、今日の天気や気温。窓の向こう側からの騒音。最後は部屋の匂い。あと味覚もあれば、五感のすべてを使用した情報になったのだろうが、残念ながら起き抜けに味覚を感じることは難しいだろう。それでも、味覚以外のすべてを一瞬にして判断することができるくらい、はっきりとした目覚めだった。
     目の前の白い天井が、息遣いに合わせてゆっくりと揺れる。ようやくじっとりと寝汗をかいていることを自覚した。部屋の中の空気はぴくりとも動かず、どことなく重いせいだろうか。だが。
     穏やかな夢を見ていたはずだ。穏やか過ぎて目覚めたくないと思うほどに。なのに、目覚めるとその夢の残滓は何ひとつ残っていなかった。目覚めと同時に霧散して空気に溶けてしまったらしい。呼吸と一緒に記憶から抜け出していっているんだなんて考えてばかげていると息を吐きだす。
     ゆらりと天井が揺れる。天井というのは語弊で、実際はそこに映る光の帯だ。そのせいで海の底のようだと思う。カーテンと光のベールが織りなす模様は水面のように見えて。
    (海の底を見ているみたいだ。傑と行った沖縄の海みたいな……)
     遠い過去に置いてきた記憶とリンクする。いや、あの時のほうが水面はもっと輝いて綺麗だったと頭が訴えてくる。海なんて何度も見たことがある。写真でもテレビでも、それこそ任務で行ったことだって。だが、それのどれよりも光り輝いていた。水はこんなにも綺麗で、太陽は眩しいのかと当たり前のことを当たり前に思うほど、何もかもが美しかった。
     そんな温かな夢を目覚めの直前まで見ていたはずなのだ。今。もう一度、眠気を後頭部に呼び起すことができれば、覚醒した意識もとろんと微睡みに落ちてくれるだろうか。淡い泥のような夢に包まれれば、再び深い睡眠へと誘ってくれるかと思ったのに、一度はっきりと目覚めてしまったため最後まで意識が沈みきることがない。浅いところで睡魔が浮き沈みを繰り返している。眠気に恋焦がれていても、一方通行の思いは成就されることはないらしい。
    (絶対、今日はもう一度寝てやる……)
     意地でも眠気を呼び寄せようと羊を数える真似までした。民間療法だ。それも英語圏での。だったら日本人はどうすればよかったんだろうか。呼吸に合わせて数字を一から十まで数えればいいと言っていたような気がする。あの男が。こんなどうでもいいようなことも、すぐにアイツに繋がることさえ悔しい。
     そんなことを思っていると、アラームがけたたましく鳴った。音をシャットアウトするには悪あがきだろうと枕の下にスマートフォンを隠し、自身は布団の中に潜り込んだがやはり効果はないに等しい。音の代わりに細やかな振動とくぐもった音が耳に忍び寄ってくる。聞かない、知らない、と思っていたのだが、どうしても気になってしまう。こうなるとさっさと起きて、寝汗でべたつく体をすっきりとさせるためにシャワーを浴びるほうが時間を有意義に使える。
    「……起きるか」
     ゆっくりと体を起こす。首を左右に動かせば、小さくポキポキと音が鳴った。鼻から空気を吸って、細く長い息を吐き出していると、行動を急き立てるアラームが朝の爽やかな空気を壊してくる。どうやってでも起こそうとしてくるアラームに、早々に白旗を振って。
    「今日もまた退屈な一日の始まり、か」
     腹が立つほど鮮やかに晴れ渡っている空に嫌気がさした。



    「おはー」
    「……おはようございます、先輩」
     迷いのない足取りで教室に入り、大あくびしながらプラチナゴールドの髪の男のひとつ前の席の椅子に座った。しかも本来座るべくしての座り方ではなく、背もたれに組んだ腕を乗せて座席に跨るように反対に向いて。
     向かい合って座った男は眠気の欠片のひとつも存在していない。ついっと視線を動かすだけのおざなり加減だ。挨拶だって、声をかけられたから仕方なく返したのだろう。
