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    特別訓練でくそつよトリオン兵と戦う太刀川と二宮の話(途中)。無事に2月の新刊に収録されてほしいです。
    ※ボーダー幹部をしている20歳組の未来捏造ネタです。

    原稿の進捗 最近入隊したばかりの隊員から加古さんは太刀川さんと二宮さんのどちらとお付き合いしていたんですかって聞かれたのよ。と、加古ちゃんがオレにぼやいたのは同年代飲み会の最中だった。当の太刀川と二宮はふたりで家に帰ったあとで、来馬も呼び出しを受けて鈴鳴支部に戻ったあとで、冷えたつまみとぬるくなった酒のグラスを片手に居酒屋の六人用の席でふたりでサシ飲みをしていたときだ。
    「C級隊員の子たちのあいだで、私と太刀川くんと二宮くんが昔は三角関係だったって噂が流れているみたいなのよねえ」
     向かい合って座る加古ちゃんが内容とはうらはらに他人事のように言う。オレは日本酒を飲みながらおもわずうめいた。予想していたより酒が強かったからじゃなくて、つい最近オレも訓練のあとに隊員から聞かれていたからだ。ただそのとき質問されたのは「加古さんの手料理を取り合って堤さんたちが喧嘩したって噂は本当なんですか?」という、元ネタに尾鰭背びれがついて羽まで生えたようなものだったのだが。もちろん加古ちゃんはオレたちの中の誰とも付き合ったことがないし、誰かと三角関係になったこともないし、手料理──たぶんチャーハンだろう──を避けるために争った記憶はあれど奪い合ったこともない。根も葉もない噂だが、こういった話が広まる理由はオレにも想像がついた。三十手前のオレたちとは違ってまだ十代の隊員は恋愛話に興味があるだろうし、なにより加古ちゃんも太刀川も二宮も目立つのだ。
     三人ともボーダーに就職してから落ち着いたものの、顔を合わせた途端に昔と変わらない子どもみたいな言い合いをはじめる。たまに本部に立ち寄る来馬は「昔から変わらずに仲が良いね」と微笑ましく受け止めているし、オレも三人なりの親しさのあらわれだとはわかっているが、入隊したばかりの隊員にとってはそうじゃないだろう。もう二十七歳になった大人が、食堂の日替わり定食をめぐって揉める光景なんてはじめて見るだろうし。じゃれあっているんじゃなくて本気で喧嘩をしていると受け止めるのが自然だし、過去に三角関係や恋愛問題があったんじゃないかと噂が立つのもわかるのだ──本当は付き合っているのは太刀川と二宮なのはおいといて。
    「太刀川くんも二宮くんも付き合っている雰囲気がないからこういう話がでちゃうのよ。むしろふたりの仲が悪いんじゃないかって噂があるくらいだし」
    「まあ隊員の前でそういう雰囲気をだしすぎても問題になるだろうしな」
     ボーダーは職場内恋愛を禁止してはいないが、仕事中に隊員たちの前で恋人らしい雰囲気が出すぎていたらまずいはずだ。それこそ十代の隊員が多い組織だから気まずくなるだろう。でも加古ちゃんは「太刀川くんと二宮くんの仲が悪いって噂があるのも問題じゃないかしら」と口を尖らせる。たしかにそれはそうだ。加古ちゃんと太刀川と二宮が三角関係だったという噂も、学生時代に加古ちゃんをめぐって太刀川と二宮が揉めたからいまもふたりの仲が悪いんじゃないか、という憶測が発端になって広まったらしいし。その話を知ったときの二宮の顔をオレは一生忘れないだろうが、とにかくふたりの仲の誤解が解ければある程度は解決するのだ。
     オレが言うと加古ちゃんも「そこなのよねえ」とうなずいた。「太刀川と二宮本人には言いづらいけどな」とオレも答える。いくら付き合いの長い友人とはいえふたりの関係に口を挟みたくはない。かといって噂を放っておくのにも限度があった。友人としても同僚としてもどう対応したものか悩みながら、たこわさの小鉢に箸を伸ばした瞬間。花を摘むように赤ワインのグラスを傾けていた加古ちゃんが弾んだ声で口にした。
    「──だから、いいことを思いついたの」
