太刀川と二宮の一騎打ちを観戦する加古さんの話『二宮隊長緊急脱出! ここで試合終了! A級ランク戦ラウンド2夜の部は太刀川隊の勝利です!』
真夏の太陽に向かってまっすぐに育ったひまわりのような声が響く。桜子ちゃんのアナウンスを受けてランク戦会場がどよめくなか、大画面モニターに映る太刀川くんが二宮くんにトドメを刺した弧月をゆっくりとおろした。まるで二宮くんの胸を貫いた感触を名残り惜しむように。その仕草が太刀川くんらしくなく湿っぽくて、だからなのか艶っぽくも見えて、私はマイクに乗って会場中に伝わるのを気にせずにため息をついた。ただ太刀川くんが秘め事めいた空気を振り払うように弧月を鞘にしまった瞬間、モニターの映像も市街地CからA級ランク戦の暫定順位に切り替わる。今回の結果で二宮隊の順位に変動があったみたいだけれど、太刀川くんと二宮くんの変化に比べたら些細なものだろう。二宮くんのことだからどうせまたA級上位に這い上がってくるだろうし。
『本日の試合がすべて終了! 暫定順位が更新されました! 太刀川隊と風間隊の順位は変わらず二宮隊が五位にダウン! さて。今シーズンも大混戦のA級上位ですが、振り返ってみてこの試合いかがだったでしょうか?』
私の左隣に座る桜子ちゃんが私の右隣に座る東さんに顔を向ける。東さんは『そうですね』と短く答えたあと言葉を選ぶように間を置いた。試合でも一騎打ちでも負けた二宮くんに気を使っているのかもしれない。なんだかんだ東さんは二宮くんに甘いんだから。
『……太刀川隊が六点取って勝ちましたが、地形戦を仕掛けた二宮隊の作戦は悪くなかったと思います。三チーム中唯一狙撃手がいるという利点を活かしていましたね。ただ太刀川隊も風間隊も『狙撃手』を警戒するのは慣れているので、対応されたときの対応策を準備できるようになれば二宮隊は安定して上位に勝てるようになると思いますよ』
『今回の試合も烏丸隊員が乱戦に持ち込んで、鳩原隊員の『狙撃』が生きる場面を封じていましたしね。各隊長がエースとしても白星をあげるなか、最後は太刀川隊長と二宮隊長の一騎打ちで幕を閉じる劇的な内容でしたが……』
『太刀川は二宮とあたるときはかならず人数有利を意識していたので、最後に一騎打ちを仕掛けたのは意外でした』
『もし二宮隊長と相打ちになって落とされても、出水隊員が生き残っていれば生存点がプラスされて太刀川隊の勝ちが決まる……という勝算が太刀川隊長にあったからでしょうか?』
『出水の生存点はあくまで保険で、太刀川は二宮に勝つ自信があったから勝負を仕掛けたんだと思いますよ。それに今日の二宮になら一騎打ちを挑んでも乗ってくるという計算があったんでしょうね』
『というと……?』
『いままでの二宮なら太刀川から一対一の勝負をを挑まれても避けていたでしょうから』
『なるほど。二宮隊長の元隊長である東隊長だからこその分析ですね』
東さんも太刀川くんと二宮くんの変化には気づいているんだろう。核心には触れずに曖昧に答える。いつも明確に解説をしている東さんがわざとにごしているのは桜子ちゃんも察したのか、『今シーズンからA級ランク戦を観戦する隊員へ補足すると、いまB級で第二期東隊の隊長を務めている東隊長は昔は第一期東隊で二宮隊長に戦術を指導していました』とさらりと話を変えた。
『その第一期東隊で二宮隊長と元チームメイトだった加古隊員は、太刀川隊長が二宮隊長から白星を取った勝因はどこだと思われますか? 最後は太刀川隊長が力押しで二宮隊長に勝ち切ったように見えましたが……』
『そうねえ』