     挨拶をすれば用は終わったとばかりに、手元の文庫本へ興味の対象を戻していた。何を読んでいるのか知らないが、飽きもせず、毎日熱心なことだ。次から次へと新しい本に変わり、終わりなく読み続けるなんて。とりあえず昨日読んでいた文庫本とブックカバーが変わっているので、今日は新作の話になっていることは確実だ。ちらっと覗いたときに両面びっしりと小さな文字の羅列で埋まっていたため、秒で眠気が押し寄せてきた。よくあんなものを読んでいられる。
     以前、まっすぐに伸びた背筋に物差しが入っているんじゃないの? とからかったことはあったが、そういう性分です、と一刀両断されて終わった。それくらい真面目な男だ。取扱説明書があれば、A4一枚どころかA6で終わりそうな。
     反応の薄い男を前にスマートフォンを取り出し、面白いよ、とクラスメイトが言っていたソーシャルゲームを起動した。レアカード獲得のためのガチャはたいした課金もせずに出すことができて、こんな所でも人生イージーモードを満喫しているらしい。あのレアカードが欲しい! なんて情熱もなく、たぶん明後日には飽きていると思う。また、利用しなくなったアプリのアイコンがスマートフォンの画面に増えるだけ。
     文字を追いかけているとばかり思っていた視線がこちらに向けられている。後頭部。つむじのあたりに熱い視線を感じ、なぁーに? と声だけ上げた。さっきまで存在ごと無視をされていたのだ。すぐに反応を返すのは面白くない。姿勢は変えずに適当にスマートフォンの画面をタップする。
     先輩は、と確認するような声音が響いた。
    「どうして毎日この教室に来るんですか?」
    「七海がいるから」
    「そういうことではなく、」
    「えー。七海に会いに来てるに決まってるじゃん」
     下からのぞき込むと青緑色の瞳が細められ、これ見よがしに息を吐き出される。
    「はぁ。ここに座っているだけなら、クラスメイトのかたと話したらどうですか? 先輩と話したがっている人はたくさんいるでしょ」
     主に女性のかたが、と七海は視線を向けることなく廊下だけに留まらず教室のいたるところで、こちらを確認している集団のことを言っているようだ。まるで見せ物のような状態になっている。
     横目でその存在を確認すると、あれはオマエと話したいんじゃねぇの? と首を傾げつつ、思いついたとばかりに口角を上げた。
    「えー。僕が他のヤツと話してたら、教室の隅っこで本ばっかり読んでる七海が一人ぼっちになっちゃうのがかわいそうだからじゃん」
    「かわいそうって……私は本を読む時間が好きなんです」
     しかもここは私の座席です、とたまたま座席が教室の一番後ろの端になっているだけだと主張してくる。
     実際、七海が言っていることは嘘ではないのだろう。毎日押しかけ、前の席に陣取り何か話をするわけでもなく、本を読み続けることもないはず。本当に一人で本を読む時間は七海にとって有意義な時間となっている。
     確かに『七海建人』は読書が好きだった。多分。
     定時ですから、と仕事を終わらせ、カフェで書籍を読んでいる姿はよく見かけたことがある。だから好きなのだろうと思っているが。学生時代の七海はそこまで本を読んでいるイメージはなかったのだ。タイミングだったのだろうか。押しかけた寮の部屋の本棚には確かに本で埋め尽くされてはいたが、読んでいる姿はあまり見なかった気がする。いつも七海の隣に男がいて。そいつと話している姿を見ていたからだろうか。そいつがいなくなってからは、今のように本を読む姿をよく見かけるようになった気がする。そう思うとふと七海の隣にいた黒髪の男が思い浮かんでしまうのだ。
     オマエもやっぱり『誰か』を探してんの? ほら、黒髪短髪で人懐っこいソーシャル距離ゼロです! みたいな、特技が大食いで米が好物な憎めない元気なやつ。そいつをお前も探してんの?
