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    okusen15

    まほ晶が好き

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    okusen15

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    西 神酒の酒場のボトルキープの主を知りたい客の話
    ※シャイ晶♀要素を含みます

    PM blue Lemon hours radio ランプの灯りを受けて一瞬、黄金に輝く。引き寄せられるように目を向けた客は、慌ててまたグラスに視線を落とした。カウンターにいる店主ーーシャイロックに気づかれる前に。
     真紅のソファに腰を落ち着けた他の客の魔法使いたちが、互いの耳元で囁くように話すと、さざめきのような笑い声が、時々起こる。グラスを乗せた盆が優雅に飛び、その間をパイプの煙が泳ぐように漂う。魔法使いたちは煙の匂いが届くと、自然と会話をやめて、ちらっとシャイロックの方を見た。シャイロックがパイプを置いて、グラスを磨いているのが分かると、またおしゃべりに花を咲かせる。
     神酒の酒場に集う、多くの客たちの興味関心を一手に引き受けているのは、シャイロック本人だ。誰もが彼に好かれたいと思っているし、特別だと思われたがっている。魔法使いたちは今日も水面下で、駆け引きを楽しんでいた。そしてここにも、シャイロックにーー正確にはシャイロックの秘密にーー興味津々のものがいた。
     今日の酒場では一番年若い魔法使い、エヴァーグリーンだ。エヴァーグリーンはカウンターの席に座りながら、もう一度過去の記憶をさらった。
     確か一年前の芯から凍りそうな寒い雪の日だった。酒場に入ってホットワインで体を温めていると、シャイロックが、あるボトルキープのタグを丁寧に拭っていた。その横顔は、大切な人を前にした時のような優しげで、少し切なさの混じったものだった。
     シャイロックもそんな顔するんだ。たまたま目撃した彼女がそう思った瞬間、表情は引っ込められてしまい、それにますます好奇心を掻き立てられた。
     魔法使いは何にでも恋をする。もしかしたら、シャイロックはあのワインボトルに恋をしているのかもしれない。もしくは、小指の先程のゴールドのタグに恋しているのかもしれない。違うかもしれない。けれど、空気を吸うと息が出来るのと同じくらい、当たり前のように確信していた。シャイロックはあのキープボトルの主に恋をしている。
     以来、この酒場に足繁く通っているものの訊く機会はなかなか訪れない。踏み込むための勇気も、なかなか湧いてこなかった。 
     群青レモンをかじると、清涼感のある香りと味が口の中に広がった。勢い余って皮まで噛んでしまい、苦みが舌を刺激する。流し込むように酒を飲むと、喉がカーッと熱くなった。浅く腰掛けた席で一人静かに悶えていると、煙が強く香った。
    「大丈夫ですか?お水でもお持ちいたしましょうか?」
     ほんの少し首を傾けたシャイロックが目の前にいた。細長いパイプを、ほとんど力を入れずに支えている人差し指が、石膏のように白かった。はらりと、彼の目に黒髪がかかる。天井から吊るされたシャンデリアが、シャイロックの顔に影をつくった。雨に打たれる大輪の花のような、憂鬱さと美しさ。
    「ーーいっ、いえ、大丈夫!」
     友達にするように、大きく首を横に振ってしまいそうになるのを、渾身の力で止めた。品のない客だと思われたくなかった。ただでさえ、エヴァーグリーンは二十二の若い魔法使いだったから。
     シャイロックが次に何をするか、彼女には想像がつかなかった。そうですかと会話が終わってしまうのは嫌だった。かと言って引き止めて気に障ったりしたら、と考えると実行できるはずもなかった。いくらシャイロックの秘密に興味があると言っても、シャイロック自身に興味がないわけではない。彼にそんな態度をとられたら、百年くらい引きこもってしまうかもしれない。それに、万一、会話が続いたとしても、彼を満足させられるような話を、できるかどうかも自信がなかった。
     シャイロックが微笑むと、見えない糸で引き寄せられるように、体が前のめりになった。この人の秘密を知りたい。この人にもっと近づきたい。それ以外考えられず、どれほど大胆な行動にでているのか自覚できない。視界の遠くに、きらりと光る何かが見えて、はっと正気を取り戻した。
    「(あ、危ない……!)」
     身を引くと、シャイロックが悪戯っぽく目を細めた。完全にからかわれていた。
    「残念。あなたを誘惑できると思ったのですが……」
     そんなことを、流し目で言われるたのだからたまらない。振り回されてばかりの自分に、自分で決まりが悪くなる。「失礼」と優雅に一礼したシャイロックの瞳は、面白そうにエヴァーグリーンの不満げにとがった唇を見ていた。
    「いったい、何があなたを誘惑の罠から逃れさせたのでしょう?よろしければ教えてくれませんか?」
     シャイロックから向けられた話題に、彼女は戸惑った。膝の上においた手が軽く汗をかく。
    「(でも、こんな機会でないと、もう二度と訊けないかもしれない……!)」
     酒場のあちこちで起こっている軽やかな牽制の気配が彼女を刺す。負けないように、奮い立たせるように深呼吸をすると、年月を経たマホガニーと皮のソファの匂いが胸いっぱいに立ち込めた。海に飛び込むような気持ちで、指をさす。
    「あのボトルキープのタグが、光って気になって……。あれは誰のものなんですか?」
    「おや……」
     シャイロックは背後に目をやってパイプから煙をひとつ、くゆらせた。なんてことない一動作に逃げ出したくなったが、足は床にぴったりとくっついたままだった。心臓がシンバルを叩いているようにうるさかった。
     シャイロックの心を射止めているのが誰なのか知りたい。親の宝石箱を覗いてみたくなる子供のような、小さじいっぱい分の好奇心。
    「お目が高いかた。あれは特別なものなのですよ」
     果たしてシャイロックは、その宝石箱を覗かせてくれた。いつもシャイロックが立つカウンターの中にある棚。棚ではボトルが何十本と眠っている。その真ん中にあるワインボトルを、絵画でも鑑賞するように眺めている瞳は、懐かしさと寂しさを内包しているように見えた。シャイロックが答えてくれた嬉しさも束の間、彼女の脳裏に幼い頃、母から言われた言葉がよぎった。
     見るだけならいいわよ。でも、触っちゃダメよーーキラキラ輝く宝石箱を前に、母はそう言った。エヴァーグリーンは叱られるのを分かっている子供のように首をすくめた。
    「あの……、ごめんなさい。私、踏み込みすぎてしまったかも……」
    「いいえ。確かに大勢のひとに話すようなことではありませんが、口を閉ざしたくなるようなものではありませんよ。それに、たまには風通しを良くしなければ」
    「風通し……?」
    「秘密とは、形のない恋人をもつことです。誰にも見せたくなくて、隠しておきたい……。そんな想いを、心という部屋に閉じ込め続けていれば、たちまち淀んで、ついには体を蝕むでしょう。ーーどうです?一杯、お付き合いいただけますか?」
     彼女はシャイロックの巧みな話術に、あっという間に引き込まれた。頷くと、みるみるうちにグラスにテキーラが満たされる。シャイロックと彼女が乾杯を交わすと、他の客の魔法使いたちの視線が集まって、散らばった。行儀悪く聞き耳を立てることもなく、再び歓談に戻っていった客たちの視線の中には、羨望まじりのものがいくつもあった。
     けれど、彼女は気にならなかった。紗を張った中で、異国の旅人から話を聞いているようなーー同じ場所にいながら、別の空間を共有している不思議な感覚だった。
    「あのボトルの主人に初めて出会ったのは、もう百年も前になります。まだ〈大いなる厄災〉が燦然と力を誇っていた、夜と呼ぶには明るすぎる日。塔の光で照らされた彼女の瞳をーーええ、今も覚えていますとも。大空を飛ぶ大鷹の尾羽の色」
     歌をうたうように滔々と紡がれる物語。彼女はうっとりとしながら、シャイロックの横顔を見つめた。
    「持ちうる言葉を尽くし、吟味し、寄り添うことを誠実とした人でした。決して物事を放り出さずに、糸口を見つけ出す賢い人でした。私は彼女が好きですし、大切に思っています。昔も今も変わらずに」
     シャイロックが瞼を伏せる。当時の記憶と感情が、彼の中でまだ生きているのだろう。その一つ一つを、味わうための沈黙が落ちる。グラスの水滴が一筋落ちて、コースターにシミをつくった。彼女は水滴を指で拭って、酒を飲んだ。なめらかで、冷たくて、喉元に落ちると熱い。
    「あれは祈りなんですよ。ここにいる、と最後まで言えなかった彼女が残した。……お酒の飲めない方なのに……」
     いくつもの悲哀も、愛も、見つめ続けてきた酒場に、新たにひとつ刻まれる。目を開けたシャイロックの意識は、あてど無く空を飛ぶ鳥が、目的地を見つけ羽を休めるように酒場から乖離し、別れの日へと辿り着いた。あの日も、黄金に輝いていた。