     ピタリ、と箸を持つ手が止まる。チャーハンに入れる具をひらめいたときのような、「良いこと」ではなく「面白いこと」を思いついたときの言い方だったからだ。固まったオレを気にせずに「東さんと本部長には計画を話してはあるんだけど」と、マイペースに加古ちゃんが続ける。腰まであったロングヘアを肩の上でばっさり切り揃えた加古ちゃんが、大人っぽくなった見た目とは反対に秘密基地を見つけた子どもみたいな笑顔を浮かべていた。まるでまだ二十歳の学生のころみたいに。それこそ傑作チャーハンを完成させたときのような。
    「正式に稟議が通ったら堤くんも計画に協力してもらいたくて。お願いできるかしら?」
     ごくり、と唾を飲み込む。
     こんなに嫌な予感がするのは加古ちゃんお手製のチョコミントチャーハンを前にしたとき以来だ。差し迫った身の危険に昔食べたチャーハンの甘くて辛くて苦くて酸っぱかった味が蘇って。オレは加古ちゃんのキラキラしたまなざしを浴びながら、おもわず日本酒を一気にあおったあと、詳しい話を聞くために追加の酒(日本酒一合とグラスの赤)を注文したのだった。

     そうしてオレは数年ぶりに二日酔いをして、加古ちゃんの計画に協力することになったのだ。

     * * *

     太刀川と二宮が付き合ってから七年が過ぎた。
     あっという間の七年だったなと思うし、まだ七年しか経っていないんだなとも思う。長いけれど短くも感じるのは、その七年のあいだにオレたちにもボーダーにも三門市にもいろいろなことが起きたからかもしれない。
     ただ七年前のよく晴れた日。めずらしく大学で会った太刀川に「昨日から二宮と付き合ってるから」と、まるで昨日から食堂に新メニューが加わったような口ぶりで報告されたのを覚えている。あっさりした言い方に最初は聞き間違えかと思ったし、太刀川が「付き合う」の意味を誤解しているのかと疑った。けれどつぎの講義で会った二宮にもおなじ報告を受けて。本当にふたりが付き合いはじめたんだと理解したのと同時に、ふたり別々に報告してくるところに太刀川と二宮らしさを感じたのだ。
     太刀川と二宮が付き合っている。
     とはいってもオレたちの前ではふたりの仲は変わらなくて、あいかわらず太刀川は二宮をからかっては怒られていた。二宮も太刀川の面倒を見ながらもいままで通り文句を言っていたし、側から見れば付き合っているようには見えなかっただろう。言ったところで十人中八人は信じないだろうし、残り二人も半信半疑のはずだ。ただオレのまわりの友人たちが大学を卒業したあと、学生時代からの恋人と別れたり就職先で新しい恋人と出会ったり。寄りを戻したりまた別れたりを繰り返して、四季が移り変わるように人間関係が変わっていくなか、太刀川と二宮だけは揺らぐことなく続いていた。七年間ずっと。仲がいいのか悪いのかわかりにくいまま。喧嘩はするけれど別れ話ひとつ出ることなく。
     そんな太刀川が二宮との関係に触れたのは、いまから二ヶ月ほど前。お祝い気分とアルコールが抜けないまま、オレと太刀川のふたりで夜の繁華街を歩いていたときだった。


    「やっぱ長く付き合ってると、みんな結婚するんだな」
     結婚式の二次会の帰り道。隣に並ぶ太刀川がいま気づいたようにつぶやいた。
     みんな──と太刀川が言ったのは、ここ最近同級生の結婚が続いているからだろう。「二十代後半になったら結婚ラッシュに備えてちゃんと礼服を用意しとけよ」と諏訪さんから話は聞いていたし、「いまのうちにご祝儀用の貯金をしておかないと詰むからな」と冬島さんにも言われていたが、ふたりからアドバイスを受けていて良かったなと思う。ボーダーではまだ結婚した同僚がいなかったから余計に。
     オレとおなじ引出物の紙袋を持った太刀川が「たしか鍋島も五年くらい付き合ったんだったか」と、オレたちの高校時代の同級生で今日の式の新郎の名前を告げた。
    「大学を卒業してからずっと付き合ってたんだよな」
    「ああ。新卒で入社した職場で出会ったはずだぞ」
