未来捏造ネタ「あなたたち、また噂になってるわよ」
ひさしぶりに三人で集まったランチだった。私がつけ合わせのサラダを食べ終えてから口にすると、向かいの席に座る太刀川くんと二宮くんが揃って顔をあげた。「また?」と聞き返すタイミングと言葉までまったくおなじだ。けれど声のトーンと浮かべている表情は真逆で、太刀川くんは面白がっているけど二宮くんは不満げに眉を寄せている。その二宮くんから「嘘じゃないだろうな」と疑われて、今度は私がくちびるを尖らせた。
「先月入隊したばかりのC級隊員の子たちが噂してたのよ。“ほんとに太刀川さんと二宮さんは仲が悪いんですか?”って、私まで聞かれたんだから」
「またか〜。これで三回目か?」
「五回目だろ。おまえは足し算もできないのかよ」
「八回目よ。ふたりとも自分たちの噂に無頓着なんだから」
私が呆れながら言うと、うどんを啜っていた太刀川くんが「わるいわるい」とまったく悪びれずに謝罪する。そのうどんの汁が飛ぶのを避けるように、二宮くんが椅子をずらして太刀川くんから距離をおいた。もう。そんなことするから余計に噂が広がるのに。あたりを見みわすと席はほとんど埋まっていて、ボーダーの職員だけじゃなくて学生隊員の姿も多い。そういえばいまは冬休み中だったわね、とこのまえ堤くんが作っていた防衛任務のシフトを思い出した。
ランチタイムの食堂。普段はこの時間帯には見かけない中高生の隊員もいて、昼休みの教室みたいににぎやかだった。一応ひと目を気にして隅の席に座っているけれど、あまり意味がなかったかもしれない。いま太刀川くんと二宮くんが揃うとどこにいても目立っちゃうだろうし。
そんな注目の的になっているのを知らずに二宮くんが言う。
「それで、今回はどんな噂なんだ?」
「あなたたちがスーパーで言い争っているところを見かけた子がいるらしいわよ。二宮くんと太刀川くんがボーダー外でも喧嘩してたって、いま話題になってるんだから。今回も心当たりはあるんでしょ?」
「喧嘩してるつもりはないんだけどな。スーパーならあれか、こないだ二宮が鍋なのに焼肉用の肉を選んで俺が止めたときか」
「ちがうだろ。おまえが普段食ってる白米をもち米に代えようとか馬鹿な提案をしたときじゃないか」
「名案じゃないか? 餅と米を一度に食えるんだからイッセキニチョウってやつだぜ」
「もち米を炊飯器で炊いたからって餅になるかよ。すこしはものを調べてから言え」
「それを言うなら二宮だって、一緒に暮らしはじめたばっかのころ食器用の洗剤と間違えて洗濯洗剤を買ってきたことがあったろ」
「その話はいまは関係ないだろ」
「関係なくありません〜。そういうところをいつ隊員に見られて噂されるかわからないんだぜ。俺もおまえもいまは立場ってものがあるんだから、下手なことはしないように気をつけないとだめだろ」
太刀川くんがもっともらしく言い返して、反論できなくなった二宮くんが舌打ちする。私は慣れているけれど、はじめてふたりの会話を聞いた子は喧嘩をしていると誤解するかもしれない。もう二十六歳になった大人がこんな言い合いをするなんて、まだ十代の隊員から見ても信じられないだろうし。実際に太刀川くんは二宮くんをからかうのが好きだし、二宮くんも二宮くんで負けず嫌いたから、よく言い争いにはなっているのだ。とはいっても噂されるような深刻なものじゃなくて、子どもがするようなたわいないものなのだけれど。
「それより二宮が食べないならこの肉じゃがもらっていいか」