     喉元まで出かかった言葉は音になることはなかった。自分の体が二つに分かれて、もう一人の自分が言葉を抱え込み、声を奪ってしまったみたいに。
     黙り込むのは自分らしくない。信用も信頼も向けられていても、尊敬はされないのが『七海建人』からの評価だ。飄々として掴み所がなく、軽薄な振る舞いをしなければと、会話の糸目を繋ぎ合わせるために口を動かしたいのに言葉が思うように出てこない。思考がすべて過去に持っていかれたような感覚だ。
     相応しい言葉を空中に探し求めていると、その必要はないというようにチャイムが鳴った。
    「チャイム鳴りましたよ」
    「どうせ予鈴じゃん」
    「確かに予鈴ですが、先輩が座っている席の人が困っているので、お引き取りください」
     ぴしゃりと言い放った七海の言う五条が座っている席の人間が慌てて、まだ大丈夫っすから! と大声を上げるだけでなく、手までも大きく振って問題ないと全身で訴えてくる。大丈夫みたいだけど? と七海に視線を向けてみるが、態度を変える気はないらしい。
     仕方なく床を蹴るようにして椅子から立ち上がれば、抱え込んでいた体温と一緒に空気が動いて一斉に逃げ出す。なんだか、言われるまま教室に戻るのは負けた気がするが、ここで駄々をこねたところで五条が求める人間が迎えに来ることはない。
    「ちぇー。まぁいいや。んじゃ、また昼休みに来るからー」
    「いえ、来ないでください。迷惑ですから」
     先輩相手にも関わらず、相変わらず遠慮がない。七海のこの態度が照れ隠しであることは知っているため、何を言われても気にならず、むしろ辛辣な言葉を投げられるほうが気分がいい。宣言通りに昼休みに訪れても、不在にしていることなく向かい合って昼ご飯を食べるのだ。
     何も、誰も覚えていない。自分の知っている七海であって『七海』でない男と一緒に。それでも。
    (誰もいない世界より断然ましだ……)
     慌ただしく教室に向かう生徒たちの中をゆったりとした足取りで自分の教室に向かった。



     『五条悟』は人生を三巡している。
     もちろん一巡目は呪霊という人間に害を成す存在を、無下限呪術と六眼を併せ持った最強の男――五条悟が祓除を行っていた人生だ。その時の人生をオリジナルと表現すれば、オリジナルの記憶を持ったまま、すでに三回生まれ変わっている。その三回の人生で一度もあの男に、夏油傑に会うことができていない。なんでもできる自分に神が嫉妬するにしては、悪趣味な嫌がらせだ
     一巡目。
     誰にも出会わなかった。世界にポツンと一人ぼっちだ。
     前世の記憶があることに違和感はなかった。オリジナルの『五条悟』がどうなったとか。世界が呪われることはなくなったのだろうかとか。そういう事を疑問に思うことなく、ああそんな人生もあったなと受け入れていた。むしろこの世界でならあの世界では、別の道を選んだ親友と一緒にいることができるのではないかと思ったくらいだ。
     夏油傑に会う。それが、オリジナルの記憶を持ったまま生まれ変わったこの人生における意味だと信じて疑わなかった。
     手っ取り早く夏油に見つけてもらうために俳優をすることにした。夏油が好きそうな映画ばかりに出演して。多種多様なジャンルの出演依頼を断り、仕事を舐めていると言われようと、B級映画ばかりに拘ったのに、一度だって夏油は会いに来てくれなかった。
     趣向が変わったのだろうか。だったら、もっと有名になればいい。見ない日がないと言われるまでになれば、夏油は会いに来てくれるだろうか。もしも日本で一番になってもダメだったら、この世界中で一番になって。見たことなんてないなんて言わせない。そうすればいいだけだ。
     B級映画だけに絞っていた仕事の路線を変更し、駅前にでかでかと掲載される広告やCMにバンバン出て、『五条悟』がメディアに出ない日はないと言われるまで頑張ったのに、それでも夏油は現れなかった。
     この時は考えもしていなかったんだ。夏油が五条を避ける可能性も。ましてや必ず同じように生まれ変わっていると信じて疑わなかった。
     二巡目。
     家入に出会った。はじめて自分以外のかつて関わりがあった人間に出会った。
     真夏のクソ暑い日だ。夏油が言っていた普通の学校生活をするために、電車で通学していた。人で溢れかえっている駅構内。あー、これが傑が言っていた満員電車か、なんて思いながら人混みに紛れていた。頭一つ分飛び出ているため、満員電車だろうとそこまで窮屈さは感じない。人に押されて押し返して、もはや自分の力で立ってないんじゃない!? と最初こそ楽しんでいたが、一週間もすれば飽きた。