     答えながら結婚式で流れたプロフィールムービーを思い返す。職場の同期として知り合って五年の交際期間を経て結婚。同棲期間も長かったはずで、オレも太刀川もふたりが暮らすマンションに遊びに行ったことがある。いつか結婚するんだろうなとは想像していたものの、プロポーズのきっかけが「三門市も落ち着いて平和になったから」だと新郎の挨拶で告げられたときは、オレたちの頑張りが報われた気がして泣きそうになったものだ。
    「そういや二宮と加古と来馬も今日結婚式に出席してるらしいぜ。こっちじゃなくて蓮乃辺の式場でやってるみたいだが」
    「オレもこのまえ来馬から聞いたな。たしか高校時代から付き合っていたカップルが結婚して、加古ちゃんが新婦側のスピーチを任されたとか」
    「二宮も新郎側のスピーチをやるって言ってたな。学生のころは結婚式とかスピーチとか言われてもピンとこなかったけど、俺たちもそんな年になったんだな~」
     太刀川が言葉とはうらはらにのんきに言う。近くにある並木道から飛んできたのか、散った桜の花びらが夜道を結婚式のフラワーシャワーのように彩っていた。それを踏まないように歩きながら「オレたちももう三十手前だしな」とうなずく。ほろ酔いの太刀川も器用に花びらを避けつつ、「そりゃみんな結婚するわけだぜ」と納得したように返してから続けた。
    「俺もまさか二宮とこんなに長く付き合うとは思ってなかったしな」
     おもわず隣を歩く太刀川を見る。
     意外な言葉だった。太刀川と二宮はよく子どもみたいな言い合いをするものの、オレの知るかぎり深刻な喧嘩をしたことはない。別れ話が持ち上がった話も聞かなくて、オレはふたりが付き合っているのを当たり前のように受け止めていた。これからなにが起きようとも、他の誰が別れようとも、太刀川と二宮だけはずっと続くんだろうと思い込んでいたのだ。
     でもオレのわからないところで、太刀川と二宮にも別れを意識した瞬間があったんだろうか?
     オレの視線に気づいた太刀川が、星のない夜空からオレへ顔を向ける。ぼんやりした街灯に照らされた太刀川が、単純なようで繊細な模様の目を細めた。
    「だって俺と二宮のどっちも死なずにいまも生きてるなんて、奇跡みたいなもんだろ」
     言ってからふっと笑う。三門市が三回目の近界民侵攻を受けたとき、オレたちを助けに来てくれたときに浮かべたものとおなじ笑みだった。
     オレは太刀川が二宮と喧嘩別れするのではなく、どちらかが死んで別れる可能性を考えていることに、すぐには返事ができなかった。太刀川と二宮は強い。強いからこそ実戦では強敵と戦う場面が多いし、撤退戦でも防衛戦でも最後まで前線に残っている。今度本部がブラックトリガーに攻め込まれたらふたりが対応することになるだろう。訓練以外ではまだ太刀川と二宮が一緒に戦ったことはないし、いまはいざというときの切り札としてめったに前線には出ないものの。つぎに三門市が襲撃を受けたら、オレたちの中で──ボーダーの中で、ふたりが死ぬ可能性がいちばん高いのだ。
    「太刀川」
     名前を呼んだものの続ける言葉が出てこなくて口をつぐむ。
     学生のころのオレだったら「縁起でもないことを言うな」とか。「悪い想像をするな」とか。太刀川の考えを否定する言葉を言えていたのに、いまは嘘でも口には出来なかった。気休めにすらならないとわかっているからだ。大人になったオレは大人になった太刀川になにを言うか悩んで、結局は心に浮かんだことをそのまま伝えることにした。
    「……奇跡じゃなくて、太刀川と二宮が頑張ったからだと思うぞ」
    「お、褒められたぜ」
    「みんな直接言わないだけで、オレとおなじことを思っているはずだ。それに太刀川も二宮も、みんな死なずに生きているのは奇跡じゃなくて当たり前だしな」
     当たり前だし、当たり前にしていきたいのだ。太刀川と二宮が付き合っていることが。愛し合っている恋人同士が笑顔で結婚できることが。
