【安風】そのころには手遅れ【カフェパロ】「風見さん、好きです」
風見裕也は雇い主からかけられた一言に、まず自分の耳と目を疑った。パチパチと瞬きをし、眼鏡を外して目頭をもみ、もう一度よく安室の顔を見る。
安室は真犯人が分かった時のような、勝ちを確信した顔をしていた。
どうやら先ほどの発言は聴き間違いなどではないらしい。風見は手に持っていた紙をそろえながら、こっそりと細く長く息を吐いた。
現在風見は、大学のサークルで知り合った諸伏景光からの紹介で、安室透の探偵事務所兼カフェで現在働いている。カフェでの安室はどこからどう見ても好青年なのだが、事件現場で『推理ショー』を行う時の彼はどうにも食えないのだ。
その食えない方の面で、恋愛について語り合おうとする安室の姿勢がどうにも気に食わず、風見は「へぇ、自分も安室さんのこといい雇い主だと思っていますよ」と口をへの字に曲げて応戦した。
そもそも、カフェの閉店後、先日片はついていたもののカフェの仕事が忙しくなり、ケースクローズできていなかった浮気調査についての資料をやっとまとめ始めたところだというのに、無駄口を叩くなど言語道断。
人を口説くつもりがあるのであれば、シチュエーションにも配慮してもらいたいものだ、というのが風見の思うところである。
「僕も風見さんの働きぶりには感謝してもしきれないと思っています……が、今の会話の切り口はそこではないと風見さんも分かっているでしょう?」
朝から夜までほぼ一緒にいるせいで錯覚しているのではありませんか? という反論をパンチで紙に穴をあけながら風見は思いついたが、それは安室に対して失礼だと口には出さずにおいた。老若男女にモテる安室がなぜ自分をという心の隅にあるネガティブな気持ちも同時に押しとどめ、風見は「はぁ」とため息をついた。
「人へ対する好感という意味では、安室さんには当然一定以上の好感を持っていますよ」
いい人だと思っているし、尊敬もしている。これからも共に働き、安室を支えることができればよいと風見は常日頃から思っている。もう日も沈んだというのにキラキラと発光する安室を見て、風見はその眩さに目をきゅうと細めた。
安室は安室で、自分の思惑とは違う形をした風見からの返答に、むむむと顔をしかめる。
いつもであれば安室のその表情で「仕方がないなぁ」と風見が甘さを見せているところだが、本件について風見は甘さを見せるわけにはいかないのだ。
「風見さんは僕と一緒にいてドキドキしたりしませんか?」
「ハラハラさせられることは多いですね」
「もっと一緒にいたいなとか」
「置手紙一つ置いて一カ月近く行方知れずになる方が何を……」
安室はめげずに追撃するが、風見はそれをひらりとかわす。探偵と助手、雇用主と被雇用者の関係を今のところ風見は崩すつもりはない。せめて安室の口から発せられるメレンゲクッキーのような「好き」が、ザッハトルテのような重さになるまでは。