     今日もこれに乗るのか。面倒だな。もう学校なんか行かなくていいか。
     ぼんやり考えながら駅のホームに歩いていると、知らない女子生徒とぶつかった。半泣きになってすみませんと言う女子生徒に、あ? と凄んだところで、謝ってんだから許してやりな、と女子生徒との間に割って入ってきた女がいた。ぱちりと瞬く。肩までの髪に気の強そうな瞳、硝子ちゃん、とその知らない女子生徒が呟いた名前に胸が熱くなった。
     硝子。そう口にしたはずの声は音にならなくて、家入はさっさとぶつかってきた女子生徒と電車に乗って行ってしまった。去って行った後ろ姿を追いかけるように、視線を小さくなっていく電車に向けた。たしかあの制服は近くの女子高のものだったはずだと、すぐさま記憶を掘り起こして。
    ――来ると思った、バカ五条
     放課後。家入の通っている女子高の正門の前で待っていると、なんてことない顔をして『家入硝子』が現れた。
     女子高にしたのは前世でオマエたちを筆頭にクズどもばかりだったことに嫌気が差したから、なんて言われたが。かつての話ができることが嬉しくて、毎日家入の学校に通った。必然的に付き合っているなんて噂が囁かれるわけで。家入は心底迷惑だと言っていたものの、互いにそんな気がこれっぽっちもないため、所詮噂でしかない。
    そうして、季節がひとつ、ふたつと巡って。
     寒っとマフラーに首を縮こめさせ白い息で視界を染める。はらりと舞い始めた粉雪にそりゃ寒いわけだと納得した。もうじき、あの日がやってくる。世の中が馬鹿みたいに浮かれる日。反対に五条は嫌いな日だ。
    ――私たちって本当に十七歳かな?
    ――なに突然? なに言ってんの?
    ――だって、これって言わゆる転生ってことだろ? 非科学的なこと信じたくないけど、ばっちり記憶があるんだから信じないわけいかないか
     空を見上げながら言われるのに思わず首をかしげてしまった。ダブってもいないので高校二年生は十七歳だ。それに産まれた年や年齢で十七になるはずだが。それに、この世界に呪霊は存在しないはずだが、似たようなものは存在する。迷信やお化けなどはその最たるものだと家入も理解しているはずだ。
     もしかしたらこの生では自分たちが非術師になっているだけで、暗躍している術師は存在しているのかもしれない。陰謀論者ではないが、そんなことを思ってしまうくらいには呪霊は確かに存在していたのだ。
    ――呪霊は非科学的じゃねぇのかよ
    ――あれは本当に居たんだから非科学的じゃないよ。
     だって居たんだもん、とこともなげに言ってくると空を見上げていた瞳を五条に向けてきた。
    ――何度転生してるんだろうなって思って。こうして一回は確実にあるわけじゃん。それなら覚えていないのがあるかもしれないだろ。仮に八十まで毎度生きたとして、それが百回くらい生まれ変わってたら……
     今八百歳か? とけらけら笑い始める。その考えはなかった。自分がもっと生まれ変わっているかもしれになんて。
    ――覚えてねぇこと言っても仕方ないだろ。俺たちが出会った、あの呪霊と戦ってた世界がオリジナルでいいの
     そっから数えとけ、と言えば本当自分本位だなと笑われた。
     二人だったから。呪霊なんて単語がでてきたからか、余計に自分たちのそばに『夏油傑』がいないことに違和感がにじみ出る。うなじをチクチクと刺すようにゆっくりと溢れていく違和感。そのせいで無意識に誰もいない空間に声をかけてしまった時だった。家入が、やっぱり五条はアイツのこと探してんの? と聞いてきたのは。
     もちろん頷いた。当然だ。一回目に生まれ変わった世界で再会することはできなかったけれど、この世界でなら、また『夏油傑』に会えるかもしれない。この世界でなら、また『夏油傑』と親友になれるかもしれない。だから当然探しているに決まっている。それ以外の答えがあるはずがない。
     今まで一度も聞いたことがないとは言え、話題に出ることがなかったため、家入が夏油の居場所について知っているとは思わなかった。食い気味に所在地を聞けば、家入は静かに首を振る。知らないと答えられ、さらには。
    ――だけどさ、それは五条が知ってる夏油じゃないだろ。別人じゃないか。今、五条と会話をしている私はたまたま記憶があったけど、やっぱり前の『家入硝子』とは違うし。多かれ少なかれ、どっかは違う訳じゃん。そもそも記憶がない場合だってあるわけだろう? それに……それに、あのバカは思い出さないほうが幸せかもしれないだろ。むしろ自分で忘れるという選択をしているかもしれない
     それでもオマエは夏油を探すのか?