     オレの言葉に太刀川はすこし黙ってから「そうだな」とうなずいた。この話はこれで終わりだというようにゆるく背伸びをする。そのとき右手に持っていた引出物の袋が肩にあたったようで、「二宮が引出物のカタログギフトで肉ばっか頼むんだよ」と反対の手で右肩をさすりながらぼやいた。最近似たような話を聞いたオレがおもわず笑うと、太刀川が不思議そうにこちらを見返す。
    「いや、二宮も太刀川がカタログギフトでうどんセットばかり頼むって言ってたんだよ。たしかまだ全部食べきれずに残ってるんだろ?」
    「そうそう。遠征で家を空けることが多いから溜まってくばっかでなかなか食う機会がないんだよな。二宮はうどんを食わねーし」
    「今回は食べ物以外を頼んだらいいんじゃないか。加古ちゃんはいつもエステの招待券にしているらしいし、ペアの鑑賞券や温泉券なんかもあったぞ」
    「へえ~~~温泉もあるのか。そういやまだ二宮とふたりで旅行に行ったことがなかったぜ」
    「家に帰ったら二宮に聞いてみるか」とノリ気になった太刀川に、「三門市内の旅館はなかったが県外の温泉地なら選べたはずだしな」と勧める。実現したら役職者がふたり揃って三門市から離れることになるが、日帰りできる距離なら大丈夫だろう。ふたりとも有給が溜まっているから休めるだろうし。たしか太刀川と二宮が旅行したのは大学の卒業旅行でみんなで県外に出かけたのが最後のはずだ。二宮も温泉なら嫌がらないだろうし、仕事はオレたちで代わればいい。こういうときくらい平和にあぐらをかいて日常を満喫してもいいはずだ。

     なぜなら太刀川も二宮も、生きているのだから。

     * * *

    「堤くん、もうはじまってるかしら?」
     ドアが開く気配に振り返ると加古ちゃんが立っていた。片手にエンジニア用のデバイスを持っているから仕事を終わらせて急いで来たんだろう。スケジュール表によると玉狛と合同開発中の新トリガーの動作テストに参加していたはずだった。太刀川が遠征先から持ち帰ったトリガーを元にしたもので、クローニンチーフと寺島さんがふたりがかりで仕上げた傑作弾トリガーだ──という噂はオレも諏訪さんたちから聞いていた。ただ肝心のトリガー接続が上手くいかなくて、寺島さんはここ数日残業続きだったらしいが。でも加古ちゃんの様子を見るかぎり問題はなかったのかもしれない。加古ちゃんはオレとおなじくC級隊員の研修業務を担当しているものの、昔から改造トリガーに関わってきたからよく助っ人として呼ばれるのだ。
    「これからはじまるところだよ。いまは二宮が最終確認をしている段階だな」
    「間に合ってよかったわ。本部で特別訓練室だけ離れた場所にあるから遠いのよねえ」
     オレの隣の席に座りながら加古ちゃんが「こういうときこそワープで移動できたらいいのに」と口を尖らせる。「あとから増築された訓練室だし他に場所がなかったんだろうな」と返しつつオレもモニターに映る訓練室の様子を眺めた。
     いまオレたちがいるのは特別訓練室──の、全体を見下ろせる位置にある操作室。オレもはじめて入った部屋でまだ真新しい機械とモニターが並んでいた。特別訓練室は長時間戦闘訓練や長期遠征訓練を目的に作られた部屋で、動かすのに電力だけでなく大量のトリオンも消費するからめったに使うことはない。オレも加古ちゃんの「計画」がなかったら操作盤の前に座る機会なんてなかっただろう。それは二宮もおなじはずで、訓練室の中央で大勢の隊員を前に立つ二宮が、部屋の最終チェックを終えたあとゴーサインを出した。オレも合図を返して訓練室を稼働する。殺風景だった灰色の部屋に懐かしさを覚える建物がそびえ立って、二宮がインカムマイクに左手を添えながら告げた。

    『これより、特別訓練を開始する』

     二宮の静かだけどよく通る声が響く。訓練室に集まった百人近い隊員──まだ入隊して半年に満たない隊員たちだ──にピリリと緊張が走るのがわかった。特別訓練に参加するのも二宮に指導を受けるのもはじめてだから固くなるのもわかる。オレもこの規模の訓練に携わるのははじめてで、釣られて気を引き締めたとき。いままで二宮の隣でじっと大人しくしていた太刀川が、『なあ』と場の空気をかき消すゆるい雰囲気で言った。
