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    ⛰暮正⛰

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    ⛰暮正⛰

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    特一同士つきあってない ※全年齢向けですが致している描写があります

    ##文章

    夜明け前 押し込まれた洞は冷えた土のにおいがしている。よろめいた先で頭を打ちつけ、膝丸は舌打ちした。
     凍てつきそうに冷えた岩壁がぐるりを囲っていた。突き出した手になだらかな感触がある。古い採石場だろう。更に奥を求めたが、天井が迫って行き止まりだ。つっかえる刀の柄を膝丸は固く握る。
     入口で雪を払っていた髭切が隣に腰を下ろした。足を伸ばすと向こうの岩についてしまう。二振りはかたかた震えて、知らず身を寄せ合う。駆け込んできた勢いのままの荒い呼吸が、岩肌にがさがさと反響する。
     膝丸は、ひどく腹を立てていた。
     制止の言葉を聞かずに敵を追ったのは自分であり、取り逃したのもまた自分だった。豆粒ほどだった雪が碁石ほどに膨らんであっという間に吹雪になるのを、読めなかったのは仕方ない。しかし仲間と逸れたのは、やはり深追いした自分のせいだ。
     追ってきた髭切が膝丸を一切責めないことも、神経を逆撫でした。髭切は膝丸よりも幾月か早くに顕現している。二振りの練度の差は埋められないほどではなかった。
     しかし、考えなしに飛び出した膝丸と違って、兄は調査段階からこの洞を見つけていたし、いくつか目印もつけたと言う。膝丸の震えは、寒さのためばかりではない。
     ようやく特がついて、同じ部隊での初の出陣だった。己の力を示さなくてはならないのに。
     火口袋を覗いていた髭切は、それを懐にしまい直した。燃やすものも無いし、この狭さでは扱いが難しい。夜目の利かない二振りには暗すぎるが、この天候では敵も身動きできなくなっていると判断し、このまま夜明けを待つことにする。刀剣男士の肉体は人のそれより強靭だから、凍えて折れることもない。
     しかし。髭切は、傍らの太腿を手で擦った。硬く寄った服の皺が手袋越しにも感じられる。膝丸はすぐさまそれを止めさせた。
    「まだ怒っているの」
     静かな問いかけに膝丸は答えない。
     髭切はまだ掴まれていない方の手を、膝丸の上衣の下に差し入れる。腹を撫で、脇腹を擦ってみると、体は動揺と寒さに強張っていた。
    「夜が明ける頃には雪も収まるだろう。今は、気持ちを鎮めて。時を待ちなさい」
    「……分かったから、やめてくれ。どこも怪我していないから」
     両の手が掴まれると、髭切はその場で膝立ちになった。こちらを向いたらしい膝丸の顔を、気配だけで探り当て、頬を擦り寄せる。冷たさに驚く膝丸の唇に己のものを押し当て、それから膝丸の足に跨がる。
    「一体何をしている」
     苛立ちがぶり返したように、膝丸の声は硬い。
     髭切は、未だ掴まれている手を少し握る。寒さで凍えることはない。しかし、指先が悴み始めている。
    「体を貸して」
    「なにを……ふざけているのか?」
    「このままじゃ凍えて、うまく刀を握れなくなる。おまえだって冷えてきているだろう」
     髭切の言うとおりだった。膝丸は唇を噛む。
     洞に押し込まれた時は、吹雪が収まったらすぐにでも出ていくつもりでいた。だが寒さが体の自由を少しずつ奪っていくことに気が付いた。このままでは動けなくなると分かっても、対処する術がない。術がなくとも何とかしなければいけないのに、それが自分たちに要求されることなのに、何も思い浮かばなくて、内心は焦り、それがまた怒りを生み出す。
     だから、髭切の申し出は有難いものだった。膝丸には到底思いつかない手だ。けれど、そんなやり方。うまく飲み込めずにいる膝丸を、髭切は少し笑った。
    「神気を分けてあげるから」
    「そんなものあるわけが」
     ないと言いきることはできなかった。膝丸の唇は兄のものに覆われる。
     外は、風が猛烈に吹き荒れている。絹を裂くのにも、叫び声にも似た恐ろしい響きを轟かせ、雪をめちゃくちゃにかき乱している。洞は幸い風下で、氷の礫は入ってこない。
     積もる雪が厚みを増したのを見て、膝丸は不思議な驚きを覚えた。終わりのない風の音と吹き荒れる雪を見ていると時の感覚が無くなる。
     寒さに縮んでいた肉棒が髭切を貫く頃には、二振りはうっすらと汗をかいていた。詰めていた息を吐き出すと熱く湿っている。呼応する髭切の呼吸には、機嫌の良い馬が発する低いいななきに似た音が混じった。
     「貸して」という言葉に従い、膝丸は体を好きにさせた。闇の中でわずかに目が慣れても事の全容は分からない。兄が、傷につける軟膏を使って、体のどこかに膝丸を受け入れていくのを、ほとんど何もできず見ていた。
     座った膝丸の上で兄のかたちをした影が揺れ動く。すると音がして、陽物に刺激があり、体は勝手に火照ってくる。膝丸は手を添えて髭切を支えながら、感覚を持て余していた。
    「いいこだね」
     髭切は何度かそう言っては膝丸を励ました。膝丸の肩に掴まったり、腿に手をついたりして、苦しそうな呼吸を繰り返している。その呼吸を時折膝丸の口の中へ運び込み、舌に載せて飲み込ませる。
     兄と触れ合っていると、膝丸は自分の内側がやわらかくなるのを感じた。焦る気持ちも、宥めてくれる髭切の言葉も、すうっと体の中に溶けていく。
     髭切はいったいどれほどを知っているのだろう。膝丸は、目の前の影を見上げた。兄の深い親切心を思い、手探りで頬に触れる。
    「兄者……」
    「大丈夫だよ」
     こんなに近いのに、互いの顔さえ定かではない。笑ったらしく、髭切の頬はふっくらと丸くなった。

