誕生日おめでとう話 つぎのデートの行き先を水族館にするか遊園地にするか買い物にするかで迷う。手堅いのは水族館だし、この前行ったときにも喜んでくれた場所だが、もう四回目のデートだからそろそろ違うとこにした方がいい気がするんだよな。いつもおなじとこばっか行ってるとマンネリってやつになるし。でも賑やかな場所は好きじゃなさそうだし、遊園地は避けといた方が無難だろう。そういやもうすぐ誕生日だから、プレゼントの下見も兼ねて買い物に誘ってみるのもアリかもしれない。意外と服装に気を使うタイプだし。よし。今回は買い物を選んでみるか。
俺がポチポチとボタンを操作して『ショッピング』の選択肢を選ぶと、予想は当たったみたいで『そうね。私も欲しい服があるし』とセリフが出て画面いっぱいにハートマークが飛んだ。主人公のパラメーターを最大まで上げないと出会えないキャラだし、やっと会えてからも会話できるようになるまで時間がかかったが、攻略ルートに入ってからは結構好感度が上がりやすい。ツンデレ? じゃない、クーデレ? が売りのキャラだって国近も言っていたし、ガードの硬さからのデレが魅力なんだろう。この調子でいけば来週の誕生日には告白できそうだな。
俺が勝ちを確信していると、『ねえ、あなたのことを慶くんって呼んでいい?』と聞かれた。
「お、せつなちゃんが俺のことを“慶くん”って呼んでくれたぜ。ちゃんと名前を覚えてくれてたんだな」
「…………太刀川、おまえはさっきから俺の家のテレビでなにやってんだ」
テレビの中からお付き合いしたばかりの恋人同士みたいに名前を呼ばれるのとは反対に、別れ話を切り出す直前みたいな声で二宮が俺の名前を呼んだ。
二宮がひとり暮らし中のマンション。作戦室から持ち帰ったゲーム機をテレビに繋いで、俺が寝転がれそうなくらいデカくてふわふわしたソファ(ベッドにもなるやつ)に座ってひとりでゲームをしていたが、ちょっと離れたパソコン用の机でレポートを書いていた二宮にも俺のひとりごとが届いていたらしい。いままでの攻略に手間がかかったぶんおもわず大声が出ていた自覚はある。
俺がコントローラーを握ったまま顔をあげると、二宮は俺のテストの点数をちらっと目撃したとき以来の冷え切った目をして立っていた。日本語を喋る犬を見かけたときのような、理解不能な存在を目の前にしたときの顔だ。こいつはいつも仏頂面で表情自体は変わらないのに、雰囲気とか空気とかにすぐに感情が出る。せつなちゃんも二宮くらい気持ちが表に出てくれたらわかりやすいんだけどな──と思いながら、いったんゲームの一時停止ボタンを押した。
「国近がいまハマってるゲームだよ。俺と国近のどっちが先に最難関キャラのせつなちゃんを落とせるか勝負することになってさ。落とすっつってもバトルで勝つとかじゃなくて、学校に通いながら主人公のパラメーターと女の子の好感度を上げていくゲームで……アレだ、いわゆるギャルゲーってやつだ」
言ってから二宮にギャルゲーが通じるんだろうか、とふと頭によぎった。二宮はめったにゲームをしないし、子どものころ人並みに遊んでいたとしても恋愛ゲームなんてやらなかっただろう。高校でも義理チョコより本命チョコを貰った数の方が多かったと加古が話していたし、学校で女子にモテているのにわざわざゲームでまでモテようとはしないはずだ。
ただ俺がゲームソフトの箱を見せて説明する前に、二宮が隣に座りながら「おまえみたいなにぶいやつにこういうゲームが出来るのか」と呆れたように口にした。やったことがあるかはともかくどんなゲームかは知っているらしい。まあ俺も国近がうちの隊に入るまで恋愛ゲームをやった経験なんてなかったけど、友だちが遊んでるのをうしろから見たことくらいならある。二宮も知識としてなら知ってるんだろう。
「こう見えて得意なんだぜ?」と一時停止を解除しながら言うと、左隣に座る二宮から「おまえに恋愛の機微がわかるとは思えないけどな」とそっけなく返された。こいつは俺の恋人なのに、まだ出会って四ヶ月目のせつなちゃんより塩対応だ。
「キビ? がなにかは知らないが、ギャルゲーは上手いんだよ。これだけは国近より得意だぜ」
「部下とそんなとこで張り合うんじゃねえよ」
「おまえはわかってないっぽいが国近よりゲームが上手いってことは、世界でいちばんゲームが上手いってことだからな」
これは冗談でも隊長としての贔屓目でもなくて、国近はゲームの大会で優勝しまくってるところをボーダーのスカウトの人が引き抜いてきたのだ。国近いわくゲームの腕だけなら世界征服できるくらい強くて、実際に機器操作も情報分析も並列処理能力も高いうちの自慢のオペだが、恋愛ゲームだけは俺の方が得意だった。「太刀川さんこういうの苦手そうなのに〜」と国近からは文句混じりに言われるし、「太刀川さん恋愛に興味なさそうっすけどね」と出水からも意外そうに言われるが、なんで得意なのかはだいたい予想がつく。
「──どういう性格の女の子で、どういう考え方をしていて、俺に対してどういう行動を取ってくるかって考えたら、選択肢をはずさないんだよ」