    『特別訓練ってなにをするんだ?』
    『…………おまえ事前に渡された資料を読んでないのかよ』
     二宮が露骨に嫌そうに答える。ただ太刀川は気にせずに、いまは髭のないスッキリした顎を右手でなぞった。
    『一昨日遠征から帰ってきたばかりで報告書漬けだったから読む暇がなかったんだよ。家に帰る時間がないくらい忙しかったのは二宮もよく知ってるだろ?』
    『表紙に書かれているタイトルくらい読め。それでだいたいわかるだろ』
    『だから資料を見る時間すらなかったんだって。あ、もしかしたら俺以外のみんなこれからなにをやるかもう聞いてるのか?』
     太刀川が自分のいちばん近くにいる隊員(たしか最近入隊したばかりのまだ中学生の子だ)にたずねる。急に太刀川から話しかけられた隊員が『来馬支部長から事前に聞いてます』と戸惑った様子で答えた。『来馬は訓練でなにやるか言ってたか?』と詳しく聞き出そうとする太刀川を、『太刀川おまえ教官なのに隊員に聞くなよ』と二宮がたしなめた。隊員たちのあいだですこし笑いが起きたのがわかる。
    「二宮くんと太刀川くんたちウケているじゃない」
    「ウケを狙うものじゃないんだけどね……」
     おもしろそうに言う加古ちゃんとは反対にオレは心配半分不安で漏らした。
     C級隊員対象の第四次近界民侵攻を想定した特別訓練。
     という訓練内容を計画したのも教官役に太刀川と二宮を推薦したのも加古ちゃんだった。つい一ヶ月前の同年代飲み会でふたりでサシ飲みをしたとき、加古ちゃんが話した計画がこれだったのだ。C級隊員のあいだで太刀川と二宮の噂が流れるのは、ふたりが業務上C級隊員と接する機会がないから誤解されやすいんじゃないか──と加古ちゃんが指摘したのだ。たしかに太刀川は遠征に出ずっぱりだし、二宮もA級隊員の研修を担当している。ふたりともC級隊員と話す機会はなくて、だから噂がひとり歩きしやすいのはオレも気にかけていたことだった。
    「なら太刀川くんと二宮くんでC級隊員の訓練を担当して交流を持てばいいじゃない」
     と、赤ワインを飲み干しながらさらっと口にした加古ちゃんに、感心するのと同時に大人になったんだなと感慨深い気持ちになったのを覚えている。昔の加古ちゃんだったらおもしろさを優先して絶対に稟議に回せない計画を提案していたはずだ。太刀川と二宮たちだけじゃなくて隊員とボーダーのためにもなる訓練だし、話を聞いた本部長と東さんが稟議が通るように口添えしてくれたのもわかる。すこし寂しく思う気持ちはあるものの、こうやってオレたちも大人になっていくんだろう。
    『襲撃地の想定は三門市立第一高等学校。十五時にグラウンドにイレギュラーゲート発生。続けて十五時十三分に二階視聴覚室にイレギュラーゲート発生。報告を受けた正体員が到着するまでのあいだ、生徒および教職員の避難誘導指示と避難経路の確保が訓練内容になる』
    『ゲートから出てきたネイバーと戦っちゃダメなのか?』
    『……正体員以下の訓練生は避難誘導や救助活動以外でトリガーの使用は禁止されてるだろ』
    『あーそういやそうだったな。忘れてたぜ』
     二宮の言葉に太刀川が右手を顎にあてたまま納得したようにうなずく。学生のころから変わらない仕草。髭を剃って社会人らしく髪を整えても、こういう癖は昔から変わらないんだなと思う。そんな太刀川の隣で時が止まったように老ける気配のない二宮は、徹底的に太刀川を無視することに決めたらしくてひとりで指示を出していく。訓練室に集まった大勢の隊員がマジメに話を聞くなか、ボーダーの制服を着崩した太刀川だけが暇そうにしていた。