    『このボトル……、私のために取って置いてくれませんか?それで、いつかまた、この世界に来れた時に……このお酒をご馳走してください』

     晶の細い指につままれたタグが黄金に輝く。晶の赤く染まった目元は、外の吹雪のせいではないと知っていた。互いにそんな日は、きっと来ないと分かっていた。
     それでも、強く不確かな祈りを欲した。祈りは、失った大切な人の代わりになりはしないけど。空に輝く星のように、ずっと変わらずそこにある。この祈りこそ、離れ離れになる生を支えてくれると信じた。
     これが正しかった。これで良かった。その証明を人生をかけて示す。シャイロックと晶は、そう決めたのだ。〈大いなる厄災〉が随分小さくなった、いつもよりランプの灯りを強くつけなければ、愛する人の流す涙も確かめられない冬の夜に。
    「シャイロックさんは、なんて答えたの?」
     シャイロックはパイプを置いた。行くあてのない煙は、もうすっかり空気に溶け込んで消えていた。
    「……今宵はこれまで。続きは、あなたがレモンを上手に食べられるようになった頃に」
     人差し指を口元を塞ぐように立てたシャイロックが、微かな笑い声を漏らす。彼女はシャイロックが見せてくれた宝石箱の色を、決して忘れないようにしながら「それって、だいぶ先かも」と頬杖をついた。
     ーー秘密の全貌を知る日はいつだろう。明日……はないにしても、一年後か、百年後かーーそれとも、そんな日は来ないだろうか。私はレモンをかじった。胸が騒ぐ。心が躍る。私は西の魔法使いエヴァーグリーン。朝と夜を千を超えて生きる魔法使い。
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