話をふられて私も試合内容を思い返す。桜子ちゃんの言うように最後は太刀川くんは力押しで二宮くんにトドメを刺していた。自分が勝てる盤面を整えた上で、搦手で二宮くんを落としにいく太刀川くんらしくなく。反対に二宮くんがめずらしく太刀川くんの一騎打ちに乗ったのは、東さんの言うように太刀川くんから挑まれた勝負に逃げたくなかったからだろう。二宮くんはたしかに負けず嫌いだし、勝つのが好きなタイプだけれど。でも今回は単に試合に勝ちたかったからじゃなくて、太刀川くん個人に勝ちたいという事情があったはずだ。
その事情に予想がつく私は、口を尖らせて呆れ混じりにぼやいた。
『──太刀川くんも二宮くんも、わかりやすくておもしろくないわ』
* * *
二宮くんは太刀川くんを好きなんじゃないかしら。と私が気がついたのは、太刀川くんが隊を結成したのを二宮くんが嫌がったからだった。太刀川隊を結成したことそのものじゃなくて、太刀川くんが私たち東隊と戦いたがっているのが嫌だったのだ。二宮くんは負けず嫌いでプライドが高い。そのわりには真正面から正々堂々と勝ちたがる面白みのないタイプで、搦手を使って冷静に相手の隙をついてくる太刀川くんとの相性は最悪だった。二宮くんからしたら太刀川くんが自分よりランクが上なのも、いまは空気の抜けた風船みたいにランク戦へのやる気をなくしているのも余計に嫌だったんだろう。そんな太刀川くんにチームランク戦で勝てるチャンスが出来たから、もっと喜ぶんじゃないかと思っていたけれど。二宮くんいわくチームとして太刀川くんに勝つんじゃなくて、個人として太刀川くんに勝たないと意味がないらしい。
つまり二宮くんは、太刀川くんに勝ちたいだけじゃなくて太刀川くんを好きなのだ。
「二宮くん、あなた──」
そのことに思い至ったとき。私は「太刀川くんのことが好きなのね」と言う代わりに呆れながら口にしていた。
「そんなことで拗ねるなんて子どもっぽいわね」
私の言葉に二宮くんが怒ってそれから一週間ずっと口を聞いてくれないのよ。東さんも蓮も三輪くんも困っているのに二宮くんは子どもっぽいんだから。と、私が太刀川くんと堤くんに話すと、「あー……」と苦い表情を浮かべた堤くんとは反対に、最近ランク戦へのやる気がちょっと復活したらしい太刀川くんは嬉しそうに言った。
「あいつがそんなに俺に勝ちたがってるなら、俺も二宮に勝つ楽しみが増えたな」
そのとき太刀川くんが好きな子の弱みを握った子どもみたいな顔をしたのを見て、なんだ、と私は心の中で呆れたのだった。
ふたりは両思いなんじゃない。
ただ太刀川隊がA級に昇格する前に東隊が解散して二宮くんと太刀川くんが戦うことはなかった。村上くんが入隊してランク戦へのやる気が戻った太刀川くんから個人ランク戦に誘われても、二宮くんは頑なに意地を張って断り続けていた。まるで歯医者で口を開けるのを拒む幼稚園児みたいに。二宮くんは自分以外の存在がきっかけになって太刀川くんのやる気が復活したのが嫌だったのだ。二宮くんは子どもっぽいのを通り越してわがままなのよねえと私はまた呆れたけれど、それは太刀川くんもお互い様で、A級ランク戦で二宮隊と戦うときはいつも容赦なく二宮くんを倒していた。幼稚園児が好きな子にいじわるするみたいに。
そんな子どもっぽい太刀川くんと二宮くんが、やっと付き合ったのだ。
* * *
「あなたたちいつから付き合いはじめたの?」
A級ランク戦の解説が終わったあと。犬飼くんたちと焼肉に行こうとしていた二宮くんと、出水くんたちとゲームで遊ぶ約束をしていたらしい太刀川くんを捕まえてラウンジに向かう。他の隊員に聞かれないようにいちばん端の席を選んで座ったけれど、私の思いやりが伝わらないのか二宮くんは露骨に不機嫌そうな顔で「は?」と聞き返した。もう。目立っているんだからもっと大人しくしてくれたらいいのに。ただ私の斜め向かいに座る二宮くんは人目を気にせずに──気にする余裕がないみたいに続ける。
「人の予定を無視して強引にラウンジまで連れて来ておいて聞くのがそれかよ」