     ふたりの対照的な姿を見守りながら、ふと昔もこんなことがあったなと思い出した。まだ学生のころで、講義のグループ発表で太刀川と二宮がおなじグループになったときの話だ。二宮が発表を仕切るなか太刀川はいまみたいに手持ち無沙汰にしているか、退屈まぎれに横からちょっかいをかけては二宮に怒られていた。オレたちの上の世代も下の世代もボーダー隊員は仲が良かったから、人目も気にせずに子どもみたいな言い合いをするふたりの関係はめずらしかったんだろう。同級生からは本当に太刀川と二宮がボーダーの一位と二位なのか何度も聞かれたし、「太刀川と二宮が組むときは三門市が滅ぶときだろうな」と学部の飲み会で話題になったこともある。実際にふたりが組むときは三門市が滅ぶくらい強い敵が来たときだと知っているオレは、なにも言えずに苦笑いで返したものだ。
    『堤~!避難誘導の前に見本でイレギュラーゲートを見せたいから試しになんか強い敵だしてくれ』
     オレが昔を懐かしんでいるあいだに二宮の指示出しが終わったらしい。三門市立第一高等学校の校舎を背に避難誘導役と生徒役の二グループに分かれて隊員が集まっていた。その隊員たちの前に立つ二宮が『勝手に仕切るな』と太刀川に文句を言うが、気にせずに太刀川が『ブラックトリガーでもいいぜ』とモニター越しにこっちへ手を振る。『ブラックトリガーの仮想データには権限がないとアクセス出来ないんだよ』となだめつつ、とりあえず正体員向けの訓練で使うトリオン兵を選ぼうとしたとき。加古ちゃんが『それならいい仮想データがあるわよ』と、持っていたエンジニア用のデバイスを操作盤に繋いだ。
    『ブラックトリガーほどじゃないけど太刀川くんも楽しめる相手だと思うわ』
    『お、楽しみだぜ。遠征でも交渉ばっかで戦う機会がなかったから腕が鈍りそうなんだよな』
    『…………加古、なんでおまえがここにいるんだ。今日の訓練の担当は堤と来馬のはずだろ』
    『来馬くんは他に仕事があったから私が代わってあげたのよ。来馬くんが飲み会にも参加出来ないくらい忙しいのは二宮くんも知ってるでしょ?』
     加古ちゃんに言われて二宮が黙る。加古ちゃんの言葉の半分は本当で、この春に鈴鳴支部の最年少支部長になった来馬はオレたちの中で誰より忙しかった。けれど半分は嘘で、自分が訓練に参加したら二宮が絶対に引き受けないだろうと読んでいた加古ちゃんが、あえて来馬を担当に推薦したのだ(もちろん本人の許可を得たうえで)。
    『二宮も来馬に会えないからって拗ねるなよ』
    『そうよ二宮くん。私もこの日のために準備してきたんだから』
    『別に拗ねてねえよ』
     太刀川が二宮の肩に手を置きながら言って加古ちゃんも会話にのっかる。ふたりにいじられた二宮がムキになって言い返すのを聞き流しながら、「これでいいかしら?」と加古ちゃんが操作用モニターにオレの見たことのないトリオン兵のデータを表示した。
    「クローニンチーフが開発した新型トリオン兵なの。本部で運用するのは今日がはじめてだけど、玉狛支部の訓練室では問題なく動いたから大丈夫だと思うわ」
    「だからオレもはじめて見たのか。どんな性能のトリオン兵なんだ?」
     そうたずねたのは、事前に太刀川と二宮に伝えようと思ったからだ。C級隊員が避難誘導役と生徒役をやる以上、現場でトリオン兵と戦う正体員役は太刀川と二宮が担うことになる。ブラックトリガーならともかく──いやブラックトリガーでも──ふたりが手間取る相手はなかなかいないだろうが、訓練をスムーズに進めるためにも事前に情報を共有しておいた方がいい。
     オレの質問に加古ちゃんは「ラービットよ」と本部でも運用されているトリオン兵の名前を告げた。「え?」とオレが聞き返す前に加古ちゃんが続ける。
    「このまえヒュースくん経由でアフトから貰ったデータの解析がすべて終わったでしょ?モッド体のラービットには強化トリガーやブラックトリガーの能力が付与されていたんだけど」
    「ああ、オレも聞いたことあるな。たしか一体ずつ違う能力を持っているとか」