     言葉が消失した。うまく説明ができない。遠くの方で誰かにパソコンの電源コードごと無理やり引き抜かれたように。
     別人だと言われたことよりも、何よりも夏油が忘却の選択肢を取ることがあるとは考えたことがなかった。一巡目はたまたまタイミングが悪かったんだと思っていたくらいだ。言葉を探していることを察したのか、悪い、と家入は謝ってきた。私も五条がいるのに夏油がいないのは不思議だよ、と続けられた言葉は本心だろう。
     自分は『家入硝子』とは違う人間で、きっとこれから出会うだろう『夏油傑』も違う人間だと言っておきながら。ひどい矛盾だ。だけど。
    ――僕はさ、やっぱり傑がいないと生きてる意味がわからないんだよ。アイツは僕だから。魂の半身が別れたみたいで、ここが虚しいんだ
     心臓の上を叩いてここが、と何度も繰り返す。苦しいのだ。本当に。ぽっかりと開いてしまった穴から感情が零れ落ちていくみたいで。いつか自分は何も考えられないロボットみたいになりそうなのだ。
     だから絶対にアイツを見つけ出す。
     夏油の記憶があるか、ないかなんて五条にとっては些細なことのように思う。『夏油傑』が自分のそばにいる。『夏油傑』ともう一度、親友になる。それがすべてで。『五条悟』にとっては意味があるのだと思う。
     いつにない真剣な声になっていた。だからだろう。家入が瞬いて、噴出したのは。
    ――なんだそれ。運命捻じ曲げようっての? まぁ、五条らしいか。そもそも五条は運命なんて型にはまらなさそうじゃん。あの頃から何もかもがデタラメだったわけだし。神もかわいそうだよね。デタラメ人間の相手をしなきゃならないなんてさ
     運命。家入が言うように、自分はたいそれたものに立ち向かおうとしているのだろうか。まったくもってそんな感覚は一切ない。
    (そんなものじゃない……アイツが僕のそばにいることは――……)
     人間は欲深い生き物だ。一度、手に入れたものが自分の手元にないと、再び手に入れたいと思ってしまう。そして次に次にと新しいものが欲しくなっていく生き物で。ただ自分には新しいものは必要ない。ただ一つ。かつて持っていたたった一つがあれば、他のものはいらない。
     だが、もしもそれが世間でいうところの運命と言われるなら、確かに自分は運命を欲しているのだろう。運命とは、人間の意志を超越した力のことだ。幸福や不幸の巡り合わせだとも、将来のなりゆきとも言われている。運命論信者ではないため、あらかじめ決まっているなんて信じてもいない。偶然の産物に過ぎないものだ。
     夏油との出会いも、夏油と親友になったのも、運命によって定められたのではなく、偶然だと思っている。
    ――五条君、知ってるかい? 自分の物語を楽しめるのは自分だけなんだよ
    ――は? 意味わかんねぇし
    ――君がいつもつまらなそうにしているからね。もったいないと思わないのかなと思ってね
     まだ出会って間もない時だったか。晩飯を食べ終えて、寮の自室に戻ろうとしている時に廊下ですれ違った。脈略もなく、唐突に意味不明なことを言い出す男に眉を寄せたのは自然な反応だっただろう。
     一般家庭からスカウトで呪術高専に入学してきた同級生の内の一人。珍しい呪霊操術の術式を持った呪術師。あと前髪。夏油傑という同級生に対して持っている情報はそれだけだった。
     どうせこの男も他のザコたちと同じで、五条の家の顔色を伺った態度を取ってくると思っていたのだが、それがどうした。面と向かってつまらなそうと言い放つのだ。そう思うなら、楽しませるのがオマエらザコたちの役割だろうに。
     だったらオマエが俺を楽しませてくれたらいいじゃん。