     夜明け前の一番冷え込む頃、二振りは洞から這い出した。
     辺りがすっかり雪に覆われているのを見て、髭切は「雪目になりそう」と呟く。下瞼にできた隈を指でこすっていた。
    「日が出る前に仕留めれば問題ないな」事もなげに膝丸が答える。髭切と深く交わったためか、泰然と物を見られるようになっていた。「一度拠点へ戻り、立て直そう」
     しかしその道中で、二振りは遡行軍に襲われた。膝丸たちの肉体が人と異なるのと同様に、かれらの異形の体も、寒さでどうにかなるものでなかった。這々の体で逃げ帰った拠点にも敵方が攻め寄せていて、奮戦むなしく部隊は敗走した。
     敗北は膝丸を暗い興奮に突き落とした。
     悔しさや恐れからくる怒り、情けなさと惨めさによる悲しみに翻弄され、膝丸の心は荒れた。目を閉じると、敵に斬り伏せられる仲間や自分の姿が、視点や状況を変えいくつも浮かんでくる。手入れ部屋は風もなく暖かであるのに、ちっとも寝付けなかった。
     起き上がると、目を閉じていた髭切は顔を膝丸へ向けた。灯火に照らされた鼻の影が、顔の凹凸に沿って折れている。
     苛立つ膝丸と対照的に髭切は塞ぎ込み、部屋に入れられてからほとんど言葉を発していない。兄の気だるげな目付きを見ると膝丸の心はいっそう苛烈に燃えた。愛とも呼べる施しを受けておきながら無様に地に倒れた。兄の顔に泥を塗り、怪我まで負わせた己が許せない。髭切を酷い目に遭わせたのは自分なのだ。肚の底がひりひりしてくる。
     膝丸の顔は思い詰めて、見ているのがつらい。固く結ばれた拳へと髭切は目を転じた。数時間前、その手は血でぬるぬるして、指一本も動かせなかった。またその数時間前には、髭切の背を支えていた。そっと触れると、手の甲の皮膚が荒れてざらついている。
     慎重な速度で、膝丸は兄の枕元へ移動した。なにか求めるように髭切の顔を見つめていたが、「悔しい」と短く零した。
     悔しいか、と髭切は思う。髭切は、敗けたことよりも自らの軽薄さを悔やんでいた。もはや世は移り変わり、権威の後盾も無いのだと混戦の最中に理解させられた。髭切が髭切であることは、もはや強さの証に成りえない。張り切る膝丸がしくじり過ぎないように、などと監督者の位置に立てるなどと思っていたのが不思議だ。
     しかしいくら力不足でも、たとえ冗談でも、「神気を分ける」などと口にしたからには、何が何でも弟を勝たせなくてはいけなかった。髭切もまた自身の無力を呪っている。
     ぼんやり考えていると、膝丸の手が肩に乗った。見上げた髭切の唇は奪われ、静かに舌を絡め取られる。
     互いに視線を合わせたまま舌の表面を撫ぜ合う。苦い顔をしているのに、膝丸の口内の肉はやわらかく緩んでいる。じんわりと滴る唾液を吸い取られ、髭切はため息を吐いた。
    「こんなのはこれきりだ」
     始まりと同じく唐突に離れ、押し潰した声でそう言うと膝丸は兄の胸に伏せた。いくらもしない内に震えだした背中に手を置いて、髭切も口を開く。
    「強くなろう」
     室内には膝丸の嗚咽だけやわらかく反響している。蝋燭の強い灯りに暴かれないよう、髭切は両手を弟の頭に載せていた。
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