話に飽きた太刀川くんが二宮くんのトレイにのった副菜の小鉢を指す。二宮くんが「勝手に食え」と太刀川くんの前に置いた。きっと最初から太刀川くんに譲るつもりで残しておいたんだろう。二宮くんのこういうところがかわいげがあるのよね。そう私が微笑ましく見守っていると、小鉢を手にした太刀川くんが「じゃあ肉は二宮にやるよ」と、箸でつまんで二宮くんの口もとに差し出した。
目の前の光景に、二度、まばたきをする。
それを当たり前のように二宮くんが食べたとき、私は呆れ混じりに口にしていた。
「……あなたたち、極端すぎるのよ」
「は?」
太刀川くんと二宮くんの返事が重なる。ふたりから不思議そうに見つめられる。私がどうしてため息を吐いているのかわかっていない顔だった。ふたりとも自分たちがしていることの自覚がないのかもしれない。というよりは、太刀川くんと二宮くんにとって、子どもみたいに言い争うのも恋人らしくいちゃつくのもおなじなのだ。
昔からこうだったかしら──と、ふたりがつきあいはじめたころを思い出す。まだ私たちがボーダーに就職する前の大学生のときで、太刀川くんには髭が生えていたし二宮くんはいまよりずっと仏頂面だった。当時から二宮くんは太刀川くんに過保護だったし、太刀川くんも二宮くんを寂しがらせないようによくかまっていたけれど、ここまでわかりやすくはなかったはずだ。変わったのは大学を卒業して、ボーダーでの役職が隊長職から管理職へ変わって、警戒区域沿いのマンションにふたりで暮らしはじめたあたり。本人たちは人前でいちゃついてるつもりはないんだろうけれど、ふとした瞬間に普段の生活の姿が滲み出るようになったのだ。たとえばいまみたいに。
それにしても太刀川くんと二宮くんがふたりでいると、喧嘩みたいな会話をするか、反対にとびきり甘くなるかのどちらかしかないのよね。ふたりの仲が悪いと噂されるのも困るけれど、でも隊員たちの前で恋人の空気を出しすぎたら本部長が困るだろうし。難しい問題だわ。どうすればふたりの関係が誤解されずに済むのかしら。
私が悩みながら口もとに左手を当てると、ふとネイルを変えたばかりの指が目にはいった。
「…………あ。いいこと閃いたわ」
「どうした加古」
「またチャーハンにろくでもない具材を入れようとしてるんじゃないだろうな」
「失礼ね。あなたたちの仲が誤解されない方法がわかったのよ」
ボーダーは職場恋愛禁止じゃないし、実際に職場恋愛から発展して結婚した職員もいる。太刀川くんと二宮くんも付き合っていることを隠してはいないし、知られたところでボーダーとしても不都合はないはずだ。しいていうならこの方法だと換装体を設定し直さないといけないけど、冬島さんや寺島さんに頼めばすぐにできるだろう。
「まじか。そんな方法があるのか」
「信じていいんだろうな」
「ええ。誰が見てもひと目でわかるはずよ。今度の休みに一緒に買いに行きましょ」
なんだかんだ自分たちの噂を気にしているふたりから、期待のこもったまなざしを向けられる。
たしか今週の日曜日は、太刀川くんと二宮くんは揃って休みを取っていたはずだ。私は入隊訓練の指導役に呼ばれていたけれど、事情を話したら堤くんと来馬くんが代わってくれるかもしれない。ふたりも噂が流れるたびに心配していたし。
小鉢を持っている太刀川くんの左手と、茶碗を持っている二宮くんの左手を眺めながら、頭の中で三門市のジュエリーショップをリストアップする。
定番のシンプルなものも似合うだろうけど、ペアだとわかりやすい方がいいかもしれない。いまは男性向けのブランドも多いから、凝ったデザインのものも見つかるはずだ。
太刀川くんと二宮くんがお揃いでつけるならどんな指輪がいいかしら。
楽しい想像をめぐらせる前に、私はまずは今週末の予定を立てるためにモバイルを取り出した。