    「そうなの。でもわざわざ一体ごとに能力をわける必要なんてないじゃない?だからすべての能力を一体のラービットに合体させて、ついでに大きさも二倍にしたら強いんじゃないかってひらめいたの」
    「…………………………」
     加古ちゃんが大人っぽく微笑みながら、「強いカブトムシと強いカブトムシを合体させて大きくしたら最強のカブトムシになるんじゃないか?」とひらめいた小学生男子みたいなことを言う。ただ加古ちゃんは空想で遊ぶだけの小学生じゃない。考えるだけで満足するタイプじゃなくて、ひらめいた発想を実現させる行動力がある。実際にそうやっていろんな具材を混ぜ合わせた創作チャーハンを作ってきたし、なによりボーダーにはそれが出来る優秀なエンジニアが揃っているのだ。
     オレが嫌な予感に息を飲むと、加古ちゃんが蜂蜜ししゃもチャーハンを振る舞ってくれたとき以来のキラキラした顔で続けた。
    「栞ちゃんに話したら盛り上がって、ふたりでクローニンチーフに頼んで作ってもらったの。さっき会ったときに完成データをいただいたのよ。データが重くて本部だとこの訓練室じゃないと動かせないから間に合ってよかったわ」
    「加古ちゃん!まずいって!」
    「大丈夫よ。本部長にはちゃんと新型トリオン兵の動作テストも兼ねた訓練だって伝えてあるし、玉狛でも三雲くんと空閑くんと千佳ちゃんが戦って勝ったそうよ。太刀川くんと二宮くんも手こずるかもしれないけど負けはしないわ」
    「根拠にする隊員が強すぎるよ……」
     現A級一位部隊のメンバーが戦っても勝てないトリオン兵がいたらそれこそボーダーと三門市の危機だろう。太刀川も二宮も強いがいまはめったに現場に出ないぶん現役隊員よりブランクがあるはずだ。オレがなんとか加古ちゃんを止めようとしたところで、オレたちのやりとりを知らない太刀川から『ゲートが開かないがトラブってんのか?』と通信が入る。『ちょっと待ってくれ』とオレが焦りながら返す声に被さるように、『もう、太刀川くんもせっかちなんだから』と加古ちゃんがゲート発生のボタンを押した。
     ピキリ、と訓練室の空中に黒いヒビが走る。
     虫食い跡みたいな真っ黒の穴が、ちょうど訓練の流れを説明する二宮の真うしろに開いた。
    『校舎外グラウンドにイレギュラーゲート発生。発生の観測と同時に本部から現場付近にいる正体員へ連絡がいく。トリオン兵と遭遇しても正体員が到着するまで交戦は回避。ゲートに近づくのも駄目だ。訓練用トリガーを起動してすぐに離れるように』
     本部ではじめて扱う仮想データだからか、それともよほどデータの容量が重いのか、普通のゲートとは違って卵から雛が還るようにゆっくり膨らんでいく。『こいつはやばそうだな』と太刀川が楽しそうに言って、異変に気づいた二宮が説明を止めた。
    『クローニンチーフに作ってもらった新型トリオン兵なの。すごく強いから太刀川くんも二宮くんも本気で戦った方がいいわよ』
    『太刀川了解』
    『は?』
     おもいっきり眉を寄せた二宮から『どういうことだ堤』と名前を呼ばれる。『わるい二宮!耐えてくれ!』とオレが返すのと同時に、空間が裂ける音がした。
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    hn314

    PROGRESS太刀川の隣の部屋に住む杉山さん視点の話。このあと防衛任務中の太刀川くんと二宮くんに助けられる杉山さんの話が上手いこといけば5月の新刊に収録されるはずです。
    ⚠️CPは太刀川と二宮の左右なしです。
