【さまささ】好きって言えばいいと思うよ【オメガバースパロ】 かつて世界には大きく分けて二種の人間が存在していた。一つは生物学上の性別が男と女に別れているもの。もう一つは性質をαとΩに別けているものだ。
αやΩたちには、男女という概念が存在しない。そのため、彼らはもう一種の人間のことをβと呼んだ。
この二種のヒトは、遺伝子が非常に似通っており、交配することが可能であった。ヒトが誕生してから、ながい時間をかけて二種は混ざっていくことになる。
遺伝の強さとしてはβの方が出やすいため、自然とαやΩの数は減少していった。現在、純粋なαやΩの血を持つものはいないとされている。
簓の元相棒である碧棺左馬刻は、αやΩの種を先祖に持つβの血が混ざったαだ。βとの混合が進んだ現代社会で、左馬刻のようにαの特徴が出る人間は非常にまれなことである。
古代の書物によれば、αとΩの種には運命の番という概念があり、日本人が夢物語として語る運命の赤い糸は、この伝説を基にしているといわれている。
今でも運命の番という本能はうっすら残っているそうだが、自覚を持つことも困難なほど血が薄れている昨今では、考古学研究の場でしか語られることはない。
また、芸人として活躍する白膠木簓はβ寄りのΩである。
まだαとΩの血が粘土のように濃かった時代には、αに有能な者が多く現れたり、Ωは発情期やフェロモンの社会的な影響により不利な立場に置かれていた。が、血が水ほど薄くなってしまった昨今では、一般的なα・β・Ωの間に差はほぼないに等しい。
Ωの発情期は女性の生理と同じようなものとしてとらえられており、ドラッグストアへ行けば生理痛薬の隣に抑制剤が売っている。3カ月に一回訪れる発情期に、Ωは性的欲求が強まる気がある。それを抑え込むために飲むのが抑制剤だ。
簓は抑制剤のストックが無くなりそうだったことを思い出し、立ち寄ったドラッグストアで抑制剤を手に取った。簓にとって抑制剤は鎮痛剤や風邪薬のようなもので、調子が悪いときに飲む薬という感覚だ。
左馬刻に出会うまで、簓は自身がΩであるという自覚を持っていなかった。Ωの特徴である発情期も自覚が無かったころは、今週は妙にむらむらするなとマスターベーションをして乗り切っていたのだ。
それが、左馬刻と過ごすようになってしばらくして初めて訪れた例の妙にムラムラする期間に、「おい、簓。テメェ、抑制剤飲んでねぇのか」と鼻をひくつかせる左馬刻からそう言われたことで、簓は初めて自分がΩの性質を持っている可能性について思考した。
指摘をしたのが左馬刻でなければそう簡単に自分がΩかもしれないなどと、簓は思わなかっただろう。だが、αの特性を色濃く持つ左馬刻から言われたのだからきっとそうなのだろうと、簓は半ば確信を持ちながらも医療機関で念のため特性検査を受けることにした。
結果はβ寄りのΩで、簓は思春期に入ってから悩まされていた定期的に強くなる性的欲求を対策する術――抑制剤を手に入れた。これで性に対する悩みは無くなったと思われたのだが、最近簓には元相棒が会うたび項を爛々とした目で見てくるという悩みを抱えている。
「視線が痛いっちゅうねん」
ビームのような目線に耐えかねた簓は、右手で項を覆い隠した。すると、見つめていた自覚が無かったのか、左馬刻はバツの悪そうな顔をして項から顔ごと目を引き離す。仲違いをしてからようやく今、二人で話ができるようになったというのに、これでは落ち着くどころの話ではない。
かく言う簓も、ふんわりと左馬刻から香るフェロモンに、今すぐ床へ転がってごろごろと甘えたくてたまらなかった。
どうにも出会った頃から左馬刻と簓はお互いの性質に引っ張られてしまうようなのだ。他の人間に振り回されることが無いだけに、その事実は二人を落ち着かない気分にさせる。
運命の番なんて神話となったこの時代に、二人の間に起きている現象をなんと呼べばいいのだろうか。