「ここで嘘でも『付き合ってない』って即答できないのが二宮くんなのよねえ」
「加古」
「犬飼くんたちも出水くんたちも『おれたちの予定は今度にズラせばいいだけですから』って納得してくれたじゃない。もう、二宮くんはわがままなんだから」
「無理やり予定をズラさせたおまえが言う言葉じゃないだろ」
「二宮、おまえじゃ加古に口で勝てないから黙ってろって。俺も二宮も昨日から付き合ってるって話はまだ誰にもしてないが、なんでバレたんだ?」
私の向かいの席に座る太刀川くんが右隣に座る二宮くんを押しとどめて言う。その二宮くんが「太刀川バラすなよ」と太刀川くんに文句を言うけれど、太刀川くんは「もうバレてんのにいまさら隠しようがないだろ」といつものゆるい口調で返していた。「だからって認める必要はないだろ」と言い返す二宮くんを眺めながら右手で頬杖をつく。ふたりの様子をよく観察するために。
太刀川くんも二宮くんも見慣れた私服姿。並んで座る距離もほどよく離れていて、話している内容も雰囲気もいままでと変わらない。きっと私と東さんじゃないと見抜けなかっただろう。いや。太刀川くんと付き合いの長い蓮ならわかるかもしれない。二宮くんの性格も知っているし。私がそんなことを考えているあいだも太刀川くんと二宮くんは子どもみたいな言い合いをしていて、付き合ったばかりの恋人らしいそぶりはなかった。ふとした瞬間に愛情が滲みでたり、相手に愛おしそうな目を向けることすらない。ただ甘い空気がない代わりに、これまでとは明らかに変わったことがあった。
「きっと私だけじゃなくて東さんも気づいているわよ。今日の試合のログを見たら蓮もわかるんじゃないかしら」
ふたりを観察するのに飽きて口を挟むと、「なんでランク戦でわかるんだ」と二宮くんが眉を寄せて、「あれか、タイマンで二宮と戦ったからか?」と太刀川くんが惜しいところをついた。私はなにもわかっていないらしいふたりを見つめて、今日の太刀川くんと二宮くんの一騎打ちを──まるで太刀川くんと対等に渡り合えるのは自分だけだと見せつけるように二宮くんが太刀川くんの勝負を受けて、二宮くんを倒せるのは自分だけだと教え込むように太刀川くんが二宮くんにトドメを刺したのを思い返しながら告げる。
「だっていまのあなたたち、お互いに相手が自分のものだと思っているもの」
太刀川くんと二宮くんが揃って虚をつかれた顔をする。本当に気づいていなかったのね。と、私は内心で呆れた。あんなに相手を求めて、欲しがって、根こそぎ食らい尽くすような独占欲に満ちた戦い方をしておいて。そのくせ相手は自分のものだと思い込んでいる傲慢さが透けて見えたのに、太刀川くんと二宮くんにはいっさい自覚がなかったらしい。
「そんなの恋人として愛し合ったあとしかありえないじゃない」
ふたりが私の指摘を認めるように黙った。太刀川くんも二宮くんも子どもみたいにわかりやすい。もっと相手への欲や執着を隠したらいいのに。いちいちランク戦でぶつかるたびにいまみたいな戦い方をしていたら、犬飼くんたちや出水くんたちにバレるのも時間の問題だろう。私からしたらわかりやすくておもしろくないけれど、でもそんな太刀川くんと二宮くんに勝つのはおもしろそうだった。フリーの隊員でいるのも飽きてきたし、私も隊を作ってA級ランク戦に混ざろうかしら。A級に昇格すると改造トリガーを作れるし。
なんとなく閃いたアイディアは楽しそうだった。「私もそろそろ隊員を集めて自分の隊を作ろうかしら」とつぶやくと、二宮くんが「おまえみたいなわがままなやつに隊長が務まるのかよ」と子どもが捨てセリフを吐くように漏らした。私は独占欲が強くて傲慢な男たちを眺めながら、わがままな女らしく小言を無視して、まずは風間さんに声をかけてみようと決めたのだった。