適当にボタンを連打していると、学校パートが終わって帰り道にせつなちゃん(キャラ紹介によるとミステリアスな学校一の美少女)と一緒になった。『家まで送って行く』『カフェに寄る』『図書館で勉強する』の三つの選択肢が出て、いつもは『家まで送って行く』が正解だけど今回はいちばん最後を選ぶ。やっぱり当たりで、「だろ?」と俺は二宮へ向けて言った。
「戦闘の読み合いとおなじだ。相手の考えを読んで先回りして駆け引きで勝って、俺が先手を取り続ければいいわけだ」
「偶然だろ。おまえもゲームばっかしてないでたまには勉強しろよ」
「偶然じゃなくてドーサツリョクに基づいた予測ってやつだぜ。迅とタイマンで戦ってるときに鍛えられたんだろうな。つーか俺より二宮こそ──」
レポートがあるんじゃないかと言い返しかけて、こいつ明日締め切りのレポートを抱えていたはずだよなと思い出した。俺が取っていない講義のやつで、先週休講した代わりにいきなりレポートが出たらしい。二宮はマジメだからさっさと課題を終わらせるタイプだけど、今週は他の講義の発表で忙しくてギリギリになるまで取り掛かれなかった。と、おなじ講義を受けている来馬から聞いていた。だから俺も家には遊びにきたものの、二宮の邪魔をせずにひとりでゲームをしていたのだ。
さっきまで二宮が座っていた机をうかがうと、パソコンの画面はついたままだった。参考文献も開きっぱなしだし、レポートを書き終わったわけじゃないんだろう。かといって息抜きがてら休憩に来たにしては二宮の空気は刺々しい。
テレビの中からかわいく話しかけられるのを聞き流しながら、隣で黙っている二宮を見上げる。足を組んでソファの肘置きに頬杖をついて、じっとテレビを見つめている横顔はかわいくないどころか不機嫌そうだ。これがゲームだったら『怒らせたので謝りますか?』って選択肢が出るだろうし、それを選んで正解だろう。ただ二宮以外の相手にかぎっての話で、俺には二宮が怒っていないのがすぐにわかった。
ようは二宮は拗ねているのだ。
俺が大学で女の子と話していてもまったく気にしないし、加古や月見と付き合っている噂が出てもなんの反応もしないのに、ゲームの女の子相手には嫉妬するんだから複雑なやつだ。まあ俺がせつなちゃんとはじめて会話したり一緒に帰ったりデートでいい雰囲気になるたびに、いちいち騒いでいたから二宮もおもしろくなかったのかもしれないが。付き合ってから結構経つけど、二宮はわかりやすいのに読み切れない。天然でチョロいくせに頑固で頑なで、もし恋愛ゲームにいたら絶対に手間のかかる厄介なキャラだろう。俺じゃなかったら攻略しようなんて思わないし、俺じゃないと落とせなかったはずだ。
「選ばないのか?」
いつのまにかゲームが進んでいたらしい。二宮から聞かれてテレビに意識を戻す。また三つの選択肢が出ていて俺が真ん中のコマンドを押すと、画面にたくさんのハートマークが飛んだ。『私のことをよく知ってるのね』とせつなちゃんがはにかむのを眺めながら、二宮が「おまえはテストでもこれくらいの正答率を見せろよ」とぼやく。そうだな。でもいま俺にはテストより手強くて大事なもんがあった。
「……テストは別もんだろ。勉強しないとわからねーし。俺がしているのは読み合いだから、テスト以外の他のとこで活かされるんだぜ」
「無駄な特技だな」
「そうでもないだろ。そのおかげで俺は二宮を落とせたわけだしな」
ちらりと二宮をうかがうと、やっとテレビじゃなく俺へ顔を向けてくれた。俺のくどき文句が刺さってくれたらしい。いままでこっちを見ようとしなかった二宮とようやく目が合う。その目が逸らされる前に腕を掴んで、逃げ道を奪うようにキスをした。軽く触れるだけにしてそっと顔を離すと、二宮は負けを認める代わりに眉を寄せてつぶやいた。
「……まだ落としてないだろ」
こいつはあの手この手を使われて俺に攻略されたくせに、自分が落とされた自覚がないらしい。いや。頑固でいじっぱりだから単に受け入れたくないんだろう。俺に対して妙にプライドの高いやつなのだ。でも俺はそんな二宮の負けず嫌いなところが好きなので、ふっと笑ってからコントローラーを手放す代わりに二宮をソファに押し倒した。
と、その前に。
「太刀川?」
「ちょっと待ってろ」
いったんソファから降りてゲーム機の電源を切る。ついでテレビも消しておいた。セーブしてないからまた最初からやり直すハメになるけど、今回は国近には勝てないのが決まったからいまさらだろう。なにせ俺には先に攻略し直さないといけない最難関キャラがいるのだ。
「二宮ももうすぐ誕生日だろ? 俺たちもどっかデートに行こうぜ」
なにか言いたそうな目を向ける二宮から先手を取って言う。こういうのは先に主導権を握った方が勝ちだ。「行きたい場所あるか」と聞きながら軋んだ音を立ててソファに乗り上げると、今度は逆に俺が腕を引かれて押し倒された。
俺を見下ろして二宮が挑むように言う。
「おまえが選べ」
なるほど。二宮も簡単に俺に落とされるつもりはないらしい。
頭の中に選択肢みたいにいろんな場所が浮かぶ。
どれにするか選ぶ前に、急かすように伸ばされた腕に顔を引き寄せられて。「太刀川了解」と、まずは手のかかる恋人の望みに応えることにした。