     いつもだったらそう言っていた。そうしたら、相手は勝手に困って下を向く。だったら初めから声なんてかけてこなければいいのに、と思って終わりだったはずだ。それなのに。
    ――べつにー。だいたいおもしろぇって思うことがないしー
     気付いたらそう返していた。今まで誰にもしたことがない切り返しをしてしまったことが気まずくなり、さっさと部屋に戻ろうと足を動かす。こんなところで立ち話をしたから、調子が狂ったのだ。傅かれることも、恐れられることもなく、普通に話しかけられることがなかったから。普通に考えれば、呪術界ではなく、一般家庭からの出身であれば確かに五条の名前の意味を知らなかっただけなのだろうが。
     ばたんと閉じた部屋の扉の音が大きく響いた。扉の反対側。廊下には人の気配がない。声をかけてくるだけかけて、結局は夏油も反応に困ったのだろう。何を言っても、どうせ相手を困らせるだけなら、やっぱりいつも通りオマエが楽しませてよ、と言えばよかった。ベッドに仰向けに寝転がる。実家の部屋と違って古臭い天井。
    ――五条君
     コンコンと一定の感覚で扉を叩いてくる男の声はつい先ほど意味不明な質問をしてきた男のものだ。面倒になって去って行ったくせに、何の用だろうか。すうっと深く息を吐き出して、無視をする。反応がなければ、面倒になってどうせもう声をかけてくることはないだろう。
    ――五条君、開けてくれないかい?
     もう一度同じリズムで音がした。諦めずにまだ部屋の前に立っているらしい。さっき入っていったばかりだ。当然、部屋にいないとは考えていないのだろう。コンコンとまた音がする。ノックの感覚がだんだんと短くなり、今や扉を叩かれ続けるような状態だ。悪質な取り立て屋みたいだ。よく知らないが。
    ――うっせぇな……!
     バンと勢いよく開けると、なんだ寝ているのかと思った、と何でもない顔をしている。本当に意味がわからない男だ。お邪魔するね、と遠慮なく入ってきて、机の上に持ち込んだものを置いている。
    ――ふつー、俺の機嫌を損ねないように、顔色伺ってくんだけどー。優等生
    ――それは知らなかった。私はこの世界では新参者だし、君たちの言う『普通』が今一わからなくてね
    ――だから仕方ねーし、わざわざ俺が教えてあげてんじゃん。俺、五条悟の言う事は絶対だし、俺の機嫌を損ねないようにするのがオマエらザコの仕事なの
    ――同級生に随分な言い草だね。そんなのだから、毎日が楽しくないんじゃないのかい?
     呆れたと肩をいさめる男を睨みつける。初めてだ。こうやって、顔色を一切気にすることなく話かけてくるタイプの人間は。
    ――さて。どうせ時間あるんだろう? ゲームしよ
    ――は?
    ――あれ? 御曹司君はゲームも庶民の遊びだからしたことないわけ?
    ――はぁ!? そんなことねぇーし! ゲームくらい……!!
    ――そう。だったら、名前何にする?
    ――名前……?
     突然、押しかけてきて何かと思えば、どうやら夏油はゲームをしに来たらしい。勝手にテレビに接続されているゲーム機からコントローラーを渡されたが、何をするべきなのかもよくわからない。テレビには操作するキャラクターに名前を付けるようにと表示されている。
    ――悩むなら私がつけてあげる。お、れ、さ、ま、っと
     コントローラーを奪われ勝手に入力された名前でゲームが始まった。何すんだよ、と言ったところでゲームは進んでいく。画面には電車に乗ったキャラクターの表示がおれさま社長になっていて。
    ――これさ、全国を鉄道で回って物件を買い漁るゲームなんだよ。運もあるんだけど、一応実力もあるわけ。ラッキーが転がり込んできたときに、チャンスを生かし切れば最下位だろうと逆転優勝できるから
    ――なに、それ。おもしろいわけ?