    第三者視点の話 三門市はのどかで穏やかな街だ。暖かな気候がそうさせるのか朗らかで人のいい県民性で、犯罪発生率は全国でもトップクラスに低い。夜の繁華街を歩いても絡んでくるのはせいぜい不良くらい。反社会的な団体や犯行グループや半グレ的な組織がいる話は聞かなくて、オレオレ詐欺かと思ったら本当にただの間違い電話だった──という笑い話が実際にあるくらいだ(ちなみに俺の母親の実体験だ)。道を歩いていても目にする看板は『警戒区域注意』『優先順位はスマホの通知音より警報音』といったボーダー関連の標語ばかりで、『事故多発』『ひったくり注意』『自転車盗難発生』といった不穏なものは見かけない。だから俺が住んでいる築十二年の木造アパート(1K・一階・洋室八畳・風呂トイレ付き)もオートロックじゃないし監視カメラもついていないが空き巣に入られたことは一度もなくて、鍵をかけずに部屋を出てもなにも盗まれないくらいだ──というのはさすがに俺の実体験ではない。俺の右隣の部屋に住む男子大学生から聞いた話だ。
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    hn314

    PROGRESS特別訓練でくそつよトリオン兵と戦う太刀川と二宮の話(途中)。無事に2月の新刊に収録されてほしいです。
    ※ボーダー幹部をしている20歳組の未来捏造ネタです。
    原稿の進捗 最近入隊したばかりの隊員から加古さんは太刀川さんと二宮さんのどちらとお付き合いしていたんですかって聞かれたのよ。と、加古ちゃんがオレにぼやいたのは同年代飲み会の最中だった。当の太刀川と二宮はふたりで家に帰ったあとで、来馬も呼び出しを受けて鈴鳴支部に戻ったあとで、冷えたつまみとぬるくなった酒のグラスを片手に居酒屋の六人用の席でふたりでサシ飲みをしていたときだ。
    「C級隊員の子たちのあいだで、私と太刀川くんと二宮くんが昔は三角関係だったって噂が流れているみたいなのよねえ」
     向かい合って座る加古ちゃんが内容とはうらはらに他人事のように言う。オレは日本酒を飲みながらおもわずうめいた。予想していたより酒が強かったからじゃなくて、つい最近オレも訓練のあとに隊員から聞かれていたからだ。ただそのとき質問されたのは「加古さんの手料理を取り合って堤さんたちが喧嘩したって噂は本当なんですか?」という、元ネタに尾鰭背びれがついて羽まで生えたようなものだったのだが。もちろん加古ちゃんはオレたちの中の誰とも付き合ったことがないし、誰かと三角関係になったこともないし、手料理──たぶんチャーハンだろう──を避けるために争った記憶はあれど奪い合ったこともない。根も葉もない噂だが、こういった話が広まる理由はオレにも想像がついた。三十手前のオレたちとは違ってまだ十代の隊員は恋愛話に興味があるだろうし、なにより加古ちゃんも太刀川も二宮も目立つのだ。
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    hn314

    DONE恋愛ゲームが上手い太刀川とこれから攻略される二宮の話※左右なしです。
    誕生日おめでとう話 つぎのデートの行き先を水族館にするか遊園地にするか買い物にするかで迷う。手堅いのは水族館だし、この前行ったときにも喜んでくれた場所だが、もう四回目のデートだからそろそろ違うとこにした方がいい気がするんだよな。いつもおなじとこばっか行ってるとマンネリってやつになるし。でも賑やかな場所は好きじゃなさそうだし、遊園地は避けといた方が無難だろう。そういやもうすぐ誕生日だから、プレゼントの下見も兼ねて買い物に誘ってみるのもアリかもしれない。意外と服装に気を使うタイプだし。よし。今回は買い物を選んでみるか。
     俺がポチポチとボタンを操作して『ショッピング』の選択肢を選ぶと、予想は当たったみたいで『そうね。私も欲しい服があるし』とセリフが出て画面いっぱいにハートマークが飛んだ。主人公のパラメーターを最大まで上げないと出会えないキャラだし、やっと会えてからも会話できるようになるまで時間がかかったが、攻略ルートに入ってからは結構好感度が上がりやすい。ツンデレ? じゃない、クーデレ? が売りのキャラだって国近も言っていたし、ガードの硬さからのデレが魅力なんだろう。この調子でいけば来週の誕生日には告白できそうだな。
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