    ――まぁね。地味だけど、これがなかなか盛り上がったりすんだ。最下位には貧乏神がついて回るんだけど……そいつが、っはは、またいいタイミングで余計な事をしてくれて……
     くすくすと笑う男は楽しそうだが、正直、まったくもっておもしろさが伝わってこない。そもそも。
    (パーティゲームなんて、したことねぇし……)
     子どもの遊びだろうと、機嫌を損ねないようにという考えがあるのかもしれない。なんだって簡単にできてしまえるし、負けることもないというのに。仮に負けたとしても、たかだかゲームだ。機嫌が悪くなったりなんてしない。多分。
    ――やらないのかい?
    ――なんで、突然ゲームなんだよ
     むっと口を尖らせながら、見様見真似で操作をする。なんだかよくわからないカードを引いた。ルールを知っている人間と知らない人間で対戦するなんて不公平じゃないだろうか。しかも人数合わせのようにわざわざNPCまでいる。
    ――んー? なんだっていいんだよ。こんなくだらないゲームだろうと他人と楽しんで、笑わないと。言っただろう? 自分の物語を楽しめるのは自分だけだって。私が思うに五条君はその楽しみ方を知らないのかなって思って
     だから手っ取り早くゲームで一緒に楽しんでみようと。
     そうやって笑う顔は今まで他人から向けられたことのないものだった。六眼を持っている五条家の跡取り。五条悟の名前の前に必ず付いて回っていた形容詞が存在していないのだろう。もともと同年代との付き合い自体希薄だっただけに、向けられたことのない笑顔にどう反応していいのかわからなかった。
     夏油の言っていた自分の物語を楽しむという正解は未だにわからない。それでも、夏油と初めてゲームをしてからは楽しんでいるつもりだ。たくさん馬鹿をして。たくさん笑って。それから。それから。
    「あーあ、今回も外れかなー。七海以外、誰とも会えねぇし」
     焦燥感が嘔吐のように襲ってくる。何度も何度も。何一つとして吐き出すことができない想いと一緒に、すぐに取り出せる記憶の欠片を大切に引き出しにしまう。誰にも、運命を決めていると言われる神にだって奪われないように。
     階段をリズムよく駆け上がった。夏油のことに関しては外れだとしても、それでも七海に会えただけでも十分だろう。勝手に懐かしがって、勝手に虚しくなっているなんて、七海からしたら迷惑以外の何ものでもないのだろうが。
    「あと何回、僕は人生をやり直せばオマエに会えるっていうんだよ……。もう怒ってねぇし、いい加減会いに来いよ……傑」
     窓の外から太陽が照り付けてくる。キラキラと光が入り込んできて記憶にある思い出を輝かせた。あの頃の、楽しくて仕方がなかった日々が瞼の裏に浮かび。
    「……僕の物語はオマエがいねぇと楽しめるものも楽しめないっての」
     そして、言ってやりたい。この世界では心の底から笑えなかった、と言い放った夏油に、オマエが楽しめって言ったオマエ自身の物語を自分が一番楽しんでねぇじゃん、と。
     楽しんだ。あの時の自分は、盛大に楽しんだ。絶対に天命をまっとうしてやると夏油の倍以上、笑って生きた。たくさんの生徒にも看取られ、非術師を守り続けた。もちろん、途中で別の道を選択した生徒や志半ばで散っていった生徒もいなかったわけではないが、夏油が拒絶した世界が少しでも生きやすい世界になるように動き続けた。
    「ほんと、愛ほど歪んだ呪いはないよ――なぁ、傑」
     ぴぃーと鳥が一羽、飛び立っていく。
     人生を繰り返すたびに重すぎる想いは、どんどん歪みを大きくしていくような気がする。原型がどんな形だったか、もはやわからなくなっていた。
     しみじみと呟いた言葉は空気の輪郭を滲ませる。
     同じ世界でなくとも、同じ空間に居なくとも。どこにもかしこにも夏油との記憶があって。それが当然と感じている。ただ少し、難があるとすればそこに新しい思い出が書き足されないことだけか。。
     きっと今なら、どこまでも晴れやかなふたりの未来が広がっているはずなのだから。


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